怪異屋御門怪異譚 「鬼」

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3人シナリオ 上演時間 約45分~50分

怪異屋御門怪異譚シリーズ1作目

土御門 政方(つちみかど まさみち)・・・男性 雑貨屋御門もとい怪異屋御門の店主。

若道 霊華(わかみち れいか)・・・女性。お店の看板娘。巫女の家系

叉木 紅葉(またぎ もみじ)・・・女性。何か問題を抱えて店に訪れる女性

【本編】
――神社のご神木根元で倒れて起き上がるーー
紅葉:ん...
紅葉:え...?私、どうして...?

――考える際に頭に触れたときに頭で何かに触れるーー
紅葉:なに?...これ?
紅葉:...なんだろう?痛くないしたんこぶじゃないな...それに、先が尖ってる...もしかして、角?
紅葉:これじゃ...まるで...

――タイトルコールーー
紅葉:怪異屋御門怪異譚 「鬼」
――場転 雑貨屋御門――
霊華:うーーん。人来ませんね~
政方:そうだねぇ。人来ないねぇ
霊華:やっぱり、ここは不気味過ぎるから誰も立ち寄らないんですって!
政方:どこが不気味なんだい?
霊華:だって...ほら...入り口には人型の人形が逆さにつり下げられてるし...なんかよくわからない見るからに怪しくて古い物が置かれていますし...ねぇ?
政方:ねぇ?って。だってここは雑貨屋だよ?古い物から新しいものまで取り扱ってるんだもん。少しくらい怪しくて古い物が置かれていても変じゃないよ
霊華:それは政方(まさみち)さんがずれているんですよ
政方:えぇ~。霊華ちゃんはひどいなぁ。
霊華:そんなことないですよぉ~っだ!

――急に入り口が開かれて慌てた様子で入ってくる紅葉ーー
霊華:あっ!いらっしゃいませ~
紅葉:(被せて)あの!助けて下さい!!
政方:おぉっと。助けて下さいってここは交番でも無ければ探偵事務所でもないよ?ここは雑貨屋だよ
紅葉:え...?
霊華:ここは雑貨屋御門です。見ての通りあらゆる変な物を売っているお店なんです。
政方:ひどいなぁ。変な物じゃなくてノスタルジックな品々と言って欲しいね
紅葉:でも...看板には怪異屋御門って...
政方:あぁ...そういうこと
紅葉:えっと...
政方:霊華ちゃん。今日は暖簾(のれん)を下ろすよ。
霊華:はいはーい。
政方:あなたは部屋の奥へ...話はそこで聞きます
紅葉:えっ...あっ。はい...

――場転 部屋の奥――
政方:どうぞ。そこのソファにかけるといい
紅葉:あ...はい。失礼...します
霊華:政方さーん。とりあえず看板下ろしてきました
政方:ありがとう。霊華ちゃん。
政方:さて、本題に入る前に自己紹介をしようか
紅葉:あっ。はい...
政方:まず、あなたの名前を聞かせて貰えるかな?
紅葉:えっと...私は叉木 紅葉(またぎ もみじ)と申します。
政方:紅葉さんね。じゃあ、こちらも自己紹介しようかな。
政方:俺は...
霊華:(被せて)私の名前は若道 霊華(わかみち れいか)と言います!この雑貨屋御門の看板娘やっています。
霊華:良かったら紅葉さんって呼ばせていただいてもいいですか?
紅葉:え、えぇ。
政方:ちょっ。ちょっと霊華ちゃん。俺の自己紹介の番だったよね?
霊華:だって、政方さん自分の自己紹介したら直ぐに本題に入って私の自己紹介するタイミングなんて無いじゃないですか!
政方:あぁ...ははっ。ごめんごめん。以後気をつけるとするよ。
霊華:そうしてください。
政方:さて、霊華ちゃんの自己紹介が先に入っちゃったから俺の自己紹介が遅れてしまったね。
政方:俺の名前は土御門 政方(つちみかど まさみち)。この雑貨屋御門の店主であり怪異屋御門の店主でもある。
紅葉:あの...一つ聞きたかったことがあるんですが...
霊華:あっ!紅葉さんが聞きたいこと私わかりますよ!
政方:おや、霊華ちゃんわかるのかい?
霊華:はい!ずばり!何故、紅葉さんにはここが雑貨屋ではなく怪異屋に見えてるのか...ですよね?
紅葉:は、はい。その通りです。というかここは雑貨屋ではなく怪異屋ですよね...?看板にそう書いてありましたし。
政方:うーん。さっきも自己紹介で言ったがここは雑貨屋でもあり、怪異屋でもある。
紅葉:それはどういう...?
政方:つまり、雑貨屋に見える人もいれば怪異屋に見える人も居るって事。
霊華:もう!そんな○○であり××でもある。○○だと思う者には○○で××だと思う者には××だという某赤い小説の言葉遊びみたいなことはやめてちゃんと真相を言ってあげて下さい
政方:えぇ...でも事実じゃない?
霊華:政方さんは言葉遊びをしても言葉が足りてないんです!説明をちゃんと1からしてあげて下さい!
政方:霊華ちゃんは手厳しいねぇ
政方:まぁ霊華ちゃんに言われちゃ仕方ないか...
政方:じゃあ紅葉さん、今から1から説明するんだけどこれは紅葉さんの現状にも関わってくる話だからね。
紅葉:現状に...私の身体に何が起こってるんですか!?
政方:だから、それを今から順番に説明するから黙って聞きなさい
紅葉:あっ...すいません...
政方:まず、紅葉さんがここを何故、怪異屋として見えているのかを説明するね。
紅葉:はい...
政方:ここの看板はね。障(さわ)られた人には怪異屋に見えるんだ。
紅葉:障られた人...?
政方:そっ!つまり幽霊、妖怪、怪異、物の怪これらに取り憑かれたり、呪われたりするとここの看板は怪異屋に見える。逆にこれらに障られてなければここは雑貨屋に見えるってこと。
紅葉:私...
政方:やっぱり、何か思い当たる節(ふし)があるようだね
紅葉:はい...
政方:そういえばここに入ってきたときからずっと気になっていたんだけどやけに帽子を目深に被っているね。それに俯きがちに人と会話するんだね。
政方:その帽子の下に何か秘密があるのかな?
霊華:政方さん。失礼ですよ!人の中には目を見て会話を出来ない人もいるんですから!
紅葉:あっいえ。確かに人の目を見てお話するのは苦手ですが...土御門さんの言うとおりこの帽子の下に...その...
政方:ほらね!
霊華:そのドヤ顔...むかつきます!
政方:あらら。怒らせちゃった
政方:さてと、紅葉さん。脱いで見せて貰えるかな?
霊華:まぁ!女性に向かって身につけている物を脱げなんて!政方さんハレンチです!
政方:待て待て待て!その字面だけ聞くと語弊が生まれる!勘違いが過ぎるぞ!
政方:さては、さっきの仕返しか!?霊華ちゃん!
霊華:はて?何のことでしょうね~?
政方:はぁ~。全く...
紅葉:あ、あのぉ...
政方:あぁ。置いてけぼりにしちゃったねごめんごめん。
紅葉:い、いえ...それで...
政方:その“帽子”脱いで見せて貰えるかな?
紅葉:(少し考えてから)...はい。わかりました

――おずおずと帽子を脱ぐ紅葉――
――目の前には頭から小さい角が生えている紅葉の姿――
政方:お、おぉ。これは...
霊華:(徐々にテンションがあがって)...頭から角が生えてるぅ~!!
紅葉:!?
政方:ど、どうしたの!?霊華ちゃん。
霊華:だって、角ですよ!角!こんなに...こんなに萌えることありますか!?
政方:お、おぉ...霊華ちゃんが何時にも増して萌えて、燃えている
霊華:あの、この角って感覚あるんですか!?触ってみてもいいですか!?
紅葉:えっ。あ、えと...
政方:こらこら。紅葉さん困ってるでしょ!俺に失礼って言ったのは霊華ちゃんなのに霊華ちゃんが粗相をしてたら世話無いでしょ。
霊華:うっ。すいませんでした。
紅葉:あっ全然大丈夫ですよ!いきなりグイグイ来られたのでびっくりしちゃっただけですので。
紅葉:...あの、よかったら触り、ますか?
霊華:え!いいんですか!!
紅葉:はい。私は構いませんよ

――二人とも政方の方を見るーー
政方:...あぁ触れたことで他の人が障られる事はない。
霊華:やったぁ!!
政方:(深く息をつく)...ようやく本題に入れるね。
紅葉:そ、そうですね。
政方:まず、その角はいつ頃から?
紅葉:今朝、朝起きたら...って感じです
政方:じゃあ、その角が生える原因に心当たりは?
紅葉:ないです。全くないです!
政方:なるほど...
紅葉:あの、私の身に何が起きてるんでしょうか!?
政方:う~ん...まぁ詳しいことは追々、調査するとして紅葉さんのその角を見るに貴女自身も気づいてると思うが貴女は鬼に呪われている
紅葉:鬼...どうすれば元に戻りますか!?
政方:だから、そのために調査をするんだ。
政方:とりあえず...霊華ちゃん。もうそろそろ紅葉さんの角から離れようか
霊華:あぁ...ひんやりしていて気持ちいい~
政方:ん?ひんやりしてるのかい?霊華ちゃん。
霊華:はい!ひんやりしていて気持ちいいですよぉ
政方:紅葉さん。ちょっと手首に触れてもいいですか?
紅葉:...?はい。いいですよ?
政方:では失礼して...ん...やはり、そうか。
紅葉:なにかわかったんですか?
政方:ええ。紅葉さん...言いにくいことなんですが...貴女、死んでいます
紅葉:え!?
政方:厳密には違うな。多分だが仮死状態ってところかな?
霊華:ということはこの状態が続けばいつか紅葉さんは本当の意味で死んでしまうということですか?
政方:うん。そういうことだね
紅葉:どうして...
霊華:政方さん。これも鬼に呪われたことに関係しているってことですか?
政方:あぁ。関係しているだろうね。
紅葉:死にたく、ないです...
政方:じゃあ、鬼とはどういうものであるかを知るところからだ
紅葉:鬼を知る...
政方:まず、鬼がどういうものかわかるかな?
紅葉:恐怖の対象というイメージ...ですかね?童話の桃太郎とかでは悪逆非道をした悪者のキャラクターですし般若(はんにゃ)とかは女性が怒った姿であるというのを聞いたことありますから。
紅葉:なので、正直私はあんまり良いイメージがありません。
霊華:私はどちらかというと○○の鬼!みたいな例え方をされたりするくらいなので力強かったり超人的な能力に秀でてる者っていうイメージですね。
政方:なるほど。二人とも合っているし間違ってもいるね。
紅葉:どういうことですか?
政方:鬼というのは、確かに人に危害を加えたり、人食べたりする『悪』の象徴であることが多い。だけど人を助けたり幸せをもたらす『善』の象徴や、ましてや『神』として崇められたりもする。
霊華:でもそれと紅葉さんが仮死状態になることにどんな関係があるんです?
政方:なぜ、仮死状態に関係があるかというと...さっき説明したものの背景に鬼というものは『死者の霊である』という考え方があるからで言い換えれば人間が死ぬと鬼になるということだ。
政方:人が亡くなった時に『鬼籍に入る(きせきにはいる)』という言葉があるくらいだしね。
紅葉:ということは本当に死ぬと鬼になってしまう可能性がある...ということですか?
政方:その可能性は大いにあるだろうね
霊華:でも、どうして鬼に呪われたんでしょう?
政方:それは、わからないな。ただ、鬼は気まぐれで人を呪ったりはしない。
政方:なにかしら鬼にしなければ呪われるなんてことはないんだ
霊華:どういうことですか?
政方:『おに』という言葉の由来は二人とも知っているかい?
霊華:それはさっき政方さんが言った通り人間が死んだら鬼になるって言ってませんでしたか?
政方:いいね。霊華ちゃん、ちゃんとお話を聞いてるね。ただ、それは鬼の語源だ。
霊華:由来...わからないです。
政方:紅葉さんはどう?
紅葉:私もわからないです...
政方:OK。じゃあ、説明するね
政方:『おに』という言葉は姿が見えない『隠(おぬ)』や『陰(おん)』が転じたものであると言われている。つまり、鬼というのはこちらから何かをしない限り姿を現すものではないんだ。呪われるなんて以(もっ)ての外(ほか)だ。
霊華:じゃあ、紅葉さんが何かしたってこと?
紅葉:そんな!?私、何もしてないですよ!
政方:じゃあ、聞き方を変えよう
政方:死ぬ事への心当たりは...?
紅葉:そ、それは...
霊華:心当たり、あるんですね
紅葉:...はい
政方:話してくれるかい?
紅葉:・・・(話そうか躊躇っている)
政方:・・・(少し圧気味で)はぁ~。話にならないね!
霊華:ちょっ、ちょっと政方さん!
政方:だってそうだろう!助けてって言われたからこっちはこうやって助けようと手をさしのべているのに当の本人は聞いていることを話さないまま黙り(だんまり)ときた!
政方:助けなくてもいいかな?
紅葉:あっ...えと。
霊華:政方さん!そんな意地悪言わないでください!
政方:...(明るく切り替える)申し訳ありません!怖がらせちゃいましたね。こう圧をかければ話してくれると思ったのですが、話したくないものを無理矢理話させるのは違いますね。
紅葉:い、いえ。そんな...
政方:それに、霊華ちゃんに嫌われちゃうしね。
霊華:はい!絶賛政方さんの渾名(あだな)を人でなしにしようかと思っていたところです!
政方:ごめんごめん。
霊華:謝る相手が違います!
政方:そうだね...紅葉さん。改めてすいませんでした。
紅葉:もう、大丈夫ですので謝らないで下さい

――間――俯いて、ぽつりぽつりと話し始める紅葉
紅葉:えと、死ぬ事への心当たり...ですよね。
政方:ええ。
紅葉:私...実は自殺しようとしていたんです。山奥にある神社のご神木で首を吊って...
政方:なんとまぁ罰当たりな...
霊華:政方さん。
政方:失礼。続けて
紅葉:はい。私の記憶通りであるなら私はちゃんと首を吊ったんです。それで、意識を無くして...
紅葉:起きたらご神木の下で寝ていて頭には角が生えていたんです。きっと、土御門さんの言うとおり罰が当たったんですね...
霊華:でも、どうしてその神社で首を吊ろうなんて考えたんですか?
紅葉:私、なにか悩んだり嫌なことがあったりして一人になりたい時はいつもその神社に行くんです。
紅葉:その時は仕事で同僚の失敗を擦り付けられてしまって...
霊華:そんな...ひどい。そんなの冤罪じゃないですか!
霊華:...抗議は、しなかったんですか?
紅葉:しました...けれど、抗議してもまともに取り合ってもらえず、それどころか大の大人が言い訳かと罵(ののし)られる始末です。周囲も冷たい目で私をみて助けてくれませんでした。
政方:なるほど。それは辛い思いをしたんだね。家族とか仲の良い友達とかに相談は?
紅葉:親友と呼べるような友達はいません...
紅葉:そして、家族なんですが...父は私が小さい頃には亡くなっていまして、母一人で私を育ててくれていました。しかし、やはり精神的にも身体的にも無理をしていたせいかちょっとしたしたことでヒステリックを起こすようになっちゃいまして...相談なんて出来る状態じゃないです...
紅葉:だから、家にも居てられなくて...そんな時に見つけたのがあの山奥にある神社だったんです。それから、何かあるとそこに行くようになりました。
霊華:その神社が唯一、心が休まる空間だったんですね
紅葉:ええ。
政方:人間という生き物は心と体のどちらかが不安定になると必ずどこか不調を起こす生き物だ。だからこそ、紅葉さんは安心するその場所で命を絶とうとしたんだね
紅葉:...はい。あの後、仕事場では厄介者扱いをされてまるでオオカミ少年になった気分でした。そして昨日、家ではちょっとしたことで母に怒鳴りつけられ、ついには『あなたなんか生むんじゃなかった』と言われました。
紅葉:それを聞いた瞬間、私は家を飛び出して神社に行き独り泣いていました。それでふと、ここには自分の居場所はないんだと理解した瞬間この世から居なくなろうと思ったんです。
霊華:それで、ご神木で首を吊ろうと...
紅葉:はい...
政方:自殺をした時点で鬼に呪われる要素はありだし、あなたが首を吊った場所なんだが...もしかして戸隠山(とがくしやま)にある神社なんじゃないかな?
紅葉:は、はい!そうです!
霊華:それが、なにか関係あるんですか?
政方:おおありだね。
紅葉:どういうことですか?
政方:まず、自殺が鬼に呪われる要素が強い理由だが地獄には“獄卒(ごくそつ)”という鬼がいるとされている。そして、地獄に行く条件の一つで“自ら命を絶つ”というものがある。なんなら一番罪が重いとまで言われてる。だから、地獄と鬼は強く結ばれている。そして、地獄に行く条件がある紅葉さんが鬼に呪われるっていうのは必至だったって事。
霊華:なるほど...あと、政方さんは場所も関係してるって言ってましたけどそれは...?
政方:あぁ~。霊華ちゃんは“紅葉狩り”って知ってる?
霊華:え?はい。知ってますけどそれが?紅葉(こうよう)を見に行くことですよね。
政方:そ。因みに何故、紅葉『狩り』って言うかは知ってる?
霊華:えっと...わからないです。
政方:昔の伝説なんだけどね
政方:『戸隠山(とがくしやま)に「紅葉」という鬼女(きじょ)が住んでいました。山を下りては村の人々を餌食(えじき)にするため、時の帝(みかど)が平維茂(たいらのこれもち)に鬼退治を命じた。維茂(これもち)が戸隠山に向かうと、美しい女達が紅葉(こうよう)の下で宴を催(もよお)していました。維茂は女に誘われるがまま酒宴(しゅえん)に加わり、いつしか深い眠りに落ちてしまう。この女たちこそが鬼女・紅葉とその手下だった。罠に嵌まった維茂を前に鬼女「紅葉」が本性を現した。しかしその時、維茂の夢の中に神が現れ、お告げと共に神剣を与えた。そして、危機一髪のところで目を覚ました維茂は、神剣で鬼女を退治し、戸隠山(とがくしやま)に平穏な日々が戻りました』とこれが紅葉狩りと言われる由来さ。
政方:この話は今では「紅葉狩(もみじがり)」という能の謡曲(ようきょく)としても使われてるよ。
霊華:なるほど...ん?
霊華:戸隠山(とがくしやま)って...
紅葉:私がいつも独りになるために行っていた神社がある山です。
政方:何の因果か。あなたの名前も鬼女と同じ『紅葉』ですね。
紅葉:...もう、私はこのまま鬼になるしかないんですね...
霊華:そんな!諦めないで下さい!
霊華:...政方さん!どうにかならないんですか!?
政方:(大きく息を吸い溜息を吐く)...仕方ない。紅葉さんこれを持って。
紅葉:これは...お札(ふだ)ですか?
政方:ええ。それは祓悪夢符(はらいあくむふ)という物でね。厄除け用の護符だよ
霊華:厄除けの護符ですか...?
政方:あぁ。紅葉さん。その護符を身体の中心に貼っててください。
紅葉:えっと...はい。
政方:六根清浄(ろっこんせいじょう)、急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)。
紅葉:熱っ!...あ、あれ?護符が...

――お札が光り輝き紅葉の身体の中に入っていくーー
霊華:政方さん。なにをしたんですか?
政方:護符に命令したんだ。六根...つまり、眼、耳、鼻、舌、身、意を早急に清め給えとね。あっ、意というのは心のことだよ。
紅葉:...政方さん。あなたは一体何者なんですか?
政方:そういえば言ってなかったね。僕は安倍晴明(あべのせいめい)の子孫なんだよ
政方:紅葉さんは知ってるかな?
紅葉:えと...名前だけは...
政方:まぁ、有名だからね名前ぐらいは聞いたことあるか。つまり、陰陽師の一族の末裔ってことさ
霊華:政方さん。こんななりでいつもだらしないのに腕は確かだからなぁ...
政方:貶してるのか褒められているのかわからないね。
政方:ちなみに、僕をこういう風に言っている霊華ちゃんは代々由緒正しい神社の巫女の一族だよ。
霊華:確かに長いこと続いている巫女の家系ではありますけど私はあんな堅苦しい所が嫌で飛び出してここに来たんですよね。
政方:僕的にはこの店の看板娘をしてくれて凄く助かっているよ
霊華:もう!政方さんったら!そんなことは...ありますけどね!
紅葉:それで...あの、私はさっきの護符の効果で元に戻れるのでしょうか?
政方:いいや。進行を遅らせるだけであって治るわけじゃない
紅葉:そんな...
政方:治すためには準備が必要だ。
政方:そのためには紅葉さんにも準備をしてもらう必要がある。
紅葉:ど、どんな...?
政方:身体の汚れは心の汚れに繋がる。汚れ...つまり、不浄とは悪霊、妖(あやかし)が好む。紅葉さんの鬼化を治した直後にそういったものに憑かれないように身を清めて来なさい。
紅葉:はい。
政方:そして...
紅葉:...?
政方:紅葉さんは自殺して本来は死んでいる身だ。鬼化を治すとき君にどんな副作用があるのか僕でもわからない。何が起こっても大丈夫なように心構えをしておいてくれ。
紅葉:...自殺をしたのは私です。だから、今の状態が治って何が起きても私の自業自得。
紅葉:それに、どのみち私の身に何が起きても心配してくれる人なんて居ませんし...
霊華:それは、違います!少なくともここに居ます!しかも二人も!ねぇ!政方さん!
政方:お、おう。
霊華:もし紅葉さんがこれから先、辛いことがあって誰にも相談出来なかったらここに来て下さい!ここには政方さんも居ますし、私も居ます!だから、簡単に死のうとしないで下さい!
紅葉:す、すいません...軽率でしたね...
政方:確かに助けたのに結局、また同じ事をされたら堪ったもんじゃないしね。
霊華:ちょっと!政方さん!
政方:今度こそ鬼になられたらこっちも助けた意味が無くなる。
霊華:(被せて)政方さん!!
政方:だからね。この一件が終わったらここで働かないか?
紅葉:...え?
霊華:...今...なんて?
政方:だから、この一件が終わったらここで働きなさい。
紅葉:で、でも。私なんかで、いいんですか?
政方:あぁ。
霊華:...ぃやったぁ~!良かったね!紅葉さん!
紅葉:あっはい...よろしくお願いします。
政方:おいおい。まだ、治ってもないのに気が早いぞ。
紅葉:あ。そうでした。
政方:さてと、じゃあ18時頃に戸隠山(とがくしやま)の神社に集合って事で一旦解散しようか。
紅葉:わかりました。では、一度シャワーを浴びる為に帰宅するので一旦、失礼します。
霊華:紅葉さんまた後でね!
紅葉:はい

――紅葉 お辞儀してから店を出るーー
霊華:私は何かしておくことはありますか?
政方:霊華ちゃんにも手伝って欲しいから一応、身体を洗って巫女装束をお願い。
霊華:わかりました!
霊華:にしても神社は鬼に纏(まつ)わる逸話があるからわかるんですけど18時に集合というのは...やっぱり...
政方:多分、霊華ちゃんが予想している通りだと思うよ。18時というのは逢魔が時(おうまがどき)と言われていて「逢魔時(おうまどき)」や「時が刻(こく)」の方の「逢魔が刻(おうまがどき)」を使われていたり、大きい禍(まが)つ時と書く「大禍時(おおまがどき)」と色んな言い方があるけど、字の如くとても禍々しい時間帯のことを表わしている。
霊華:その時間帯は昼から夜に誘(いざな)う、まさに現世とあの世をつなぐ時間帯とされてますよね。
政方:さすが霊華ちゃん。そしてこの時間帯を魑魅魍魎(ちみもうりょう)が蠢(うごめ)くと例えられている。だから、幽霊、物の怪、妖(あやかし)の活動が活発になる。
政方:もちろん。鬼の活動もね。
政方:因みにだが、人間の欲が解放される時間であるとも言われている。さて...どんな欲望が聞けるのか...楽しみだ。
霊華:政方さん。紅葉さんは困って頼ってきているのにそんな邪(よこしま)な考えを持ちながら助けるのはどうかと思います。
政方:あぁ、すまない。
政方:だが、こうやって人の欲望に触れる機会なんてそこまでないからつい...ね。
霊華:はぁ...とりあえず、私は支度をしてきますね。
政方:うん。じゃあ、またあとでね。

――霊華は店から出て行くーー
――紅葉が帰宅しシャワーを浴びているーー
紅葉:(M)どうしてこんな事になっているのだろう...私は自分で命を絶とうとして、で、も、生きながらえて...正確には生きているかは不明だけれど...頭には角が生えてしまって...
政方:鬼化を治すとき君にどんな副作用があるのか僕でもわからない。何が起こっても大丈夫なように心構えをしておいてくれ。
紅葉:(M)こんな私がどうなろうと心配してくれる人なんていない...私を必要としてくれる人なんていない...
政方:この一件が終わったらここで働かないか?
紅葉:(M)そういえば、政方さんが誘ってくれてたっけ...どうすればいいだろう...

――シャワーから上がり時計を見るーー
紅葉:あっ。もうこんな時間...行かなきゃ...
――18時 戸隠山神社――
紅葉:お待たせしました...
政方:おっ。来たね。待ってたよ
紅葉:は、はい...土御門さんも霊華さんも着替えられたんですね
政方:さすがに対象が人に崇められたりする類いの者だからね。ちゃんと僕は浄衣(じょうえ)を着て、霊華ちゃんは巫女装束を着ているよ。
霊華:紅葉さーん!(抱きつく)はぁ~シャンプーかなぁ?良い香りぃ~
政方:霊華ちゃん...それは変態オヤジみたいでちょっと...
霊華:可愛い女性!美人!イケメンは眺めてよし!嗅いでよし!舐めてよしなんですよ!!
政方:もう後半に至っては犯罪だよ...
紅葉:ふっ...あはは

霊華:あっ!笑った!
紅葉:え?
政方:凄く緊張していたでしょ。だから、霊華ちゃんが緊張を解こうと機転を利かせてくれたって訳だよ。
霊華:ちょ、ちょっと!政方さん!行動を解説しないでください!恥ずかしいです!

政方:あはは。ごめんごめん。
政方:さて、緊張も解(ほぐ)れたところで始めていこうか。
政方:じゃあ、紅葉さん。境内(けいだい)と鳥居(とりい)の間に五芒星(ごぼうせい)が書かれているでしょ?その中央に立って目を瞑(つむ)っていてくれるかい?

――床には五芒星と星の頂点に火が着いた蝋燭が置かれているーー
紅葉:この床に星見たいなのが描かれている所の中央に立って目を瞑ればいいんですね。
政方:よし、霊華ちゃん準備は良いかい?
霊華:はい!いつでも大丈夫ですよ!
政方:さて、じゃあ「紅葉狩り」を始めるとしよう。

――人差し指と中指の二本で刀を作り顔の前で構えるーー
政方:紅葉ちゃん、いくつか質問していくから正直に応えてくれ。これは君の中に隠れている「鬼」を出すために必要なんだ。
紅葉:はい。わかりました。
政方:君の名前は叉木 紅葉(またぎ もみじ)さん。間違いないね?
紅葉:はい。そうです。
政方:紅葉さんは死のうとした...これは事実かい?
紅葉:はい。
政方:どうして?

紅葉:...辛いことが重なって自分を必要としてくれるところが無いから...
政方:辛い事ってどんなこと?
紅葉:同僚に冤罪をかけられ周りから孤立しました。
政方:それが本当に辛いことだった?
紅葉:...母に...母に生まなきゃよかったって...言われたことです

政方:ほんとはどうされたかった...?
紅葉:どう...されたかった...?
政方:君は母にどんなことをして貰いたかった?
紅葉:母に...
政方:慰めて貰いたかった?
紅葉:・・・
政方:自分を見て欲しかった?
紅葉:・・・

政方:“愛して”貰いたかった?
紅葉:っ!慰めて欲しかった!!私を見て欲しかった!!私を愛して欲しかった!!!
紅葉:...うっうぅ!頭が...!
政方:さぁ、ここからが本番だ。
政方:霊華ちゃん。神楽(かぐら)を踊ってくれるかい?
霊華:わかりました!

――神楽鈴を一回鳴らすーー
紅葉:うぅ...なんで!なんで!私を見てくれないの!!私を見てよ!!私を愛してよ!!
――紅葉の角が長くなり顔の形相も変わっていくーー
政方:やっと正体を現したか。嫉妬、恨みで鬼になる...お前は「般若(はんにゃ)」か?
紅葉:愛してくれないのなら...私から離れていくのなら...殺す...コロス、コロスコロスコロスコロス
政方:それともその凶暴性なら「夜叉(やしゃ)」のほうだったかい?
紅葉:邪魔をするならお前もコロス!!
霊華:政方さん!!

――政方に襲いかかろうとするも政方の目の前で止まるーー
政方:...もう紅葉さんの意識はないか
霊華:(ほっと息をつく)良かった...
霊華:でも、どうして止まったんですか?
政方:それはこの五芒星のおかげだよ。
霊華:政方さんがせかせかと床に準備していたやつですね。
政方:あぁ。これはいわば結界だよ。
霊華:なるほど...あぁ!でも、どうするんですか!紅葉さんが鬼になっちゃいましたけどちゃんと元に戻せるんですか?
政方:そのための結界だ。ほら霊華ちゃん、神楽が止まってるよ。踊り続けて
霊華:あっ!はい!

紅葉:孤独はやだ...独りにしないで...
政方:・・・あぁ。大丈夫だ独りになんてさせない。
政方:さぁ、表に出てきたこの鬼を祓って紅葉さんにもうちの看板娘として働いてもらおうか!

――霊華の持っている神楽鈴が鳴るーー
――右手の中指と人差し指を伸ばして台詞一つ一つ言うたびに九字に切るーー
政方:青龍(せいりゅう)・白虎(びゃっこ)・朱雀(すざく)・玄武(げんぶ)・勾陳(こうちん)・帝台(ていたい)・文王(ぶんおう)・三台(さんたい)・玉女(ぎょくにょ)
紅葉:うっ!あぁぁぁぁ!!痛い!痛い!焼けるぅぅ!!あぁぁ!
政方:オンキリキャラ ハラハラ フタラン バソツ ソワカ
紅葉:あぁ!憎い!憎い!憎い!憎い!
政方:オンキリキャラ ハラハラ フタラン バソツ ソワカ
紅葉:どうして!どうして!どうして!
政方:オンキリキャラ ハラハラ フタラン バソツ ソワカ
紅葉:ただ誰かに必要として欲しいだけなのに...
政方:君は必要な存在だ。君が居なきゃ私たちは紅葉さんと出会えてなかった。

政方:それに、他の誰よりも紅葉さんが君を必要としている。君が居てくれなきゃ紅葉さんの生命活動はそこで終わるだろうし、君が居なかったら元凶である自分の気持ちと向き合う事なく終わっていただろうからね。
政方:だから、紅葉さんの代わりにお礼を言うよ。ありがとう。戸隠山の鬼女「紅葉」。
紅葉:あっあぁ...

――紅葉の角が小さくなり顔の形相も戻っていき正気を取り戻すーー
霊華:政方さん!紅葉さんの様子が!
政方:あぁ。無事に治まったようだね
政方:あぁそうだ。これはやっておかないと。
政方:彼の者を清め給え、神(かむ)ながら守り給い、幸(さきわ)い給え。
紅葉:...あ、あれ?私どうなって...?あ...角が小さくなってる。
霊華:紅葉さ~ん!!

――紅葉に抱きつく霊華――
紅葉:おっとっと...霊華ちゃん...
霊華:良かった!良かったぁ!!もう、意識が無くなったとき戻らないかと思いました!
紅葉:...心配掛けてごめんね。
政方:紅葉さんの鬼化は治まった...というより和解したといったところかな?
紅葉:和解...?

政方:あぁ、君の中の鬼の未練を解決したと言っていいの...かな。だから、これ以上ひどくなることはないよ
紅葉:...なんだかスッキリした感じ...モヤモヤ感というか身体に心が合致したような気がします。
政方:それは、君の秘めていた心の奥底の感情と向き合って感情を爆発させたからね。スッキリもしただろうさ。
紅葉:でも、どうして私の中の鬼を祓わなかったんですか?
政方:完全に祓うと...多分だが、君は死体に戻ってしまうだろう。それに、これが終わったら紅葉さんは僕のお店で働いて貰う約束だからね。死んでもらっては困る。
政方:...一番の理由としては、霊華ちゃんが泣く姿なんて見たくないからね。まぁ今みたいな嬉し涙なら別だけどね
霊華:泣いてなんていません!
政方:でも、眼の周り赤いよ?

霊華:これは...そう!汗!汗です!
霊華:神楽を踊ってたせいで汗を掻いて、その汗が目に入って涙が出た結果眼の周りが赤くなったんです!
政方:はいはい。わかった、わかった。そういうことにしておくよ。
霊華:もうっ!ほんとなんですってば!!
政方:そうだ紅葉さん。君は自分で命を絶つという罪業(ざいごう)を犯した。だからその頭の角は一生無くならないし君が亡くなった後は必ずといっていいほど地獄に行くだろう。これが君に課された罪であり罰だ。
紅葉:はい...そうですね。だから受け入れて、これからも背負っていこうと思います
政方:ただまぁ...これから先、同じ境遇の人を助けると良い。
政方:そうすれば、君のその罪が無くなることはないが地獄での罰は少しづつ小さくなるだろう。

霊華:この怪異屋御門では同じ境遇の人集まります!紅葉さんは人を助けられるしその人は悩みを解決できる!そして、この雑貨屋御門もとい怪異屋御門に人手が増える!
霊華:まさに一石三鳥!紅葉さん正式に一緒に働きましょ!さぁ!さぁ!さぁ!
政方:ほんとの願望は?
霊華:こんな綺麗な女性と女子トークをしてみたい!しかも鬼っ子!!いろんな服着せたい!コスプレさせたい!!
政方:煩悩の塊だね
紅葉:でも、ほんとにいいんですか?
政方:ん?なにが?
紅葉:私なんかが働いて...

政方:それは君が決めることだ。ここで働きたいのであれば僕は全然受け入れるし霊華ちゃんもほらこの通りだし
霊華:紅葉さん!うちで一緒に働きましょう!
紅葉;っ!不束者(ふつつかもの)ですがよろしくお願いします!
政方:返事が違うような気がするけど、まぁ、いいや。こちらこそよろしく。

―――後日―――
紅葉:(N)後日、雑貨屋御門もとい怪異屋御門で働くことになり、そしてその初出勤日。
紅葉:いぃぃやぁ!土御門さん!助けて下さい!!
政方:おぉっと。どうした!どうした!
霊華:も~み~じさ~ん。どうして逃げるんですか?
政方:いやいや、どうしたのさ
霊華:何って紅葉さんの制服を決めてるんですよ~
紅葉:霊華さんと同じでいいじゃないですか!
霊華:駄目ですよ!
紅葉:どうしてですか!
政方:紅葉さん。諦めてくれ
紅葉:どうしてですか!?
政方:だって__
霊華:だって、似合う服を着て欲しいじゃないですか!
政方:こないだ霊華ちゃんが言っていたとおり服を着せたい、コスプレさせたいって言っていたからね

紅葉:それにしたってこんなはだけてる着物って!!
政方:いいじゃないか。花魁(おいらん)みたいで似合っているよ
霊華:さすが、政方さんわかってますね!!鬼の角に着物ってもう堪んないですよね!すごくシナジー感じますよね!!
政方:ほら、この通りだ。だから諦めて。
紅葉:そ、そんなぁ~!

―――――――――――――
霊華:(N)この世には妖怪、物の怪、幽霊などこの世ならざるものが存在します。
政方:(N)怪異屋御門はあなたの身の回りに起こっている超常現象を解決します。
紅葉:(N)悩みを抱えた皆様のご来店をお待ちします。

―――――――――――――
政方:さて、もう開店の時間だ。霊華ちゃん開けてきてくれるかい?
霊華:はい!お任せ下さい!御門開店です!
紅葉:いらっしゃいませ!ご来店お待ちしておりました
政方:いらっしゃい。あなたは何をお求めだい?僕に聞かせてくれよ。
政方:(N)怪異屋御門 「鬼」 これにて了。

怪異屋御門怪異譚シリーズ2作目はこちら↓
https://note.com/jiu_scenario/n/n2acdf07410da


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