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本橋信宏のダークツーリズム『東京裏23区』第2回【足立区編】団地だらけの街で蠢くテレクラ妻とフィリピーナ

『全裸監督』原作者・本橋信宏が路地裏のダークゾーンを歩く旅。東京23区の光と影、“住みたい街”の正体とはーー『東京裏23区』(大洋図書刊)より抜粋してお届けします。

潜入したリンリンハウス竹ノ塚店は2020年に閉店

竹の塚テレクラの誘惑

「竹の塚からひゅひゅひゅひゅとつめよおお。はぁたしがいふのふぁ。夜勤明けなのひょよ。孤独だからかけてみひゃのよ。46(歳)よ。結婚してる。ダンナはひどいDVで、革靴で下っパラ蹴られて殴られて、ひゅどいよ、ひゅどいよ」
 盛夏の昼時。
 私と早川和樹副編集長は足立区竹ノ塚駅近くのテレクラにしけ込んでいた。
 薄暗い冷房の効きすぎた個室で電話を待っていると、着信音が次々と鳴るではないか。
 冒頭の女は東武伊勢崎線沿いに住む自称46歳の人妻、夫はDV、お決まりのパチンコ、競馬好きで家に滅多に帰らない。この奥さん、酒でも飲んでいるのか、それともストレスで精神的に来ているのか、ロレツが回らない。
「近くの工場へえ働ひてぇ、今日は夜勤明け、正直、1万で助けてほひぃ。竹の塚から東武伊勢崎線乗ってすぐだかりゃ。だれに似てる? 言われたことなひよほぅ。ぽっちゃり。渡辺直美? ううん、あしょこまでは(笑)。柳原可奈子かひら。アナルセックス、SMダメ。ノーマルひょ。ダンナふぁ今日珍しく仕事行ったから。お願い、割り切りで」
 こんな調子で次々とかかってくる。お互いの話がまとまらないとフロントにまわす。
 またかかってきた。
「新小岩の工場でいましがた仕事が終わったばかりの、ユミです。年齢? 39(歳)。割り切り希望でホテル代別イチゴー(1万5千円)。車で来てる? 何乗ってるの? ヴィッツ? 色は? 緑? そんな色あったっけ? ふーん。結婚してる? 今日は仕事は? 休み? 普段何系の仕事してるの? え? わたし? 結婚してないよ!(ガチャ切り)」
 なにやらエアコンの効いた薄暗い部屋でこういった電話を耳にしていると、自分がとてつもなくダメな男に思えてくる(ま、実際、ダメなのかもしれないが)。
 またかかってきた。
 酒か煙草のせいなのか、ガラガラ声だ。
「キヨミ48歳、独身よ。夜勤明けでさあ、寂しいからかけてみたの。男? 2歳上と10年つきあってきたけど、ひどいDVで、革靴で下っ腹蹴られたり殴られたりしてさあ。一緒に暮らしていなかったから、ご飯つくってもっていくんだけど、部屋にいないのよ。帰ってこないの。2時間くらいして帰ってきたから、どこ行っていたの?って聞いたら、パチンコ。スロット、競馬、競輪、ギャンブル大好きなの。彼の親が土地とアパート所有していたので、家賃収入が入ってくるから。ギャンブルで1回10万とか30万使っちゃうんだから。“あの台、あともうちょっとで出るから1万貸して!”とか言ってわたしからむしり取るのよ。ひどいでしょ。いま、夜勤明けで自転車で帰宅してシャワー浴びたのね。(墨田区の)東向島、カネボウのすぐ近く。住んで6年になる。住みやすいわよ。8畳のフローリングマンション。知り合った男の人は、よくここに来てもらうの。アハハハ。怖くないよ。正直、1万で助けてほしい! 竹の塚から東武線使ってすぐだから。日暮里乗り換え。浅草行き、北口で降りて。ね、いますぐ! 1万でいいから。ダメ? 急いでるの。ダメなら他の人に代わってもらうから」
 他の客にまわす。
 やたら交通の便に詳しいのも、しょっちゅう竹の塚テレクラの男を引っ張り込んでいるからだろうか。
 60分いただけで7人の女たちと会話を交わした。人妻は半数。みな、割り切りで1万円。底辺感が伝わってくる。
 これが噂の竹の塚テレクラ割り切り妻か。
 早川副編集長と外で合流した。
「いやあ、すごかったですね。僕ですか? 4件話しました。カワベって主婦、39歳って自己紹介してましたが、草加か蒲生あたりで会えるひとを探しているんですって。ネット使わず出会いはテレクラオンリー。いまどき珍しいですよね。なんでテレクラ派なのか聞いたら、“気軽にできるんで”というんです。“お金じゃなくて楽しく会えるひとがいい。お金出してるからって上から目線で言われるのも嫌なんで。なので他のひとに代わってもらえますか?”って、他の男に代われってことでした。僕、上から目線って言われたの初めてです」
 いつも腰の低い早川副編集長が運転するマイカーに乗り込み、周辺を流した後、スーパーの大駐車場3階に車を入れる。
 エレベーターに乗ると後から5、6人の作業員が乗ってくる。だぼだぼのニッカポッカに丸坊主。刺青風のだぼシャツ。迫力ある一行である。

平和な住宅街の一角で

 足立区はひったくり件数、自転車窃盗の数が常に第1、2位を争う物騒な街、という印象がある。
 実際に過去5年間の刑法犯発生数は足立区が第1位だ(2位新宿区、3位江戸川区)。
 殺人事件被疑者の指名手配も散見する。
〈下記の者は 平成11年6月4日 東京都足立区内で発生した暴走族同士の殺人事件の被疑者です。見かけた方は110番または捜査本部に通報してください。麦 振強 こと 吉屋 強 出生地:中華人民共和国〉
 怒羅権という中国系不良チームなのか。
 オレオレ詐欺も相変わらず減っていない。
 40歳くらいの中肉中背男がキャッシュカードを不正利用して現金を引き出した窃盗事件。息子を装って現金450万円をだましとった30歳〜35歳の男。
 1989年には女子高生を1ヶ月以上にわたって監禁し陵辱の末に殺害、遺体をドラム缶に入れコンクリート詰めにして空き地に放棄したコンクリート詰め殺人事件が足立区綾瀬の一見平和な住宅街の一画で発生した。
 綾瀬駅近くのコインパーキングに車を止めて私たちは、女子高生を監禁陵辱して殺害した現場となった家に向かって歩き出した。
 駅周辺はベビーカーを押す若い主婦が多い。自転車に乗って買い物する主婦もよく通り過ぎる。
 綾瀬は不動産もそれほど高くなく、都心に近いので最近、住まいとして人気を集めている。 
 サルスベリの薄赤い花が歩道に咲いている。
 歩くうちに、都立城東職業開発センター、機械展示場、オートバイ販売会社、機械系部品会社が目に映る。タクシー運転手が煙草をくわえながら缶ジュースを買っている。
 女子高生コンクリート殺人事件現場に到着した。
 凄惨な地獄絵の現場となった建物はすでに取り壊され別の建物になっていた。
 向かい側にある公園には、水のない児童プールがある。ブルーの底がむきだしになり、ミンミンゼミの声が鳴り響く。のどかな昼過ぎ。人の姿はほとんど見当たらない。
 殺人事件現場の近くの2階建てのベランダに洗ったばかりの子ども服がたなびく。
 ニューファミリーが多いのだろう。

コンクリート殺人事件現場付近の公園

あの現場が「住みたい街」に

 陰惨な大事件とは裏腹に、私と同じ昭和31年4月生まれ、キャンディーズの田中好子(スーちゃん)の実家、田中釣具店が足立区梅田にある。
 印象に残っているのは、モノクローム写真に写っていた田中好子の姿である。箒をとって釣具店の前を掃いているのだが、あきらかに熱がこもっていない、掃除などあまりしたことがない様子が伝わってくる。青春とは退屈な季節でもあるのだろう。
 世界の北野、あのビートたけしの生まれ育った家は足立区島根にある。
 早川和樹副編集長いわくーー。
「2017年のSUUMOの住みたい街ランキングで、足立区北千住が第17位に躍り出たんですよ。この2、3年で人気が高まったと思う街(駅)ランキングでは、第1位の武蔵小杉、第1位の豊洲についで第3位が北千住なんですよね。北千住は穴場だと思う街ランキングで第1位だし、綾瀬も9位にランクインですから」
 足立区は東京23区の最北端に位置し、隣は埼玉県草加市。区域面積は大田区、世田谷区に次いで第3位。東京23区内で最も地価公示価格が高い地域は中央区(坪単価平均2018万円)、足立区は葛飾区に次ぐ22位(坪単価平均136万円)。
 物価が安く地の利もいいとあって、若い夫婦には人気があるのが足立区である。
 竹ノ塚駅前の立体駐車場に車を止める。
「やたらと団地が多いですね」と駅前の喫茶店でランチを頬張りながら、早川副編集長がつぶやいた。
 駅前ロータリーを囲むかのように高層団地が四方にそびえ立っている。東武伊勢崎線沿線の主婦たちが、カネに困りテレクラを頼りに激安の援交を誘ってくると都市伝説のように言い伝えられている。
 世田谷区編で歩いた二子玉川の高級ベビーカーを押す優雅な二子玉夫人をふと思い出した。

限界集落

 花畑団地ーー。
 竹ノ塚駅前から東武バスで15分、UR団地の大型団地が行儀良く建ち並ぶ。
 すべて5階建て、同じ大きさ、同じ色。上壁に「6」「7」といった大きな数字が書かれていなければ迷うこと必至だ。
 17年、週刊文春が神戸児童殺傷事件の少年Aの近況を報道し、ネットで少年Aがこの周辺で暮らしているのではと推定されて騒動になった。無数に建ち並ぶ団地の無個性ぶりからしたら、自己の存在を薄めたいときには住みやすい場所にちがいない。
 サルスベリの薄赤い花が団地の光景にアクセントを与えている。
 暑さのためか、窓を全開にして部屋が丸見えである。
 ステテコだけの80代後半とおぼしき老人があくびをしている。
 杖をついた大柄な老人がベンチに腰かけた。団地について尋ねてみた。
「そうだねえ、もう50年以上前からあるんだよ。新しい部屋だと(家賃)7、8万はするね」
 村が高齢化、過疎化して人が住むことを困難にさせている限界集落という深刻な問題がある。
 限界集落は山村だけではなく、都心でもおきている。
 ここ花畑団地は足の便がまだいいので、過疎化には至っていないが、高齢化は着実に押し寄せている。

花畑団地を歩く筆者
フィリピン雑貨店に並べられていた惣菜

リトル・マニラ

 竹ノ塚駅周辺にはフィリピンパブが密集し、リトル・マニラと言われている。
 フィリピン雑貨店ーー。
 肉付きのいいフィリピン人女性店主がいる。
 カウンターには魚の頭とタイ米風ライスがセットで売られていたり、フィリピン産の煮物がずらりと並んでいる。
 2組のフィリピン人女性が男の子を連れて入ってきた。男の子たちはみな日本語が達者だ。テーブルで休み、フィリピン菓子と甘い中国産飲み物を飲んでいた早川副編集長と私に向かってフィリピン人女性の子どもたちが「韓国の人だよ」と言った。子どもたちにとって日本人も韓国人も似たり寄ったりなのだろう。
「(店の女に)なんで竹の塚って、フィリピン人が多いんですか?」と私。
「家賃が安いんだよ」
 2組のフィリピーナのうちのひとりはいまもフィリピンパブで働く現役だ。
「伊勢崎線でここまで働きに来るんですよ」
 沿線で暮らす彼女たちの夫は日本人だという。六本木、上野がフィリピンパブの高級店ならここ竹の塚は大衆店なのだ。フィリピーナたちの片言の日本語は日本の男たちにとって麻薬的な魅力がある。「チュキだよ」と耳元でささやかれて、骨抜きにされた編集者がいた。フィリピーナはロケット乳でくびれがすごく、いつもピルを飲んでいたので膣内射精を許し、情熱的な腰のグラインドで編集者は一滴残らず白濁液を注ぎ込むのだった。編集者はマニラまで足を伸ばし、10数人の家族すべて面倒をみて結婚資金1000万円すべて失った(結婚はできなかった)。
 私たちは店を出て車にもどろうと、踏切を渡った。すると線路に食べ物が散乱して詰まっているのを警備員がしきりに箒で掃除している。先ほど見たフィリピン雑貨店の料理のようでもある。
 伊勢崎線に並ぶように線路沿いに店が建ち並び、フィリピンパブ街に少しずつ灯りがともってきた。
 駐車場にもどると、横に止めていたワゴン車の運転席から若い女が降りてきた。狭い隙間からやっと降りたことにストレスが溜まっているのか、早川副編集長の小さな車にガンを飛ばした。
 本日も足立区、炎天なり。


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本橋信宏(もとはし・のぶひろ)
1956年埼玉県所沢市生。早稲田大学政治経済学部卒。私小説的手法による庶民史をライフワークとしている。『ベストセラー伝説』(新潮新書)、『歌舞伎町アンダーグラウンド』(駒草出版)など著書多数。80年代のアダルトビデオ業界を描いた『全裸監督 村西とおる伝』(太田出版)がNETFLIXでドラマ化、全世界配信され記録的大ヒットとなる。