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【写真家・近未来探険家 酒井透のニッポン秘境探訪】大阪府東大阪市の「人間ラブドール製造所」

ラブドールのようになってみたい

 「男も女もどんな人でもラブドールにしちゃうぞ!」というサービスを提供している「人間ラブドール製造所」(大阪府東大阪市)が大躍進をみせている。同所が誕生したのは、2017年12月のこと。これまでの間に250人以上が施術を受けている。
 「人間ラブドール製造所」では、”ラブドールそのもの”は売っていない。もちろん、製造もされていない。「ラブドールのようになってみたい」と思う人がラブドール風のメイクを施してもらい、衣装を着させてもらって写真を撮ってもらうところだ。「生身の人間がラブドールになることができる」写真館と考えればいい。

 ”ラブドール製造”は、いくつかのステップを経て完成する。「人間界からの離脱」から始まり、その後、「眼球入れ替え(カラーコンタクト装着)」、「顔面製造(施術/ヘアメイク)」、「衣装着用」、「製品お披露目・命名の儀式」と続く。

スタッフの手によって人間がドールに生まれ変わる

 まず最初に行われる「人間界からの離脱」では、”どのようなタイプのラブドールになりたいか”を選ぶことができる。「かわいい系」や「エロい系」、「フェティッシュ系」など、どんなドールになることも可能だ。「人間界からの離脱」の後に行われる「眼球入れ替え」では、カラーコンタクトを装着することになる。カラーコンタクトは、人間の目の光を消すことができるので、すべてのお客さんにしてもらっている。その後、「顔面製造」でメイクが行われ、「製品お披露目・命名の儀式」で完成となる。なかなか手が込んでいる。

 お客さんからすれば、メイク中、自分がどんな風に変身しているかが気になるところだろう。しかし、それを見ることはできない。鏡の前に立って自分の姿を見ることができるのは、ウィッグをつけて衣装を着た後に行われる「製品お披露目・命名の儀式」のときだ。そのときお客さんは、変身している自分の姿に驚く。「命名」されるのもこのときになる。ミステリアスなのは、“仮想のオーナー”がいることだろう。「人間ラブドール」は、“仮想のオーナーの好み”によって造られる。

 筆者が「これは本物だ!!」と強く思ったのは、完成した”ラブドール”が大きな段ボール箱から出てきたときだ。このシーンで行われるのは、「梱包・開封の儀式」で、ラブドール体験のクライマックスにもなっている。お客さんは、ビニールに包まれた後、ダンボールの中に入って、その状態で写真を撮ってもらう。このような撮影は、他のサービスで体験することはできない。ちなみに、新品のラブドールを買った場合、大きな段ボール箱に入れられて届くことになる。ラブドールを購入した人たちは、段ボールを開封するときに写真を撮る。それと同じことが行われると思えばいい。まさに“儀式”という言葉がピッタリなのだ。その後、新レイヤさんによる「製品撮影」が始まる。

綺麗に梱包された姿は、まさにドールそのもの

 お客さんからしてみれば、「梱包・開封の儀式」まででも「ワクワクドキドキ」だ。で、あるにも関わらず、製造プランはまだ続く。「製品撮影」のシーンでは、完全な”ラブドール”として扱われることになり、”ラブドールになった状態”で撮影が行われる。“人間として扱われる”ことはない。ここが写真館での撮影と良く似ているところになる。現実に戻ってこられるのは、「ひとり遊び(自撮りタイム)」の後にある「人間界への誘い」のときだ。お客さんは、かなり長い時間、“ドールそのもの”になっている。

 実に摩訶不思議なサービスであるとも言えるが、これら一連の施術は、製造師の新レイヤさんと顔面製造化粧師によって行われている。ユニークなのは、「ひとり遊び(自撮りタイム)」があることだ。このシーンでは、お客さんが自分のスマホなどで自撮りを楽しむことができるようになっている。自分のスマホに写真を残せるのも嬉しい。

ポーズを撮って撮影。自撮りもできる

 新レイヤさんは、ファッションや人物を専門に撮影をしているプロのカメラマンだ。モデルとなっている人の魅力や洋服のエレガントさを引き出すのは超一流で、朝から晩まで休みなく仕事をしている。このことは、「人間ラブドール製造所」での仕事にも生かされている。その撮影テクニックは、見ていて驚かされることが多い。 筆者は、これまでに何度か「人間ラブドール製造所」の仕事を見ているが、いつもマジカルなものを目の当たりにさせられている。「製品撮影」の際、新レイヤさんは、お客さんに『目線』の指示を出すのだが、そのときには、“人間っぽさ”が消えているのだ。“ラブドールそのもの”が目の前にいると言ってもいい。「魔法にかかっている」ようなのだ。 すべての製造工程を無事こなし、人間界に戻ったお客さんは、パソコンの画面で“製品写真”(新レイヤさんが撮った写真)を見ることになる。ここで出会うのは、「まったく知らない自分」だ。今回、「人間ラブドール」体験をした女性に話を聞いた。  「人間ラブドールになってる間、本当に魔法みたいで自分のことを可愛いいって思えました。みんなも経験してみたら物事の見方とか価値観とかが変わるかもしれません。ラブドール体験は、すごく満足しているし、また何回でもドールになりたいです。普段、わたしは人間として生きていますけど、自分の感情を表に出したり、思っていることを相手に伝えたりするのがすごく下手なんです。不器用なんですね。ドールになってすべてを相手に委ねるのは、すごく心地の良い空間でした。「人間ラブドール製造所」の方々は、偏見も何もない人柄を生み出してくれました。」(めーちゃん)

 彼女は、「人間ラブドール」になってから、別人のようになっていた。いや、別人ではない、“人間っぽさ”が抜け、“ドールそのもの”になっていたのだ。とても不思議なことが起きていた。

 「元々、わたしは可愛くなりたい、綺麗になりたいという願望が強かったのですが、それを叶えてくれるサービスだと思いました。オリエント工業のラブドールは、自分の理想だと思っています。人間ではなく、人形になりたいと思ったこともありました。だけど完璧な人形に近づくのは難しいですよね。「人間ラブドール製造所」は、ネットで見つけました。アルバイト生活の自分には厳しい値段でしたが、『叶わないと思っていた願いを叶えられるものなら!』と、頑張れました」(めーちゃん)

 めーちゃんの「人間ラブドール」名である「めーちゃん」は、彼女からのリクエストだ。オリエント工業のラブドールも癒し系でカワイイが、この日のめーちゃんはそれ以上に可愛かった。ここには、とても理想的な“時”と“空間”があった。

 「めーちゃんはお越しなったときからお人形のように可愛らしくて、この子から人間味を取ったらどんな人間ラブドールになるのだろうと胸がときめきました。女の子は、小さい頃から人形遊びをするせいか、潜在意識として人形は可愛いって思っているんです。自分もまたそうでした(笑)。普段はヌード撮影もしていますが、人間ラブドールの撮影の場合は、いつもと真逆のポージングをすることになりますね」(カメラマン/製造師 新レイヤさん)

 近年、女性とのセックスを擬似的に楽しむための愛具だったラブドールをガールフレンドに見立てて連れ歩いたり、スタジオセットを組んで写真を撮ったりと、ラブドールを取り巻く環境は、大きな変化を見せている。そこに登場したのが「人間ラブドール製造所」だ。

一生に一度の思い出になることは間違いない

 数多くの人たちを惹きつけている「人間ラブドール製造所」は、”逆転変身専門店”ということができるだろう。もちろん、男性のお客さんも多い。女性だけでなく、男性も変身願望を持っている。今では、あまりにも卓越した技術がSNSや口コミなどで広がり、社会現象にもなっている。基本料金は、5万円(税別)で、様々なオプションをつけることによって金額が変わる。問い合わせは、「人間ラブドール製造所」まで。


写真・文◎酒井透(サカイトオル)
 東京都生まれ。写真家・近未来探険家。
 小学校高学年の頃より趣味として始めた鉄道写真をきっかけとして、カメラと写真の世界にのめり込む。大学卒業後は、ザイール(現:コンゴ民主共和国)やパリなどに滞在し、ザイールのポピュラー音楽やサプール(Sapeur)を精力的に取材。帰国後は、写真週刊誌「FOCUS」(新潮社)の専属カメラマンとして5年間活動。1989年に東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件(警察庁広域重要指定第117号事件)の犯人である宮崎勤をスクープ写する。
 90年代からは、アフロビートの創始者でありアクティビストでもあったナイジェリアのミュージシャン フェラ・クティ(故人)やエッジの効いた人物、ラブドール、廃墟、奇祭、国内外のB級(珍)スポットなど、他の写真家が取り上げないものをテーマとして追い続けている。現在、プログラミング言語のPythonなどを学習中。今後、AI方面にシフトしていくものと考えられる。
 著書に「中国B級スポットおもしろ大全」(新潮社)「未来世紀軍艦島」(ミリオン出版)、「軍艦島に行く―日本最後の絶景」(笠倉出版社 )などがある。

https://twitter.com/toru_sakai