Z世代狙いも響かない……真夜中の渋谷ドン・キホーテ【鈴木ユーリ「ニュートーキョー百景」】#7
あんなにも真剣に『ガイアの夜明け』に見入ったのは初めてだった。
独占!ドン・キホーテの新戦略。グループとしての売上高が2兆円に迫るなど絶好調。一方、ドンキのPB商品だけを集めた店を東京・渋谷にオープンさせるという一大プロジェクトも進んでいた。そこには創業者の夢が……。番組の中盤、ぬめるようなグレーのスーツにオールバックの、あの本職みたいな安田会長が登場する。
「オイ、これ俺がパラオの北で釣ったやつだよな?」
青々とブラックライトに照らされた中目黒店の水槽をなでながら、お付きの人にいう(この人も目つき怖い)。会長は水槽を設置するわけを、「都会に憩いを出したい。癒しを」とダミ声で説明するが、いうまでもなく熱帯魚とは会長の世代のヤクザに共通する趣味でもある。とはいえ、ああ見えてドンキの水槽は珍種やレア種が生息する水族館以外では国内屈指のアクアリウムだという。ディズニーランドがそこらの植物園以上に世界各国の豊かな植物を繁殖させてるみたいな話だ。
番組の後半は会長の独断場だった。
「私は渋谷を愛してますからね。大きなビルを作ってガラッと街を変えたい」
会長はこの夏、渋谷に大型複合施設『道玄坂通』をオープンさせた。オフィスやホテル、ショップが一体となった28階建のビルを作ることは20年来の夢だったという。旧ドンキ跡に建てられたこのビルを、『道玄坂通』と名付けた理由は、「中を抜け道のように自由に使ってもらいたい」と一階に小路を走らせるヴィジョンがあったから。だけでなく、「一時的に損しても、渋谷のためにはこのほうがいい」と完成した一階部分を独断で壊させ、小路をさらにひろげて風通しをよくする様子も映しだされていた。
すごい。なかなかできることじゃない。かっこいい。
オープンから1ヶ月、実際に店舗に足をはこんでみた。
びびった。ガラガラじゃねーかよ。
主軸となる新形態の店舗「ドミセ」だけじゃない。一階のテナントのスイーツやサラダがメインのカフェも、日本初進出のシアトル発のハンバーガー屋も、2階のウェルネスサポート施設だって、「閑古鳥が鳴いてる」という古くさい形容詞をつかいたくなる惨状である。そもそも「大型商業施設」と謳ってはいるが、再開発高層ビルのひしめく渋谷にあっては敷地面積のせまい中型ビルなこともなんだかなあ。
僭越ですが、会長、よろしいでしょうか。
大変申し上げにくいのですが、この渋谷の新店舗は失敗かと。熱い志には感動しましたし、東京湾に沈めないでほしいのですが、どう見てもすべってます。
らしくないのである。彼女の趣味でデート服を着せられてる野暮な彼氏のようだ。せめてエントランスには、ドンキ史上最大となるような巨大水槽がほしかった。肝いりの小路も、ただでさえ路地だらけの渋谷にあって中途半端で、通りぬけられそうな雰囲気も感じられず、ぜんぜん人が行き交ってない。結果、わきの道玄坂小路がさらにこみあってる始末だし、傾斜してる地政学上しかたないことかもしれないけど、円山町への抜け道もわかりにくい。ドンキでお菓子やアルコールや電マをどっさり買いこんでから、肩よりそってラブホ街へ、という黄金ルートも閉ざされてしまってる。退化してどうする。旧店舗のほうがまだ、若い恋人たちに(もしかしたらその後のセックスより)最高の時間を提供してくれてた。
文句はまだある。一階にドーンとある「道玄坂通」と照写された水色とピンクのネオ系のネオンとか、あれ正気ですか? まさか会長、ドンキのエモさが、つけ焼き刃のZ世代へのおもねりで表現できるとお考えなわけないですよね?
んなわけない。ドンキはありのままでエモいのだ。
どぎつい黄色と赤で彩られ、ブスなペンギンが手を広げたエントランスをくぐれば、店内にはところせましと人間の欲望をつめこんだような商品がならぶ、あの姿がエモいのだ。
もし「エモい」という言葉が適切ではないとしたら、ドンキは「懐かしい」。坂口安吾がいう「人間のふるさと」みたいなところがある。
夜に生きる人間にとっての「ふるさと」。
いや、ちがうな。
9割の日本人にとっての。