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【奇祭牛乗り】「神様になった男が牛に乗ってやってくる!」|秋田県潟上市・東湖八坂神社

 まるで某教団の某尊師のようなよれよれの変なオジサンが、牛に乗せられよろよろよろ……と町中を練り歩く、その名もすばり「牛乗り」という。しかし牛に乗ったこのオジサン、終始目を閉じてうなだれたまま、牛を操るどころか一人では歩けないほど酩酊しているようで、明らかに様子がおかしいのだがーー。
 梅雨も明けきらないうちから真夏の炎天下となった2013年7月7日、秋田県潟上市の東湖八坂神社にて催された「天王祭」での一幕。

泥酔状態のオジサンが牛に乗って…

スサノオノミコトのヤマタノオロチ退治

 東湖八坂神社の起源は801年(延暦20年)、蝦夷征伐を成した田村将軍が、神恩に感謝し軍神スサノオノミコトを祀ったものだという。以来千年以上にわたり受け継がれてきた由緒ある諸祭事はいまも年間を通じて執り行なわれているが、なかでも最も象徴的なのがこの「牛乗り」だ。神話に残るスサノオのヤマタノオロチ退治を再現するもので、つまり、あの牛に乗った変なオジサンは、スサノオに扮していたわけなのだ。背負った弓矢でヤマタノオロチを討ち、囚われのお姫様(クシナダヒメ)を奪還しにいくところだったのである。
 だが、謎は残る。なぜオジサン(=スサノオ)はあれほどまでに酩酊しているのか? 前後不覚の人事不肖では、オロチ退治はおろか牛に乗ることすら困難ではないか。

舞台は秋田県潟上市、東湖八坂神社
酒部屋から出てきたオジサンは
ひとりで立つこともできないほど泥酔しているのだ

「そりゃあ、神様が入られとるからですな」
 祭りの準備を進めていた、もの知りの老人が教えてくれた。
「どうしたらあんな状態になるのか…それは私らでもよく分からんのです。牛乗り人は直前まで“酒部屋”という場所で準備をするのですが、そこで何が行われているかは分かりません。“避け部屋”というくらいで、そこには世話役の酒部屋親父と酒部屋姥、ほか限られた人しか出入りを許されていないのです。牛乗り人は牛に乗る前、酒部屋に篭ってご祈祷を受け穢れを払い、神がかりにあうようですが、いわゆるトランス状態というものでしょう。意識を喪ってしまって、当の本人もなにがあったか、ほとんど覚えていないそうです」
 酒部屋というから大量の酒を飲ませて、という単純な話ではないようだ。恐山のイタコが死者の霊を降ろし魂を憑依させるように、牛乗り人のなかに神が降りてくる。そこで何が行われているのかは、集落の人間にも知られてはいけないタブーなのである。

神様がそこに

「牛乗り人になるのは大変なことです」

 7月7日のこの日は、集落を上げての大祭だ。学校も病院も半日で切り上げて、人々は「お天王さん」へと押しかける。神社の境内には露天が立ち並び、子供たちが打ち鳴らす太鼓の音が鳴り響く。多くのギャラリーをかき分けて、スサノオを乗せた牛乗りの行列はゆく。
 潟上市と男鹿市とを繋ぐ八竜橋にさしかかると、川に浮かぶ船の上で、伝説の大蛇ヤマタノオロチに扮した全身赤装束の男が曲芸を披露している。こちらは「くも舞い」と呼ばれる祭事で、「牛乗り」と対になる「天王祭」のクライマックスだ。川岸からスサノオが矢を放つと、見事オロチを射ち落とし、行列は姫とともに神社へと凱旋して幕となる。無事大役を勤め上げた牛乗り人だが、やはり自力で歩くことはできず、数人の男に抱えられるように、酒部屋の中へと消えていった。

大勢に支えられながら練り歩く
無事帰還。お疲れ様でした

「牛乗り人になるというのは大変なことです。毎年1人の希望者を募るのですが、誰でもなれるわけじゃない。世間的にそれなりの信頼のある方ということになります。皆さん、いろんな願いをもって希望されます。お孫さんが難しい病気で、その健康を願ってという方もおられました」
 不思議な力で神となった男を乗せた牛乗りが巡ることで町内は浄められ、人々に幸福をもたらす。
(取材・文=編集部)