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青の彷徨 後編 11

 高月誠司が帰って行くと電話がなった。友香だった。友香には今日は万丈に行く話はしてあった。友香も今日は湊紀子たちと外でご飯を食べるはずだった。
 「今帰って来たの、アオは?」
 「ぼくもだ、さっきまでお客さんがいた」
 「誰?女の人?」
 「エイザン製薬の高月君、万丈の得意先で一緒になってそのままここに来た」
 「そうそれならいいわ、ねえ、来てくれない?厭なら行ってもいい?」
 「僕はまだ着変えもしていなし、風呂も入っていない」
 「私も、じゃあ行っていい?アオ明日から連休でしょ」
 周吾は、どうしようか。あいまいな返事をしかけた。友香は、
 「いい、私行くから」
 そう言って電話は切られた。
 風呂にお湯を入れかけると、もうブザーが鳴って友香が来た。外から帰って来たそのままの服装だった。周吾が風呂に入ろうとすると、友香が自分も入っていいか、と言う。周吾はいいと言う。周吾の後に風呂に入ると思っていたら、一緒に入って来た。裸になればもうノッピだった。友香は周吾の背中を流し、周吾は友香の背中を流した。風呂から出て周吾はバスローブを着る。ノッピが最初に用意してくれたのだ。周吾は寝る時に何も着ないのが好きだ。素裸で寝る。これが気持ちいい。だから、ノッピによく弄られる。それも嬉しかった。友香は着替えを持って来ていた。ネグリジェを着た。ノッピが着ていたのと良く似ているがどこかが違うみたいだ。周吾はコップに氷を入れウイスキーを注ぐ。ソファーに座って飲む。友香は髪を拭きながら、
 「これもお姉さんとお揃いなの、見たことあるでしょ?アプリケが違うの。私はお花だけど、お姉さんは白くまさんだわ」
 そうだ白くまだ。薄いピンクにかわいい白くまがあった。あのネグリジェのボタンを何度外しただろう。ああノッピだ。目の前にお花のノッピがいる。
 「ねえ、なぜお姉さん、白くまさんかわかる?」
 周吾は首を傾げる。友香は、
 「お姉さん、うちのアオ、白くまさんみたいなの、そう言うの、良くわかるわ」
 友香も水割りにして飲んだ。並んで座るとノッピと全く遜色ない。いいのだろうか、そう周吾は思う。
 「ねえ、明日明後日何か用事あるの?」
 友香が聞いてくる。
 「いや何もない。ここの掃除くらいかな」
 「掃除は私がするから、どこか連れて行ってくれない?」
 「いいよ。何処に行きたいの?」
 「お姉さんと一緒に行ったところに行きたい」
 友香は何を考えているのか周吾はわからなかった。友香は周吾が何れお姉さんから独立できるように、お姉さんとの思い出の場所に自分と行って、周吾に二つの思い出を作ってほしい。そうしたら苦しみも半分になるし、私も半分共有できそうだから。なるべく同じ時期に行けば、見るものも変らないだろうから、お姉さんと同じものを周吾と一緒に見たい。一緒にお姉さんから独立できるようにしよう。周吾は、友香は苦しくないのか、と思った。友香は、苦しいことを経験しなければ新しい世界は開けないから、いいのだ、と言う。
 リビングの明かりを消し、寝室に行く。友香が声をあげた。ノッピの遺骨を差している。周吾はノッピの遺骨を抱きしめてリビングの仏壇の隣に置いて手を合わせた。友香は、お墓はどうするか、と言う。周吾は今までの経緯を説明して悩んでること話した。友香は自分のアパートの先に墓地公園があって、あそこに墓地分譲中の看板が出ているという。
 「あそこなら、お姉さんがいつも見ていた景色が見えるし、もし転勤になって他所へ行っても、帰りにはここを通るでしょ。実家に入れられるのはかわいそうだし、どう?見に行く?」
 「行こう、今からじゃ無理だけど、明日朝行こう。もし良ければ決めよう。あそこならいい、それに友香にはまだ、話していなかったけど、ノッピのお父さんと、お母さんは後妻さんだけど、あと何年かしたら、大分に移り住む予定なんだ。今まだ大学の仕事があるから埼玉にいるけど、身よりもいないし、大分の国東とか回りたいんだ。そうなると、先の話だけど、お父さん達もノッピの隣に入ってもらえる。寂しくはないだろう。それと、まだお父さんには話していないが、お父さん達が大分に来られる時は、ここに住んでもらおうと思う。僕は転勤族だし、後二年すればどこかへ出て行く。他の人に住んでもらうよりノッピも嬉しいよ」
 「そうね、それはいいわ、もしお父さん達が早く来られるなら、アオは私の部屋に来るといいわ。そしてもし転勤になったら私も連れて行って」
 周吾は、
 「そうだね、それがいいかもしれない」
 と言った。
 翌朝早く周吾は友香と一緒に墓地公園に行った。看板を見て案内の通りに分譲中の場所に着く。いい場所だった。手前に公園の木々が立ち、向うに市街地、別府湾、国東半島が見える。マンションの窓から見える景色だ。周吾はここに決めようと思った。マンションに帰ってメモした業者に電話する。現地にまた落ち合って場所を決める。登記の日時と支払い方法を確認し、マンションによってもらって契約書にサインした。周吾が金額を振り込めばすむことになった。今日明日は、土、日だから、月曜日に送金約束をして、ついでに墓石の業者も紹介してもらう。周吾は友香と一諸に出向き、墓所の見取り図を見せる。一面に芝を敷き、その半分の真中に、小さいかわいい墓を立てることにした。上から見たら緑の空に白い雲が浮いているように見える。
 戒名など要らない。
 「信枝この地より空を見る」
 とだけ正面に彫ってもらう。墓石は、きれいに削らない自然石に近いのを、不規則な楕円で丸くして立て、台座も同じように丸く荒削りの扁平型にした。扁平型の石の下に石棺を地中に埋め、遺骨を納める。墓石の裏に享年と蒼井周吾建立と日付を入れる。出来上がり日を確認して、周吾は納得した。友香はすてきなお墓になりそう。お姉さんは幸せだわ、と言った。
 周吾は友香を連れて阿蘇に行くことにした。あの時も午後から出かけたのだ。友香にそう説明する。野津原から久住へ、牧場でソフトクリームを食べ、花公園を歩く。夕方阿蘇のホテルに入る。偶然空いていた。ノッピと来た時も予約なしで来たのだった。翌日は山頂に登って、大観峰、九酔渓、長者原、平治号の墓に行って由布院から庄内を通って帰って来た。全く同じコース、立ち寄った場所も同じだ。友香は満足していた。いや一つ苦労を背負ったような。それでも必死で周吾を支えようとしている。周吾はノッピだという錯覚と友香という現実と半々のような気がしている。周吾も複雑な気持ちだった。ノッピとまた同じところに行ったような、そんな気分もするし、それを友香と行って壊しているような気もする。どっちだろうか。この経験がノッピを忘れさせるのか。いやノッピは絶対に忘れない。忘れずにいつでも思い出せるために、もう一度友香は同じところに行こうとするのだ。ノッピも大事だし、友香も大事だ。そうならなければならない。周吾はまだ、ノッピの記憶に溺れる。それを楽しむ。友香はそんな周吾に嫌悪感を持つはずだ。それを耐えて新しく自分との記憶をかぶせていこうとする。積み重ねていくしかない。ノッピを遠くにやりたくない。周吾はまだノッピの記憶にしがみついていた。
 墓石業者は一週間後に、完成したから見に来てくれ、と言ってきた。周吾は友香を誘って見に行った。思った通りの墓になっていた。写真を何枚も撮る。後は納骨式だ。実家の父母に電話して近くの墓地公園に墓を立てたこと。橘の両親も何れここにくることなどを話した。父母は、それは良いことをした。こっちの墓より寂しくないし、何れお父さんが入るなら一番いい。そう言った。納骨式が決まれば、和尚に行ってもらってもいい。日時を知らせるようにと言う。どうせ和尚も大分に碁を打ちに行きたいからそのついでに行く。そう気にしなくていい。そう言った。周吾はやはり、父母はお経のない納骨式はおかしい、と思っているのだろう。今度の日曜日十一時にしたいと言った。
 周吾は埼玉の父に封書を送り写真を添えて手紙を書いた。お墓のことだ。投函後二日経って、電話があった。
 周吾君、これはいい。最高にいい。私は嬉しい。納骨はもうすんだ?え今度の日曜日十一時。私も行く」
 「じゃあお父さん、前泊できませんか。空港まで行きます。夜一緒に食事をしましょう」
 周吾は埼玉の両親をマンションに泊め、自分は友香の部屋に行こうと思った。友香に連絡すると、別段問題はない。実家からは両親も来るだろう。どこかで昼食を用意しなといけない。様々思考を巡らす。周吾は友香に太陽会病院で妻の納骨に立会いたい人がいれば聞いてもらうことにした。蒼井家二人に和尚、橘家二人、周吾、後は太陽会病院だ。
 友香の返事が来た。千葉陽子、小村樹里、湊紀子、小菅友香が参列することになった。全部で十名だ。周吾は法事を兼ねて会食することにした。四十九日の法事もしていなかったし、一周忌には早いが、中間の法事でいいだろう。土曜日の朝、周吾は空港へ迎えに行く。橘栄吉は妻美津を連れて大分空港から出て来た。周吾は荷物を持って車に案内する。朝一番の飛行機に乗って来た。葬式で来るのは辛いけど、今日は楽しい。あの墓は見てみたい。父はそう言った。周吾はそのまま大分のマンションに連れて行き荷物を降ろした。小さい仏壇に骨壷、両親は手を合わせた。今夜はここに泊まってもらうように頼んだ。周吾は友香に電話をかけた。直ぐ友香がやって来た。両親は友香を見て驚愕した。
 「信枝」
 橘栄吉はそう声を出した。
 「お父さん、この人は小菅友香さんと言って、信枝の元で働いていた看護婦さんです。良く似ているでしょう。僕もびっくりしました。顔も体型もそっくりで、病院では妹だったんです。歳は今二六です。僕はこの人に助けられています。食事も何とか元に戻って食べられるようになりました。遺骨を納める整理がやっとついたのも、この人のお陰です。友香さんはここの直ぐ近く、後でお墓を見に行きますが、途中に住んでいます。僕は今夜友香さんの所に泊まろうと思います。明日遺骨と一緒に迎えに来ます。このあとここに食事が届きますから、一緒に召し上がって下さい。その後お墓をご案内します。そして良かったら、大分の美しい海を見て頂きたいんですが、ご一緒してくださいますか」
 周吾は呆気に取られている二人に言った。父は、
 「ああ、信枝かと思ったよ。友香さんだったね。信枝が生前お世話になりました。ありがとうございました。これから、どうか、周吾君を頼みます。信枝の分もどうか頼みます。あなたなら、納得です。私はもう、信枝は死んだから、どうにもならんが、周吾が気になって、電話をもらうたびに再婚はまだかって、聞くんだよ。優しすぎるがいい男だよ。友香さん、この通り何とか周吾を助けてやって下さい」
 父はそう言って友香に頭を下げた。
 「そんな、私まだ、不十分ですが、せいいっぱい何とかしようとしているだけです。最近やっと食欲も元に戻ってほっとしているんですけど、まだ時々夢の中にいます」
 友香はそう言った。そこへブザーが鳴った。友香が立って行く。鮨が運ばれ、お茶が入れられた。四人で鮨を食べる。父が上手いと言う。埼玉じゃこんな美味しい鮨はめったにない。ご機嫌だった。周吾は、埼玉にノッピと行った時、何れ大分に移り住みたいと言っていたが、まだその気はあるか、聞いた。父はその予定に変りはないと言った。いつ頃になるだろうか?早くて来年春、もしくは再来年春になる。周吾はその時、ここに住んでもらえないか。僕はいずれ転勤になる。ここを人に貸すのは気が引ける。お父さんなら、信枝も賛成だろう。ここなら、大分のどこに行くのも便利で静かだ。おまけに信枝のお墓に近い。それに病気になっても安心してかかれる病院もある。もし僕が大分の勤務のままなら、僕は一時的にも友香の部屋に行く。そうすればここから五分もかからない。そうしてくれないだろうか。父は母と目を見合って、そう出来るならそれは嬉しい。費用だけじゃなくて、周吾君とずっと繋がっていたいから。そう言った。周吾はどこに転勤になってもここなら直ぐ立ち寄れるし、ありがたいのだ。
 食事を終えて周吾は歩いてお墓に案内した。友香も一諸だ。マンションから歩いて十五分だ。散歩には短い。至近距離にある。墓は敷地一面に人口芝が敷かれている。半分より右側、その真中に、荒削りの扁平な台座石があり、その真中に楕円型の、これも荒削りの自然石に近い丸い石塔が立って、正面に、
 「信枝この地より空を見る」
 と彫られてある。
 父は感動していた。
 「周吾君、最高だよ、これは最高の墓だよ。見事だよ。僕は墓なんかどうでもいいと思っていたが、これは日本の新しい文化を創る。すばらしい墓だ。なあ美津、周吾君はすばらしい。信枝、お前は最高だよ。いい婿殿に会ったな」
 父はそう言って墓石をなでて泣いた。母も、
 「ほんとうにすてきなお墓です」
 そういって目頭を押えた。周吾は父母を墓石の後ろに案内し、腰を落とさせた。墓石と目線を同じにする。初秋の澄んだ青空が視野全体に見える。雲も見える。眼下には大分の市街地、信枝が暮らした町が見える。その向うには世界に繋がる別府湾の海が見え、そのまだ上には周吾と回った六郷満山に繋がる国東半島が見える。
 「おお、美津これは凄い、なんと言うことだ」
 「はい、信枝さんが暮らした大分の町も、埼玉や世界に繋がる別府の海も見えます。あれは国東半島でしょ。信枝さんが好きだったところ」
 周吾は墓石の手前の人工芝を捲り上げ、石棺の蓋石を持ち上げて、遺骨を納めるところを見せた。ちょうど墓石の下に遺骨が置かれるようになっている。
 「これはトリックみたいだ」
 父はそう言った。そして、敷地の右半分側に墓石があって、左側が大きく空けられているのを見て、
 「周吾君、この広いスペースはわざとこうしているのか?」
 と聞いた。周吾は正直に話した。
 「お父さんに、大分に来て欲しくて、ここを半分空けました」
 「何?私の墓にか」
 父はその芝に座り頭を抱えて泣いた。母も一諸だった。
 「ありがとう、周吾君ありがとう。私は早くここに来たくなった」
 周吾と友香は橘夫妻を乗せて臼杵へ向かう。臼杵の石仏を見せたかった。地方文化研究者で、大学教授の橘栄吉は、目を輝かせて石仏をみた。回り終えるのに二時間近くかかった。万丈に行き、鶴見に向かう。鶴見崎を見る。海の中に突き出し、右も左も汚れのない海だ。猪垣を見て驚き、リアス式の絶景に感嘆する。漁師料理の兄弟船に行く。埼玉に行った時、ここの美味しい海鮮定食の話をして、お父さんが、話しだけじゃつまらん、そう言ってました。周吾はそう案内した。
 海鮮定食を四人は食べた。周吾もこれが食べられるようになった。父母は埼玉での、娘の話はほんとうだった、そういって感激した。父は涙を拭いていた。大分のマンションへ戻り、父母を残して周吾は友香の部屋に行った。友香に感謝する。友香は、周吾がお姉さんの親とあんなに仲がいいのにびっくりしたらしい。周吾は、あのお父さんとは話が合うのだ。だからいつでも会いたいと思っている。もちろん家族でもある。そう正直に話した。
 翌朝十時過ぎて迎えに行き、遺骨や数珠などを持って墓地公園に行く。周吾の父母も和尚も来ていた。あとから直ぐ太陽会病院の人たちもやって来た。予定通りに十一時に納骨式が執り行われた。みんな感嘆してお墓を見た。女性達は口々にかわいい、きれい、すばらしいなど手を叩いて褒めてくれた。和尚も、
 「こんな墓は初めてだが、これはいい。美しい墓だ。それに戒名はないが、この文句はすばらしい、
 信枝この地より空を見る
 いいねえ、ここに生きた間は短いかも知れないが、この言葉に生前活躍したヒロインの残像が見えるし、優しさが溢れている。墓に入った人も入れた人も、ふくよかな愛が見える。それにまだ、ここから今と繋がっています。目と目が通い合うそんな墓です。感激しました。この墓所開きに立ち会えて坊主でよかったと思います。周吾、いいことをしたな」
 和尚はそう言った。周吾の実家の父母は周吾の側に立つ友香を見て、目を疑っているようだった。埼玉の父が周吾の父母に色々話をしている。千葉陽子は大きくなったお腹を抱え、信枝はいいお墓立ててもらってよかったね、そういって写真を撮っていた。みんなで昼食に予約してあった銀鮨屋に行く。鮨に天麩羅、大分の地場の魚を食べる。埼玉の父母は、大分は美味しいものが多くていい。私はなるべく早く仕事を辞めて、ここに来る。その時はみなさんよろしく、と言っている。実家の母は埼玉の父母にお茶と椎茸をお土産に持って来ていた。飛行機に乗る時に渡すことにした。
 埼玉の父母を空港に送り周吾はマンションに戻った。友香が来て、掃除もすませてくれていた。
 それから三日後の夜八時頃、周吾がマンションに戻ると電話が鳴っていた。出ると橘栄吉だった。
 「周吾君か、私だ橘だ」
 「お父さん、どうしたんですか、僕は今戻ったばかりでドアを開けたら電話が鳴っていて、慌てて走って来ました。まだ部屋の電気もつけてないんです」
 「そうか、それはタイミングが悪くてすまない。じゃあ電気くらい付けて、それからでもいいから」
 周吾は電気をつけ、ドアの鍵をして電話に戻った。
 「周吾君相談なんだが、あれから美津とも話をした。実は敬子の墓のことだ。今こっちにあるが、私達がいずれ大分に行くとなれば、山口と一緒で寂れてしまう。それで周吾君に頼みがあって、あの信枝の墓と左のスペースの間に、敬子の墓を移せないかと思うんだが、どうだろう」
 「お父さん、それはいいです。是非そうしてください。信枝もお母さんなら嬉しいでしょう。一人じゃなくなりますし、あそこからなら山口だって望めますよ。是非是非そうしてください」
 「そうか。いいか。ありがとう。私達が大分に移る時でもいいと思ったが、どうせそうするならもう早い方がいい。そう思っている。私がまた、そっちに行くので、信枝の墓を作った業者を紹介して欲しい。同じような墓にしてやりたい」
 その週末に父は一人でやって来た。周吾は空港まで迎えに行き、ノッピの墓を作った会社に父を案内した。周吾とは顔馴染みになっていたので、あの墓と同じようなの、で直ぐ話は決まった。形をなるべく整えない。文字を彫るだけだから、早く出来る。石棺を埋める工事くらいで、費用も思ったほどかからない。一週間もすれば出来上がることに決まった。後は納骨式だけだった。橘栄吉は来週敬老の日に亡妻の墓を移すことに決めた。即断即決であった。妻の納骨式の二週間後に、妻の母の納骨式が行われた。橘栄吉と美津。蒼井周吾に小菅友香、それに周吾の実家の菩提寺慈雲寺住職が碁うちのついでに駆けつけてくれた。橘家も蒼井家も臨済宗妙心寺派の禅宗だった。
 ノッピの墓に並んで、同じような墓が建った。
 「敬子娘と空を見る」
 と彫られてあった。
 「楽しそう。お話がつきそうもないわね」
 友香がそう言った。橘栄吉は、
 「敬子は死ぬ間際まで、信枝のことが心配でならなかった。まだ小学生だったし、思春期もまだだった。母として死にきれなかったと思う。ずうっとそばにいてやりたかったはずだ。だからいくら知らない場所でも、信枝の側で、生まれた山口が望めるなら、一日でも早く移してやりたかった。もうここは最高の場所です」
 と言った。
 「私もそれがいいと思いました。私たちが埼玉を出て、お墓だけおいて行くのも気が重いし、信枝さんも一人じゃなくなる。私も安心しました。周吾さんのお陰です」
 美津もそう言った。
 「左橘、右蒼井か」
 和尚が冗談を言う。
 「桜じゃないが、並びも座りもいい。上から見ると、緑の空に白い雲がくっついて浮かんで見える。これはほんとうにいい墓だ」
 和尚はそう言って、碁を打ちに行った。

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