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おでんでごはんは食べられない

前にどこかに書いたかもだが、実家のおでんとは「大鍋にありったけの練り物と大根を突っ込んで強火でガーっと煮たやつ」のことだった。すべての練り物から味が抜け、かといって大根にその味を含ませるには煮る時間が足りず、ちょっと固くて、ちょっと苦くて、子供には苦行でしかない代物。味もあるんだか無いんだか中途半端で、何を頼りに飯を食べたらいいのかよくわからない。正直おでんの日は心の底からがっかりしたものだ。もしかしたら「がっかり」が口に出てしまってたかもしれない。

母はとても料理が上手な人ではあったが、とにかく忙しいのだ。フルタイムの仕事以外に、家で学習塾もやっていた。仕事終わって帰宅したら、もう気の早い子供たちが来ている。晩ごはんのしたくなんてしている暇はない。だから「強火でガーっ」だ。それしかないのだ。

おまけにイライラとただご飯を待つだけの父がいる。気が向いた時だけ「高貴な俺様料理」はするが、日常の炊事は女の仕事と軽んじてる父がいる。祖母に溺愛されて育った九州ぼくちゃんゆえ、台所に醤油を取りに行くことすらしない父が、ひたすらイライラしながら、しかも「俺様は腹を空かせてイライラしてるんだぞ」アピールをしながら待っている。おでんの鍋がグラグラ煮立って吹きこぼれそうになっても、火を弱めることすらせず待ってる。そんな夜にじっくりコトコト煮込んだ大根が作れる訳が無い。父の口に一刻も早く食べ物をお届けするためには「強火でガーっ」しかないのだ。

かといって私たちも子供だったから、美味しいおでんは作れない。チャーハンやハンバーグなら子供なりに「目指す高み」は見えているが、おでんは無理だ。どんな味を目標にすればいいのかさっぱりわからない。実際おでんを美味しいと思えるようになったのは、ハタチを超えてからだと思う。

味噌で真っ黒に煮込まれた名古屋おでん

しかし美味しいと思えるようになっても、相変わらずおでんではごはんは食べられない。好きなタイプが関西や金沢などの「美味しいだし、素材を生かした薄味」だったせいもある。味噌だれや生姜だれをかけるタイプであれば、少なくともそのたれの塩分がごはんに寄り添う。そもそも濃い味の汁であれば、煮詰まったしょっぱさでなんとかいける。でも私の好きなおでんはそうではなかった。今でもおでんではごはんを食べられない。酒だ。

ホッキガイのおでん。めちゃくちゃうまい

しかしある日、別の突破口が開いた。

それは名古屋で飲食店をやっていた時のことだ。いつのころからかうちの店は、周年記念に「おでん屋JIROMAL」を開催するようになっていた。なので秋になると今年の新ネタのために、東京や大阪の美味しいおでん屋に勉強に行くようにしていた。そこで出会ったのが「きつねうどんおでん」である。

なぜこれに気づかなかったのだろう。「おでんはごはんのおかずでは無い」と主張しながらも、炭水化物は欲していた。明太子やふりかけ等を持ち出して、おでんのあとにごはんだけ食べたりしていた。何も米に固執することはなかったんだ。うどんだ。うどんでいいじゃないか。美味しいだしと、うどん。さらに大好きな油揚げ。何の文句があろうか。

細かいことをいうとこれ、きつねうどんと言いながらも、普通のきつねうどんではない。揚げを甘辛く炊いてうどんに乗せた例のアレではないからだ。でも実は私はあの甘い揚げがちょい苦手なんだ。大阪の味偏愛でありながら、けつねうろんだけは避けてきた人生なんだ。そんな背景をお持ちの私には「油揚げに詰めたうどんをおでんだしで煮る」きつねうどんおでんは、最高オブ最高だったのである。

今は2人暮らしなので、ガッツリおでんを仕込むことはなくなったが、大根と卵、少しの練り物だけのものはよく作る。今ももちろんごはんは炊かない。しかしきつねうどんおでんは別格だ。むしろ〆のこいつのために、すべてのおでんがあるのかもとすら思う。みんなも一度作ってみて欲しい。」

【きつねうどんおでん】


<材料>
おでんの汁、油揚げ、うどん

1・油揚げの上から箸を転がし、開きやすくする
2・慎重に油揚げを開く。とはいえ中身はうどんなので少々の穴くらいでは飛び出してこないので安心
3・破れないように気をつけながらうどんを詰め、爪楊枝で止める
4・おでんの鍋に入れて温める

・うどんは冷凍でも茹でうどんでも、乾麺を自分で茹でてもいい
・油揚げは東京で普通に買えるサイズだと、うどん1/2玉くらい。京都の大きなお揚げさんに1玉全部入れて、枕みたいなやつを構築するのもまたよろし。

ちなみにおでん以外にも、ごはんのおかずにならない食べ物はたくさんある。シチューも、刺身も、シュウマイも、肉じゃがも、それをおかずにごはんは食べられない。あれ?ただの偏食かな。

めちゃくちゃくだらないことに使いたいと思います。よろしくお願いします。