見出し画像

「キメセク珍道中」【ナックルズ文芸賞 受賞作品】


第1回(令和5年)ナックルズ文芸賞
『Z李賞』『カクブツ賞』受賞作品

「キメセク珍道中」
ポンコツ・やよい


当時23歳、「なんか人生辛いし覚せい剤で人間辞められるなら辞めてみたいな」なんて思ったバカな私は「脱・人間」を目指して駆け出しました。薬物を乱用する人たちと繋がって交流するのは思ったよりも簡単で、あっという間に私もべろんべろんのポン中になりました。

当時はお金が無く、ネットで知り合った人とセックスする代わりにネタを貰っていました。その一年ほどの期間を自分で「キメセク珍道中」と呼んでいます。珍道中で出会った人の数は2、30人ほど。今回は、その中でも印象に残っている人たちをランキング形式でご紹介出来ればと思います。

・・・・・

第4位  【真面目リーマン ケンゴ君】
「脱・人間」への最初の一歩目を手伝ってくれたのがケンゴくん。ネットで初めて書き込みをしたとき一番丁寧な口調でメッセージをくれたのが彼でした。

どんなイカつい人が来るのかとヒヤヒヤしていましたが、会ってビックリ、もしかして警察!?と疑うほどに普通の見た目をした人でした。30代半ば、有名企業勤めのサラリーマン。家にお邪魔してからも「喉乾いてる?お茶いる?」などと優しく気遣ってくれました。雑談を交えながら「まずやり方みせるから、どんな感じか見ててね」と手順を教えてもらいました。駆血帯や消毒綿、新品の注射器などを手際よく準備してもらい、そのままケンゴくんに腕を差し出して、プスリ。

「こうやって血管に向かって斜めに刺すじゃない?そしたら、そこから上に針先を向けても血管から出ちゃうことはないから。針先を安定させたら押棒を押す。看護師さん向けの本に採血のコツとして書いてあったんだ」

彼は外国人の元カノから誘われたのをきっかけにシャブにハマったらしく、それから毎日のようにシャブを打ち、それでも毎日誰より早く出社しているというからびっくりです。針の使い回しはいけないとか、量はこれくらいがヨレなくていいとか、基本的なことは全てケンゴくんに教えてもらいました。

そのまま私は初めての「キメセク」も体験し、汗をびっしょりかきました。
ケンゴ君とはこの後何度も会う関係になるのですが、彼は家で「どうしたら一番効率よくキマるのか」と熱心に医療用の人体の構造の本を読んでいることもあって、仕事も真面目、性格も真面目、シャブに対してもとことん真面目。こんな真面目なポン中はケンゴ君以外他に見ませんでした。

第3位【最後に行き着いたのは…おじいちゃん】
珍道中にも慣れてきたころ、鶯谷のホテルで会ったのがこのおじいちゃん。年は推定70歳。シャブで捕まって辞めてはまた手を出し…を数十年繰り返していると言っていました。

「おれはもうとっくにちんこは勃たねえからさぁ。あんたはこのネタ好きに使っていいから、いれたら俺の顔の上に跨ってよ。」

そのホテルはその近辺でも一番安いようなところで、中に入ると敷布団だけの空間に驚いた記憶があります。それぞれがネタを打ち込むとすぐにずるりとスカートを捲し上げられ、そこからはおじいちゃんの顔の上にうんこ座りの体勢のままおしりの穴を舐め続けられましたおじいちゃんは時々「んん、んん」と頷きながら興奮している様で、ようやく私のおしりから顔を離すとヨダレでべちゃべちゃになった顔で「はぁ~っ」と満足そうにため息をつき「ありがとう。余ってるネタも持ってきなよ」と言ってくれました。遠慮なくネタを頂戴してすぐに解散しましたが、ちんちんが勃たなくなってもシャブで性行為を楽しみたいおじいちゃんの行き着いた先がこのプレイなんだな、と思うと、なぜか少しだけおじいちゃんが可愛く思えた私でした。

第2位 【眠らない人間の末路 Yさん】
建築現場で働くYさんは一見しっかりしているように見えて、かなり気弱な性格の男性でした。「俺が居ない間になにか陰口を言われていたらと思うと」と現場車にボイスレコーダーを付けてしまうような人で、シャブを打つことで自分の弱さやストレスから逃避しているようでした。

罪悪感を誤魔化したいのか「寂しいから一緒にやろうよ」と誘われることも多かったのですが、Yさんはキメるとオナホールでしかイケなくなるので一緒にキメてもお互いにそれぞれオナニーしたり別行動をすることも多く、シャブで勃たないちんちんと格闘する必要がないのが楽で、Yさんの家には入り浸るようになりました。

Yさんは仕事から帰ってきてはシャブを打ち、そのままオナホールでぐちゅぐぢゅシゴきつづけては朝になり、げっそりした顔で現場へ向かう…なんてこともしょっちゅうでした。

ある日、あれ?もしかしてもうこの人5日くらいまともに寝てなくない?と思っていたころ。

夜中に突然、「はいもしもし!えぇ、お世話になっておりますぅ、いやぁとんでもないですよー」と、誰かと電話し始めたYさん。口調から仕事の電話だと気付き気配を消していましたが、あれ?テーブルの上にはYさんのスマホ。見ると電話なんてしている様子はなく、ぐっちゅぐっちゅとローションの音を立てオナホールを懸命に動かしながら「ほんとこっちも全然人手が足りないですもん。困っちゃいますよねぇ」と一人で喋り続けています。人間ってずっと眠らないでいるとうわ言を言い出すんだ。と初めて知った夜でした。

それからも何度もYさんのそんなうわ言を聞くことがありましたが、シャブで現実逃避なんて出来っこなくて、好きでやるならまだしも何かを誤魔化すためにシャブを打つ気弱なタイプに薬物は向いてないんだろうな、と思う私なのでした。

第1位【忘れられない恐怖の夜!ゆりえさん】
ゆりえさんと出会った日のことは、今になっても忘れられません。珍道中を始めてから色んな男性と会ってきましたが、大抵の人がキメると勃ちが悪くなり、それでも射精しようと意固地になるので面倒になってきた頃でした。
「私女なんですけど、よかったら一緒にどうですか?」と初めて女性からのお誘いが来て驚きました。5歳年上のゆりえさんは長年のシャブ愛好家らしく、事前に電話で話したときも気さくな人で、すぐ意気投合して会うことになりました。キメても性欲に走らないことも多かった私はこのキメ女子会をとても楽しんでいました。言えないようなことではあるけれど、同じ趣味の友達が出来たような嬉しい気持ちでした。

「もうネタなくなった?あと1gだけ買ってもうちょっと遊ぼうよ」もう既に二人ともかなりの量をいれていたけど、その場のノリもあり追加して遊ぶことに。近くでネタを調達し、またお互いキメてはしゃいでいたころ、突然ゆりえさんがフリーズしました。

「ゆりえさん?あれ、おーい。」固まってしまったゆりえさんの肩をトントン、と叩くと、まるでバグを起こしたかのように「ば、ばばばばばばば」と言い出して、両方の黒目がそれぞれ違う方向にゆっくり回り、完全に白目になった瞬間バターン!と倒れてしまいました。彼女の身体を揺すっても反応がない。恐る恐る口元に耳を近づけると、息をしていない!

ゾッとした私は慌てて心臓マッサージをしました。確かアンパンマンのマーチのリズムでやるのがいいんだっけ、なんてテレビで見たことをなぜか思い出しながら、このままゆりえさんが死体になってしまうかもしれないと思うと恐ろしくて堪らない気持ちで、それはもう懸命にゆりえさんの胸を押し続けました。

暫くすると、「がほぉっ!」と声にならないような声をあげて、ゆりえさんが息を取り戻しました。よかった、よかった!とゆりえさんに縋り付いたけれど、まだ意識が朦朧としているようでまともに会話もできません。それから水を飲ませたり様子を伺っているうちに彼女は再び倒れてしまい、泣きながらまた必死に心臓マッサージをしました。またすぐ意識は取り戻したものの脳が混乱しているのか「うー、うー…」と唸るゆりえさんを見て、私はもう限界でした。二度も倒れて意識も失い、今度こそは死んでしまうかもしれない。次に彼女が倒れたら、捕まってもいいから絶対に救急車を呼ぼう、と心に決めた直後でした。

「…あれ?私、なんで床にいるの?」数時間ぶりにちゃんと言葉を発したゆりえさんと、しっかり目が合いました。

堪らずわっと大声で泣き出した私にゆりえさんは困惑していた様子だったけれど、死んじゃうところだったんだよ、ほんとに、ほんとによかった…と暫く泣いてしまいました。

ですが、一番恐ろしいのはここからです。少し落ち着いた私はゆりえさんにさっきまでの状況を伝え、もしかしたら後遺症などが後から出てくるかもしれないし何か変だと思ったらすぐ病院に…と必死に話しました。それに対して彼女が放った言葉が「あ、まだネタ余ってるじゃん」。

まさかの発言に、へっ!?とひどく間抜けな顔をしていたと思います。その時は慌てて止めてなんとかその場では留まってもらいましたが、解散した直後にゆりえさんは他の男性と一緒にキメて遊んでいたらしく「依存って怖い!もう二度と誰かと一緒にはキメて遊ばないようにしよう」と固く心に決めました。

でも、そんな怖い思いをした後の私もまだ暫くはウヘウヘと一人でシャブを打っていたんですから、彼女と私の差はさして無かったのかもしれません。

・・・・・

私は「脱・人間」を試みてから約一年の間、覚せい剤に依存していました。「覚せい剤やめますか、それとも人間やめますか」なんてキャッチコピーがありますが、今では覚せい剤にハマっている人ほど人間臭い人たちって居ないんじゃなかろうかと思います。私自身はその後、シャブの影響か毎日悪夢を見て夜中に叫ぶようになったことをきっかけに辞められたのですが、それもラッキーだったと思っています。

あの時出会った人たちの何割くらいが今もまだ注射器を握っているのか、ちょっぴりだけ気になるところです。