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『残俠』俊藤浩滋と関本郁夫の出会いが生んだ残日の任侠映画に想いを馳せて【後編】

俊藤浩滋と関本郁夫が生んだ残日の任俠映画『残俠<ZANKYO>』をめぐる秘話。【前編】と併せてお楽しみください。

見栄えの悪い現実より美しい虚構、夢とロマン

 他のキャスト陣は、辰五郎の幼馴染で妻となる千代子を高橋かおり、舎弟に中野英雄と薬師寺保栄、若き日の因縁から辰五郎をつけ狙う宿敵の遠山吾一に加藤雅也、その舎弟に古田新太、柴垣の父の仇である梅川弦次にビートたけし、その相棒の繁八に本田博太郎、弦次の舎弟の岩男にそのまんま東、辰五郎の俠客としての成長を見守る重鎮、森脇重三郎に松方弘樹。さらに被差別部落出身の若者、輪形次郎として俊藤浩滋の孫である俊藤光利、在日コリアンの若者、李には大相撲の寺尾(後の錣山親方)を義父に持つ寺尾由布樹……。映画に添えられたキャッチコピー「騒がせる! この顔ぶれ」の言葉通り、実に豪華で賑やかな名前が並ぶ。そして彼らは、従来の「任俠映画」とは一味違う存在としても映画に厚みを増している。
 悪役の遠山吾一は、岩城辰五郎の宿敵として冒頭から結末まで強烈な存在感を発揮している。金と義理を織り交ぜながら他人を唆し辰五郎をつけ狙う。演じる加藤雅也は、冒頭を除いて隆としたスーツ姿である。他の人物が古色蒼然とした中、独りモダンでスタイリッシュな出で立ち。往時に準えればさしずめ天津敏であろうか、そこに冷酷極まる残忍さが浮かび上がり、酷薄な二枚目を演じ切っている。そんな加藤のデビュー作は実は二作ある。公開順では一九八八(昭和六三)年七月一六日公開『マリリンに逢いたい』だが、実は同年一〇月一九日公開『クレージーボーイズ』が撮影順の第一作である。この順序が入れ替わったのは、奥山和由の「不良少年より好青年でデビューした方が良いだろう」という鶴の一声による。そして『クレージーボーイズ』の監督は、関本郁夫である(なお松竹公式サイトや諸々の情報で「クレジーボーイズ」と表記されているが、タイトルロール、パンフレット、VHSソフト等の作中表記は全て『クレジーボーイズ』である)。関本の手に残る脚本は『塀の中の少年たち(仮題)』となっており、誰がいつ現在の表題に改めたかは記憶にないというが、おそらく奥山和由周辺が酷似する作品名との混同を避ける為、クランクインの直前にでも変えたものだと推測される。加藤はその真のデビュー作以来一〇年振りの関本作品への参加となったが、ここから新たな出会いが生まれた。この映画の後、加藤は北野武監督『BROTHER』(二〇〇〇)と松方弘樹監督『OKITEやくざの詩』(二〇〇三)に出演(後者は主演)。いずれの監督もこの映画での共演者であり、撮了後にオファーを受けたという。俊藤は加藤を「えぇ悪役ワルができた」と激賞したが、その存在感は北野や松方にも印象に残ったようだ。「任俠映画では、の着物をスパッと着て兵児へこ帯を締めているのがカッコいい。昔なら本当はよれよれの着物やろう。絽の着物に草履でなんか殴り込みにいくわけがない。当然ながら地下足袋を履いて縄の襷掛たすきがけをして行く」(『任俠映画伝』)と語る俊藤。そして『クレージーボーイズ』は冒頭、不良少年たちが夜闇に乗じて中古車センターに盗みに入る。通常であれば姿を隠しコソコソと行動すべきところ、そして加藤もそのように動こうとしたところ、関本の喝が飛んだ。「そういうのは主役の芝居やない。もっと堂々と歩かんかい。菅原文太がコソコソ歩くか」と。それじゃバレるだろうという懸念は当然だが、関本は「映画の主人公はカッコよくなければいけない」と考え、そうした演出を施す。この「見栄えの悪い現実より美しい虚構」、俊藤の言葉を繰り返すが「夢とロマン」を求めることで、両者の思考と嗜好は極めて近しい。

関本郁夫監督『クレージーボーイズ』1988年

 映画の序盤、旅に出た辰五郎は草鞋を脱いだ組で、「ヤクザになりたい」と押しかけた輪形ら若者と同宿となる。既に風格を感じさせる辰五郎に対し、輪形らは作法もわきまえず箸の握り方も知らない。殴り込みを経て再び旅に出る辰五郎は、付いて来ようとする輪形らに「故郷へ帰れ」と告げるが、彼らは「ワシらに帰るとこなんかあるか」と絶叫する。どれだけ懸命に働いても、素性を知られると蔑まれ飯も食えない……。明言こそされないが、被差別部落出身者であるが故の悲運を吐露する。往年の任俠映画や実録路線で決して踏み込むことが出来なかった、出自を巡る差別の在り様が描かれたのは、彼らと共に生きた図越利一をモデルにしたからこそ、である。輪形は辰五郎を心から慕うが、しかし姉の芳枝は遠山の情婦だった。遠山は自身の組の金バッジを餌に、輪形に辰五郎暗殺を使嗾する。義理と義理の板挟みに苦しむ輪形だが、結局は死ぬつもりで辰五郎を襲い、返り討ちにあって果てる。「チンピラの破滅」は特に実録路線における約束事だが、出自が故の徹底的に救いのない青春が、ここでも散った。

任俠映画の定跡を破り「実在の任俠」を描く

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