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【特別公開】一人暮らしの歳時記 1月

【注意】この記事は、自由炊事党機関誌「自炊のひろば」第3号に掲載されるはずだった(が諸々間に合わなくて発行中止になってしまった)記事を、特別に公開するものです。都合により予告なく公開範囲を変更しまたは公開を取りやめる場合がありますので、ご了承ください。

1月

なますとお雑煮

 母方の祖父は山梨出身で、三世帯暮らしをしていたころはよく田舎暮らしのエピソードを話してくれた。夏休みのたびに母も山梨に遊びに行っていたらしく、椎茸の収穫を忘れると一晩で食べられない大きさに化けてしまう話や、鶏などを飼って卵をとっていた話など、牧歌的な田舎の思い出を聞いたものだ。料理をしない祖父が唯一作ってくれたのが、かぼちゃが煮とろけて汁がオレンジ色に染まった、具だくさんのほうとう風うどんだった。
 今では私も一人暮らしだが、毎年冬になると、山梨の親戚から手作りの干し柿をいただく。そのまま食べても美味しいのだが、寒空にさらされて堅く締まった実は、和え物にするのがよい。
 一人暮らしでおせちを作ろうだなんて、いくら料理が好きでも滅多に考えないことである(過去に1回だけやったが、当分はやらないでよいと思った)。それでも正月らしいものは作りたい。
 そんなときにちょうど良いのがなますとお雑煮で、まずはなますの話をしよう。
 大根と人参は皮をむいて10cmくらいの長さに切り分け、なるべく細く千切りにする。手切りで美味しく感じられる細さにするのは至難の業だから、ピーラーでスライスしたものを重ねてなるべく細く切るのが良い。板状の大根をトントントンと細切りにしていると、蕎麦職人になったかのような気分である。それらを塩もみしてよく水分を絞る。大根は本当に水分が多いから、一かたまりずつ手にとって、ぎゅうぎゅうと絞ってしまうくらいがちょうどよい。
 砂糖と酢で味付けし、ここで出てくるのが、山梨の干し柿である。ヘタをとって細切りにし、大根と人参の入ったボウルに加える。野菜の水気と調味料の汁気を吸ってとろりとした食感を取り戻し、酸っぱいなますに甘さとねっとり感を加えてくれる。
 干し柿の入ったなますは、実は母も父も好きではない。ひとり暮らしをはじめる前に核家族生活を送っていたときは、家族3人中2人が好きではないのに、毎年僕が干し柿入りのなますを作っていた。今では一人暮らしだから、誰も反対する人はいない。とはいえ、たくさん食べると飽きてしまうので作りすぎは禁物である。

 もう一つ毎年作る正月料理は雑煮で、こちらは父方の味付けを引き継いでいる。父は富山出身だが、全く富山らしくない雑煮が受け継がれている。簡単で美味しいから、母も真似して、すっかり我が家の定番となったものだ。
 干し椎茸は汚れを落としてぬるま湯で数十分かけて戻す。琥珀色の出汁が出たら水を加えて火にかけ、戻した椎茸の石づきを落として細切りにしたら鍋に入れる。餅がお椀に張り付かないようにするための敷き大根は、なますの残りに使ったものを薄い輪切りにしてチンする。みつば、なると、茹でた小松菜を用意しておく。茹でるといっても、小松菜の入ったボウルにケトルで沸かした熱湯をぶっかけ、2分くらいしたら水で〆めるだけの簡単なものだ。
 椎茸出汁に鶏ガラスープの素を加えるのが我が家流。最後に麺つゆと料理酒で味をととのえ、2割中華、8割和食のお雑煮の完成である。

 お椀に敷き大根をのせて焼き餅を置き、汁をかけて具を適当に散らす。肉を使わないから出汁は透き通っていて、正月料理が続く中でほっとひと息つけるさっぱりした美味さなのだ。


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