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青の彷徨 後編 14

 十一月十二日月曜日は、今上天皇即位礼正殿の儀のため休日になった。周吾は昨日の日曜日に実家に行って来た。手伝いをして、米や野菜をもらって来た。納骨式の時にいた、信枝さんにそっくりな人がおったが、あの人は誰か?と聞かれる。信枝の下で働いていた看護婦さんで、職場ではよく似ているから妹と言われていた。いま自分の大事な人だ。もし再婚するなら、小菅友香という名前だが、その人になると思う。そう話しをした。両親は納得した。実家は日向だとも言った。それにしても良く似ていてびっくりした。そう何度も言った。
 月曜は急な休みだし、特別することもない。昨日友香は仕事だった。ここに戻ったのも遅かったし友香にはまだ連絡もしていない。朝起きてテレビをつけると、即位の礼のニュースだった。昼前になって友香から電話があった。行ってもいいか、と言う。友香は直ぐやって来た。周吾は友香をみてびっくりした。髪をばっさり切っているのだ。今までノッピと同じように肩近くまでふわりとしたウエイブをかけ顔の真中から分けるようにしていたのに、襟足は丸見えのショートカットにしていた。友香は二十歳を越した位に若々しく見えた。
 「友香、どうしたの?でもとっても良く似合うし、かわいい。若くなって見える」
 「ありがとう、今行って来たの。すっきりしたわ」
 周吾は友香をじろじろ見た。まるで違う友香だ。髪型でこうも違うのか。それもこれだけばっさり切ると全く印象が違って見える。
 「恥ずかしいから、そんなに見ないで。おかしい?」
 「いや、似合ってるよ。友香だよ。いいよ。すてきだ。元気そうに見える」
 「良かった。私、お姉さんの真似やめようと思って、髪型も気にいっていたから同じようにしてた。でも変らないといけないと思って、思い切ったの」
 周吾は友香の強さを思った。友香は前向きでひたすらだ。周吾は流れるようにしかいっていないと思う。ノッピを忘れることが、ノッピを傷つけてしまいそうだから。そうだろうか。ノッピはそんなだらしない周吾は嫌いなはずだ。ノッピを忘れる必要はない。積極的に生きようとすることが、ノッピを大事にすることではないか。
 「そんな周吾君を信枝はいいと思っていない」
 橘のお父さんが言っていた言葉を思い出す。友香を見習わなければいけない。
 こんなに自分に勇気を与えてくれる友香を大事にしなければいけない。ノッピだって友香なら許してくれるはずだ。二人ともノッピにとって大事な人だったのだから。周吾は全く違った友香を見て、改めて思った。今この人を失くしたらもう立ち直れないし、より深刻な苦痛を感じることになる。周吾は友香を愛している実感を持った。愛しい。周吾にとって一番大事な人だ。
 周吾はぽかんとしている友香を抱きしめた。
 「友香愛している。一番大事なのは友香だ。気づいていたけど、実感したのは今だ。遅くなってごめん。とっても愛している。もう他所にはやりたくない。独占したい。離したくない。まだ、彷徨かも知れないけど、友香はもうなくてはならない人だ」
 「嬉しい、私でもいいし、ノッピでもいい。待てると思う。もう少しだって思っている。待つわ」
 友香は買物に一緒に行って欲しかったらしい。お米や野菜など大きくて重いものを運んで欲しいのだ。周吾の車で行けば遠くまで行けるし、その道中も楽しい。そんな思いでやって来た。昨日実家からもらってきた米や野菜を半分友香の部屋に運び、車で出かける。今日目当てだった米や野菜が大半揃ったので、そんなに重い物もなかったが、スーパーをはしごして、安くて新鮮なものを仕入れた。ノッピもそうだった。色んなスーパーを回るが楽しいのだ。友香も普段歩いていくスーパーしか寄らないので喜ぶ。周吾は友香をもう離してはいけないと思っているから、これから二人の生活について相談した。それぞれ仕事を持っているし、いずれは結婚するのは友香しかいないのもわかっている。でもそれにはまだ時間がかかる。でもできるだけ一緒にいるべきだと思う。週末はなるべく一緒にいる。仕事の日でも時間が合えばご飯を一緒に食べたいが、どうだろう。そう相談した。周吾は朝が早い。友香は夜勤がある。翌日は休息しなければいけない。それに周吾は夜の会議や飲み会がある。そんな日に相手を拘束してはいけない。周吾は夜突然出ることが多いから、友香を待たせたくない。そんなことを話す。友香は、そういう話をしてくれてとても嬉しい。そんな突然出なければいけないことがあっても、私は平気だから、気にしないで仕事をして欲しい。それに周吾さんは、一人じゃご飯も食べられないでしょう。私ができるだけ用意するから、気にしないでいい。何かある時連絡できれば連絡くれるといい。そうしましょう。周吾は友香の大きさに包まれるようだった。
 「友香ありがとう。友香もう一つ相談だけど、僕と友香が前に離れていた時に、心配してくれた友達にお礼がしたい。完全ではないが友香のお陰でここまで戻れた恩返しをしたいと思う」
 「それはいいわ、私が智美に話したらいきなりあんなことになってびっくりしたけど、嬉しかった」
 「みんなを食事に誘いたいと思う」
 「ねえ、だったら、周吾のマンションに呼ぼう。広いしあのリビングに座ってもらったら十分だと思うわ。料理は私が作る。ねえそうしましょう」
 周吾は今村、梅木、和田に連絡調整をして日程を決めた。今村、梅木は福岡に住んでいる。大分に泊まる日でなければいけない。それにそれぞれ出張や研修や会議があってすんなりとは行かない。翌週の木曜日に決まった。夕方周吾の会社に和田昇が来て車をおく。周吾が自分の車に乗せて梅木康治の泊まるホテルに迎えに行き、連れてくる。今村と小野のカップルは二人で来る。その間友香は大忙しだ。前日からおでんを仕込み、サラダを作り盛り付けをした。当日仕入れた刺身も分けなければならない。
 友香は、今村裕史のことは小野智美から話を聞いていたが、和田昇や梅木康治はまだ二回目だ。梅木康治は病院でも見たことある。蒼井先生によく会いに来たし、千葉先生にもよく会っているから、顔は知っていた。でもなぜあの場所に突然来たのか、周吾と深い友達付き合いがあったからで、その話を聞いて納得した。あの時は泣いてばかりで恥ずかしかったが、嬉しかったので、お礼を言いたいと言う。
 六人がおでんや刺身を食べながら話を交わす。この前のような深刻さはない。
 梅木康治が、蒼井さんの病気は良くなったか、と友香に聞いた。友香はだいぶよくなりました、と答える。梅木康治は、
 「しょう紅熱みたいなものだったし、抗生物質ユカリンが著効したんでしょう。ユカリンチュウは即効です」
 そういって大笑いした。みんなも笑う。
 「もうこれから何かあればユカリンです。今度は新型ユカリン。 髪型が変って、効果が高そうです」
 今村裕史が言う。友香は顔を赤らめている。
 「お、ユカリンが赤く進化しました。蒼井は青くなりました。いよいよ著効です」
 梅木康治はのっている。
 みんなも笑っている。色んな話で盛り上る。原田茉里は高山隆介とかなり頻繁に付き会っているし、湊紀子も前田孝志と会っているらしい。そんな話も出る。今村裕史は万丈の先生がまだ師匠のことを気にしている、早く再婚した方がいい、そんな話もでた。お前達はどうなっている。もう公然の事実だしみんなその日を聞きたいだけだ。今村裕史はここで初めて公表しますが、まだ内緒にして欲しい。二人の間では結婚する約束はできている。両方の親にも紹介している。でも二人とも仕事を始めて二年だし、あせってもいけないと思うから、来年の秋に結婚する予定でいる。そう発表した。みんな祝福した。結婚したら翌春は転勤になるぞ。智美さん全国どこ行くかわからないがいいのか。はい、北海道だって沖縄だってついて行きます。梅木康治は、
 「かあ、いいねえ、羨ましいね。うちなんか、もう子供連れて実家の名古屋に帰りたいって、言うよ、何でかわかる?もうオワリだって」
 と言った。
 和田昇も、
「うちもそうです。仕事が遅いから子供の顔、寝顔でしか見ないんです。休日は、僕は写真取りに行くんで、次転勤になったら、あなた一人で行って、そう言われているんです」
 「さあ、今村家はどうなるでしょう」
 梅木康治ははしゃいでいる。
 「僕は梅木さんや和田さんみたいには絶対なりません。師匠のように絶対的に愛を貫きます」
 今村裕史が言った。
 「師匠の愛は凄いからな、今やっとユカリンが効いて来たくらいだ」
 梅木康治が言う。
 「愛も大事だけど、毎日その日その日を消化するのも大変だ。ぼくはそれだけでやっているみたいだ。家庭のことは、妻に悪いけど振り返る余裕がない。だったら休みに写真なんかしなくてもいい。そう言われる。でもそれを失くしたら僕の活力はなくなる。蒼井さんみたに愛を活力にできる人は羨ましいと思う」
 和田昇はそう言った。
 「でもね、蒼井さんみたいに突然大事な人を亡くしたら、やはり活力も何も無くしてしまうでしょう。仕事も家庭も愛もみんな大事。理想ですよね」
 小野智美が言った。
 「僕なんか、大学でバイオを勉強していた。醗酵専門の会社だからと思って入社したら、いきなり営業ですよ。考えてもいなかった。バイオができると思っていたのに、バイオはバイバイよ、ですよ。でももう戻れません。何が起こるかわかりません」
梅木康治はそう言った。今村裕史は、
 「僕は大学で魚の研究をしていました。僕もまさかの薬の営業です。全く関係ありません。ほんとにどう転ぶかわかりません」
と言った。
 「でも、転んだ先にあるものを大事にすることが幸せだと思います。それを運が悪いとか、思っても見なかったことだとか、悲観するのじゃなく、幸せだと思って大事にすることだと思います。私もお姉さんの不幸の先に、今の幸せがあるのですから、無くなることによって生まれるのもあるのです。むしろ無くならなければ生まれない。まだ周吾さんは、お姉さんと大切な思い出がたくさんあって苦しんでいます。そのお姉さんとの思い出を、私と繋げて行けたら、私との愛が強くなると思います。私はそれを待っています。何年かかろうと、方向は明瞭ですから、もう心配していません。これも皆様のお陰なんです。ありがとうございました」
友香はそう言った。
 月曜日朝、打合せが終って会社を出ようとすると、高山隆介が昼、大野川沿いの喫茶店アダージョに来て欲しいと言う。話があるらしい。周吾は承諾した。
 昼アダージョに行くと、高山隆介に前田孝志が来ていた。周吾は本日のランチを注文した。それを見ていた前田孝志が、食欲が戻ってよかったですね、と言った。高山はいきなり本題に入った。急なことだが、結婚することになった。相手は太陽会病院の薬局事務の原田茉里だ。二人の親には紹介して了解も取った。二人とも臼杵に実家があるので、地元と親戚の披露宴は十一月二三日に臼杵ですることに決まった。会社関係や友達は十二月八日の土曜日に会費制で由布院に一泊でしたい。蒼井さんの真似だけど、是非参加して欲しい。茉里から友香にも連絡が今日あっているはずだ。悲しい思い出の場所でするので気になるので、もし蒼井さんが厭だというなら、場所を変えるが、どうだろうか。周吾は原案のままでいい参加する、と即答した。あの時は申し訳ないことをした。もう大丈夫だ。新しい思い出を重ねることができて歓迎する。それにしても早かった。実は出来たんです、と高山が答える。前田が、
 「突き、一本ですね、さすが剣道部」
 と言って冷やかす。親戚地元と友達を分けるのも蒼井さんの真似で、親もこの方がいいと言ってくれたらしい。高山は、自分はもう三年目だし、来年四月は間違いなく転勤になるかもしれない。大きいお腹を抱えて行くのも大変だし、不安もあるが、もう先に進むしかない。後悔もしていないし、幸せな気持ちだ。出産の予定日は来年五月下旬らしい。もし引越しなら、臨月前になる。しばらく単身になるかもしれないし、新婚さんは沖縄に行く可能性がある。高山は今寮にいるが、転勤が決まるまで彼女のアパートに住み、出産は臼杵の親元でする。間違いなく半年は単身だな、寂しい思いも大事だ、などと言って困らせる。高山は転勤なら沖縄に行きたいと言う。一度行ってみたいし、茉里も好きなのだ。周吾は友達に塩見太郎がいて、今沖縄を楽しんでいるのがいる。彼も新婚さんで、昭和天皇が崩御された日が挙式予定日だったが、かわいそうに延期された。彼も新婚さんで沖縄に行った。彼はもう帰って来たくないと言っている。奥さんも、だ。塩見はお袋さんも呼びたいらしいが、その後どうなのか、連絡がない。周吾の妻が交通事故で亡くなったのは、聞いているかも知れないので、彼から声が掛け辛いのかも知れない。蒼井さんがよければ話を進める。決まったら正式にお願いしますから。高山隆介はそう言った。
 前田孝志は?湊紀子とその後、県北同士で付き合っているのじゃないのか。順調です。こっちはまだ出来ていませんけど、まだ二人とも若いですから、もし僕が転勤になって遠くに行くようだったら、迷わず連れて行きます。まだ二四と二三だったな。蒼井さんはまだですか。友香さんと再婚するんでしょ。そうなるとは思うけど、もう少し先だよ。ぼくも次の転勤の時には、もう友香を連れて行く。今は半分同棲みたいだし、法律上も困ることないし、友香は安心したいと思うが、僕がまだ心配だ。もう少し整理する時間が要る。新しく生まれるには、無くなっていくものがある。僕の場合まだ無くなってしまわないものがあるから、新しいものも生まれない。もう少しだ。
 高山は、僕は何も失くしませんが、新しいものを得ようとしています。これでいいのでしょうか、と言う。失くすはずだ。一人の自由。自分だけの問題処理。わがまま。今はなんともないと思うが、結婚し伴侶と生活する、と言うことは、もう自分だけの世界では絶対なくなる。すでに失っている。それに気づかないから夫婦喧嘩になる。幸せの価値が、今は自分の満足でいい。セックスだって、ご飯だって、今まで夢見た世界だ。でもそれだけではない。個人の自由を制限される分、伴侶のためにしなければいけないことがある。相手の喜びを共有できなければ不幸な結婚になる。相手が喜ぶことが自分の喜びにお互いなるようにすることが、結婚の義務だと思うよ。難しいそうです。そんなことはない。今愛し会ってどこにも不満は無いだろう。そのまま行けばいい。つまり、今はお互い自分の都合のいい目しか使っていない。だからいいところしか見えない。慣れてくると、いいところを当たり前に思ってしまう。そう思わなければいい。いいところはいつまでもいいと大事にして褒める。確認する。上手く行くよ。
 師匠はそうやって来たんですか。僕は死んだ妻とは完全に完璧だった。もう全部大好きだった。お互いに。結婚するまで二人とも大酒飲みで荒れていた。結婚してから、酒もいらない。テレビも要らない。もう妻がいれば何もいらない。食べるものも、趣味も一諸。セックスだっていつも完璧だった。こんな夫婦はないと思うよ。だから衝撃が大きい。
 夜帰って来ると友香が食事を作っていた。高山隆介と原田茉里の話しになる。友香は周吾がノッピと過ごした場所で大丈夫か心配したようだ。周吾は友香と一緒にあの場所に行きたいと思う。出来れば露天風呂に一緒に入りたい。そうすれば新しい思い出になってまた一歩前に進めると思う。そう話した。友香はそれならいい。でも上手くお風呂に二人だけで入れるかしら。難しいかもしれない。あの時はタイミングが良かったから。
 その後高山は参加者を調整したようだ。当日は営業課長会議が決まっていて今井敏隆課長は出席できない。それならもう二係だけにしよう。メーカーの北島潤一と今村裕史は当事者だから声をかける。二人とも宮沢麻美薬局長に小野智美と願ってもない人と一緒だから外せない。あと高月誠司は呼びたい。高山隆介はこう予定者を考えていた。後は原田茉里のほうだった。友香に聞いてみると、湊紀子に宮沢麻美、小野智美、それに受付事務で薬局が忙しい時に手伝いに来てくれる吉田寿美を呼ぶらしい。今のところこういうメンバーらしい。吉田寿美は小野智美と同じ歳らしい。周吾はもしかして高月誠司に女神が現れるかも知れないと思った。友香は、その子はとってもかわいい子だという。
 周吾は友香に、ノッピと行った場所が国東にまだあるがどうするか聞いた。ノッピは行くと言う。残さず行っておくのだ。まだ気構えは残っている。周吾は秋の清々しい日に国東をまわるのが好きだ。ノッピもそうだった。何より空が似合う風景だからだ。熊野磨崖仏や文殊仙寺みたいに登るところはなかったし、友香ももうノッピになろうとしていなかった。自分は自分だと思っていたようで、そういう友香はそれなりにまた楽しみが違う。周吾はそういう友香が好きだと言った。友香は友香らしく。面白いところは楽しめばいいし、そうでないところを周吾にあわせることはない。まわっているところがお寺や仏像や石像だから、みんながみんな仏教学者や歴史学者になることはない。そんな友香も冨貴寺大堂の石段を登って、紅葉に映える大堂の全容を見た時、
 「わあ、凄く美しい」
 と言って感嘆した。宗麟の火打ちから良く守ってくれたと思う。屋根のそりが美しいだろう。周吾は友香にそう言う。友香もそう思う、と言う。
 国東の山を縫うように車を走らす。点在する紅葉が映える。青い空に白い雲が流れる。友香は山間の景色が美しいと言う。両子山を中心に線を引くように山尾根が流れ、谷間に里がある。昔、車の無い時代、人々は山の尾根を走って急変を伝えたのだろう。烽火も上げただろう。大友の火打ちがやって来た時も、烽火が上げられ、人が走ったに違いない。そうやって冨貴寺などは守られた。大事な仏像も地中に埋められりしたのだ。秋の国東路を走って別府湾にでる。別府の俗化された温泉都市には興味もない。一路大分へ戻る。友香はもう友香だった。そう聞くと、
 「私は私なの、お姉さんとは違うし、お姉さんにはなれない、それはもうよくわかた。だから今日は楽しかった。お寺があんなに美しいなんて思ってもいなかった」
 「そういう友香が大好きだよ。友香は友香だし、友香でいい。ノッピはノッピで、ノッピのままだ。友香、あと一回仏様に付き合ってくれるか?」
 「どこ?国東がまだあるの?」
 「一昨年のクリスマスに奈良に行って阿修羅をみた。ノッピがどうしても行きたいと言った。奈良に泊まって京都に行き、衣かけの道を金閣寺まで歩いた」
 周吾はそう言った。
 「行きたい。お姉さんがどうしても見たかった阿修羅を見たい。教科書でみたことあるのでしょ?」
 「じゃあ行くようにしよう」
 周吾も自分が落ち着いてきたと思っている。友香もあせらないようになっている。それぞれが自分のペースで前進している。
 十二月八日の高山隆介と原田茉里の結婚披露宴は、周吾とノッピと、同じ宿だったが別荘の建物は違っていた。参加者は高山新郎新婦に北島潤一と宮沢麻美。今村裕史と小野智美。蒼井周吾と小菅友香。前田孝志と湊紀子。あとカップルでないのが高月誠司に吉田寿美だ。周吾は友香と早く到着しみんなが来る前に露天風呂に入る計画を立てた。車を別荘の前に止めると、そのまま露天風呂に行く。あの時と同じように混浴可で、誰もいなかった。それに空も青かった。友香の薄いピンクの肌がきれいだ。この前、会社の会議で来た時泣いた感慨はもう無い。友香が周吾を救ってくれている。友香は深い湯船に中腰になって空を見上げている。あの時のノッピと一緒だ。
 「きれいねえ」
 友香はそうつぶやいた。周吾は落ち着いている。
 「友香ありがとう」
 「え?」
 「友香のお陰で立ち直れそうだよ」
 周吾は、ノッピとの結婚披露宴をここでした時、二人で露天風呂に入ったことは友香に話してあった。その感傷があるか、友香も気になったに違いない。不安を除いておきたい。
 あの時とは、違う幸福感がある。ノッピとは夢の中にいるような幸せでいっぱいだった。友香とは二人で努力して掴み取ろうとする幸せに手が届く喜びだ。友香にそう話すと、
 「私も。幸せなんて空から降ってくるものじゃない。努力して掴み取るものだわ。私もう大丈夫。絶対ぶれない。私は周吾を守るし、私は周吾に守られている。そう実感している」
 と言う。

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