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「邪魔だから刺した」金銭トラブルで恨み幼い姉妹を殺したのは……|坂出親族3人殺害事件・川崎政則

香川県坂出市で祖母と2人の孫娘が行方不明に。マスコミに疑われたのは、子どもたちの父親。逮捕された犯人は、祖母の義弟だった。
週刊誌記者として殺人現場を東へ西へ。事件一筋40年のベテラン記者が掴んだもうひとつの事件の真相。報道の裏で見た、あの凶悪犯の素顔とは。

疑われた父親、真犯人はーー

 嘗て塩田でその名を知られた香川県坂出市。人口約5万6千人の静かな町が、日本中の耳目を集めたのは2007年11月16日だった。山下清さん(43)の長女茜ちゃん(5)と次女彩名ちゃん(3)が、隣に住む祖母の三浦啓子さん(58)宅に泊まりに行き、忽然と消えたのだ。県警担当記者が言う。
「7時50分頃、携帯に出ない実母・啓子さんを心配した母親(34)が訪ねると室内に多量の血痕が見つかった。寝室のカーペットはL字形に切り取られ床に血が滲んでいた。山下さん夫妻が警察に届けたのが9時、この1時間が後に物議を醸すこととなった」

 義母や娘の情報提供のため清さんは連日取材に応じていた。だが有名版画家と同姓同名で事件当時は無職、当初はスポーツ刈りだった頭を突然スキンヘッドにするなど一挙一動が注目された。テレビ関係者が述懐する。
「山下さんの映像を流すと視聴率が上がったのは事実です。みのもんたさんが朝ズバで『普通すぐに電話しない? 不思議だね』とあからさまに犯人扱い。警察車両で買い物に出た清さんを『任意同行されました』と民放のアナウンサーが絶叫。女性タレントがブログで『あれは絶対父親の仕業』と書き込み、事務所が1年間活動停止にするなど、いま思えば常軌を逸していました」

 事件発生から10日後、わたしは揣摩憶測が飛び交う坂出市に、後方支援として入った。高松空港からレンタカーで30分、現場を見渡せる綾川の土手には、カメラを構えた報道陣が大勢屯していた。マスコミに不信感を募らせた清さんは、取材に応じることはなかった。翌日の11月27日、事態は大きく動いた。
 啓子さんの妹の夫・川崎政則(61)が死体遺棄で逮捕。21時55分、坂出署に連行された川崎はグレーのジャンパーで顔を覆い、わたしの前を通り過ぎた。県警の記者会見。
「状況から流しの犯行はうすく、顔見知りの犯行だろうと。被疑者は直後から行方不明になっていて、内偵捜査する中で金銭トラブルが分かり、車両検証結果も併せて絞った」

若かりし頃の川崎政則の肖像写真。
殺害された啓子さんの義弟であり、姉妹の大叔父にあたる

 川崎政則の自宅アパートと現場は約1キロ。4月に妻(53)が肺がんで死亡、長男と二人暮らしだった。数年前から坂出市内のパン製造会社で臨時職員として勤務していた。勤務態度に問題はなく、近所の人も「小柄でおとなしい人だったが、丸亀の競艇場でよく見かけたから博打が好きだったようです。あんな腰の低い人が信じられない」と戸惑いながら語る。しかし、知人は「長男を虐待していたと聞いたことがある。キレやすいタイプではあった」と別な顔を証言した。

 幼子まで殺すほどの犯行の動機はなんだったのか。啓子さんとの金銭トラブルは約15年前にさかのぼる。司法担当記者が解説する。
「川崎が勤めていた会社に金融業者から電話があり、妻が啓子さんのために借金していたことが判明。『借金の肩代わりが妻を苦しめた。妻が相続するはずの実家の財産を奪われるのも嫌だった』と供述している」
 起訴状によれば、和室に寝ていた啓子さんを刃渡り17センチの洋包丁で胸などを刺し殺害。
「足下に寄ってきて邪魔だったので刺した」
 これが幼い姉妹殺害の動機だった。返り血を防ぐため雨合羽を着用、3人が失踪したように自転車を持ち出した偽装を「自分でもよく思いついた」と供述したという。

 裁判は、川崎政則の責任能力の有無が争点だった。
「弁護側は精神鑑定の『知的能力が15歳程度と低く少年法の趣旨から死刑回避』を主張した。検察側は、死体を遺棄するための穴を事前に掘り、隠蔽工作など完全責任能力が問えるとした」(司法担当記者)
 事件から1年4ヶ月、一審の高松地裁は死刑を求刑。2012年7月、最高裁は上告を棄却、死刑が確定した。2年後の2014年6月26日、谷垣禎一法相(当時)は「慎重に検討して執行した」と発表した。

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小林俊之(こばやし・としゆき)
1953年、北海道生まれ。30歳を機に脱サラし、週刊誌記者となる。以降現在まで、殺人事件を中心に取材・執筆。帝銀事件・平沢貞通氏の再審請求活動に長年関わる。