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4.小学校の教科書はすごい

すでにお気づきの方もいると思うが、2020年2月、京都での打ち合わせ前後に新型コロナウイルスが日本という国を包み込んだ。「新規感染者数の推移とか」ではなく、「未知のパンデミック」として、新型ウイルスの見えない敵(現象としては見えていたけれど、まだ本質は見えていなかった時期)に科学者も一般人も政府もマスコミも右へ左へと揺さぶられた。

本書の制作もようやくスタートラインのはずだったが、日本中がアクシデントに見舞われ、ドクターオオツカも大学病院のコロナ対策責任者となり、執筆の時間がなくなってしまった。その後6カ月間ドラフト原稿は思案の海で沈黙。ようやく2021年の秋口、最初の第一稿が届く。その原稿を編集部と油沼さんとで回覧。意見を出し合って、おおよその感触をつかんでから原稿整理。編集部ではこの作業のことを

リライトと呼ぶよ。
(マジカルドクターの言い回しをマネしました)

1章ずつリライトを重ね、その作業中にふと思いついたことがあった。じつは、この時点でも本書のタイトルは『オーツカ先生のお医者さん学校』。京都での打ち合わせの際も、

「ぼくは有名人じゃないから、タイトルにオーツカ先生と入れても子どもたちにはわからないと思うんです。」

と、めずらしくドクターオオツカにしては明確にだめだしをされたので、ファンタジーの世界のキャラ設定としつつも、肝心の「大塚先生のキャラをどうするか」が宙に浮いたままだった。そこで、リライト中の思いつきレベルだったが、こんなのどうでしょう…とメールした。

本書のタイトルですが、医療に関するオーツカ先生の説明を聞いて、子どもたちの反応(まじかよ、ドクター)というニュアンスで、「マジカルドクター」というのはいかがでしょう。これは、油沼さんの学校の中の不思議な扉の向こう側の世界(マジカル)にも通じ,医=中世は錬金術にも通じた魔法の中の出来事でもあり,一方現代医学の進歩は魔法のようでもあり,しかし,マジカルの世界にしっかりとした掟(標準医療)が必要というメッセージを込めて、

お医者さんの魔法のことば
お医者さんになんでも聞いちゃおう
君たちだけ(子どもたち)のかかりつけ医
秘密のお医者さん
マジカルドクター
まじかよ,doctor
マジか医(い)?
こどもの医学書
医学って、な~に?

ですので,リライト原稿に自称「マジカルドクター」というフレーズを入れてみました。

ドクターオオツカは二つ返事で「いいですね。」(お優しい!)。油沼さんも、

「『マジカルドクター』すごく良いと思います!!! ハリーポッターを彷彿させるような、でも科学に基づいたシッカリした存在であるというところが、親子でワクワクできそうです。設定的にも運びやすいですし、素晴らしいアイデアです。」

ああ、こんなに褒められてよいのだろうか。このとき「ドクターオオツカの医療リテラシー解説」と「油沼さんのキャラ設定」が「物語性でもって、子どもたちに届ける」というのが一本の線でつながった。すると不思議なことに、

●ドクターオオツカのドラフト原稿がはかどるはかどる
●編集部のリライト作業もはかどるはかどる
●油沼さんのアイデアだしも巫女のように神がかかってくる

となり、こういうのを「三方よし」とでもいうのだろうか、制作が軌道にのった。以下は、油沼さんの神がかりのアイデアだしの一例だが、

●マジカルドクター設定(油沼さんより)
匿名医師のコスプレ。児童と雑談する設定。特撮ヒーローのイメージ。アイマスクに手にはアスクレピオスの杖。マジカルとはいいながら「医学部の受験」や「医者の仕事内容」に詳しいので、リアリズムが溢れている。なので、不思議な存在として通すのは難しいと思いますので、その部分はハッキリ説明せずに、制作側として「コスプレしている」という認識で進めると統一感がある。

オー・マイ・ゴット(油沼さん!である)。そのとき送られてきたマジカルドクターと子どもたちキャラのイメージがこちら。

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ドクターオオツカも編集部も子どもたちキャラたちの誕生にニッコリと微笑むのだった。

さて、常用漢字のルビふり(ふりがな入れ)だが、油沼さんより「『少年ジャンプ』はどうなっていますかね」と助言をいただいたので、ジャンプを調べたところ吹き出し部分は基本漢字は全ルビ。書店の児童書コーナーを見ても一部の本を除き、基本漢字は全ルビ。だが本書では小学校の低学年・高学年のラインで「ルビ入れない・ルビ入れる(あるいは漢字にしない)」の調整を行うことになっていた。けど、

この作業が、えらいしんどい。

小学校1年生で習う常用漢字は80字、2年生では160字、3年生で200字。この学年までに習う漢字はルビなしにする(それ以降に習う漢字はルビ入れる)。この440字だけチェックしていれば作業が済むのかというと、言葉には当然熟語がある。これらの組み合わせるとなると、辞書収載的な数となるだけでなく、例えば小学校1年で習う漢字と、小学校6年で習う漢字の組み合わせとか、小学校2年で習う漢字と中学校で習う漢字の組み合わせとか…の整理がある。ちなみ常用漢字全体では2136字、4388音訓(2352音、2036訓)もある(もうどないすんねん!)。そのことを編集部内でもう一度説明するが「調整してほしい」(御意!)。そこで再び書店の児童書コーナーに通い、つらつらと眺めたが(そんな処理をしている児童書はないぞ)、あっても少し。でもルビの整理してある児童書を読んでも「ルビあり・ルビなし」の基準やその法則性がわからなかった(どないすんべぇ)。しかも「患者の〇パーセント」の(%)とかも、小学校低学年だと習っていないらしい。当然ドクターオオツカは医師が日常的に使う医療用語をやさしく書いてくれているのだが、それでも「失神」とか「けいれん」とかの用語が出てくる。もうムリと思った瞬間に、テレワーク中に見つけたのが、

小学校4年生、国語の教科書

だった。わたしの娘がたまたま小学校4年生で、宿題の音読で国語の教科書を読んだあと、そのままソファにおいてあったのだ。ページを繰ると、学年ごとに習ってクリアした漢字とか、この教科書で出てきた漢字や熟語の巻末一覧とか、さらには、この授業項目で習った漢字の最初だけはルビあり、それ以降はルビなしとか、教育のプロ(学参系の編集者や教科書編纂委員など)の作業がどっと目に入ってきた。

そして何よりも強力な助っ人となったのが、この小学校4年生の娘に「これって、読める?」「これって、わかる?」「これって、習った?」と壁にぶちあたるごとにヒアリングしたことだった(テレワーク万歳!)。 

マジドク第4回

さらにパワフルコンテンツを手にする。それは「家勉キッズ」というサイトだった。ここにドクターオオツカの文章を入力し、ポチっと押すと、漢字が常用漢字の年次ごとに色わけされるのだった。かくして、1章から34章の原稿を来る日も来る日も見返し、やり直し、わからないところがないか、まさしく子ども目線で整理し続けた。

それでも大人の表現は、子どもにはわかりづらいものです。

最後は三省堂の国語辞典。これもたまたま娘に国語辞典を買うことになったので、その辞典を眺めていると、

●「北」を引いてみる→東に向かった時、左にあたる方角の称。
●「東」を引いてみる→春分の日の朝、太陽の出る方角の称。
●「南」を引いてみる→東に向かった時、右の方角の称。
●「西」を引いてみる→春分の日の夕方、太陽の沈む方角の称。
(『新明解国語辞典 第八版 小型版』(三省堂)より)

「わからない」ことを前提として、説明する時の工夫とはこうするものか、というのが痛いほどわかった。この本に出てくる「転移」「外来」「副作用」「ホスピス」「治験」など、子どもたちには耳慣れない用語への無数の脚注と簡易説明はこのようにして入れられた。ましてや「標準治療」とか、「エビデンス」などを子どもたちどう説明したらよいのか…。つまり、これらの工夫や配慮は、

大人の責務であり、子どもたちに贈り届ける知恵のギフト

でもあったのだ。

この本には、そんな大人たちの工夫とやさしさがいっぱい詰まっています。

教えて!マジカルドクター、病気のこと、お医者さんのこと

書影_マジカルドクター

最終回に続く。

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