新六郷物語 第七章 四

   冬になった。寒さを吹き飛ばして寺の材にする木が切られて行く。地元の喜捨によるものだ。労力と木材は全て喜捨で賄える。金が掛かるのは宮大工にかかる費用と瓦、内装の襖や障子などである。木は伐っても直ぐに使えない。年を越して乾燥させなければならない。寒い時期に伐った方が、乾燥がすすみ、早く加工ができる。住職になる僧侶が不足した。浄峰は比叡山に文を出し、住職の斡旋を要請した。ついでに更なる喜捨の斡旋をお願いした。
   純平は山の木を伐り薪にする。後を焼いて蕎麦を蒔く。蕎麦の後に蕪を作る。蕪の後を開墾して田にできるところを田にして行く。田にできないところは木を育てる。この作業にかかった。
   山が新緑に萌えて年中で一番美しくなった頃、伊美から両子寺に向かう犬鼻峠で、巡礼の集団五名が襲われ、命に別状はなかったものの金品を残らず取られてしまう事件が起きた。両子寺に駆け込んだ巡礼者が訴え、犯人は十名程の元武家のような人達、と言うのが判明した。伊美と国東の調整役から情報が届き、急ぎ元役の元に集り打開策を講じることになった。
   目的は金品だけであった。命に別状はなかった。残虐性は低いが継続性はある。十名で組織的に巡礼の動きを探り、犯罪を完全に実行できる場所で犯している。今回は金銭だけであった。巡礼者が高齢者であったからに違いない。若い娘なら、違った結果になったかもしれない。
   提案が出された。見張りを置く。山賊は十人もまとまっては動かないだろう。獲物である巡礼者を見つけなければならないからだ。二人か三人で一つの道を担当しているはずだ。獲物を見つけたら、何らかの合図を送り、襲う場所に追い詰めて略奪する手順に違いない。こっちは、その獲物探しを見張る。それぞれの道に必ずいるはずだ。それを見つけたら烽火を決め合図を上げる。雲で空が見えないこともあるから、菱笛を吹く。合図があがれば、襲われる巡礼者は初級者に違わないから、巡礼路も決まってくる。川中不動から伊美に抜ける峠の手前、曲がりくねった先の見えないところか、犬鼻峠だ。敵はおそらく両子山の北側に潜んで、合図が来るのを待っているのではないか。こっちはその後ろを襲う。必ず山賊の方が驚くはずだ。両子山と文殊山、伊美山に見張りを置く。川中不動から、危なそうな巡礼者が伊美に向かったら警護で後からついていく。各郷から戦える勇者を出そう。山賊が出るまで続けるから、延べ人数ではかなり必要になる。伊美山、文殊山、両子山にそれぞれ十名、来縄、田染で伊美山を、伊美、国東で文殊山を、武蔵、安岐で両子山を受け持とう。一度に十名で、日毎に交代してもいい。毎日五名出してもいい。それぞれ担当の山ごとに決めて欲しい。それに初めて一緒に働く仲間になるから、山賊と間違われても困る。わかるようにしよう。
   役割が決まり警戒に就いて三日目、伊美山と両子山からほぼ同時に合図の烽火が上り、菱笛が聞こえた。川中不動から伊美に抜ける山道で襲う計画らしい。両子山からの烽火は、山賊一味が潜んでいるのを見つけた合図であった。
   巡礼者は七名であった。老人夫婦に壮年の夫婦、若い娘が三人、と言う組み合わせであった。おそらく一家三代で巡礼に歩いているのだ。その日、純平は伊美山の中に潜む役目に入っていた。三日続けて出ていたが、自分が出る時に山賊に遭ってよかったと思った。おそらく、六郷の若者は武術が出来ないだろう。そう考えていた。巡礼者が息せき切って難所に差掛ってくる。山賊は難所の山の中から、巡礼者の上手に飛び出して行く。巡礼者が振り返ると、その後ろにも山賊が降り立った。
   「命は取らぬ。金と娘を置いて行け」
   首領の声が響いた。前後あわせて十名である。前回の犯人と同じと見て良かった。
  「巡礼者を襲うとは何事か。御仏の罰が降ろう」
  伊美山から鬼が降りて来た。同じ姿の十名である。
  「こっちの鬼も許さんぞ」
  両子山からも鬼が降りて来た。巡礼者と山賊の間に飛び降りて来た。
  「何が鬼か、皆殺しにして面を引き取ってやるぞ。おい構うな。生きるか死ぬかだ。殺してやれ」
   山賊の首領は言った。鬼は巡礼者を伊美山に押し上げて保護する。鬼の首領が前に出て行く。純平は一人で全部倒さなければ、こっちは誰かけがをするか命を落とす、と考えた。六郷の若者も巡礼者と同様に大事な命だ。純平は山賊の首領に狙いをつけた。錫状型の枇杷の木で作った棒を立て般若心経を唱える。一気に首領の前に飛ぶや手の甲を砕き、首を突き飛ばす。首領は後ろにひっくり返り動かなくなる。首領が倒れ落ちる前に、右の山賊二名の膝が砕かれ前に倒れ、その間を抜けて前に飛ぶ。振り向いて右に走って二人の山賊の剣を飛ばし、元に戻れば、残った五人の山賊は剣を持ったまま動けない。純平は姿勢を正して、般若心経の続きを唱える。左から二人目の山賊が剣を下ろして来た。純平は前に走って剣を跳ね上げ肘を砕いた。左に向かって棒を突き出し一人の首を跳ね上げ、右に振り返って一人の脛を叩き、真ん中の相手の籠手を叩いて剣を落とし、残った一人の膝を薙ぐ。
   般若心経の残りを唱え終わる。六郷の仲間はただ見ているだけであった。
   「命に別状は無かろう。気を失っているだけだ。手加減をした。剣を持っても使えない者は剣を落としただけだ。多少剣を使える者はもう剣を使えなくした。武器を置き、盗んだ金品を置いて行け。再び六郷で悪さをすれば地獄に落ちる。そう思うがよい」
  純平は山賊にそう言った。山賊はけがをした仲間を抱えて山を降りて行った。 
  巡礼者は修生鬼に諸手を合わせて礼を言いい、巡礼に戻って行った。その上の方から、文殊山の鬼が十名降りて来た。全てが終っていた。
  「元役はまさに鬼でした。六郷の鬼が出て来て、その鬼一人で十名の山賊を、般若心経が半分も終らぬ内に片付けしまいました。凄いものを見せてもらいました」
  「そうだ。我等はただ立って、巡礼者の前に居ただけ。手を出す暇さえ無かった。もし出しても邪魔しかできなかっただろう。それにけがをするか命を落としていたかだ。元役はそこまで見抜いておられた」
  「そのとおりだ。我等も元役までは成れぬとしても、せめて防ぐくらいは出来ないと恥かしい」
  「武術鍛錬は調整役に言って何とか考えなくてはいけない」
  そういう意見も出た。
  六郷の巡礼は鬼の保護があるから安全だ、という噂が広まり巡礼者がまた戻って来た。巡礼場所で売られる大根などの漬物も蕎麦も好評で、品物が間に合わない状態になった。田染、来縄からだけではなく、伊美も、国東も、武蔵も安岐も、それぞれの名産を置くようになった。一段と売れ行きが良くなった。


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