指を怪我した冬のこと
「あ」
声とはなんと遅い生理反射なんだろう
口に出したときは既に血がボタボタと流れていた
指先から爪の半ばまで、一瞬でよくもまあ切れたものだ。
友達には「血が止まんないからどーしたもんかと思って夜間病院にいったのよ」なんて余裕ぶりを出したけれど本当はそれなりに心細いし不安でもあった
土曜日の22時過ぎ、親指の先にキッチンスポンジみたいなフワフワを巻き付けられた異様で滑稽な私の生活が始まった
親指に恩を感じたことはあるだろうか
私はある
眼鏡のフレームに触れない
歯磨きチューブが絞れない
ごみ袋が結べない
マジックカットが開けない
生活の機微は親指の先と腹が作っていたのだ
あの不自由ない日常は親指のおかげだったのだ
包帯が取れて遜色無くグーパーが出来るようになったら私はまた親指の恩を忘れるだろうか
そんな風に今も忘れ続けている大切な存在がどれだけあるんだろうか
早く治らないかなあ