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カツ丼で爆発した

1983年、高山へ女子旅をした時の話だ。あの日は大人の階段を大いに登ってしまった。大人の女性が数人で旅をする時はどうするのが「普通」なのか知った日である。あらかじめ「東京駅出たらすぐガンガン飲むぞ」と打ち合わせ済みの旅以外は、カツ丼とビールはやめろと知った日でもある。次からは「午後の紅茶とアルフォート」でばっちり決めるぞと決意した日でもある。83年にはまだ午後ティーなかったけど。

でもカツ丼、美味しいよねえ。私は物心ついた時にはもうカツ丼が好きだったと思う。還暦を超えた今でもカツ丼と聞くと心がざわざわするもの。ハタチのころなんてカツ丼に命を捧げていたと言っても過言ではないだろう。土曜日のテレ東ゴールデンタイムに「日本一の丼選手権!丼四天王の戦いを制するのは一体どの丼か!?」なんてのを見かけようもんなら「カツ丼以外の選択肢あるか!」と本気で怒ってたし、バイトの日は帰りに「さぼてん」でとんかつ買って家でカツ丼パーティしてたし、dancyuのとんかつ特集を読みながらカツ丼食べたりもした。83年にはまだdancyuなかったけど。

オットもカツ丼が大好きである。30年近く前、オットがやっていた「B級料理王」というホームページのプロフィール欄をみんなに見て欲しい。「好きな食べ物:カツ丼、春巻き、コロッケ」と書かれているから。しかもそれ、50を越えた今になっても三大好きな食べ物だから。彼もまた、ほんの幼児の時からカツ丼は大好物だったそうだ。三つ子の魂とはよう言うたもんである。

長崎駅前にて

私のカツ丼にまつわる最初の記憶は、6歳の時である。母が学生時代の友達の家に遊びに行くからと、なぜか私がお供をすることになった。先方にもお子さんがいるから、2人で遊んでくれれば母たちはおしゃべりに集中できるからという思惑があったのか。それとも私の知らぬ大昔に「いつか大人になって子供ができたらお互い見せっこしようね」と密約でも交わしていたのか。今となってはわからぬが、ともかく長崎はオランダ坂の近くにある白くて素敵なお宅に我々はお邪魔した。広い庭からは海が見下ろせ、庭にはブランコがあり、ワンピースを着た美しいひとが手招きする。そこは「ダチの家に遊びに行く」というようなレベルではない、夢のような空間だった。

母たちが話し込んでいる間、私はひとしきり庭の探検をしたり、ブランコに乗ったり、2階のベランダからの眺めを堪能したりと子供らしく遊んでいた。ただひとつ誤算だったのは、その家の子供が小さかったことだ。3歳くらいではなかっただろうか。お前だって6歳だろ小さい子供だろと思われるかもしれないが、6歳と3歳では人生倍も違う。3歳はまともに話もできないし、すぐ怒るし、急に眠いなどと言い出す。しばらく頑張ってはみたがもう耐えられなくなって、母のところに戻ってみた。

すると美しいご学友が「お腹すいた?何か食べる?」と、この世で最も尊い質問をしてきた。「何か食べる?」ですって!? 好き!私この人好き! 私、何か食べさせてくれる人、だーい好き。6歳らしいずうずうしさで私は「お腹すいた。何か食べたい」と答えた。母が「ったくもう、この子ったら」と苦い顔をするが聞こえない。だって私はお腹すいてなくたって何か食べたいタイプの人間だ。いかなる時も食べるチャンスを逃したくないタイプなのだ。そんな私にご学友の方から手を差し伸べてきた。これがギブアンドテイクでなくて何だというのだ。

ご学友が持ってきた出前のメニューにある「カツ丼」の文字を私は見逃さなかった。
「泉はぁ、カツ丼がいいなあ」
「やめなさい! いいのよ〇〇さん。もう帰るから」
母が必死で私を止めるが、動き出した列車は止まらない。

「あらいいじゃないの。もうすぐお昼だし。みんなでカツ丼を食べましょうよ」

さすがご学友! 私はすっかりこの人のファンになった。私1人がカツ丼だとバツが悪く思うかもと、みんなでカツ丼のテイにしてくれたのだ。フィンガーボウルの水を飲んだ私を笑いものにすることなく、自分も飲むかたちにしてくれたのだ。6歳のガキの心を気づかってくれたのだ。おもてなしとはこういうことだろう。母もいい友人を持って幸せだな。

ほどなくカツ丼が運ばれてきた。母たちはリビングのローテーブルで食べたのだが、その家の3歳児には高さが高いということで、3歳と6歳は少し離れた小さな座卓に座らされた。ふう、お腹いっぱい。またたくまに平らげた私は、またウロウロしながら親の会話を聞いたり、外を見つめていたりした。

ふと見ると、3歳児がカツ丼を残している。

カツ丼を…残すだと。私の心は怒りでいっぱいになった。カツ丼というこの世でも最も尊い食べ物を、食べ散らかして残すとは何事だ。えらいのか。貴様はえらいのか。カツ丼様にそんな仕打ちをできるほど貴様はえらいのか。この3歳が。

3歳は食べることを放棄して、座卓の脇で寝始めた。座卓の上にはほとんど手つかずのカツ丼。それを見る私。おしゃべりに興じてこちらをチラとも見ない大人2人。手つかずのカツ丼。いびきをかく3歳。それを見る私。そしてカツ丼。ああカツ丼。

自分でもわからぬまま、ヒョイっと手が伸びて私はカツ丼を指でつまんだ。だって私はお腹すいてなくたって何か食べたいタイプの人間だ。いかなる時も食べるチャンスを逃したくないタイプなのだ。そしてパクリとほおばろうとした時、さっきまで向こうを向いてたはずのご学友が突然こちらを見た。

「あらあ〜。まだお腹すいてたのね。ごめんね食べ残しでよかったらどうぞ、食べちゃって」

私はなんと答えたのか。もぐもぐと口いっぱいにカツを頬張ったまま、何か気の利いたことが言えたのか。何も覚えていない。バツの悪さはあったが、そんなに大事件とも思わないまま終わり、その後も人生を過ごした。時々「私の食いしん坊エピソード」として友達に話したりはしたが、大したエピソードでもないと思っていた。

ふとオノレの悪行に気づいたのは、中年になってからだ。

いったい母はどんな気持ちでその場をやり過ごしたのか。想像しようとするだけでもう胃が壊れそうだ。お金持ちに嫁いだ美しい同級生、久しぶりに会う旧友の前で恥ずかしくないようにとオシャレさせた娘は小太りのバカ、しかも、こともあろうに、旧友の息子が残したカツ丼を!私の娘が!こともあろうに!つまみ食いしやがって!!!

顔から火が出るなんてもんじゃない、爆発して周囲100km燃え尽くしてもおかしくないほどの「恥」だったろう。あ〜〜〜〜ママごめん。口がいやしくてごめん。本当にごめん。今こうして書いているだけで胸のあたりが恥ずかしさに沸騰しそうだ。生まれ変わることがあったら、次は絶対つまみ食いしない。カツ丼に手は出さない。誓ってもいい。

幸い私は子供がいない。いなくてよかった。だっていたら恥ずかしさに実感がともないすぎて、私も爆発しちゃうもの。私の子供だよ。絶対つまみ食いするタイプに決まってる。1番恥ずかしい場面でな。誓ってもいい。

めちゃくちゃくだらないことに使いたいと思います。よろしくお願いします。