新六郷物語 第七章 五

   新しい年になった。天正十年(一五八二年)元旦、純平と佐和の喪が明けた。六坊家全員で元旦を迎えた。浄峰も一緒だ。明るい話題に花が咲いた。屠蘇が振舞われ酒が汲み交わされた。有里が黒木信助の隣に座って酌をしている。会話が弾んで表情が明るい。浄峰が、
  「今年の六郷には寺が九軒建ち、同じく十三の寺が修復されます。これも皆様の御仏のお陰です。ありがたいことです。比叡山に不足している住職の派遣をお願いしました。寺が出来る頃には着くはずです。ただ来るのではなく、喜捨を持って来い、と言ってあります。いくらか喜捨も集るでしょう」
   皆は拍手して喜んだ。
 「今年はもっと大根を植えましょう。瓜も人参も。蕎麦も。初めて出したのに足りなくて残念でした」
   有里がそう言った。
 「有里、そう言われても、人手も一杯だ。簡単に増やせないぞ」
 黒木信助が言う。信助も最近は田畑に出る。
 「それに私があまり動けなくて、申し訳ありません」
 小崎庄助が言う。
 「とんでもない。庄助殿は小作の人の間に立ってよく働いてくれています。純平殿もどれだけ助けられているか。謙遜なさることもありません。庄助殿が無くてはこの家は立ち行きません。ありがたいことです。無理をせず、まだまだ働いてもらわねばなりません。いいのです。少しずつやれば。家だけで六郷を守ろうなんて無理ですから、お隣や近所にお願いすればいいことです。でももう少しできたらいいですね」
   佐和が純平を見て言う。
 「庄助殿、佐和の言う通りです。庄助殿のお陰で私は色々と手が出せる。ありがたいことです。今年は家族持ちが、何軒か入れる長屋を一軒建てようと思っています。いまは一人者しか住めない。もし信助と有里が世帯を持つと必要になるし、豊治は今年元服だ。いずれ妻を娶る。出来ればここにいつまでもいて欲しい。しかし住むところがないでは始まらない。まず長屋を建てる。いずれ家の収入が増えれば、荘園の周りの土地を開いて家を建て移ってもらう。皆でやれば出来ると思う」
  純平がそう言った。
 「それはいいことです。是非そうしましょう。それで有里と信助殿はいつですか」
  佐和がそう聞く。
 「いや、佐和様、そんな、私はそんな」
  黒木信助が顔を赤らめ動揺した。
 「そんな、何ですか、有里はお嫌いですか。有里は信助殿の他にいい方でもいるのですか」
  佐和が言う。
 「佐和様、私は信助殿がよければ一緒になりたいと思っています」
  有里が言った。
 「あいや、有里、私も、だ。そなたより他にはおらん。だが、私はここの居候のようで」
  信助が言った。
 「信助殿、居候なんて、私たちはそんなこと一度も思ってもいません。信助殿は六郷の巡礼路を整備されました。そのお陰が六郷全体にどれだけあったかお考えですか。その恩恵で、作った大根や蕎麦が売れ、家は助かっています。いまだってそうです。もし信助殿が居なくなったら、どれだけ困るでしょう。田や畑は荒れ作物も出来なくなります。純平殿がお考えの長屋は、信助殿も有里もいつまでも居て欲しいからです。長屋でしたら、長屋で食事もできます。何かあればここに寄っていただければいいのです。お二人だけで好きなこともできます。家の収入がもっと増えれば、家を建て、土地を分けて独立する形も出来ましょう。それもこれからの考えです」
 「信助殿、佐和様のおっしゃる通りですよ。信助殿はここの役割をしっかり果たされ皆に必要とされています。いい伴侶に巡り合えるのも御仏のお導きです。剣は持たずとも自信はお持ちなされ。遠慮されることではありませんよ。早く長屋が出来るといいですね。お二人でどうぞ。お幸せに」
   浄峰 はそう言って合掌した。
  天正十年(一五八二年)元旦の夜、純平と佐和はいつもと同じように同じ蒲団で寝る。暑い夏もそうだから、冬はまた至極当たり前に佐和の癖になっていた。いつもはただ抱きあって寝るだけであったが、その夜は違った。二人は初めて体を繋ぎ夫婦となった。佐和は涙を流した。嬉しさと苦難を思い出す涙であった。二人は喪が明けるまで、と言っても、海賊にあって以来、抱きあって寝ない日はなかったのに、禁を犯さずけじめを通した喜びの涙であった。
   二日、広瀬豊治が元服した。浄峰が立会人を務め、豊治は感激した。
   正月三日過ぎると、六郷調整役が年始を口実に顔を見せた。寺を建てるための材が並べられ、礎石がおかれていくのを見ると、地元の人も嬉しくなるのか、喜捨がまた集るようになった。その喜捨で、寺で使うものを仕入れる。いくらあってもいいのだ。どこの調整役からも、正月行事に修生鬼会を復活させようと決まった。現存する寺ごとにできるところからやっていく。新築の寺の完成はまだ先のことだが、浄峰様に是非落慶法要を取仕切っていただかなければいけません。秋頃には改修が終る寺の落慶法要も話しになった。
   山賊退治の、六郷の鬼の話が出て、警護に出た若者がもっと武術の修練をしなければいけない。できたら元役に教えを請うことができないか。是非考えて見て欲しい。次の集りに考えましょう、となった。

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