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「裏事情」三日月ゆう【ナックルズ文芸賞 受賞作品】

第1回(令和5年)ナックルズ文芸賞
『ナックルズ優秀賞』受賞作品

「裏事情」
三日月ゆう


「お会計はこちらになります。」

 ​​無機質な声で出された明細を見て俺は一瞬気を失いそうになった。35万円!? ウソだろ! これってぼったくりじゃん!

 ちょっとした好奇心もありヤリ目も兼ねた小遣い稼ぎに盗撮とかしてネットで売ってみようかなーって軽い気持ちで相手探しにマッチングアプリ始めてみたら速攻繋がってトントン拍子でデートにこぎつけたまでは良かったけど、相手のコが知ってるお店に行ったらこのザマだ。情けない。

 それよりどうする? 絶対この女もグルだろうから、どうにかして俺一人で逃げないと。店員は一人だけどガラ悪そうで怖いし勝てなさそう。大体マトモに喧嘩なんてしたことないし。ポケットの中には睡眠薬忍ばせてるから警察に駆け込むのもマズそうだし。焦りながらも頭をフル回転させた俺に名案が舞い降りた。

「随分なマネしてくれるなぁ。俺が新宿署のモンだって知っててやってんのか?」

 声が震えないよう右手を思いっきり強く握り締めながらカマしてやった。数日前に立ち飲み屋でたまたま隣に居合わせた二人組が話しているのが聞こえてきて何となく覚えていただけなんだけど、最近新宿署の生活安全課に超ヤバい刑事が転属になったらしい。悪さしてるヤツを脅して見逃す代わりってことで金をせしめてるとか。使わせてもらおう。

 あーどうしよう! 何でこうなっちゃったんだろ? アタシはもう終わり? カードの支払いが出来なくて体験入店でキャバのバイト始めたら、先輩のコにこっそり裏バイトの代打頼まれただけのド素人なのに。普段はマジメなOLだし、捕まったら会社クビ確定かな? 自慢じゃないけど使えないバカ上司の下でも結構ヤリ手で周りからは認めてもらえてるのに。アプリで引っ掛けたバカを知り合いのお店に連れてくだけで簡単だからって言われたけど、怪しいしやっぱ断ればよかった。もー最悪。

 どうしよう、この店員ってやっぱヤクザとか半グレだよね。関わり持ちたくない人種なんだけど。後から警察なんか連れてきやがって落とし前つけろとかって詰められて売り飛ばされたりするのかな。何とかして逃げなきゃ。キャバは電話で辞めるって言えばいいし。

 何で警察が来るんだ? シャレになんねーぞ、マジで。俺は思わず泣きそうになった。だって、ただのバイトなんだから。それも初日で一人目の客だし。パチスロの負けが込んでSNSで高額バイトに応募して、簡単な説明のみでこの店に店員として廻されただけなのに。気が小さくて悪いことなんかしたことない超カタギのマジメなフリーターなのに。振り込め詐欺とか強盗とかじゃないし、ハッタリで何とかなるかと思ってたけど世の中そんなに甘くはないのかよ。

 どうしよう、説明してくれた人は何かあったらケツ持ってやるから安心しろって言ってたけど、さすがに警察はムリだろ。摘発されたら後で何されるか分んないし。追い込みとか掛けられそうだし。そーいえばヤバい刑事が転属してきたから気を付けろって言われたような。どう気を付けるんだよ、既に来ちゃってるし。そのまま帰ってもらったとしてもカモを逃したってことでボコられるのは確実だし。あーもうホント泣きたい。

「こんなマネしてタダで済むと思ってんのか、コラ!」

 うわー怖いよ、この人。追い打ち掛けないでよ。聞かされてたヤバい刑事だよな、絶対。どうすりゃいいんだ?こうなったら腹決めるしかないのかよ。

 俺は車を走らせながら焦りまくっていた。勤務先の闇金の事務所で仮眠していたら携帯が鳴って、今日から雇った裏仕事のバイトから下手打ったと聞かされたからだ。裏仕事とは言っても闇金が副業として経営してるぼったくりバーなのだが。

 大体、転職先がマズかった。元々は普通の消費者金融で働いていたのに激務で辞め、転職を繰り返して闇金に流れ着いたら裏でぼったくりバーもやってて新人は強制的に手伝わされるなんて。しかも一人で。何でこんなメチャクチャでヤクザな会社に入ってしまったんだろう。もう面倒だしヤバいし摘発されて捕まるのも嫌だからこっそり個人的にSNSでバイトを雇ったら、そいつが初日からやらかしちゃって。よりにもよって客を殺しやがっただと。それも相手は警察だと。死体を運びたいから車を貸してくれだと。

 何でこんなバカを雇ってしまったんだろう? 普通殺すか? 客がゴネて揉みあいになったらカウンターに頭ぶつけたらしいが、知るか! しかも警官殺しなんてあり得ない。こんなのが会社にバレたら俺が殺されてしまう。幸い、表仕事で借金のカタに預かったワンボックスの車があるから、全てバイトに任せて後は逃げちゃえ。面倒ごとはゴメンだ。殺したヤツが悪い。責任は全てバイトにある。

 店が入っている雑居ビルの裏手のコインパーキングに車を停め、大きく深呼吸してから電話をかけると程なくして荷物運搬用の台車を押しながら新人バイトとキャッチの代打らしい女が顔面蒼白で足を震わせながらやって来た。二人とも結構な量の汗をかいて目線が泳いでいる。動揺しているようだ。当たり前か。台車にはタオルを何枚も掛けて隠された荷物が載っていて、タオルの一部は少し赤く染まっている。うわ、これ死体? こんなの初めて見たよ、怖くてマトモに見れないよ。コイツらよく運べるな、頭イカれてんじゃねーの。

「す、すいません」

 新人バイトが震えまくって泣きそうな声で言ってくるから、必死で冷静を装いながら、責任取って二人だけで奥多摩かどっかの山中に埋めて車はここに戻してキーは郵送で送るよう指示してやった。それから、今日限りでクビを言い渡し、口外したり警察に駆け込んだりしたら後から追い込むと脅しをかけてその場を去った。あれだけビビッてたら妙な気は起こさないだろう。後は知ったこっちゃない。とっとと退職してマトモな転職先探そう。

 俺は手が汗ばんで足が震えて心臓が破裂しそうながらも何とか車を走らせて郊外まで来たところで路肩に停め、一息ついた。助手席には代打女、後部座席には偽刑事が座っている。

 腹を決めて、ただのバイトの初日だから助けてくれって泣きついて良かった。それを聞いた相手から警官ってのは嘘だって告白された時は開いた口が塞がらなかったけど。挙句に代打女もキャッチなんか初めてで普段はOLだって告白し出すし。何が何だか分からないまま上手く逃げる方法を相談する中で代打女から出てきた突飛なアイデアに乗っかったのも良かった。

「警官を殺しちゃって処分したいから車貸してくれってことにすればいいんじゃない?」

 まさか店員がド素人で客も偽警官だったなんて意味不明にも程があるって思ったけど、アタシもただのOLだって告白して良かった。

 普段の仕事でのバカ上司転がしが役に立ったのも良かった。どうしましょうって指示仰ぐより具体的にやる事を提案して、それも○○しますって言い切った方が勝手にやらせてもらえることが多い、面倒な案件ほどこの傾向が強いってことを自然に学んで実践してるけど、意外な場面で使えるもんだ。

 死体の処分なんて面倒な案件には誰も関わりたくないだろうから勝手にやってくれって話になるハズだし、我ながらいいアイデアが浮かんだわ。

 まさかぼったくりの店員から泣きつかれるとは思いも寄らなかった。実は警官だってのは嘘だからどうしようもないって告白したら二人ともドン引きしてたけど、店員が素人でキャッチも代打の素人だったってことにはこっちがドン引きだよ。

 このカオスな状況から逃げ出す方法もカオス過ぎるし、手伝わないならケツ持ち呼ぶとか言い出すから仕方なく協力したけど上手くいってホント良かった。

 バレたらどうなるか分からないから皆震えまくりでの実戦だったけど何とかなるもんだ。丁度トマトジュースがあって演出できたのも功を奏したのかも。後は適当なタイミングで車を戻すだけだ。
 ふと思いついたけど、上手くやればこの二人から金引っ張れるかも? ネットに書き込むとかって脅して。取り敢えず連絡先交換しとこっと。

終わり