David Seabury
妥協を信奉している限り、その人間はどっちつかずの生き方をするしかないでしょう。自分に必要な愛と喜びの権利を、積極的に手を入れたいと思わなくては。そう思って初めて、愛と喜びを見出し、満足を自分のものにすることができるのです。
中心部とは自分に泳ごうとする意志があるのか、自分は実際に泳げるのか、今までこの状況を打破するために自分は精一杯力を尽くしたのか、ということである。シーベリーのいう「周辺部から中心部へと焦点をしぼっていく」とは、現実を認め、それを受け入れるということである。
そして悩みの本質を解決するためには、「自分が本当に願っていることは何か」を見つけ出すことである。それが見つからない限り、悩みは尽きない。迷いのときには自分が本当に願っていることがわかってないのである。
自分の心に妥協するな。
パラタクシス的歪曲。
真の問題が隠されて、別のことでコミュニケーションしている。
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