見出し画像

ARIEL-E Episode-6 Time Troublers

この物語は笹本祐一先生著の名作SF「ARIEL」の原作最終盤からつながる世界を妄想したものです。きっかけはプラモデル。これをオリジナルではなく新型エリアルとして作った際に、付随する物語も考えました。それがこれです。

登場人物・組織に関してはこちらを参照してください。

Prologue 神がやらねば人がやる

なぜ? と問われれば、単純な欲求だと答えていたはずだ。
考えれば考えるほど、そこにたどり着く。
結局、大昔から変わらない。舞台が地表の上から宇宙に変わっただけ。
では、その大昔、自分のしていることを体現した存在はあっただろうか?

結局それは、神との戦いとして歴史に記録されているのではないかと、オリヒト・ヒルバーは思う。
そして、結果として神が勝ったことはない。
人が勝つか、別の神が現れる。
だから今も銀河は人の世が続いている。

あの星。人の世をただ満喫してきた星。
突如現れたゲドー社を悪魔と捉え、争った集団がいた。
4年前それに力を貸した。いわゆる別の神の道と思っていた。
選ばれた天使となる存在が最後に牙を剥く。
結局、彼らはまだ人の世を謳歌している。

以来、自分でも滑稽なほどこの星、あの国に関わってきた。
そのせいで体の半分は機械になった。
監禁、誘拐、殺人、重犯罪者として銀河帝国に指名手配されているのも知っている。
それでもなお、あの星に向かうのは何故か。

オリヒトはスーツのポケットから懐中時計を取り出す。
これが消える時、自分が死を迎えることを知ってしまった。
「結局、死にたくないってことか」
単純なその理由に、かけるだけの戦力か?
いや、単純だからこそ。

オリヒトは窓から居並ぶ宇宙船を見る。中型砲艦1、強襲揚陸艦2。
辺境連合オリオン腕支部 先端兵器研究艦隊。
手に入れた技術を提供したら、この部隊を任された。
「では、御武運を」
辺境連合オリオン腕支部艦隊、エーリダ・ヒュー提督。
後ろに立った彼女から感情のない短い一言。
オリヒトは会釈してその場を離れた。

Chapter-1 六羽田六花 17歳 ドイツからのお客様

「シュトルヒだ!」
6月。梅雨入り目前の晴れた暑い日。東浦佳子の声がした。
聞き慣れないエンジン音がすく近くから聞こえて、山桜桃学園高等部 航空宇宙部の面々が管理してる元滑走路の『草原』にわらわらと出てきた。部室隣の倉庫で昨年秋に倉橋瓏と由美香が乗ってプロポーズに至ったグライダー、通称エンゲージ号。その整備をしていた六羽田六花も草原に出てみる。細くて翼の大きな飛行機、シュトルヒってことはFi156フィーゼラー シュトルヒ。第2時大戦時に作られたドイツの観測・連絡機。
翼を振りながらフライパス。コンバットピッチのあと、草原に降りてきた。待ち受ける女子高生の前にタキシング。
「所属ジークムント・イェーン?」
六花は機体横にそう書かれた飛行機の方に行ってみる。プロペラが止まって、おじさんが一人降りてきた。古めかしい飛行帽とゴーグルを外す。
「パパ!」
「ココ!」
伴野シュルツ心音が走り出して飛びついた。
「ココ先輩のお父さん?」
心音に続いて部長の三橋明菜が歩み出る。
「アキ、パパだよ」
ニッコニコで心音が父の横に立つ。
「航空宇宙部 部長の三橋明菜です。はじめまして」
「ドイツ連邦宇宙軍のオリバー・伴野・シュルツです。明菜さん。ココから優れた統率力のある部長さんと聞いてます。お会いできて光栄です」
流暢な日本語。でかい手で明菜と握手。
「今日は、ココ…心音さんに会いに? でも、どこからシュトルヒで?」
「地球防衛軍との会談が主目的だけど、ココの学校も見たくてね。それと…」
「それと?」
「地球防衛軍本部は秘匿されてるから、本船を止めておく場所がなくて。ココにきいたら、元滑走路があるってことだから使わせてもらえないかと。交渉に」
「パパ、職員室に行こう」
「では、皆さん、後ほど。機体は好きに触ってくれていいよ」
心音と連れ立って、校舎に消えた。見送った明菜が少しさみしそう。
六花は駆け寄る。
「部長?」
「ああ、六花。びっくりしたね。ドイツ軍が来るって聞いてた?」
「いえ。何も」
みんながシュトルヒを囲んでいるのに、明菜は心音が消えた方向をずっと見てる。らしくない。
「部長、どうしたんです?」
「ん…六花はこういうの敏感だったね」
ポリポリと頭をかきつつ、困った笑顔。
「ココの父上が部長って言ってた。私のこと。友達ですらなくて。なんかそれが気になっちゃってさ」
「アキ先輩…」
「私が、親にもココは特別な存在だって話してるからかな。あれ?って思っちゃった」
明菜と心音の間に温度差があるのは六花と風花の間で共有された情報。心音が意外とジェンダーにこだわるタイプらしい。1年後輩の福地千種に一目惚れして、喰らいやがれとばかりにスキスキビームを発し続けている2年の雨神幸花に冷ややかな態度をとることもある。
「部長とココ先輩がそういう間柄じゃないってのが不思議です」
逆に明菜は早々に一目惚れしたことを千種に伝えた幸花をすごいやつだと感心していた。その話の中、言葉のやりとり無しで明菜と心音が関係を構築してきたと聞いた。
「言葉にしないと、伝わらないってやつか。女の子同士だからこそ、そういうのいらないって思っちゃったからな。私」
温度差はみんなで出席した倉橋瓏と由良由美香の結婚式以来顕著となって、他の部員をハラハラさせている。今は明菜が思いを抑えてるっぽい。
根本に関わることなので、ほいほいと応援できないのが辛い。

「六花、いいなー。風花といつも一緒で。幸せそうで」
明菜もなにかあると、六花のほっぺたで気を紛らわす。
ふにふにしながら、目線は職員室の方。
「ココのやつ、なんであんなに頑ななんだろう」
「宗教とか、影響してそうれふか?」
「そんな感じはしないけど、ね」

程なくして、また聞きなれないエンジン音。
「硬式飛行船が接近中!」
双眼鏡を持った1年生の白原梓が部室に飛び込んできた。
「飛行船を降ろしたかったの? でも…」
幸花が耳に手を当ててより音を聞く。
「こんなにうるさくない。と思う」
吉良宮乃の言葉で、またみんなでわらわらとでていく。空の向こうに確かに銀色の塊がいる。
「飛行船にしては平ぺったくない?」
宮乃がいう。
「風花あれって」
幸花がデジタル双眼鏡のぞのきながら隣に立つ古藤風花に訊く。
「宇宙船だ」
ナデシコよりもゆるい三角型で分厚い船体、白銀に輝く外装を持った宇宙船がゆっくり近づいてくる。大きい。
「アーデアに技術者大量に送り込んで、作り上げた宇宙船があったはず。リンジーさんが手配したって言ってた」
六花は幸花から双眼鏡を借りて近づく船を見る。船体のジャンルやサイズはナデシコっぽい。
「そういえば、ニュースで、先日完成して、本国に帰国したってやってました」
千種が隣で教えてくれた。
やがて草原の上空100mほどで停止すると、垂直降下して着陸脚を接地させた。300mを超える白銀の船体には黒い十字の紋章。シュトルヒと同じ国籍マーク。このときには航空宇宙部だけでなく、学校中、中等部も含めて草原まわりに集まっていた。
「すごい。みんな来た」
六花は顔がズラッと並ぶ光景を見てる。同じように見ていた宮乃が
「部活やってる場合じゃないよな」
「ドイツの宇宙探査船ジークムント・イェーン。地球初の独自設計の船よ」
「あ、おかえりココ先輩」
心音が父を連れ立って草原に戻ってきた。近くに明菜はいない。
「時間を決めてだけど、生徒の船内見学、船員は男女問わず校内進入禁止をOKするならって条件で草原使用許可出た」
「いつ見られるんです?」
「明日の朝から」
「楽しみですね」
と、草原の端から女学生の歓声がウエーブのようにだんだん近づく。
上空を見ると両手を振りながらエインセルがフライパスしていく。
「テーセがエスコートしてくれたんだ」
六花は手を振り返す。隣に来た風花が基地方面へ飛び去るその姿を見送りつつ、
「翼もなんもなく、セーラー服の女の子が空飛んでると驚く。慣れない」
「あれ何? 六花」
さっきまで自慢げだった心音が驚いて訊いてきた。
「うちの新型です。なんというかテコ100%な機体」
「ヴンダバー」
シュルツが空を見上げて言う。
「今夜の夕食会が楽しみだ」
「夕食会?」
心音が父に訊く。
「地球防衛軍とのね」
今度は六花に目線。
「六花知ってた?」
「いや知らないです。六花呼ばれてない。どこでやるんです?」
「ジークムントの船内だ」
「それって、ここに降りられなかったら、どうしたんです?」
「ちゃんと根回しはしてあるさ。それこそ、日本的にね」

「機材の貸出協力とかの話だから、テコさんと由美香と村井さんと保父。私もいかないよ。風花は護衛で呼ばれたんだよ。あ、リズは行くって」
「リズって、リンジーさん?」
「そうだけど、なにさ」
風花が基地に呼ばれて、一人で帰ってきた六花はドイツ軍のことを訊いてみた。来海透子がトコトコクリニックの本日の売上計算をしながらちろりと見てきた。ちょっと照れてる。
「せんせ、どんどんかわいくなってくね」
「アラサーに言う言葉ではない」
「晩ごはん何がいい?」
「今あるものだと、オクラ納豆うどん?」
「ねばねばだ。了解」

部屋で制服を脱いで室内着に着替え、エプロンをしてキッチンに。
おじいさんたちにいただいたオクラを茹で、乾麺のうどんも茹で、水で締める。オクラを刻んでめんつゆで味付け。鰹節とごまを散らす。肉っ気がないので、地元ハム工場製のブロックベーコンをサイコロ状に切って焼く。
納豆はパックのまま食卓へ、好みの状態で投入してもらうため。
レタスをちぎってお皿に敷き詰め、うどんを盛ってオクラとベーコンをかける。そう言えば買い置きで…
「せんせ、温玉いる?」
「いる〜」
温玉も混ぜるタイミングがあるので、小鉢に割っておく。
かけタレを作って、マヨネーズとわさびをテーブルに。
「できたよ〜」
「ありがとう。こっちも今日の仕事は終了だ」

「せんせと二人きりは、すごく久しぶりだ」
「そうだね。え、いつ以来?」
「ちょっと、思い出せない」
「ナノドライブ持ちでもダメなくらい最近じゃレアか」
温玉納豆にうどんをくぐらせ透子がズルズルッっとすする。
「引き取ったときは、この子とどうなるんだろうって思ったけど」
「けど?」
「いい感じで落ち着いた気がするよ」
「六花は感謝しかないよ」
「そろそろ、私が来海透子を生かしているんだって思ったら?」
「家族って思ってもらってるだけで、もう」
なんの飾りもない、ただの本心。
「じゃ。そろそろ先生呼びもかえたら、透子でいいし」
「呼んでる自分が想像つかない。姉妹って、名前呼びし合うもの?」
「いろいろじゃない? お姉ちゃんでもいいよ」
「千種と由美香さんみたい。ん。考えとく」
「それは、きっと、今後も変わらないな」
透子は笑って
「ご馳走様でした」
と手を合わせて、席を立ち、食器を流し台に。
「ま、六花が私を呼んでることがわかれば、なんでもいいんだけどね」
「今がしっくり来てるから」
「そうか」
「リンジーさんはせんせのことなんて呼ぶようになったの?」
「え? ああ、トコっていうなあ」
「どうして付き合いが長いと、短くなっていくのかな?」
「日々の事だから、単純がいいからじゃない?」
お皿を洗いつつ、透子が言った。

「そう言えば、せんせ、部長と副部長がね…」
透子が淹れてくれたお茶を飲みながら、六花は今日のことを話す。
「ぶち当たるよね。そういうの」
「せんせの高校時代はどうだったの? 女子校だったんでしょ」
「普通にあったよ。乗り越えたり、別れたり。他所から男を引き込むまで」
「せんせも?」
「その時はひたすら勉強してたから、恋愛らしい恋愛はしなかったなー」
「大学デビュー?」
「医大は医大で大変だったし…言い寄られたりはしたけどね」
「あ、せんせって」
「私はバイじゃないよ。男とタバコは昔からダメでさ」
「大人になってからなの? 初恋」
「淡いのは高校時代にあったけど、誰かと付き合ったのはそうだね。少し付き合って、程なく異星人対応に転属して別れたから…。ほんの少し」
「由美香さん、ではないよね?」
「もちろん。あいつはさ、私がこんなんだって知ってるから、学生時代男から守ってくれたんだ。持つべきものはって感じ」
「最初の恋人はどんな人?」
「趣味の付き合いからだったから、同じことを楽しむ感じ? 素敵なお姉さんだったよ」
六花は思いつくものが。
「もしかして、防衛軍の制服担当してくれたデザイナーさん? せんせがレイヤー時代からの…」
「さあ、どうかしら?」
透子が意味ありげに笑うと、1階の呼び鈴がなった。
「ただいまー」
由美香の声だ。六花がドアを開けると、由美香と疲労の色が濃い風花がいた。
「おかえりなさい。風花、大丈夫? ご飯は?」
「偉い大人ばっかりで疲れた。食べてきたよ。ドイツのお料理」
「お土産だ。六花」
ふらふらと2階へ上がる風花。その横で由美香が差し出した袋を開けると
「プレッツェル! いっぱい」
岩塩が散りばめられた、手のひらより少し大きいプレッツェルがたくさん入ってる。
「由美香さん、これでせんせと飲んでく?」
「船でいろんなドイツビールいただいたから今日は帰るよ」
「積んできてるんだ。ビール」
「表敬訪問飛行だしね。明日の山桜桃の見学が終わったら、東京で朱鷺子様乗せるらしいし」
「お疲れ、由美香。寝る場所あるの?」
階段から透子が声を掛ける。
「旧校舎に部屋押さえてあるよ。じゃ、行くわ。また明日」
「おやすみ。由美香」
由美香が手を振ってクリニックの前に止めてあるクルマに戻っていく。
見送った六花が2階に上がると、テーブルに風花が突っ伏している。
「無敵のキュアサファイアがらしくない」
「ドイツ軍の偉い人ととか議会の偉い人とか、結構乗ってて。気を使った」
「そんなんで明日、山桜桃に開放してくれるんだ」
「女子校だからってことだと思うよ」
風花が机に突っ伏してぐもった声で言う。
「風花、疲れたならお風呂入って寝ちゃいな」
透子が言う。
「はーい。六花、介護して」
「ん。レアケースだ」
六花はお風呂の準備をして、風花と自分の着替えを用意し、風花といっしょに風呂に入って、寝かしつけた。その間にやたらキスをせがまれて、ある程度答えたことは、透子には内緒。

翌日は雨だった。風花がヘロヘロなんてレアな状態のせいだ。
そして、レアなことは重なるもの。
「え、六花、生理?」
「はい…レアだけど、あるはあります。この身体」
「1年ぶりぐらいか。で、なんで5・7・5」
透子がササッと準備してくれて、装着し、制服を着る。
「お腹痛い」
「薬のみな。で、少し収まったら学校行くといいよ」
「ドイツ船見学が…」
「その体調じゃ…ま、軍として行くことは今後あると思うから、その時を楽しみにするんだね」
「でも、どうしよう。雨だし、キュリ子、倉橋航空機に貸し出し中だし」
「もう患者さん来るから、私送れないよ」
「せんせの手間はとらせません」
こんなときに限って、風花は警備任務もあって先に学校に行ってる。
「カッパ着てくかなー」
六花はソファでぐったりした後、腹痛の波が収まったのを感じて、カバンを背負い、雨合羽を着る。
「せんせ、行ってきます」
「気をつけてねー」
隣の集落に暮らす、移住若夫婦の母と風邪をひいた男の子が診察中。
「おねえちゃん、どこいくの?」
「え、学校?」
「遅くない?」
「うん。おそい」
「やーい。ちこく」
「こら! ごめんね六花ちゃん」
女の子に優しくできない子は、カッコ悪いのよ。とお母さんから言われてる。六花は会釈してガレージに出る。ロードスターの横に立てかけてある自分のテコバイクにそっとまたがる。スリップしないように出力をコントロールして、六花は学校に向かった。9時半を回ったところ。見学は始まっている。多分、間に合わない。

Chapter-2  六羽田六花 17歳 東京湾迎撃作戦

自転車を置いて、下駄箱エリア。雨合羽を脱いで水を軽く払う。
失敗してスカートが濡れる。
「はうう」
休めばよかったかな…。
「六花、どしたの?」
「ネッコ! ネッコこそどうしたの? 見学は?」
「私、終わったとこ」
桜庭寧々がゆっくり近づいてくる。見学終わったと言う割に一人だけ。
「体調すごく悪そう」
ポケットからハンドタオルをだして頭を拭いてくれる。
「いい、六花、諦めないでね。ちゃんと私が道を教えてあげるから」
「ネッコ?」
「辛いけど、頑張って。お願い」
「え、う、うん」
「じゃ、またね」
そう言って、寧々が教室方向に歩いていく。そのタイミングに違和感を覚えつつも、六花は自分の教室へ。
人の声がした。

「嫌って、言ってない。ただ、そうじゃないの。私達は女同士。おかしいでしょ。おかしいのよ」
「人を好きになることの何がおかしいの? 性別関係あるの? 私はココが好きなの。ココという人が。女だからって理由じゃない」
「私だって、アキが好き。でも、恋愛とは違う。神様は私達をそんなふうに作っていないから」
「最初はそうでも、もう変わったんです」
誰もいない教室の前で言い合う二人に、六花は痛い腹に力を込めて言い放った。
「だれ?」
「六花!」
明菜と心音が振り返る。
「2年の教室前でなんしてはるんですか」
「誰もいないトコ探してたの。…なんかへんよ。六花。顔青い」
明菜が駆け寄る。
「ごめんなさい。生理です。痛いです」
「大丈夫なの?」
明菜が肩を支える。
「いいですか、ココ先輩。神様はそういう形で私達を作ったかもしれませんけど、もう、そこから人は新しくなってるんです。八割女性の星系国家が銀河を席巻する時代なんです。神様の名前で人を縛り付けるのは、なしです」
「六花…そんなふうに言わないで」
「言います。六花は神様の名のもとに殺されかけました。実際に六花の大事な、家族とも言える人は17歳で、殺されました」
そうだ。神城千保と同い年になったんだ。六花は心音を見つめる。
「神様をなにかする理由、何かをしない理由にしちゃ、ダメです。誰かが傷ついても、死んでしまっても、神様のためで、いいことになっちゃう。そんなの絶対ダメです」
「六花、それはあなたの神様の話でしょう。私の信じている神様とは違う」
「そうですよ。神様なんて、人の数だけいるんです。自分用の神様なのに、なんで自分を縛り付けるんです?」
きっと、神様って言葉が表すものが、嫌いなんだ。六花は思う。
「それは、正しいこと、だからよ」
「それで、そういう神様のせいで、人が死んでるって言ってんだよ! こっちは!」
「六花! もういいから」
明菜に抱きしめられて、六花は頭がポワンポワンのまま暴走して話てることに気づいた。
「ご、ごめんなさい。ココ先輩」
「六花、気持ちは、わかるつもり…。でも」
ぴりりり。六花のスマホが鳴った。画面を見る。緊急だ。
「ここまできたのに…。基地に戻らないと」
この話は、あとだ。
「アキ先輩、ココ先輩、六花はスクランブルです。基地に行きます。戻ってくるまでに、仲直りしてください。絶対ですよ」
「六花…」
「このくらい言っとけば、ちゃんと話し合ってくれますよね」
「…わかった」
明菜がしっかりと頷いた。

「うりゃー!」
合羽を着るのももどかしい。六花は制服のままテコバイクに乗り、アシスト全開で基地に走った。途中、上空をジークムント・イェーンが追い越していった。

「びしょびしょじゃない六花。早く拭いて」
トコトコクリニックを越えて坂を上り、ドローンファーム事務所に入ると、テーセが飛び出してきた。
「どうせ着替えるから」
「その間に体調崩すよ」
「どうせ生理だし」
「あ、そうなの?」
「アーデア人もなるの?」
「1年に1度くらい?」
「ならおんなじ。痛いの抑えるのどうしてる?」
「専用の薬があるけど、六花に使えるかな? 殿下に訊いてみる」
テーセが手首の端末で聞いてる。六花はそのままロッカールームに入って全部脱いで用意してある下着とパイロットスーツを着た。
「脱いだの片付けておくからいいよー」
「ありがとうございます!」
保父の奥さん、時任華が顔を出した。服を任せて地下に降りる。
エリアルEの出撃体制が整っている。スマホが喋る。アイミだ。
「このままコクピットに。そこで説明するって」
「待って、六花」
テーセが追いかけてきた。
「アーデアの薬使えるって。かなり楽になるはず」
「ありがとう。テーセ」
テーセから手渡された小さボトルをパイロットスーツの投薬チャンバーに差し込む。クシュンと音がしてボトルが空になった。あとは点滴のように体内に入ってくるしかけ。
「じゃ、現場で」
テーセが手を振り、エインセルへ走る。

「小惑星帯、及び、火星の対遮蔽センサーに感知。3隻の宇宙船が接近中だ。不審船の遮蔽能力は非常に高く、通り過ぎたあとの痕跡が反応するのみだ。そのため、すでに絶対防衛線内に侵入している。
3隻の内容は中型戦艦クラス1、小型艦2。艦種は不明だが」
そこまで言って保父が黙る。
「東京湾バリア基地からの探照波に3隻、引っかかった。うち1隻が大気圏に突入。エインセルは直ちに離陸し、これを排除。エリアルは陸戦部隊を載せて離陸する」
「陸戦部隊?」
「クラエッタを実戦投入する」
クラエッタは倉橋航空機でライセンス生産されたキュリエッタのこと。地球防衛軍の陸戦部隊、敵船侵入や先日六花が交戦した「黒八尺」など小型の侵略性機器を排除を目的とする。その任務のため戦闘に特化した機体。ナノドライブを使わないBMIとAIのサポートで操縦する。黒八尺戦で六花が使った3銃身のライフルはこのクラエッタ用に開発されたもの。
エリアルEを一旦地上に出して、その背中に取り付けたジョイントに6機のクラエッタを固定。背中に丸いものが2列、3つずつくっついてる。見た目は悪い。その横をエインセルが飛んでいく。
「卵背負ってる。卵。きしょい」
「そう言わんでくれ。六花ちゃん」
「あ、隊長ごめんなさい」
地球防衛軍 陸戦隊 隊長 橋上珀兎。28歳の彼は神の国制圧作戦からのメンバー。教団本部を制圧した経験を持つ。
「CPよりスノーホワイト 6人のドワーフは準備完了。離陸せよ」
「一人足りませんね」
「スリーピーは起きてこない」
「AE04 TAKE OFF」

「EDGEよりCPへ。対象を撃沈する」
六花が東京湾上空に到達するとすでに不審船は遮蔽なしで煙を吹いていた。
東京バリアが展開し、首都を守っている。
旧防衛軍本部、意外と早く使う日が来た。
上空退避しようとする不審船から3つ何かがでた。見覚えのある人型。遮蔽布は被っていない。
「黒八尺3機、離脱」
「エリアルE、一旦ホバリングしてくれ。出撃する」
六花はエリアルEを停止させ、髪をかきあげさせる。背中から6機のクラエッタが離脱。黒八尺を追う。
と、不審船が艦首から光の塊を吐き出した。砲にしては弾速が遅い。
エインセルがかわす。それが着弾したバリア外の埋め立て地が丸い光の形に消えた。
「各機、注意。転送系の兵装を持っている」
六花はそう言いながら由美香ちゃんキャノンをエリアルEに持たせる。
「ためらうなAE04。落とせ」
テーセから催促。
「ん」
ふらふら上昇する不審船に1発。不審船のバリアが弾けて直撃。そのまま海に落ちた。
「転換炉停止を確認」
「あとは黒八尺」
「ドックより各機、敵機動兵器を81、82、83と呼称する。グランピーは82、バッシュフルは83を頼む。ウイングマンはリーダーをサポート」
ドックこと橋上から指示が飛ぶ。
「10.4」
2機一組で黒八尺を追うクラエッタ。最初からためらわずに陽電子砲で対処し、ものの数分で3機を仕留めた。
「よし。状況終了。軌道上の残り2艦は?」
橋上が聞いてる。
「沈黙しています」
CPからの返事の後、
『ヴンダバー。素晴らしいお手並みを拝見させていただいた』
東京バリアの向こう、ゆったりと飛んでいるのはジークムント・イェーン。この声、ココのお父さんかな。提督だって言ってたし。
「エリアルEより、ジークムント・イェーンへ。まだ衛星軌道に不審船がいます。安全のため、現空域より離脱してください」
『了解した。武運を祈る』
「なんのために、ここに来たんだろう? 敵は」
六花は戦況モニターを表示させつつ、つぶやく。アイミが応える。
「まだ基地があると思ってる、とか?」
バリアが一瞬停止して、ジークムント・イェーンを通す。速度と高度を上げて、東京湾を南下する。次の目的地はオーストラリア、シドニー。
『中型戦艦クラスが発砲! 球体が降下。転送エネルギー弾と思われる』
軌道上の小型高速艦タキツヒメから通信が入り、着弾位置情報が共有される。
「ジークムント、回避!」
射線上に重なる航路。巨体が最大限に回頭する。その横を光の塊が落ちていく。
「回避!」
落ちた不審船を調べようとしていたクラエッタが散開。その上に光の塊が落ち、震えると、海ごと消えた。転送され切り取られた海が戻って波が立つ。エインセルが近づいてきた。
「ケリをつけよう。クソガキ。投降を要求する段階にない」
「了解」
一気に高度を上げるエインセルについてエリアルEで衛星軌道へ。
『ふたりとも、気を付けて。今の光球には通常の転送に使う電磁フィールドとは違う波が検出されてる。解析してるけど、本当に何処に飛ばされるかわからないから、絶対に被弾するな』
「AE04了解」「AE05了解」
ナデシコに乗り急速接近しているテコから通信が入った。違う波ってなんだろう?
「なにか、検出した?」
六花は隣に座るアイミに聞いてみる。
「通常より、エネルギー量が大きいのは感知してる。正直、未知の粒子が関係してるっぽい」
「相変わらずの謎技術か」
「クソガキ、空間戦術モニターを併用しろ。艦隊戦が始まっている」
地球防衛軍の中型艦タキリヒメ、小型高速艦のタキツヒメ、サヨリヒメがフォーメーションを組み、軌道上から不審船を押し戻してる。
不審船は中型艦1、地表で消失した小型艦と同型が1。
『AE04、05、中型艦をタタリ1 小型艦をタタリ2と呼称する。このまま、押し返し撃沈する』
「EDGE了解」
戦闘宙域。大気圏からちょっとでた先で、防衛軍艦隊が防衛戦を始めている。上昇してきたエリアルEとエインセルは不審船の左舷側から攻撃を仕掛ける。艦首をタキリヒメに向けたまま、後退速度をはやめるタタリ1。小型艦のタタリ2が矢面に立つ陣形に。と、タタリ2から黒い人影が放出される。6つ。
「黒八尺だ!」
「クソガキ、艦隊に到達する前に落とせ。タタリ2は任せろ」
「ジーレイアの拡散ビームを使って」
テーセの声の後、アイミから武装選択と目標の位置が送られてくる。六花は防衛軍艦隊とタタリ2の間に入りつつ、陽電子ビームを撒き散らす。40mのエリアルEからすると3mは小さな標的。だから、艦隊の懐に入られると厄介だ。艦隊とエリアルE、エインセルとタタリ2、間の空間に黒八尺を置く。
このタイミング!
「ナデシコ!」
『陽電子砲、拡散射撃』
由美香の声と同時に、逃げる場所もないほど、何本もの光の筋が空間を走る。黒八尺が消えていく。上昇してきたナデシコが射撃を続けながら艦隊に加わる。
「SFよりSW、黒八尺、反応なし」
「了解。風花」
ナデシコはキャプテン・テコ、砲手由美香、操舵風花で上がってきた。
「なんだこれは!」
あと一息、と六花が思った時、テーセの声が聞こえた。
タタリ1から光が伸びてタタリ2に剣を突き立てていたエインセルを不審船ごと絡め取った。ズルズルと引きずられていく。宇宙空間で見る動きではない。
『関節が動かないよ。干渉波で力が届かない』
これは、エインセルのエレートのユキの声。
「SF映画とかで見る、トラクタービーム?」
『そんなのまだ、実験段階だ』
まっすぐにエインセルへ向かうエリアルEの中、六花はアイミとテコの会話を聞いた。いろんなことが、腑に落ちない感じ。
「未来から、地球を潰しに来てるの?」
『そいつ等を捕まえて調べる』
テコの声が怒りを含んでる。
タタリ1の艦首にある砲が光を帯び、みるみるうちに大きな光球に。
地表で小型艦を消したあの光だ。
タタリ2ごとエインセルを消すつもりなの? 加速しながら六花は衝撃砲でトラクタービーム発射口付近を狙って連射する。
光球がエインセルをすっぽり包みそうな大きさになり、タタリ1から発射される。エインセルまでほんの少し。
「くっ」
「テーセ!」
エリアルEの攻撃でトラクタービーム発射口が吹き飛び、ビームが弱まる。
六花はエリアルEでエインセルを蹴飛ばした。タタリ1に向き直る。
「うらあ!」
光がエリアルEを包み込む。タタリ1にジーレイアを叩きつけようとするが、周辺がぼやけて見える。
「な、これ、時空に穴が!」
アイミが周辺の重力場モニターを見て悲鳴を上げる。
衝撃。六花は意識を失った。

Chapter-3 テコ・ノーゲン 211歳 君だけがいない星

光球に包まれかけたエインセルをエリアルEが蹴飛ばし自らが光球に突っ込んだ。なお攻撃態勢を取るエリアルE。ジーレイアがタタリ1に届く瞬間にスパッと消えた。
「エリアルE、消失!」
ナデシコのブリッヂで由美香が叫ぶ。全センサーで周辺をスキャンする。
「反応、無し」
「六花! アイツラを捕まえて六花を戻させる!」
操舵席から風花の叫び。ナデシコが前に出る。
『地球防衛軍、待ち給え』
通信が入った。侵略企業がよく使う、全チャンネル強制電波ジャック。
テコはなるべく冷静を装って風花に声を掛ける。
「風花、一旦停船。エインセルも下がって」
タタリ2を半包囲する形で戦闘が停止する。
『私は辺境連合オリオン腕支部 先端兵器研究艦隊提督オリヒト・ヒルバー』
「オリヒトだと」
風花が泣き出した。今は慰めに行けない。
オリヒト、その名。地球防衛軍、六花たちにつきまとう名。ついに自分から名乗ってきた。提督? その割に今までは小さな攻撃しか加えてこなかったな。
『わが先端兵器、時空転移砲で貴殿らの旗機は別時空に移動いただいた。我々だけがあれを戻すことができる。そこで、提案させていただく』
「タタリ1、要求一覧発信。モニターに出します」
『ご覧いただけるだろう。銀河帝国からの離脱、辺境連合への編入を要求する。それで防衛軍の機動兵器は帰ってくる。それに合わせて1000人ほどの移住希望者を受け入れる。ぜひ、共に来てほしい』
「誰が信じるか。人を売り続けてきたくせに」
『猶予は3日だ。3日後、地球防衛軍の使う時間の18時までに返答が得られない場合、機動兵器を消した光が地球の各都市に降る。君たちの存亡にかかる選択だ。じっくりと考えてくれ給え。
また、期間までに攻撃を受けた場合は即、時空転移砲を使用する。この船を沈めれば済む話。と思うかもしれないがな、すでに同型艦を配置している。期間中は遮蔽を解いておこう』
「ヨーロッパとアメリカ大陸の上空に不審船反応」
「用意周到というわけか」
地球では、はらわたが煮えくり返る。というらしい。とにかく、抑える。叫びたい。六花を返せって。言いたい。
「プリンシパルよりCP、CEOに回線開いて各国に状況報告を」
「CP了解」
「ま、公仁はこう言うとボクは思ってる。エリアルEを取り返し、辺境連合を追い返す。要求は一切飲まない」
『CPより各艦へ。敵艦監視はローテーションで行う。帰還して、再出撃に備えろ』

エリアルEが消える映像を何度も見る。
テコはオリヒトの船を監視しつつ、時空転移砲の解析を行っている。別の場所に移動させるエネルギー量じゃない。あれだと時空連続体に穴が開く。制御不能になった転換炉が引き起こす事故で見れる現象に近い。
「テコさん」
由美香が声をかけてきた。
「どした?」
「通信です」
『こちらは合衆国宇宙軍、USSS01エンタープライズ。敵艦警戒を引き継ぐ。一度帰港して体制を立て直してくれ』
「エンタープライズ感謝する。だが…」
『ノーゲン卿、艦長のマクレガーです。心配はいりません。この船も2番艦ホーネットも、あなたのアドバイスで完成した。充分な性能を持ってる。我々も、この星を守りたい。同じ地球防衛軍だ。任せてほしい』
「…感謝する」
『当艦のあとはジークムント・イェーンとクイーン・エリザベスが引き継ぐ。じっくり反抗計画をねってくれ』
「了解。重ねて謝辞を。ナデシコ、帰還」
「はい…」
目元を真っ赤にした風花がゆっくりとナデシコを回頭させる。
六花がいない。戻っても、会えない。胸の奥に激痛。
「くそっ」
相手は人の作ったもの。絶対に解析はできる。テコは自分に言い聞かせた。

「六花は取り返せるんですよね」
自分と同じように、感情を抑え込む来海透子。佐久平の基地はひんやりしている。六花とエリアルEの存在はあまりに大きい。
「もちろんだ。おそらく、時空連続体に穴を開けてエリアルを落としている。飛ばされた先の座標を解析して、再度穴を開けて引っ張り出す。ただ」
「ただ?」
「失敗すると、宇宙が壊れる」
「あの子がいないなら、それもまあ、ありかな」
風花の肩を抱いて透子が山道を下っていく。
オリヒトの要求は全世界に放送された。
六花がいないことは、高校の子たちも知ったはず。
なにかできることは? と探しているはずだ。
できること。それよりも、とにかく悔しい。
先んじた敵の技術が、大切なものをうばっていった。技術で負けた。
テコにはそれがどうしても許せない。

ナデシコの個室。
エリアルEが消えるときのエネルギーの流れ。
秩序がない。強力なエネルギーで時空連続体に干渉。穴が空いたらそこに集中して穴を広げ、対象を飛ばしているように見える。
「でも、これじゃ、行く先なんてわからない。戻すなんて、できるわけがない」

テコが虚空に拳を突き立てる。そのあと、声がした。
「そのとおりです」
「誰だ!?」
山桜桃の制服を着た女の子が一人部屋の入口に立っていた。見覚えがある。由美香の結婚式で航空管制してた子だ。
「驚かせてごめんなさい。テコさん」
かわいい。でも、なんかおかしい。そもそも、ここに入れるわけないし。
ただの女子高生じゃない。
「君は、何者だ? どうやってここに?」
「六花の友達の桜庭寧々です。ただ、今日はこの立場ではありません」
「なに?」
「時間管理局のエージェント、ネーデリア・メガーヌと申します。テコ・ノーゲンさん、ご協力をお願いします。六花を、取り戻すために」
「時間管理局?」
「未来の地球に存在する組織です。タイムマシンで悪さをする人を取り締まるのが仕事です。他星人は基本的に対象外なのですが、今回、私のターゲットはオリヒトです。ただ、この星の時間に複雑に絡みすぎてて、排除するタイミングが難しくて。
今の地球がたどる道の先に私達がいますから、テコさんやアーデアは『関係者』なので協力をお願いしました」
「時間管理局?…そうか、そういうことか。未来少女。奴らのあの技術はタイムマシンを悪用していたのか」
「ネッコと呼んでください。テコさん」
「で、ネッコ、さっき、そのとおりと言ったね」
「ええ。オリヒトの言ってることはハッタリです。指定した時空に飛ばしたわけではありません。片道切符です。飛ばした連中にも何処に行ったかわからない。ただ、この時空から存在を消す。それだけのために使ってます」
「なぜ、わざわざ?」
「試してるんです。手に入れた未来の技術を。そして、こういう方法でしか今は使えてないってことです。あの武器は対象を時間軸の外まで飛ばします。だから、そのままだと、私達は六花が存在したことを忘れます」
「六花を忘れるなんて、あり得ない」
「そう思っていても、消えてしまう。あれはそういう武器です。存在を完全に喪失できる事実を突きつけたかったんでしょう」
寧々が困った顔で腕を組む。
「いや、そうなら、あいつらに六花を戻せないなら、撃沈して構わないってことになる?」
「気持ちわかります。でも、ダメです」
「なぜ? 何もできないのだろう? あいつら」
「時空を飛び越える時、結構縁が絡むことがあって」
「縁?」
「縁、エニシ、因果、言い方は何でもいいんですけど、この時間軸との関わり。それが強ければ確実に戻れます。オリヒトの船は負の意味合いですが、六花とは因縁が結ばれました。あれを拠り所にして六花は戻ってくるはずです」
「六花がもどる? 六花はその方法を知っているのか? どうやって伝える?」
「一応、時空連続体を横にわたって参考文献をばらまいておきました。過去、分岐が今より少ない時代に戻って。
参考文献は六花のいない時空では遺跡から発見された意味不明の文書。ですが、然るべき解析をすれば、転換炉を使って時空を超える方法がわかるはずです。これも、予測でしかないのですが」
「ネッコが今六花のいる時空に飛べないのか?」
「ある程度、痕跡は追ってみましたが、ちょっとパラレルにずれすぎてて、確実に行ける保証がなくて。私が行って、迷子になったら、六花はほんとに帰ってこられないから…」
「わかった。さっき協力してほしいといったね。どうすればいい?」
「六花を心で呼んでください。ここに帰ってこいって。できるだけ多くの人で。六花をこの時間軸に確実に戻さないと、迷子になります。そうなったら帰ってこられないどころか、永遠に暗闇を彷徨うことになる。
時空に穴を開けるのは簡単ですけど、目的にめがけて穴をつなげるのが難しい。だから、こっちから呼んであげます。
テコさん、意志の力は認識されてますよね」
「石が投げられるのは、投げたい人と、投げられたい石の思いがかさなったからって考え?」
「そうです。私はその想いを集めて、こっちから空間に痕跡をつけます。向こうから六花が掘った穴とつながれば帰ってきます」
「…ネッコにはこの後起こることが見えているの?」
「史実はあります。ただ、オリヒトがタイムトラベルで開けた穴がイレギュラーな反応を生み出す可能性があります」
「わかった。呼びかけをするよ。タイミングはあるのか?」
「3日後の、時間切れの時に。オリヒトが時空転移砲を発射した時です。」
「わかった」
「相手の開けた穴を使わせてもらいます」
「ね。ネッコ」
「なんです?」
「君は未来から来たのだろう? なら、これから六花がどうなるかって知ってるんだろ? 教えて欲しい」
「あからさまなのは規則違反ですから、そうですね。私の子供の頃の話を」
「?」
「小さい頃、はまったお話の本があったんです。当時にしては珍しい、紙に印刷した本でした。きれいな挿絵もあって。シリーズ物で、大きな剣と黒衣の機動兵器1機で相棒の女の子と宇宙を旅する傭兵の話なんです。児童小説ってジャンルだったかな? 主人公の名前はシックス。相棒はコンピューター少女アイ」
「シックス…」
ネッコの表情が輝く。本当に好きなんだ。この話が。
「とっても面白い冒険小説でした。一番好きなお話は【女傭兵シックスと時間城の魔女】。手のひらサイズの時計のようなタイムマシンをばら撒いて、宇宙を混乱させようとする魔女との戦いです。タイムトラベルものなので、どこが最初のきっかけなのか、ここでこうしたらか、未来がこう変わるとか、子どもの私にはなかなか難しかったけど、本当に面白くて」
「誰の作品? 」
「私が読んだ時で、出版から数世紀経ってたんですけど、名前は結構知られてて、ユキ・アーストって方です」
「…ユキ・アースト」
気がつくと、テコは涙をこぼしていた。寧々はただ微笑んでいる。
「うらやましいな。ボクも見てみたいよ。シックスの物語」
「見れますよ。大丈夫」
寧々がポケットから少し太めのペンを取り出す。
「また来ます。一人でも多くの人に、六花帰ってこいを言ってもらえるように手配、お願いします」
「うん」
「そうそう、シックスの耳には雪の結晶を模したピアスがはまってるんですよ。かわいいんです。これが。でも片方失くしちゃって、シリーズ通してずっと探してるんです。いろんな星に行って『ここにもなかった』っていってお話が終わるんです」
ペンを叩く。しゅん。と音がして、寧々の姿が消えた。
テコは彼女が消えた空間を見つめている。
アーデア語でウストは、銀河標準の発音だとアーストになる。
「あの子…」
この先も、この時空で六花の時間は続く。それはこの星じゃないかもしれないけど、そのそばに自分がいる可能性。それは少なくはない。きっと。
テコは手首の端末を操作する。
「あ、透子、大丈夫? 泣いてるの? いやそのままでいい。少し聞いて。六花を取り返す方法がある。発足式のときに行った、護符をもらった神社に行きたい。御神体のエルフさんは、異世界から召喚されたんだよね? そう。その方法が知りたい、きっと役に立つ」

Chapter-4 六羽田六花17歳 NC1802 Endeavor

「うわあ」
「おや、お目覚めかい?」
六花は自分が寝起きだってことと、ベッドで目覚めたことを認識した。見回すと、おじさんが一人。
「私はこの艦のドクター、ビルダーだ。君は宇宙漂流中にこの艦に救助され、この部屋に担ぎ込まれた。混乱しているだろうが、艦長が全部説明する。今呼ぶよ」
白い室内。テコさんのような手首の端末にドクターが話しかける。
「待っている間に飲み給え。心配ない。私も地球人だ。普通の水だよ」
「あ、ありがとうございます」
ドクターが壁の隙間から取り出したストロー一体型のカップに入った水を口に含む。確かに、普通の水だ。と。ドアがシュインと会いた。
グレー基調の服に赤いワンポイント。女性。年は50歳代かな。
「こんにちは。身体の状態はいかがですか?」
「と、特には」
「それは良かった。私はこの艦の艦長、ローレッタ・グレイブです」
「ろ、六羽田六花です」
「ああ、日本名ね。久しぶりに聞いたわ」
「あの、ここは?」
「ここは惑星連邦所属の宇宙艦エンデバーの医務室。今日は西暦2324年7月15日」
「2324年…」
「まずあなた、六花さんを救助したのは、5時間ほど前。エンデバーが実験航海後、地球への帰還途中で重力の乱れを感知。行ってみると、あなたの乗機があった。乗機のAIが事情を説明してくれた。漂流者としてあなたを保護。今に至るって感じかしら」
「六花は、未来に飛ばされたってことですか?」
「話はそんな単純ではなくてね。私達の過去、2001年から2100年までの21世紀、そしてそれ以降も、身長40mの女性型ロボット兵器が開発された歴史はありません。そしてもう一つ。六羽田六花という人は2009年に生まれて、2022年に宗教関連の事件で亡くなっています。惑星連邦になる前、日本国の国民データベースは割としっかりしてて、情報が残っていてだどりつきました」
オリヒトがこなかった、いや、ゲドー社すら来てない世界かもしれない。
「思い当たっているみたいですね。そうです。この未来は六花さんの世界とつながった未来ではありません」
「それって…」
ひとり、ぼっち? この世界で六花だけが…。現実味は薄いけど、すっと背中が冷めていく。いや、悪寒と言ったほうがいいかも。これは恐怖感? 
「はいります。艦長、準備できました。成功です」
ガタイのいいおじさんが入ってきた。
「良かった。これで六花さん、安心できるでしょう」
「艦長?」
「こちらは副長のジョー・アインス。あなたの兵器に搭載されたAI、というよりは人造生命体といったほうがいいかしら? あそこまで人としてのデータが揃っているなら、私達の技術なら、実体化ができるんです」
「実体化?」
「入ってきたまえ」
ジョーが廊下に向かって声を掛ける。足音。人影。
「六花」
「…ぽぽちゃん」
神城千保がいた。床を踏みしめて、近づく。ベッドに座ったままの六花に手を伸ばしてくる。温かな体温を持った確かな存在。頬を指がなぞる。
「ああ、あああ」
言葉が出てこない。山桜桃の制服を着た神城千保の形をしたそれの腹に顔を埋める。布の感触。呼吸をしているようなお腹の動き。
「少し外そう。副長、ドクター。アイミだったね、落ち着いたら、呼んでくれ」
ローレッタがそう言って医務室から出ていく。
二人だけになった。だからって、この手を解くことができない。
「ロッタ、大きくなったね」
「…身長、変わってない。というか、いつも見てるでしょ」
「そうだった。雰囲気に飲まれた」
六花はお腹から顔を離して、顔を見上げる。そう。こんなだった。鼻筋の通った顔立ち。優しそうな瞳。小さくて、薄い唇。サラサラの髪の毛も、そのまま。神城千保の手が六花の頭から肩に。
「ああ、この感じ。うわ、鍛えてるね。ロッタ」
「触感あるの?」
「あるよ。だからすごく今、感動してる。ロッタに触ってる。こんなに早く実現するなんて」
「どういう原理なんだろう?」
「人の体を電波にして送る技術が確立されているから、その応用。エリアルからデータをホロエミッターって機械に送って投影させるの。一応、立体映像のすごい版なんだ」
「ふーん。…どうだっていいや」
六花は立っているアイミを座らせる。ちゃんとベッドが凹む。
「ぽぽちゃん…」
「え、ロッタ、ちょっと」
高さを合わせて抱きしめる。頬と頬をくっつける。首筋に鼻をくっつける。
「匂いはしない」
「皮膚細菌とか、いないからね」
「いい匂いだったのに、残念」
「私を徹底チェックして、どうす…ん」
六花はアイミの発言を遮って重ねた唇を、ゆっくり離す。意外そうで、でも嬉しそうにも見えるアイミの顔。
「キスもできる」
「ずっとしてみたいと思ったけど、まだ小さいからって我慢してたのに」
「六花もう17歳だから」
「大胆になった。ロッタ」
「13歳の六花に頭の中でえろいことした人が、よく言う」
「仕方ない。可愛い子がいると、仕方ない。それにあの時私17歳だし。17歳の六花と、17歳のままで会えるなんて。嬉しい」
六花は深呼吸する。
「…こんな状況だけど、やっぱり、幸せって思う」
アイミを見つめて続ける。
「帰れなくても、ぽぽちゃんと一緒ならいいやって思えてきた」
「…それは嬉しいけど、まだちょっと早い」
「なにか、方法、知ってるの?」
「ありそな気がする。調べたいことあるから、艦長と話そう」
六花は頭を切り替える。
「わかったアイミ」

「過去に、帰るためのヒント?」
艦長室に招かれた。重厚な木製の調度品。外国の偉い人の部屋感。
ブランデーとか、出されそう。実際は紅茶だけど。
「美味しい」
「そちらの世界に、紅茶は?」
「もちろんあります。その国それぞれで。六花は日本の紅茶が好きです。流通量は少ないですけど」
「今晩、食事を一緒にどうだろう? 六花さんの世界を話を聞かせてほしい」
「喜んで。人や国の姿は似ているのに、ここまで、違う世界になることがとても不思議です」
「そういう事もあって、データを調べたいのかい?」
「それもありますが、実は、この事件を予見していたような発言をした人がいまして」
アイミがローレッタに応える。
「予見していた?」
「その子が言ったんです。事件前に。私が道を教えるって」
「それが、この世界にあると?」
「私が感じたこと、ですから各種センサーの解析結果になるんですが、彼女は時間を飛び越える力を持つ可能性があります。艦長を含めた私達よりずっと未来から来てる」
「そんな力があって、事前に君たちが飛ばされるのを阻止しなかったのはなぜかな?」
「後の歴史との整合性を取りつつ、出来事を収めてるからだと、私は思っています」
ローレッタは少し考えるが、回答は早い。
「了解した。データベース閲覧を許可しよう。【図書室】を使ってくれ。うちの技術士官をサポートでつける。人間の歴史が大好きなヤツでね。過去を探るなら役に立つはずだ。食事の時間になったら呼びに行くよ」

「寧々が普通じゃないって、いつ気づいてたの?」
六花はアイミに訊いてみる。
「あれ、意外じゃない感じ?」
「そんな感じはしてたから」  
艦内マップをインストールしたアイミとエンデバーの中を歩く。
「佐久平の基地に来てから、ちょくちょく、異様なエネルギー波を学校や寮の方向で感知してたの。なんかいるとは思ってたけど、思い当たらなくて。実害なかったし。で、この事件が近づいての寧々の言葉に、なんか引っかかることがあったってこと」
「なにか感じてたなら、教えてくれればいいのに」
「でもさ、六花に教えて、ふとしたことで寧々が気づいて、知っちゃったのね。もう会えないってなったら、やでしょ」
「やだ」
「そっちをさけたんよ」
教えられた図書室のまえに一人、士官が立っていた。
メガネをつけた長身の女性。
「お待ちしてました。六花さん。エンデバー号技術士官のメディア少尉と申します。アンドロイドです」
「アンドロイド?」
「ええ、そちらのアイミさんは別の場所にある本体から投影されてここにいますが、私は頭脳と身体全てここに詰まっている、一体型なんです」
「人造、人間さん。すごい」
以前にボコボコにされたロボットCAは、絵に書いたようなヒューマノイドロボットだった。メディアは違う。言われないと、わからない。さらに、なんだか、神々しい。
「でも、どうして、メガネ?」

「眼球を保護するのに、いいものはないか探しているときに、古いファッション誌でこれを見つけて。素敵ですよね」
「似合ってる」
「ありがとうございます。ではこちらへ」

その部屋には大量のガラス板が保管されていた。開くと紙の本のように読める。六花が手に取ったのは、レシピ本だった。
「宇宙船の中ではレプリケーターっていう機械で合成された食品がでてくるんですが、たまに地表任務のときは料理もするんです。私は生のオイスターが好きなんですが、アレは料理って言わないかな」
「どんな薬味を乗せて食べるか、楽しいよね」
「おなか空いてきちゃいますね」
「食べられるの?」
「たくさんでなければ」
メディアが部屋の奥にあるデスクセットの椅子に座る。
「ここで、太古の地球史はもちろん、惑星連邦に加盟している他の星の歴史もわかります。どんな内容を調べますか?」
「時代にそぐわないのに、転換炉や時空転移に読み取れるオーパーツ的な文献とか。伝わってないですか」
「了解です」
ブンっと電子の動く音がした気がする。
じっと前を見つめて、おそらくデータの海で手がかりを探してる。
「ダイブモードのときはあんな感じなのかな」
「六花は目を閉じてるよ」
「画面に表示します」
時代は様々。石に刻まれたもの、羊皮紙に書かれたもの。
「この中で可能性が高いものが3つ」
一つはヨーロッパの洞窟の壁画。未知の塊から光が出てる図。羊皮紙にびっしり文字が書いてあるものは中東の遺跡から。南米の遺跡の壁画も出てきた。
「確かに強大なエネルギーを神が使って何かをする話ですが、あまりピンときませんね」
メディアが訳して説明する。
「そう、あとひとつ、描かれている図は転換路っぽいんですが、いまだに文字が解読できず、内容が明らかになっていない資料があります。それがこちらです。地球でも最後の謎文献として博物館に展示されているものです」
「この文字」
六花には見覚えがある。
「銀河帝国の標準文字だ」
アイミが言葉を繋ぐ。
「ご存知なんですか?」
「私たちの世界で、他の星系が使う文字です」
アイミがその文字を見る。
「数式と構造の説明だ。翻訳します」
「翻訳?あ、そうか英語でいいのか」
エンデバー内での公用語は英語だった。
「太陽系内にいるって忘れちゃうね」
「この数式、なるほど、そちらの転換炉を一時的にバーストさせて、タキオンフィールドを作る方法ですね」
メディアが少し考える。
「機体でやってしまうと崩壊したとき危険です。でも持っていた炉心付きの槍を改造すれば、いけると思います」
「ジーレイアでタイムワープ用の穴を開けるのか」
「それで、六花たちがいた時間軸に辿り着けるの?」
「記載がありますね。目指すべき時間が」
「この時に、戻る側からも干渉するとあります。2枚目の図に内容を記すと」
2枚目は大勢の人が1本の柱を取り囲んでいる絵。柱から伸びた光が空を貫き、光球から天使が現れる絵に繋がっている。
「地球側からも時空に干渉して、目印を作ってくれるみたいですね」
「これを信じて、指定の時間を目指して、飛べばいいのか」
「この資料、信頼できるのですか?」
「ネッコの名前が書いてあるからね」
「この記述の最後の署名、ネッコというのが、その時をかけるお友達ですか?」
「そうです」
「ぜひお会いしてみたいです。未来の方がどんな視点をお持ちなのか」
「ちょっと不思議な女子高生だよ。普段は」
微笑んで六花を見たメディアがなにかに気がつく。
「六花さん、ずっとパイロットスーツですね? 機体にお着替えは?」
「緊急発進だったから、持ってないです」
「レプリケーターで作りましょう。艦長と会食されるんですよね。パイロットスーツでは食べにくいでしょうし」

「なるほど。銀河帝国か」
ローレッタはきゅうりをかじる。
大きなテーブルに、大きな桐の寿司桶。その中に華やかに飾られたちらし寿司。日本料理でも屈指の色数の多い料理だが、赤身、白身の刺身に錦糸卵、いくら、いんげん、桜でんぶ、きゅうり、食用花まで使って飾られている。これがこの世界のおもてなしちらし寿司なんだろうか? これもレプリケーターというだいたい全てをコピーできる、あの装置で作られたのだろうか?
ローレッタと副長アインス、メディア、アイミと六花。アイミは食べられないが、すごく嬉しそうに六花のために、お寿司をよそってくれる。
「突如として高度な技術にさらされて、混乱が起きそうなものだが」
「わたしたちは技術指南をしてくれる異星人をまず探しました」
テコさん、どうしてるかな? 私のためにブチギレてくれてたりするのかな? 会いたいなあ。
「その方と共同でエリアル、あの機動兵器を作り防衛システムを構築していきました。そこから技術利用が各国に広まって、現在は先進国が宇宙軍艦や宇宙船を持つようになっています」
「地球での統一政府は?」
「国連はありますけど、地球の最高意思決定機関としては機能していません」
「1950年代までは良く似た歴史がありながら、その後が大きく異なる。不思議なものだ」
「お寿司はおんなじなのに」
ローレッタが笑う。
「現在、通常航行で海王星軌道を目指している。我々の世界では太陽系内でワープエンジンは使えない。使用可能エリアに入ったら、改造した槍で実際にタキオンフィールドが発生するかを試す」
「了解です」
「確認できたら、座標を決めて、飛ぶ。最初の穴はこの船でもサポートする。実はこいつには、時間跳躍実験装置があるんでね」
「艦長、極秘事項です」
メディアがたしなめる。
「いや、六花たちがこの時空に来たのは、我々の実験が呼び寄せたのかもと思ってね」
「可能性はあります。ですが、確定情報ではありません」
「どういうことです?」
「この艦で時間跳躍実験をして戻ってきて、帰るところだったんだ。その時に開けた時空連続体への穴に君たちが落っこちてきた。と考えることができるんだよ」
「時空連続体が異様な漂流者を排除するために我々の痕跡を使ったとも考えられます」
「そんな、意志があるのですか? 時間に」
「確証はありません」
メディアが言い終わると、ローレッタが続ける。
「ということで呼び寄せたかもしれない以上、確実に送り返す。同じ地球人、困ったときはお互い様だ」
「艦長、ありがとうございます。」
「それに、いま歴史を刻み続けている。パラレルワールドが存在し、交流すら可能という歴史を。私はこの時をとことん楽しみたい」
「好奇心は猫を殺すといいいますよ。艦長」
メディアがまたやんわりという。
「その慣用句、こっちも同じです」
六花が言うと、ローレッタが笑う。
「どうやら、時空を越えた真実のようだな。猫の」

メディアによるジーレイア改造計画を聞いて、この日はおしまい。
明日朝から改造に入る。立ち会って使い方を聞く予定。
与えられた部屋に戻り、食事会用に用意されたイブニングドレスを脱ぐ。
「パジャマはないから、そのまま寝たら?」
制服のままのアイミが言う。
「うん。アイミは制服のままなの?」
「変えてみる」
ぶぶっと顔から下にノイズが走り、ざっくりとした部屋着に変わる。
六花は触ってみる。ちゃんとコットンの手触り。
「すごい技術だ」
「あ、そうか、同じのレプリケーターで出せばいいのか」
アイミが部屋についてるレプリケーターから上下セパレートの部屋着を取り出す。袖を通してベッドに。
「添い寝がいい? 膝枕がいい?」
「添い寝」
シングルサイズのベッドでアイミの腕に頭を乗せる。
「4年ぶり、かな」
「あの事件以来。ぶれない甘えん坊」
違う世界。300年も先の未来の宇宙船。でも、アイミが、千保がいるから本当に怖くない。
「ありがとう。アイミ」
「お休み。六花」

Chapter-5 来海透子 30歳 お帰りなさいを言うためのいくつかのこと

日が昇る。
まんじりともせず、来海透子はソファから起き上がった。
寝られるわけがない。
六花に一生会えないかもしれないという恐怖が、大きい。
それは隣で丸まってる風花も同じ。
「おはようございます」
ひどい顔。女子高生の顔じゃない。
「お互い、身だしなみだけはちゃんとしよう」
「はい。透子さん」
順番でシャワーを浴びる。先に済ませた風花に促されて浴室へ。
六花がいたら、3人で入ろうとか言って、わきゃわきゃするんだろうな。またボロボロと涙が出てくる。本当に、怖い。
「透子さん、リンジーさんが」
「いいです。風花さん。入るよトコ」
ドタドタと脱衣所に足音。すりガラスのドアの向こうに人影。
ドアが開いてリンジー・クーが顔を出す。いつもの、黒いショートワンピとジャケット姿。角には透子が作ったスワロフスキーのチャーム。
「トコ、高耳神社に連絡、ありがとう。行こう」
「リズ…」
「今日一日で全ての準備を終わらせる必要がある。急いでくれ」
「準備って?」
「六花さんを取り戻す準備だ。決まっているだろう」
シャワーはで続けている。頭から水流を浴びながら透子は言葉を出す。
「方法が、あるの? 昨日、高耳神社が役に立つってテコさんに言われたけど」
「トコ、人はどうして出会うと思う?」
「突然、何?」
「会いたいって思う意志の交錯が出会いをもたらす。証明はされていない。だが、宇宙はそうやって動いてる」
「おとぎ話?」
「真実だよ」
リンジーが濡れるのもかわまず、頬に手を当てて顔を強引に引き上げる。
「その六花さんに会いたいと思う気持ちを力に変えろ。方法はある」
「リズ、でもどうやって…」
「移動中に説明する」
リンジーに引っ張られてバスルームから出る。ガッチリと抱きとめられる。
「風花さんが不安がるから、泣くのはここでおしまいだ。一気に準備する」
「黒いのが裸の女を抱いてる図も、高校生に見せるもんじゃないでしょ」
風花が読めない顔をしてこっちを見てる。
「そうだな。ごめんなさい。風花さん」
「…いえ」
リンジーが脱衣所のドアを閉めると、唇を合わせてきた。
リンジーにしては遠慮気味に舌が絡む。
「ふふ、ちょっと気を使ってる?」
「当たり前だ」
「準備する。すぐ行くから部屋で待ってて」
頷いてリンジーが脱衣所をでていく。透子は体をさっと洗って、髪を乾かす。風花が教えてくれた高いブラシで整えて、
「待たせた」

防衛軍基地の奥に森に囲まれた湖がある。直径500mほどの角の取れた正方形のような形をしている。手漕ぎボートが3隻置いてある管理棟から地下へ。湖の下は、ナデシコの専用格納庫になっている。故に湖は撫湖と呼ぶ。
テコによって限られたメンバーがナデシコのブリッジに集められた。
風花、リンジー、保父、由美香。そこに一人、場違いな人が。
「ネッコ…」
「風花、大丈夫?」
「どうして、ネッコがここに」
「内緒だよ」
「揃ったな。ではエージェント・ネーデリア、頼む」
「ネーデリア?」
風花がずっと掌握しきれていない顔で見てる。
「時間管理局のネーデリア・メガーヌです。遙か未来から時代の改変を防ぐためにここにいます。六花が別の時間軸に飛ばされました。これを治します。本来は全て管理局でやれればいいのですけど、今回は皆さんの力を貸してほしいです」
「ネッコは何を言っているの?」
「協力のお願いだよ。風花」
時間管理局のエージェントと名乗った娘が全員を見回しつつ話す。
由美香の結婚式にいた。
「六花に『戻ってきて』と一人でも多くの人に思ってほしい。それが力になります」
ネッコと呼ばれてる山桜桃の子がポケットからキラキラと光る金属素材を取り出した。
「これで、人の思いを力にします。作った人はバイオリレーションシステムとか、サイコフレームとか呼んでます。指定の時間にこいつを付けたアンテナに思いを集めて飛ばします」
「だめだな。そんなこと、うまくいくの?って思ってしまう。うまくいくからネッコが教えてくれているんだよね」
「そうです。テコさん。風花、持ってみて」
寧々が風花に金属素材を渡す。途端に淡いグリーンの光を放ち始めた。
「この光が意志の力です。思いが強いね。さすが風花」
「ネッコ…」
「そうやって六花のことを思って。明日の夕方が決行日。そこまで折れちゃダメだよ」
「…わかった」
「あと、六花を無事戻せたとして、それでも地球の傍にいわゆる敵艦隊がいます。これを排除していただかないと、あまりいい結果になりません」
「そっちは任せてくれ。今、地球にある戦闘能力のある宇宙船がほぼ全部軌道上にいる。彼我戦力差は1:6ぐらいだ」
「ふえる、かもしれません。敵艦」
「…そういうことか。ネッコ」
テコが少し考えるようにして
「いざとなったらテーセにリミッター解除を告げよう」
「一人で相手するんですか?」
風花が心配する。
「あの子は、一騎当千って地球の言葉がぴったりなんだ。戦闘中の素行が悪いって理由もあるんだけど、あの子を中央に下げたのは、すごすぎて機動兵器に乗っていないテーセを暗殺しに来る輩が増えて、守るためって側面もあるんだ。地球に隔離したのもそういう理由だよ。あと、千種にスナイパーキャノン持たせて後方支援をさせる。射撃、上手って聞いたよ」
「問題ありません」
由美香が得意げ。
「銀河帝国の宇宙軍はどうしてるんです?」
「地球のお隣の星系で反乱が起こってて、そっちに注力してる。なんだか、陽動っぽい」
透子が聞いてみると、由美香がこたえた。
「高耳神社はどう関わって来るんです?」
「エリアルEに護符が積んであるだろう? この世界に召喚された方だ。護符を拠り所に呼ぶ力を発揮してくれればと思ってね」
「風花」
「何?ネッコ」
「このあと一緒に学校に来て。学校のみんなにも協力してもらう。西湖女学院の子も。手伝ってほしい」
「わかった」
「早速行こう」
風花の背中を押して寧々が出ていく。
「信じられるの? テコさん」
透子は訊いてみた。全てそれらしくはあっても、荒唐無稽ではある。
「最初に会ったのは、ナデシコのボクの部屋。入れないからね。普通。彼女の話は全部腑に落ちたよ。オカエリ作戦、始めよう」
テコが手首の端末でナデシコの転換炉を始動させる。
「神社の後、ナデシコは敵監視のローテーション任務に参加するよ」
「じゃ、クラエッタ借りて東京から帰ります」

高耳神社は夏の日差しの中。
「なるほど。あの放送はそういうことだったんですね」
発足前のお参りに来たときと同じ巫女が話を聞いてくれた。相変わらず、高耳様は出てこない。
「承知しました。その時間、パイロットさんを思い、舞うと申しております」
「ありがとうございます」
「ご武運を」
小さく扉が開いて、声が聞こえた気がした。

衛星軌道での敵艦監視任務に戻ったナデシコと別れて、透子は東京からクラエッタでSCEBAIを目指す。そんな時、スマホにメッセージが届いた。
『風花から聞きました。私、いえ、私たちに何ができますか?』
御厨陽奈から。透子はオートパイロットでメッセージを返す。
『伝えます。集まれる? うーたん部』
『道の駅で』

「こんな時間に、ありがとう」
昼前の駐車場にクラエッタを降ろすと、道の駅のカフェから見知った女の子たちが走ってきた。囲まれる。
「今日、終業式だったので」
「そっか、夏休みか」
透子は面々を見渡す。
「みんな、大きくなったね」
「こちらにどうぞ。先生」
倉橋玲がカフェに確保された席に案内してくれた。
「クラエッタ、どうですか?」
「六花め、こんな楽しいもの独り占めしてたのかって思うよ」
「良かった。兄が喜びます」
少し沈黙。
「六花が行方不明なことはみんな知ってるね」
「はい」
いいながら陽奈の目から涙がこぼれる。
「敵の新兵器、時間軸から外れたところまで飛ばされるってもの」
「そんな…」
「時間の流れから六花がいなくなってる。だから本来、私達はどんどん六花を忘れて、最初からいなかった。ってなるのが普通らしいの」
「私、忘れてません」
陽奈がしっかりと透子を見る。
「そうなの。誰も六花の事を忘れてない。ということはあの子が返ってくる未来につながってるんだって、詳しいやつが言ってた」
「だれです?それ」
「誰とはいえないけど、みんな会ったことあるよ」
透子は玲が用意してくれた、桃のスムージーを口にする。身体にしみこむ。久しぶりに味のあるものを口にした気がする。
「はあ。おいし」
「よかった。食べれてないですよね先生」
「うん。すごくうれしい。ありがとう。玲ちゃん」
玲が頷く。透子は姿勢を正す。
「みんなにお願いしたい。明日、山桜桃に来てほしいの」
「なにか、やるんですか?」
「呼びかける。六花戻ってこいって」
「そんな方法で戻ってくるんですか?」
与那が真剣な眼差しを向けてきた。大人びてきたな。この子。
「人の思いの力って、相当らしい。六花連れ去られておかしくなったんじゃないよ。私はその力、信じてる」
「わかりました。ほんとうに、思うだけで力になるんですか?」
高坂芽里がテーブルに身を乗り出して聞いてくる。
「うん」
「やらせてください」
与那がしっかりと頷く。
「明日の昼過ぎにSCEBAIの基地にきて。風花がヒルデアで迎えに来る」
「先生はどうされるんです?」
「六花が帰ってきても、今、軌道上には侵略艦隊がいるからね、その排除のために宇宙にいるよ」
「気をつけてください」
「うん、ありがとう。お互い、頑張ろう」
「先生、本当に六花は戻ってきますよね?」
「こんなふうに六花のことを思っていられる限りは、帰ってくるよ」

SCEBAIでもお願いをして、透子は佐久平基地を目指す。最後の着陸アプローチ、山桜桃の航空宇宙部の部室に人が集まっているのが見えて、降りてみることにした。
「透子、先生」
クラエッタを降りた透子に千種が駆け寄ってくる。この子も目が真っ赤だ。
ぱふん。と抱きついてきた。
「千種、眠れてないね」
「…寝るなんて、無理、です。無理ですよ」
「話は聞いた?」
「はい。あした、ここで、せんぱいを、呼び戻すって」
「ごめん。千種は一緒にソラに来て。六花帰還後に敵は攻撃を仕掛けてくる。2度めはないってわからせるために、千種の狙撃がいる」
「…わかりました。せんぱいの、帰還を、近くで、迎えられるんですね」
「そうなる」
「任せて、ください」
弱々しいけど、千種が微笑む。
「あ、千種ちゃんがようやく…」
幸花も駆け寄ってきた。
「幸花、千種を連れて帰って寝せて。明日は1日、任務になるから」
「わかりました。透子先生」
支え合ってる2人をあとに透子は部室へ。
「透子先生」
明菜が振り向く。
健康診断や飛び込みけが人の治療もして、山桜桃、中等部高等部、知らない人はいない。スクールカウンセラーがストレートなため、女の子同士の恋愛は水面下で透子に聞け。となっているらしく、トコトコクリニックに山桜桃の子が来ることも増えている。透子自身も頼れるお姉さんたり得るよう、最近努力している。そんな日常。
明菜が心音とすれ違っていることを六花から聞いたっけ。あのときは、こんなことになるなんて…。ダメだ。六花の顔がちらつく。思い出すのは最初にあった、ヘリの中でボロボロに泣いてる顔。
振り払って声を掛ける。
「明日、お願いします」
「ネッコから話は聞きました。あの子も防衛軍に所属していたんですね」
「わたしたちとは別部隊だから」
透子はとっさに話を合わせる。
そういう説明したのか。わかりやすくていいかも。
「向こうの要求は突っぱねて、なおかつ六花を取り戻すんですよね」
「ええ」
「大きな戦争になっちゃいますか」
「相手は3隻だから、現有の戦力なら問題ない」
「なら、安心です」
「六花が心配してたけど、明菜ちゃんは大丈夫?」
「あ、え、六花が、そうですね。約束は守ります」
「約束?」
「帰ってくるまでにココと仲直りしろって」
「そう。その約束も、六花を戻す力になりそう。結果はどうであれ」
「ちゃんと、良い結果を出します」
明菜がさみしげに笑う。

「透子先生」
クラエッタのコクピットに足をかけたところで、声をかけられた。
「あら、ココちゃん」
透子はクラエッタを降りて心音の前に立つ。
「明日、よろしくお願いします。わがままかもしれないけど」
「いえ、六花が帰ってこないなんて、あっちゃいけないことです」
「ありがとう。…なにか、聞きたいこと、あるのよね?」
そういう雰囲気を漂わせてる。わかりやすい。
「…はい」
心音は少しうつむく。
「先生は、その、彼女、いるんですよね?」
「そうね」
「その、それって、納得されてるんですか?」
「当たり前じゃない。もともと、私、恋愛対象男じゃないし」
「自分のその感覚に悩んだりしなかったんですか?」
「はっきりと自分の気持に向き合ったのは大学に入ったときかな。友達や親はもっと先に、そうじゃないかと思ってたって。実は自分が一番鈍感だったよ」
「自分が変だって、思ったりしました?」
「少しだけね。男が恋愛対象にならないことを、中学生の頃はまだ、いい出会いがないからだって思ってたよ。高校でもしやって思って、大学ではっきりして、スッキリしたよ。自分がよくわかって」
心音の目は不安でいっぱいだ。
「初めて女の人付き合ってさ、好きな人といるってこういうことかって思ったよ。幸せだった。その人は大人で、私がのめり込む寸前で向こうが身を引いて、もっといい人探しなって別れちゃったんだけどね」
「それって…」
「最初は遊ばれてたのかとも思ったよ。でも、その人、恋人であるのはいいけど、それに縛られるのを嫌う人でさ。人との距離を学んだよ。これは男女関係ないか」
「その後も、男性と付き合ったりしなかたんですか?」
「ないよ。対象じゃないから。それにさ」
心音が顔を上げる。
「今付き合ってるのは、女性だし、異星人だし」
「異星人?」
「古くからある考えなんて、ほんとに役に立たないよ。異星人との付き合い方を書いた文献なんてないから。結局、誰に何を言われても好きを貫く以外にないんだ」
「そうでしょうか」
「そうだよ。恋愛をこうでなくてはダメってきめて、得られるものって何?」
「正しい、人の社会です」
「誰基準の正しさ?」
「それは、神様の」
「神様は女の子を好きになってはいけないって言ってるの?」
「好きになってはとは…。結婚には批判があります」
「ドイツの連邦議会とか、カソリック教会って同性婚認めてなかった?」
「そのせいで、ちょっと分断してます」
「ココちゃんは、認める人が増えてる現状をどう思うの?」
「時代の流れかと」
「あなたはその流れを認めないの?」
「本当にそれがいいことなのか、自信がありません」
「いいことだよ。断言するよ」
透子は笑顔を向ける。
「好きなら好きでいいいじゃん。それだけだよ。シンプルにいこーよ。でないと異星人となんて付き合えないしさ」
「それは先生の…」
「そう。私の価値観。リズの、あ、私の彼女ね。その星の神様はただ心のままに愛せ。ってのが教義だってさ。それでも社会が存続していくために、人工授精のシステム構築して、女性8割の社会構造を作ったよ。ココちゃんの考えはさ、もしかすると、社会的な男の役割を守るために生み出された考えなのかなって、私には思えるかな」
心音は透子をじっと見たまま。
「ココちゃんは、アキちゃんが好きでいいのよね」
「!…はい」
「私としてのアドバイスは、とにかく今、できる限り愛してあげてって言うしかない。六花がいなくなって…すごいよ、後悔が。ああしてあげればよかったって。もっと、優しくしてあげたらって。作戦が失敗したら? もう何もしてあげられない。あの子は帰れない」
子どもの前でなに泣いてんだ私。
「アキちゃんは待ってるんだからさ。今、気持ちを伝えて」
一旦うつむいた心音が顔を上げた。
「先生、これ使ってください」
目がキラキラしてる心音がハンドタオルを差し出す。
「これから、アキのところに行きます」
「部室にいると思うよ」
「ありがとうございます。透子先生」
言いつつハグ。挨拶より少し力がこもってる気がする。
「明日、絶対成功させましょう。六花は戻ってきます」
「ありがとう」
頬に挨拶のキスを残して、心音が脱兎のごとく走り出した。
「役にたったかな」
透子はクラエッタにもたれる。
「早く帰ってこいよ。六花」

Chapter-6 古藤風花 17歳 前夜

「ネッコって、何年生きてるの?」
「突然どんな質問」
航空宇宙部や六花と同じクラス、さらに中等部まで回って協力を呼びかけた。回れるところは回った。
一旦学食に入って、二人で自販機で買ったペットボトルを開ける。がらんとして、キッチンに人はいない。学校は夏休みに入った。
「この仕事についたのは15年前って言っておく」
「お姉ちゃんだ」
「風花は? 風花も普通じゃないんでしょ」
「私は、16だよ。まだ。みんなのいっこした」
「飛び級?」
「戸籍を変えた。六花を守るために。…知ってるんでしょ」
「うん。鹿嶋風花ってことまでは知ってる」
「すごく久しぶりに聞いた。なくした名前」
「時間の痕跡は消せないから」
「そんな、神様みたいなネッコがこんなに右往左往しているのは、どうして?」
「私が右往左往する未来が確定してるから。ここまでは、改変は起きてない」
「これからどうなるの?」
「ハッピーエンドだよ。心配しなくていいよ」
「ネッコは六花が帰ってきたら、いなくなるの?」
「そう思う?」
「うん。任務完了とかいって、消えそう」
寧々が風花の手を握る。
「卒業まではいるつもりだよ。アフターフォロー?」
「一応公的機関なんでしょ。そういうのうるさくないの?」
「そこまでは大丈夫」
寧々が風花の右手てのひらをキュッキュッとマッサージ。
「手汗いっぱい」
「精神、正常じゃないから」
「そっか」
寧々が立ち上がり、風花の横に来ると、頭を胸元に抱く。
「深呼吸。風花」
言われるがまま、胸に顔を埋めて呼吸する。
「いい匂い」
「リラックスできる香りのする石鹸でゴシゴシしたからね」
「私がネッコに抱かれて心を落ち着けるって知ってたから?」
「そうかも」
「どんな、感じ? 起こることがわかってて、生きる感覚って」
「そうじゃないことが起こったときの、恐怖感がすごいよ」
「へえ」
「違うことが、あっちゃいけないから。感じた違和感は、世界の終わりの始まりかもしれない。気付いた私が消えちゃうかもしれない。怖くて仕方ないよ」
「ネッコ、無敵感すごいのに」
「臆病だよ。私、間違いなく」
「信じない」
少し、そのままの時間。
「部室いこっか」
「うん」

部室に行くと、明菜が一人でいた。
「部長、何してるんです?」
風花が訊くと、ノートから明菜が顔を上げる。
「六花、おかえりなさい会の内容考えてた」
「…素敵すぎますね。先輩」
寧々が嬉しそうにそういうけど、風花は言葉が出てこない。
そうだ。こんな心で六花を迎えるべきなんだ。
「どんなこと、するんです?」
「やっぱさ、あの子、食べるの大好きだから、みんなで持ち寄りスイーツ会がイイのかなって。プルーンのタルトとか、焼こうかな」
「美味しそう」
風花がそういったとき、草の上をかける足音。
「アキ!」
「…心音」
飛び込んできたのは、心音。
まっすぐ部室を走って、座ってる明菜に抱きつく。
「どうしたの? らしくない」
「そんな、言い方しないで」
「ココ…」
「透子先生に言われたの。今がどれだけ大事かってこと、六花みたいに突然トラブルに巻き込まれるかもしれない。気持ちいえなくて、会えなくなるなんて絶対に嫌。私、神様よりアキを優先する。それが正しいってわかった」
「ココ、結構すごいこと言ってるよ」
「いいの。真実だから」
心音が身体をおこして、明菜を正面から見る。慌てて走ってきたみたいで、金髪がボサボサ。でも、真剣。
「愛してる。アキ」
「よかった。大好き。ココ」
見つめている風花を寧々がつついた。
「いこっか、風花」
「うん」
二人で、歩き出す。

『地球防衛軍、および、地球の全ての方に告げる。明日の18時までに、銀河帝国からの離脱、及び辺境連合への合流を宣言したまえ。さすれば、機動兵器とそのパイロットは元の場所に戻そう』
1日に何度かある、オリヒトたちからの割り込み放送。スマホが喋りだしたと思ったらこれだった。聞くたびに、気が滅入る。が六花を連れ戻したいと思う気持ちには、良い燃料になってると思う。
「ネッコは寮に戻るの?」
「うん。機器の最終チェック」
どう帰ろう? と思ってふと見た視線の先に、クラエッタがいた。
その足元にうずくまっている人。
「透子さん!」
駆け寄る。
「ああ…風花。大丈夫」
透子が立ち上がる。
「辺境連合が艦隊を派遣してきた。中型艦だけど、5隻」
「5隻…」
「タタリ1ともうすぐ合流だって。あいつら、ホントに地球をどうにかするつもりだ。こんなときに、いや、こんな時だからか」
「大丈夫です。透子先生」
寧々の落ち着いた声。
「みなさんは、なんとかします」
崩れることのない、薄い微笑み。
「自分を信じろってこと?」
「そうです」
「わかった。そうする」
透子が寧々に微笑んでクラエッタを起動する。
「帰ろ。風花」
「では、明日、よろしくお願いします」
「こちらこそ。ネッコちゃん」
風花はクラエッタの腕に座る。透子の操縦で二人は山桜桃学園をあとにした。

「あの、テコさん」
「どうした? 風花」
「明日のうーたん部の子たちの迎え、早めに行っていいですか?」
「…みんなと、話、してくる?」
風花は頷く。透子はリンジーのところに行った。誰か、いる。他の人には。
いつも六花といた風花には、誰もいない。
玲に会いたい。と思うのがひどいワガママだってことはわかる。
でもこのままだと、明日までもたないかもしれない。
「構わないよ。みんなには言っとく。ヒルデアの出し方はわかるね?」
「はい。フライトプランは出しました」
風花は軽く荷物をまとめて、透子にLINEしておき、撫湖に向かう。地下に降りてヒルデアを発着位置に移動させる。
ヒルデアは船ではなく、航空機的なコクピットの作りになっている。並列複座の操縦席に座る。テコメガネを掛ける。AIが発進準備を進めていくのが、文字で表示される。
「EDFコントロール、こちらHDA。オカエリ作戦のため、富嶽に移動します。離陸許可願います」
「コントロール、了解」
水面下からヒルデアが出現する。風花はゆっくりとヒルデアを上昇させ、基地から飛び立った。
六花がいなくなって、いままで、ずっと一人。透子はいたけど一緒に泣いてるだけで、支えてはくれない。なんとか、頑張って耐えてきた。
学校でも、ショックを受けてる千種を幸花が懸命にケアして、このゴタゴタのなかで、六花に仲直りするよう言われた明菜と心音は、ちゃんと気持ちを伝えあった。寧々はひたすらに自分の役割を果たしている。風花は一人のまま。六花の彼女なんだから仕方ない。と思うのも限界だ。誰かと一緒にいたい。玲の顔しか浮かばなかった。

ヒルデアを宇宙港富嶽の駐機スペースにとめて、宇宙港から倉橋航空機との共同研究所を経て、倉橋家に。玲に事前には何も言ってない。
呼び鈴を押す。
「はい? え、風花?」
インターフォン。玲が出てくれた。声を聞くだけで涙が出てくる。
とたとたと長い廊下を走る足音。そして横にスライドするドア。
「どうしたの? 明日じゃないの?」
「…明日だよ。それまで、一緒にいていい?」
「…」
玲はほんの一瞬考えたように見えた。
「上がって。いらしゃい。風花」
怜の部屋に通される。
「ごめん。突然」
「辛いでしょ。気持ち、わかるつもり」
玲は自室の冷蔵庫から冷たいお茶を出してくれる。
「ここまで、よく頑張ったね。もっと早く頼ってくれても良かったんだよ」
「でも、なんかさ」
「ばかね。意地はって」
「…そう思う」
「なにか食べる? クッキー持ってこようか?」
勉強机のイスからたった玲。おへその見える部屋着。ゆるふわ系の服装を好む玲にあまり見ない姿。
風花は後ろから抱きしめる。
「何もいらない。離れないでいて」
「わかったよ」

温かい。六花の事件が起きてから、ようやく少し鼓動がゆっくりになった気がする。そのままベッドに座る。
「玲がいてくれてよかった」
「もちょっとおそかったら、出かけてたよ。うーたん部で集まろうかって言ってたから」
「行くの?」
「行かない。風花といっしょにいる。心配するな」
「ありがとう」
「このままでいいの?」
「うん」
エアコンの作動音。感覚として伝わってくる玲の鼓動。匂い。
怖いのがゆっくり、柔らかい気持ちに置き換わっていく。
と、睡魔が強烈な攻撃を始めた。がくっと頭が落ちる。
「ひゃん」
唇が玲の首筋に触れた。風花は朦朧とした意識を立て直す。
「ごめん、わたし、なんか」
「みなまで言うな」
玲が身体を入れ替え、風花をベッドに寝かす。
「六花がさらわれてから、まともに寝てないんでしょ。休んで」
「でも、玲…」
「大丈夫。そばにいるって。めったにない機会だし」
いひひ。と玲が笑う。
「…なんか、えっち」
そういったのは覚えてる。

ひぐらしが鳴いてる。いつもと違う匂い。透子や六花の使う石鹸の匂いの中にクリニックで使っている消毒液の匂いが混ざるのだけど、それがない。
「おきた?」
耳元で声がする。目を開けるとすぐ近くに、玲の顔。
「どのくらい…経った?」
「2時間とちょっと。まだ寝てていいよ。晩ごはんになったら起こすよ」
風花の横で寝っ転がってスマホを見ていたみたい。
「ごめんね」
「私、嬉しいからいいよ」
玲がそういったのは覚えてる。

「風花、ただいま」
「六花帰ってきたんだね」
ここはどこだろう? 軌道ステーションの高天原、その到着ロビーに似てる。六花がいる。消えた日と変わらない姿。
「本当に良かった」
「うん。よかった。風花も、自分にいちばん大切な人は、誰か、わかったんだね」
「…え?」
風花の左腕に誰かの腕が絡む。玲だ。
「玲、風花のこと、これからお願いね」
六花の目は風花を見ていない。
「任せて六花」
視界の外で自信たっぷりの玲の声。
「何を話しているの? 六花」
「六花のことは心配しなくていいよ。大丈夫だから」
六花が手を降って遠ざかる。
「風花、幸せになってね。一番さみしいときにそばにいてくれる人を、一番大切にしてね」
「いやだ、こんなの、いや!」

「風花」
玲が覗き込んでる。あたりは少し暗い。
ベタな夢を見たな。眼の前の玲には悪いけど、六花が好きなことを諦めるつもりはない。でも、自信はない。
「ご飯だよ。食べられる?」
「わかんない」
午後6時50分。部屋の明かりはついてなくて、夜空の星が少し見える。
玲の顔が傍にあって、眼鏡に外の明かりが映り込む。全体的に濃紺の世界。
本当に大切な人。そう。今私、すごく落ち着いている。自分でも思っている以上に玲と一緒にいると、心地いい。
「そういうかと思って、そうめんにしたよ」
玲がリモコンで部屋の明かりをつける。
「作ってくれたの?」
「あ、家政婦さんにお願いした」
玲が冷蔵庫からボールを取り出すと、その横の簡易キッチンで流水で麺をほぐす。ざるをちゃっちゃとやって水切り。
「ウチは水からあげるスタイルね」
「それでいいよ」
二人でそうめんを食べる。テレビはこの夏に行きたいスポット特集。軌道上に敵性の宇宙艦隊が来ていることは、能動的にネットで調べないとわからない。
「よかった風花。食べれたね」
「うん。ありがとう」
切った桃をテーブルにことりと置いて、玲が隣に座る。
「うなされてたよ。怖い夢見た? 六花、帰ってこなかったとか?」
「…帰ってきたよ。玲を大切に。幸せにねっていって、宇宙の彼方に旅立った」
「…そうきたか」
玲が桃を一切れ、小さなフォークで突き刺して、風花にあーんする。
「風花の中の六花に、私は認められたってことかな?」
「わからない。ただ、今、私、すごく、安心してる。玲と一緒にいて」
風花は自分の中を駆け回ってる思いを見ようとする。
「六花が消えちゃって、すごく怖いのに、助けを求めて、応えてくれて、安心してる。しっかり落ち着いて、明日の作戦ができる気がする。これって、どういうことなんだろう?」
「私に聞いたら、私に都合の良い解釈しかしないよ」
玲が目を伏せて微笑む。
「大好きな年下の可愛い子が、自分の弱さに気づいて、私を頼ってきた。その子には好きな人がいるらしいけど、私のこともまんざらではないのかも。って。これ以上ないシチュエーション。でもさ、この気持ちも六花がいてこそなんだけどね」
「どういうこと?」
「六花が本当に戻ってこなかったら、もう、好きとかくっつくとかくっつかないとかのレベルじゃない悲しみが来るよ。それって、わたしたち、耐えられないと思う。しばらくは」
「…」
「私には、私達はどうしようもないけど、六花を救えなかったってずっと思ってるかもしれない。風花といっしょにいても、六花にごめんなさいって思い続けるかもしれない。何年経っても恋愛なんてできないかもしれない。透子さんは六花の存在を忘れちゃうって言ってたけど、とてもそうなると思えない」
「玲…」
「だから、明日、必死で祈るしかない。明日は、これからの未来にとても大事」
「玲…玲といると安心できる理由が、わかった気がする」
「そう? 最悪な場合のこと考えてるだけだと思うけど」
「作戦前にここに来てよかった」
「ほんとにそう思う?」
「なんで?」
「弱った心につけ込んで、手籠めにしようとしてるかもよ」
「…えっち」

作戦当日。もこもことした、7月の雲。朝から、暑い。
風花は玲の部屋のバルコニーから富士山を見上げていた。
雲はかかっているけど。見える。
目を落としたスマホには防衛軍本部からの正式発表。
風花が玲と一緒にいる間に、地球防衛軍と各国の宇宙軍および政府の間で現在衛生軌道上に居座る敵性艦隊への最終方針が決定された。
オカエリ作戦の成否にかかわらず、敵性艦が発砲した時点で、全軍を持って、排除行動を開始する。
米軍と英軍は自前の宇宙空母に艦載機へのバリア貫通型核弾頭の搭載を指示。陽電子ビームを頭に発生させながら飛び、バリアを突き破って、その中で起爆する核ミサイル。あまりに高価なのでそう数はないけど、全弾が宇宙に上げられた。陽電子砲とバリア破りの衝撃砲がある地球防衛軍では使わない武装。
一部の国からは、エリアルEを放棄して、相手と交渉する時間を稼ぎ、銀河帝国の艦隊到着を待つべき。との意見も出た。しかし、帝国の艦隊は近傍の星系にかかりきりで、いつ地球に来るかわからない。
自分たちでなんとかしなくてはいけない。ということで、現在の総攻撃案が採択された。
ナデシコはすでに基地を発って、地球軍の旗艦として敵性艦隊に相対しているはず。
風花は地球に残る。
「作戦の要は寧々だ。邪魔は入らないと思うけど、警備をお願い」
このオカエリ作戦の最重要ポイント「祈りの草原」の警備が風花の任務。もちろんそこに玲たちを連れて行く任務もある。
薄手のパーカーに袖を通しながら、玲がバルコニーに出てきた。
「今日も、暑そう?」
「うん」
その顔を見ると、照れる。
「よく寝れた?」
「うん。ありがとう」
玲が手を取る。
「さ、準備を始めよう」

昼前に、木下亜香里と真鶴美香が連れ立って倉橋家にやってきた。共に京都大学の宇宙医学専攻課に進学した二人、現地で意気投合して今は友達らしい。今回のニュースを聞いて、亜香里が木下家に用意させたクルマで、東名をぶっ飛ばし道の駅に着いたところで風花に連絡があった。
うーたん部の面々と、京大生を乗せてヒルデアが富嶽を飛び立つ。指定時刻まであと2時間。

Chapter-7 六羽田六花 17歳 あなただけ見つめてる

『では5回目の加速実験を開始してください』
「了解」
エリアルEのコクピットでゴーグルを付けた六花が、加速の指示を出す。
太陽系の外縁。改造されたジーレイアを両手で持って、真っ直ぐ速度を上げていく。その後ろをエンデバーがついてくる。
『槍の転換炉を全力運転してください』
「ジーレイア転換炉、全力運転」
メディアから。アイミが出力のオペレーティング。
ゴーグルの中だけの存在でなくなったアイミの温度が伝わってくる。
メディアを中心としたエンデバーの技術チームによってジーレイアの転換炉は、六花の時代では暴走して壊れてしまうレベルよりさらに高出力になっていた。これにより、円錐型のバリアを展開する要領で硬いエネルギーの力場、タキオンフィールドを形成し、空間に穴を開ける。この時に発生する時空干渉するエネルギーをクロノ粒子と呼ぶそうだ。このテストではクロノ粒子が発生して、時空に干渉するところまでを確認する。
4回やってるが、ギリギリになると転換炉が不安定になって成功できてない。メディアが1日かけて再調整をして、5回目の実験。この時代の転換炉と同等の出力を300年前の代物を改造して出さないといけない。転換炉を載せ替えてしまえば早いのだけど、持ち帰った場合、歴史を汚染してしまう可能性がある。寧々が若干無茶な改造で乗り切るよう文献を残したのは、多分そんな理由。
ジーレイアのブレードが光を放ち、ワープのときのように、エリアルEの進行方向に光が集まり始める。ここまでは前回でもできた。
『クロノ粒子、発生を確認』
メディアの声は冷静。これまで出したことのない速度。手のひらに汗を感じる。転換炉は安定している。メディアの作った不安定原因のエネルギーをエリアルEに逃がすバイパス回路が功を奏しているみたい。ジーレイアから出た光が前方に収束し光の輪っかになる。
『ワームホール出現を確認。テスト成功です。減速してください』
「了解。ありがとうメディアさん」
充分に減速して、六花はエリアルEをエンデバーの後部デッキに戻した。
「やりました!」
デッキではメディアがぴょんぴょんはねて、六花とアイミを出迎えた。かわいい。
「成功したら、六花さんと会えなくなるのはさみしいですけど」
一瞬でしゅんとなる。
「…写真、いっぱい撮ろうメディアさん」
六花はスマホを取り出して、メディア単体から、アイミを含めた3人のショットまでしっかり撮る。
「静止画で切り取る時間。古臭いですけど、いいですね」
撮った写真データは直接、メディアの頭の中にダウンロード。
スマホに向かって頭を傾けてくれたメディアはやっぱりかわいい。
「六花さんに会って一週間ですか。不思議な感じです。ずっと一緒にいるようです。でも漂流してるエリアルを回収したのって、昨日の事のようで」
「人間より人間っぽい感想。メディアさん」
その時間感覚って、AIでどうやって感じてるんだろう? アイミならわかるんだろうか? 技術が進んでも曖昧な感覚は残されていくみたいだ。
六花のいる世界の延長線上にはない場所だけど、この方向性は同じな気がする。メディアが六花の手を取った。安心感をもたらす、手の温かさ。こういうのも影響を考えた設定なのかな。
「六花さんに会えて、良かったです。写真、宝物にします。艦長が最後に食事をと言ってますので、ぜひ」
メディアの言う通り、この出会いは素敵なもの。飛ばされてみるもんだね。
「わかりました」
失敗したら最後の晩餐かな。でも食欲はある。
1週間、心も体も不調にならず、ここまで来た。アイミというか神城千保がそばにいることが、どれほどの支えになってるかを実感する。
「どした? 六花」
自室へ歩く間、六花は先を歩くアイミを見つめる。
「ありがとう。いてくれて」
「ほんと、どうしたの?」
「アイミ、ぽぽ、千保ちゃんがいなかったら、多分六花潰れてた」
「呼び方統一して?」
アイミが笑う。
「ふんだ。じゃ、アイミにしとく」
脇腹をつついても、反応ない。
「弱点じゃないの?」
「克服しました」
「なんだ。つまんない」
「さっきまで私に感謝してなかった?」
六花はアイミに抱きついた。背中に頬をくっつける。
「してるよ。こんなにちゃんとしてられるの、アイミのおかげだから」
「くるしゅうない」
「でも、エンデバーの近くにいるまでなんだよね。実体化って」
「…そうなるね」
「失敗したらさ、一応少しは足掻くけど、アイミが六花を殺してね」
「いや。こんなふうに、助けてくれる人たちがいるかもしれないもの。諦めないよ」
「そ。任せた。六花はアイミの実体といられる時間を大切にする」
「4年分の穴埋めしないとね」
あてがわれた部屋に到着。見つめ合いながら中に入る。エンデバー出発まであと半日。

パイロットスーツから、最初の会食時にもらったイブニングドレスに着替えた六花はエンデバーの士官談話室に招かれた。
部屋に入ると、この艦の士官クラスがずらり。テーブルには断面のきれいなサンドイッチや飛んでるエリアルEの精巧なフィギュアが飾られた大きなケーキが並んでいた。フィギュアもレプリケーターで作ったのかな?
「テスト飛行、成功、おめでとう。六花」
「あ、ありがとうございます」
「今回の君の事件に関わってくれたスタッフを集めた。明日はうまく行ったら、そのままお別れだから」
技術カテゴリーの識別色の制服が多いのはそういうことか。
メディアが近づいて六花とアイミにグラスを手渡す。
「では、異世界の少女が元の世界に戻れることを願って。Boldly Go」
「Boldly Go」
六花もグラスを掲げる。口をつけてみる。シャンパンなのかな?
「アルコール、入ってませんよ。ご心配なく」
メディアがウインクする。様になってる。て、ことは日本でいうところのシャンメリーみたいなもの? 何年ぶりだろう?
料理を食べ初めて、すこしすると、そもそもエリアルが何故あるか? という質問攻めに。アイミが流暢な英語で経緯を話す。
エリアルの「事の起こり」SCABAIの岸田博士とゲドー社の話、そこから改造人間にさせられた六花と、地球防衛軍のつながり。テコさんと新型エリアル計画。辺境連合との小競り合い。そして、時間を超越した兵器を使った侵略者の話。
「不思議ですよね。銀河にある他星文明が全く違った歴史を歩んでいるのに、地球だけはある程度同じ歴史を歩んできた。国家の成り立ちも、食文化も変わらないのに…」
メディアが改めて違いに驚いてる。
「本当に貴重な体験でした。六花さん。もう2度と会えないことが悔しくてなりません」
「わかりません。また、何かの拍子に軸がクロスすることがあるかも」
「…可能性は低いですけど」
「縁があれば、きっと」
六花は本心でメディアに伝える。
エンデバーに拾われなかったら、どんなに寧々が文献を残しておいたとしても、見ることすらできず、野垂れ死にしてたはず。
そして、アイミの実体化なんて、絶対になかった話。
「なにか、あるんだと思うんです。六花か、アイミかわからないけど、皆さんの誰かと縁が」
「六花はロマンチストだな」
ローレッタが微笑んでる。
「日本人は、そういうの好きなんです」
六花は集まった面々を見回す。この中に、神城千保か六花の遠い遠い親戚がいるのかもしれない。
「助けていただいて、本当に、本当にありがとうございます。成功すると、会えないっていうのが悲しいですけど、必ず、かえって見せます」
ペコっとお辞儀。一瞬の間の後、拍手。
六花は精一杯微笑んでみせた。

「あまったから、詰めて持っていくといい」
ローレッタがドギーバッグを持ってきてくれた。
「時空を超えるお弁当だ」
「怖くないか? 六花」
ローレッタがローストビーフのサンドイッチを食べながら訊く。
六花は箱にサンドイッチを詰めながら
「怖いです。でも、一人じゃないので」
隣に座るアイミを見る。
「その子に触れられるようにしたことが、我々の一番の功績だな」
「出現可能範囲を超えるときまで、実体を楽しみます」
アイミがそう言って笑った。

エリアルEコクピット。
パイロット席に六花が座り、隣の席にアイミが座る。
ゴーグルはしていない。ナノドライブを接続して、左手でアイミと手を繋ぐ。まだちゃんとした実体。皮膚感、体温を感じる。アイミを見て、六花が頷く。
「行きます。艦長」
「了解した。ついていけるところまではついていくよ。すまない。こっちは実験の一環としてだが」
「いえ、心強いです」
エンデバーがついてくる理由は、時間跳躍装置の実験という名目だが、失敗が明確になった時、エリアルEを引っ張って通常空間に戻す、それもできないときは六花とアイミを転送でエリアルEから脱出させる。そんな意図があるらしいとアイミから聞いた。
「エリアルE、加速開始」
『エンデバー、発進! 遅れるなよ』
高機動スカートが光を放つ。ジーレイアを前に持ち、どんどん加速していく。ほとんど離れず、エンデバーがついてくる。全長800mとナデシコの倍の大きさがあるのに、加速はエリアルに負けてない。
5回目のテストのように進む先に光の輪ができる。
「時間座標確認。202X年、7月20日18時。地球衛星軌道上」
とりあえず、地球の近くに飛べる。どの時間軸か、今はわからない。
「エリアルEワームホールに突入します」
『行ってらっしゃい。六花。後ろを支えてる。安心して』
「ありがとう。メディアさん。ありがとう。艦長」
「ジーレイア、オーバードライブ!」
アイミの声とともに光の輪っかの中心に円錐状のバリアに包まれたエリアルEが突入する。アイミの姿がブレる。
「まだ消えないで!」
六花はつなぐ手に力を込める。力強く握り返してきた。
「大丈夫。センサー全開。離脱ポイント探す」
白い光が無数に流れる空間を進む。六花はオリヒトに飛ばされたときに気を失ってしまったが、アイミはこの光景を見ていた。あのときは青い光に吸い寄せ等られ、そのまま進んで通常空間に出ると、エンデバーがきたそうだ。
「それっぽいのはまだ見えない」
「ジーレイアのオーバードライブ、限界まであと10分」
光の流れに逆らって進む。
「なんか音がする」
パタパタとなにかがはためくような音。
音の方向に身体を伸ばすと、六花の視界に勝手に動いてる高耳神社の護符が目に入った。貼ってあるのを剥がしても、揺れ動いてる。
「めっちゃオカルト」
六花はそれを色々回しながらヒントがないかを探す。と、はためきが強くなったり、弱くなったりするのに気づいた。
「これ、方向性ある?」
ゆっくりと上下左右に動かす。正面右、上方30度あたりで、一番反応する。
「あっちだね」
「そう思う」
アイミがその方向をモニターにマーク。
「エリアルE、転進」
迷ってる暇はない。進むのみ。六花はマークめがけてエリアルEの速度を上げていく。

Chapter-8-1 福地千種 レティクルの向こう側

アウスト3のモニターにたくさんの艦影が表示される。今までにない数。
こんなに宇宙戦艦があったんだ。と千種は思う。
ナデシコやタキリヒメはいつものとおりだけど、
アメリカ軍のエンタープライズとホーネット、イギリス軍のクイーンエリザベス2、プリンス・オブ・ウェールズ、フランスのド・ゴール。この辺は艦載機を持った宇宙空母。多目的艦のドイツのジークムント・イェーンとインドのヴィクラント、これは千種の事件で来ていた星との間で持つことになった宇宙船。中国の黒竜江もいる。中型以下の船もいる。防衛軍のはこれらに外付けの陽電子砲を乗せて配置している。総出。
アメリカ上空とヨーロッパ上空にいた2隻がタタリ1に合流。8隻の中型艦が三角形に陣形を取って、この先にいる。まだ射程外。
「調子はどう? 千種」
由美香の声がする。
千種は大口径衝撃砲をアウスト3に持たせて、タキリヒメの甲板上にいた。立膝の射撃体勢。レティクルは三角の頂点にいるタタリ1に向いている。
「問題、ありません」
「まだ、そんなに気合い入れなくて、いいと思うよ」
モニターにウストちゃんが出てきた。アウスト3に搭載されたアシストAIのイメージモデル。一応、アーデアの女神様。チュートリアルででてきて以来、アウスト3に乗る千種の世話を焼いてくる。
「向こうが、時間通りに、行動するとは、限らないし」
「本番になってバテないようにね」
ウストのベース人格って、本当に誰なんだろう? この妙なアバウト感。
神様らしい、達観と言うか、突き放した感じがしなくもない。
回答期限まであと40分。
「ネッコ先輩たちの様子は、見られる?」
「表示するね」
全周モニターに四角い枠が出て、山桜桃の草原が映る。部室の屋根から中央にカメラが向いてる。真ん中に50mあろうかという真っ直ぐな棒。支える遅い金属の足。そして。その周りに山桜桃の生徒と、うーたん部。
まるっきり、宗教儀式だ。
『ありがとう。集まってくれて。これを持って』
寧々と風花がアンテナのような棒の前に立ち、集まった子たちに説明している。アンテナから無数のコードが伸びていて、寧々はそれを持つように伝えている。
『これを持って、思いというか、念? をこのアンテナ通して宇宙へ飛ばすイメージで』
『そんなオカルトなことで、ほんとに大丈夫?』
この声はきっと榊与那。
『オカルトじゃ、ありません。これ、技術ですから』
寧々の自信あふれる声。
あの声音なら、みんな不安なく作戦に参加できてるだろう。
「通信できる?」
「できる。つなぐよ」
ウストちゃんが地表と通信回線を開く。集まったみんなに宇宙の状況が見えるように、タキリヒメからのカメラ映像を映すモニターが備えられている。千種の声がそのモニターから出るようにつないだみたい。
千種のコクピット内カメラの映像もそのモニターに写っているよう。
「千種です。なにかあったら、すぐ伝えます」
『千種ちゃん、その、ありがとう、気を付けて』
モニター備え付けのWEBカメラからの映像も映る。
幸花が遠慮がちに手を降ってる。
「敵性艦隊、移動開始」
ウストの声に千種がモニターを見ると緩やかにタタリ1を含む艦隊が前進を開始した。
『各艦戦闘態勢』
「いってきます」
テコの声がして地球側も陣形を取る。ナデシコが前に。その上方にタキリヒメが移動。敵性艦隊が並ぶ面に対して上に当たる位置に。千種は射撃態勢を取る。いつもみんなに褒められた、狙撃。それを訓練どおりにやればいい。
「敵はタタリ1を中心にひし形の陣形をとっている。フランテアはタタリ1を狙い続けて」

「FT了解」
フランテア、FT,千種はようやくこのコールサインに慣れてきた。
「期限まで10分」
『EDFコントロールより各員、及び、各国のクルーへ。皇女朱鷺子様より地球をお守りください。とのお言葉を賜った』
「朱鷺子様が…」
皇族がこんなときに発言するってきっとなかったことだと思う。テコとすごく仲が良くて、よく会ってると聞く。その関係だろうか。
プリンセスより託された、これは聖戦ってことか。
『EDFコントロールより各員。オカエリ作戦の開始に先立ち、高耳神社で高耳様が舞を始められたそうだ。中継する』
遠くから高耳神社の社殿を捉えた映像。真ん中で背の高い巫女服の人が舞っている。 
「きれい…」
なんだろう、光のような霧のようなものが、上空に伸びていくのが見える。
「あの、光は、なに?」
千種はウストに聞いてみた。
「さあ? 異世界の方だから。私にもわかんない」
「ウストちゃんは、神様でしょ?」
「私は人によって生まれた知力の神。ああいう神秘系とは違うの」
『期限まで5分』
「FT、射撃準備を」
由美香から通信。
「FT、了解」
モニターがズームされ、レティクルが重なる。衝撃砲へのエネルギー供給が始まる。見るとナデシコやジークムント・イェーンが格納式の陽電子砲を展開。後方でエンタープライズやクイーン・エリザベスから雷撃機の発艦が始まる。
『意志は固まったようですね』
オリヒトの声がした。レティクルの向こうのタタリ1から発信されている。
『あの守護妖精は見捨てるということですか?』
「やって見せていただけるかな? 戻すってのを。自軍の小型船を消して、結局そのまま。戦列に戻った形跡はない」
テコの渦巻く感情を抑えた声。
「できないのだろう? 戻すなんて。それで要求など、笑止。我々は全力を持って貴公等を排除するだけだ」
『それが貴殿、いや、地球の考えでよろしいのですね』
「時間だな。では伝える。我々は皇女朱鷺子の名において、地球を防衛する。降伏か撃沈かいずれかを選択されよ」
『了解した』
敵性艦隊からタタリ5と識別された、最前列の1艦が前に出る。
艦首に光球が出現、大きくなっていく。
『オカエリ作戦、第2段階へ。祈りの草原へ情報伝達』
敵の動きを見て、六花を呼び戻す作戦も進行する。
「みんな、お願いします!」
千種は地表に向かって声を掛ける。モニターに頷く寧々と風花。
そして、狙撃専用画面に切り替える。
「せんぱい、もうすぐ、ですよ。ちかくまで、来てますか?」
射撃体勢を終えた千種は小さくつぶやく。

Chapter-8-2 古藤風花 17歳 祈りの草原

思いはいろいろだろうけど、結構な数の生徒が集まってる。御厨陽奈のように泣きながらケーブルを持って祈り続けている子も、友達と写真撮りながら笑ってる子もいる。
「時間です!」
寧々の声が響く。高い塔の横にはモニターが持ってきてあって、宇宙船が写ってる。その中の一つが動き始めた。
「ケーブルに念じて。六花帰ってこいって」
「どのタイミングで?」
そんな声がする。
「掛け声にしたほうがまとまるよ」
木下亜香里が前に進み出た。
「時間は決まっているのよね?」
「18時1分50秒です」
「時間図って風花ちゃん。帰ってこい、六花、帰ってこい、六花、帰ってこい、六花! 何秒?」
「15秒」
「1分35秒から始めよう」
亜香里が集まった全員の方を見る。
「きいて。帰ってこい、六花!を3回言って。大事なことだから、3回ね」
すこし、笑い
「3回目で、気合い入れてね。じゃ、あとよろしく。風花」
「先輩、ありがとう」
風花が声を掛けると、胸に手をあてて、亜香里が会釈を返した。
「相変わらず、かっこいいなこの子はもー」
「美香、ちょっと」
真鶴美香がかけよって頭をわっしゃわっしゃする。
「18時になった。カウントダウンはやるよ」
寧々がモニターを見ながらいう。
風花は陽奈の横に立ち、同じケーブルを握った。玲も集まる。
その横では明菜と心音、幸花がケーブルを持つ。
うっすらと塔が光を放つ。
「いい感じ。さ、いくよ、いい?」
寧々が大きなハンマーを、出してきた。
「風花、お願い。時間がきたら、ここをこいつでぶっ叩いって」
「え?」
「外国の移動遊園地とかにあるじゃん。力自慢するやつ。あんな感じで」
「最後の最後で、なんでこんなアナログ?」
風花はハンマーを受け取った。重い。
「こういうのって、ストレス発散できるとかいうでしょ。それって、想いが乗っかるってことなんだよ。このハンマーに。風花の思いを全力でぶっつけて」
「…わかった」
笑顔で頷いて寧々がカウントダウンを始める。
六花との関係はそれぞれ。見たことがあるくらいから、キスしたことがある人まで。でも、思いはまとまってる。ように思う。
陽奈が顔を上げる。玲と風花を見て、視線はソラへ。
『みんな、お願いします!』
千種の声がした。
寧々がカウントダウンする。
「5 4 3 2 1!」
「帰ってこい、六花、帰ってこい、六花、帰ってこい、りっか!!」
詰めかけた女の子たちの声が揃った。塔は一気に強い光に包まれる。
「風花!」
「かえって、こい!」
風花はアーサラーを発動して、ハンマーを思い切り振り下ろした。
鈍い金属音。光が力自慢遊具のそれと同じように、塔を駆け上り、先端まで行く。と粒子砲のように光の粒を撒き散らしつつ、白く、どこか桃色がかった光が凄まじい勢いで発射された。
「すごい!」
一番間近で見ている風花は思わず叫んだ。
「モニター見て!」
寧々の声にそっちを見ると、画面中央の光の球体にここから発したらしいビームが注ぎ込まれてる。球体は白く光って、やがて破裂した。
水のような液体が一瞬現れて、凍りつく。それが砕ける。
破片が光を反射するなか、黒髪がたなびくのを風花は見た。

Chapter-8-3 六羽田六花 17歳 ホロエミッター

モニターにマークした方向に飛ぶ。ジーレイアの転換炉の崩壊危険度が上がっていく。白い世界、一つの光の線が近づく。線の上、瞬く別の光。
それに近づいた時に直接耳に音が聞こえた。
『…りっか』
「声!なにか聞こえる」
薄桃色の光が強くなる。数多の時間の流れの中で、はっきりとわかる。
「全速!」
光に近づく。声が大きくなっていく。光も強くなる。
「りっか…せんぱい…りっか…帰ってきて…」
「みんなが呼んでる」
「間違いなさそうね」
「アイミにも聞こえる?」
「もちろん。私を呼ぶ声ないけど」
六花は素早くアイミの頬にキスをして笑う。アイミも微笑む。
「エンデバー、聞こえていたら、聞いて。出口を見つけた。元の場所かわからないけど、呼んでる声がする。行ってみる。本当に色々ありがとう」
エンデバーから返事はない。アイミが消えてないから、近くにはいるはず。
『…ママー! …のところに…』
「だ、誰? ママって、なんか混信した?」
「でもこの声って…なんか聞き覚えが」
アイミが言う。
『…帰りが…おそ…クソガ…』
「! これは…この光がきっとそうだ。突っ込む!」
ジーレイアでこじ開けながら時間の流れに飛び込む。
とたんに白くて、薄い桃色の光に包まれる。
声がもっと濃くなった。誰の声かわかる。
『六花、帰ってきて…』
「陽奈なの?」
『六花、まだかよ?』
「亜香里先輩?」
『仲直りしたよ、六花』
「部長だ…」
『ここで正解だ。六花』
「ネッコ…アイミ、ぶち破れ」
「ジーレイア臨界突破」
白い光が液体のように広がり、凍りつき、砕け散った。
「通常空間に復帰!」
「時間と座標は?」
モニターに味方艦と敵艦が一気に表示される。敵艦が近い。離れてナデシコ、ジークムント・イェーン、タキリヒメもいる。
「地球、衛星軌道上、202x年、7月20日18時10分。転送から3日後の世界」
敵艦が直ぐ側に。あの光球を撃ったやつらしい。
「これはお返しだ!」
六花は敵艦めがけて崩壊寸前のジーレイアをぶん投げる。転換炉が限界を突破し敵艦の一部を巻き込んで消滅。2つに割れた船体が力なく漂う。
『六花! 六花なの?』
透子の声がした。ソラに来てるのか。
「せんせ!…せんせ」
モニターに透子の顔。ナデシコの中だ。あっちにも、六花の顔が映っているはず。
「せんせ、帰ってこられた。ありがとう、せんせ」
『あああ…』
透子が顔を手で覆って泣き出す。
『透子、すまない、頑張ってくれ』
声がして、テコが別画面で表示される。
『良かった。六花…。いろいろ後でな。排除作戦を続行する。戦えるか?』
テコの瞳が潤んで光ってる。でも抑揚のない声で話す。その声とは違う温かい思いが伝わってくる。
「いけます。やります」
『お願いする』
「テーセ!」
「…なんだ、クソガキ」
その言い方が異常に嬉しい。
「…。一号刀、貸して!」
「帰ってくるなり全力か」
「早く終わらせて、家に帰りたい。みんなに会いたい」
本気の話だ。
「了解」
エインセルが3本の携帯している斬艦刀のうち、一番長いのを投げる。六花はエリアルEでそれを受け取ると、手近な敵艦に接近し、エンジンと船体を切り分けた。
「2つ目!」
あっけにとられていたのか、抵抗しなかった敵性艦隊が動き出す。エリアルEの出現で、時空転移砲が無効化されたと思ったのか、それを封印して陽電子砲による攻撃が始まる。地球防衛軍が応戦。
『なぜ帰ってきた? どうやって帰ってきた?』
オリヒトの声がする。
「んなの、内緒に決まってる」
モニターにタタリ1がロックされる。アイミによる目標選択。
「ありがと、アイミ、って消えてない」
きゅっと手に力を込めると、握り返してくる。
「なんでだろ?」
エンデバーはいないのに。アイミも気づいてキョトンとしてる。
「わたし、どこから? 投影されてるの?」
「うーん、それは、あとだ。あいつを落とす」
「りょ…」
アイミがいいかけた時、タタリ1が光に包まれた。艦首部分がごっそりなくなる。
『せんぱい…』
射線をたどると、タキリヒメとアウスト3が見えた。
「千種!…ただいま。千種。ナイスショット」
『せんぱい、よかった。戻って、きてくれて』
「終わらせて、早く帰ろう」
『…はい』
しかし、残った4隻の敵性艦隊は統率が取れてて、なかなか撤退をしない。
「手練れたやつがいる」
『こちらエンタープライズ。攻撃の準備はできている』
『核攻撃は最後の手段だ。現状で押し返す』
テコの声がする。
敵性艦隊は前に出ているナデシコを囲むように接近する。
他の戦闘経験のない地球艦をかばっているのか、ナデシコは引かない。
「テコさん!」
『殿下!』
『すまない、テーセ。エインセルの、ユキのリミッターを』
『承知しました』
「なんかむちゃするつもりなの? ダメだよ」
六花はナデシコの前にエリアルEを出す。
「ナデシコは引いて。六花がやる」
『六花…』
テコの声。
「呼び戻してくれて、ありがとう。テコさん。六花のこと、思ってくれたことに、お返しします。いくよ、アイミ」
「了解。いつでも」
『まあ、そう、慌てなさんな』
誰かの声がして、突然、青い稲妻が戦域を走った。
落雷を食らった敵性艦隊が停止する。突出したナデシコも。
『反物質生成が停止。転換炉、動きません』
透子の声。泣き止んでくれた。でも胸が締め付けられる。ああ、早く会いたい。
『なんだ? こんな広域で干渉波を出すなんて』
テコが珍しく慌てた声を出す中、敵性艦隊の後方、空間が歪むと白い巨大な船体が姿を見せた。この世界で六花だけがその船を知ってる。
「え、エンデバー!」
『六花、帰還おめでとう。ついてきてしまったよ』
白い、大きな楕円形の船体と次元転移装置がついたワープエンジンナセル2基で構成された船体が輝く。太陽光を反射しつつ、緩やかにエンデバーが回頭する。
エリアルEのモニターにエンデバーの艦橋の映像が割り込んできた。
『六花さんの地球も美しいですね。写真撮っときます』
「メディア…ありがとう」
『しばらくすると反物質反応炉は復活する。その前にケリをつけてくれ』
「わかりました、艦長、でも、メディア、帰れるの?」
『ちゃんとアンカーを残してきました。大丈夫です』
突然現れた巨大な船体に、戦闘が完全に止まる。
『惑星連邦 宇宙艦エンデバー 艦長ローレッタ・グレイブより、異世界のエンタープライズへ』
何処かで通常空間に戻り、ローレッタは遮蔽機能を使ってちょっと前からこの戦闘をモニターしていたのだろう。不干渉でなくて、いいのかな? 同じ時間軸じゃないと、やりたい放題なの?
エンタープライズ艦長マクレガーのへんてこな声が聞こえた。無理もない。
『は!? え?』
『我々の世界でもその名は栄光ある艦名だ。その名に恥じぬ活躍を』
息を飲む雰囲気。そして落ち着いた声がした。
『…感謝する。エンタープライズの名をより高めることを約束する。艦長マクレガーより異世界のエンデバー。航海の無事を祈る』
エンデバーが加速していく。
『六花、最後に伝える』
「なんです? 艦長」
『アイミに、モバイルホロエミッターをつけておいた』
「モバイルホロエミッター?」
『それがあればどこでも、実体化ができる。29世紀に行った時にもらってきたんだ。1個あげる。時間管理の友達に見つからないようにね』
『艦長ってば』
メディアのたしなめる。そうか、それで消えなかったんだ。六花はアイミの手を強く握る。
「ありがとう。ローレッタ艦長」
『また、未来、いや、過去で』
モニターの映像が消える。エンデバーが艦首方向にクロノ粒子を集め、ワームホールに消えた。
『こちらエンタープライズ。敵性艦隊を拿捕する。通常兵器で対応。クイーンエリザベスはナデシコのガードを頼む。地球防衛軍、前進』
各国の宇宙艦がナデシコを追い抜いて敵性艦隊を取り囲む。投降の発光信号が見えた。
「オリヒトは?」
「タタリ1の残骸は、まだ稼働中」
六花はエリアルEをそっちに向ける。
艦首を失って漂流しているように見えるタタリ1に飛ぶ。

Chapter-8-4 桜庭寧々 17歳 執行

『IFF照合、エリアルE、確認!』
モニターに移る宇宙空間。光が氷になって弾けた中から、黒髪をなびかせて、エリアルEが現れた。すぐさま、近くの敵艦を消し去った。
千種の声がモニターから静かだった草原に響く。
「六花が、帰ってきた!」
風花が声を上げると、歓声が上がった。
「よかった…」
その場に崩れる陽奈を玲が支える。
『千種です。せんぱいが、エリアルが、帰ってきました。でも、これから、敵艦の、排除をします。あと、すこし』
千種の声も少し震えてる。
「戦闘が終わるまで、少し掛かりそうね」
寧々は泣きながらもモニターに釘付けの風花の肩を叩く。
「風花、私、後始末してくるから。あとよろしくね」
「どこいくの?」
寧々はウインクしつつソラを指差す。
「諸悪の根源を断つ?」
「そんなとこ」
「六花に連絡して、戦闘終了したらここに降りるように行ってあげて。みんなも喜ぶよ」
「そうする。…ありがとう。ネッコ」
「じゃ、後でね」
「気を付けて」
寧々は集団から少し離れると、ペンを取り出して、タップする。ふっと視界がぶれて、次の瞬間、宇宙船の中にいた。光学迷彩を起動。姿を消す。
あらかじめ設定しておいた場所と時間。
オリヒトがこの時間から逃げる少し前。
艦首を失った船から、わらわらと人が脱出していく。
目的の場所は第一艦橋。
見えた。懐中時計のようなものをもって、一人立ち尽くすオリヒト・ヒルバー。寧々はためらわずに制服の内側から取り出した銃でオリヒトを撃った。
「なんだ!?」
「こんにちは。ヒルバーさん。こちらは時間管理局です」
寧々は光学迷彩をしたまま話す。
「時間、管理局? 光学迷彩か…」
オリヒトがあたりを見回す。
「我々は地球に流れる時間を是正する組織ですが、あなたのようにちょっかいを出してくる方も、対象となります。申し訳ありません。時間移動デバイスを渡してください」
「馬鹿なことを」
オリヒトが懐中時計の蓋を開く。
「おっと、やめといたほうがいいですよ。先程の銃撃で、あなたの分子間結合力を弱めました。タイムトラベルすると、タイムマシンと体が崩壊します」
「このまま、ここにいるよりマシだ」
「おすすめしません」
「なぜ、普通に射殺しない?」
「死体も歴史を変えちゃうことがあるから。時間のハザマで消滅していただきます」
「なるほどな」
爆発はしなさそうだが、宇宙船は機能していない。こちらに迫ってくるエリアルEも見える。オリヒトが懐中時計に手を掛ける。
「止めはしませんが、最後に、一つ聞かせて。あなたの目的は、何?」
「…今は付き合いだな」
「なにそれ」
「自分だけじゃない運命が絡んだら、付き合うしかない」
オリヒトの姿が消え始める。
「乗りかかった船って、言うんだろ。この星の言葉で」
「いや、あんたは根源だから。誰かのせいにしないで」
「またな。時間警察」
「いや、もう、おしまい」
オリヒトが完全に消える。
「…さて、次は」
寧々はまたペンを叩く。
次は荒涼とした乾いた大地。夕暮れ、乾いた風。暗い荒野に立つ街灯。

遠くに街の灯り。寧々は声を掛ける。
「待たせたね」
「ううん、来たばっか」
長い黒髪をなびかせて少女がひとり、振り返った。

Chapter-8-5 古藤風花 17歳 もうひとり

『EDFより地球防衛軍各員。戦闘状況終了。敵艦、及び捕虜は帝国法に則って処理する。ありがとう。地球は守られた』
『プリンシパル、了解』
宇宙艦が行き交うモニターの向こう。戦闘は終了したようだった。
『プリンシパルより、SW。先に帰ってくれ。みんな、待ってる』
テコが六花に帰還を促す。
『でも…』
『いいから、素直に言うこと聞いて』
『怒られた…SW了解』
『プリンシパルよりFT、SWをエスコート』
『FT了解、さ、せんぱい、降りましょう』
六花が降りてくる。風花は通信回線を開く。
「SFよりSW、ここに降りてきて。待ってる」
『SW了解。ありがとう。風花。すぐ降りる』
エリアルEからの明瞭な六花の声。
「来るよ。陽奈」
「そうみたいね…」
ようやく、陽奈が立ち上がる。空は夏の星座。天の川。
少しして、流れ星が2つ。
「あれかな?」
しばらくの静寂。いや、女の子たちの雑談の声。
「そろそろかな? 電話してくる」
幸花が部室の方へ。
と、空気を切り裂く音がして、2つの影が上空を通り過ぎた。
「あれだ、エリアル!」
芽里の声がする。アウスト3と編隊を組んだエリアルが上空をフライパスして、ゆっくり高度を落としながら、草原を回り込んでくる。
ど、ドドーンと花火が上がった。軽井沢の方からだ。光がエリアルとアウストを照らす。草原に集まった子たちから歓声。
「この時期、いつもやるんだけど、時間合わせてもらった」
幸花が戻ってきた。
「ホテルの、花火大会?」
「そだよ」
『幸花さん、すごい、ですね』
モニターから千種の声。
「千種ちゃん、おかえり。いいでしょ。これ」
打ち上がる花火。いろんな色の光に照らされつつ。エリアルEが塔の横に空中停止。そして、両足をつけた。そのまま立て膝の姿勢を取る。その後ろに千種のアウストが着陸した。
エリアルEのコクピットハッチが開く。手が胸元に動いて、やがて降りてきた。二人の人影が花火に照らされる。
二人。駆け寄ろうとした陽奈の足が止まる。
「だれ?」
「え、そんな」
風花も呆然とこちらに歩いてくる二人を見る。手を繋いで歩いてきた二人だけど、その一人が六花をぽんと押した。六花が走ってくる。
陽奈と風花、二人を支える玲を残して、みんなが六花に駆け寄る。
もみくちゃの団子を優しい目で見つつ、降りてきたもう一人が風花の元に。

「ふうちゃん、ありがとう。呼んでくれて」
「そんな、どうして?」
神城千保の笑顔。オリヒトに拉致される前に見たのと同じ。
「千保…アイミ、なの?」
「六花と、ずっと、ふたりでいたの?」
陽奈が聞く。自分たちよりもっと、六花は一人で大変な思いをして、この時空に帰ってきた。そう思っていた。それが、ちがう。
六花が大切だと日頃言ってる人が姿を持って生き返ってきた。六花がやたらと元気で、帰ってきた途端に戦闘参加している理由。
異世界に飛ばされても、六花は寂しくもなんともなかったのかもしれない。そのテンションの高さに陽奈も違和感があったんだと思う。その原因が、眼の前にいた。アイミが言い淀んでいる時に、
「陽奈!」
と、走ってきた六花が陽奈の後ろから抱きつく。
「ありがとう。陽奈。異次元にいるのに、声が聞こえたよ。だから、帰ってこられたよ」
混じり気のない感謝の気持を陽奈の背中で六花が話す。陽奈はまた座り込んで泣き出した。陽奈に渦巻いてる感情を、六花は知らない。
花火がみんなを照らしてる。

山桜桃の生徒は寮に帰り、うーたん部や亜香里たち京大チームは泊まりになる。幸花がなんとかホテルに部屋を確保してくれた。
自分の思いに呼応して光る塔、その塔からまっすぐ宇宙に伸びた光。光球が弾け、帰ってきたエリアルEと六花。夏休み最初の夜におきた、不思議な出来事。その取り方は様々。風花はホテルにみんなを送って、基地に戻る。
エリアルEを格納庫に戻し、管制室に顔を出した六花が今度は基地のスタッフにももみくちゃにされている。
「ほんとに、なんともないのね?」
保父の妻、華が色んなところを触診している。
「大丈夫です。ありがとう華さん」
六花はここで、約1時間後の予定のナデシコ帰還を待つという。

「あああ…」
帰還し格納庫に収まったナデシコ。つけられたボーディングブリッジの途中で、出迎えた六花を見て、透子が座り込んでしまう。
六花が駆け寄って抱きついた。
「せんせ、ありがとう。ごめんなさい」
「…無断外泊は禁止…」
「もう、しないよ」
そのまま動かない二人にアイミが歩み寄る。
「透子さん、帰りましょう」
「うん、ありがとう、え、何? か、神城千保…」
支えて立たせたアイミの姿を見て、透子が驚く。
「六花、これ、どういうこと?」
「全部話すから、せんせ、帰ろ」
「…そうね。帰ろ。あ、そうだ」
大人の顔に戻った透子がナデシコを振り返る。
「明日落ち着いたら、部屋に来てほしいって。テコさん」
「わかった」
六花が頷く。連れ立って歩く二人の後ろを風花はついていく。

トコトコクリニック。
千種が泊まりに来た。そして、もう一人。
「有栖川アイミです。本体ユニットはエリアルEにあります。そこからデータをモバイルホロリミッターに転送し、服や身体を実体として構成しています。動力源は不明です」
六花はお風呂に入っている。ほんとに、いつもどおりに過ごしてる。
「映像ではなく、実体か」
透子がアイミの頬を触る。感心してるけど、表情が曇る。
「…千保ちゃんの検死を思い出して、ごめん。でも、いいことなんだよね」
透子が曖昧に微笑む。
「はい。透子さんとテコさんに、AIを使って意識を生き返らせていただきました。ひょんなこと、ですけど、擬似的な身体を得ました。嬉しくて仕方ないです。アイミとして作っていただいたデータがすごくしっかりしていたから、身体を再現するのにデータ不足がなかったそうです。感謝しか有りません」
アイミが風呂場に視線を送る。
「また、六花と手をつなげるなんて」
「29世紀の技術か。まあ、テコさんに調べ尽くされるのは、覚悟してね」
ゆっくりと透子がビール缶を傾ける。
「はい。それはもう」
アイミが笑う。とても自然に。
「お風呂ありがとー。千種はいんなよ」
ほくほく状態の六花がリビングに来た。
「…数百年先のパラレルワールドから帰ってきて、敵性艦隊を2艦撃沈したあととか、思えない元気さ」
隣りに座ったパジャマの六花を犬のようにわしゃわしゃと透子が撫でる。
「エンデバーのご飯、美味しかったし」
「こっちは心配でご飯食べれなかったのに」
ほんとだよ。風花は同意する。
「明日から六花はありがとう行脚だな」
「うん。ちゃんと伝えるよ。異空間でみんなの呼ぶ声と光、思い出しても嬉しくて…」
六花の目からポロポロと涙がこぼれる。さっき元気なことに嫉妬した心を風花は自分で諌める。帰れないかもしれない一か八かのジャンプ。その不安は六花しか多分わからない。
「わっふ」
お風呂セットを持った千種が自分のバスタオルで六花の顔を拭く。
「心、つかれてますよ、せんぱい。早く、寝てください」
「ありがとう。千種」
六花が立ち上がる。透子、風花の順番でハグ。
「戻ってきた。六花は戻ってきたんだ」
「おかえり」
風花はただ、六花を見つめる。
もう一度、風花をハグする。
「ちゃんと、世界線、合ってるよね。飛ばされる前と同じ風花だよね」
「そだよ。六花のことが大好きな風花だよ」
六花がまた涙をこぼす。つられたわけじゃないけど、風花も涙ぐんでいるのに気づいた。
「ほんと、よかった」
胸に顔を埋めた六花が離れる。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
寝室へ歩いていく。当たり前のようにアイミがついて行って、ドアが閉まった。
「だれかと一緒に寝る。とかいい出すかと思ったけど、アイミがいるとやっぱ言わないな」
透子がビールを飲みながら言う。
「安心できてるのかな?」
「あの二人の関係は、風花のほうが詳しいだろ、私より」
「…そうですね」
千保さえいれば、何もいらない。六花はそうだった。
異世界で自分の幸せをもぎ取ってきた六花。こっちの気持ちはお構いなしに。玲の部屋で見た夢、あれは、正夢?逆夢?

Chapter-9 オリヒト・ヒルバー 45歳 果たすべき役割

来海山村を管轄する警察署。その留置場。
オリヒト・ヒルバーは時間転移してその場所にいた。
「誰かいるのか? ヒルバー?」
空間から顔の一部だけ見えてるオリヒトを、神城千賀子が怪訝な表情で見ている。監視カメラには映らない、遮蔽フィールドの中から千賀子に説明していく。ドラゴンを発生させた時、テコに捕まった千賀子が収監された場所。
「聞いてくれ。これはタイムマシンだ。今から少し未来に、お前がくれたものだ。あと1回なら時間跳躍ができる。タイムマシンが発明された24世紀以降にジャンプしてくれ」
「何を言っている?」
「座標はここだ。これはすでに決定事項だ。お前は未来へ飛び、新しいタイムマシンを手に入れて、それを基にした商売で星一つ手に入れる。ここが始めの場所だ」
「大層な話だな」
「新しいタイムマシンを手に入れたら、今、この時に回収用に回ってる船に行ってくれ。オレがそこで死にかけているはずだ」
身体が言うことを聞かなくなってきた。手を見ると半透明になっている。分子間結合を弱める。死体は残らない。殺害方法として完璧だ。
もう遮蔽を解いても、カメラには映らない。
「死ぬのか? ヒルバー? 誰にやられた?」
「時間管理局ってのがある。そいつ等にだけは気をつけてくれ」
「わかった」
「お前といて、楽しかった。感謝する」
身体が消える。が意識が残っている。これがこの星で言う幽霊ってやつか。
こっちを見ていた千賀子が懐中時計型のタイムマシンに目を落とす。
「大したコンサルだこと」
そうだった。最初、対宇宙人兵器の開発コンサルタントとして、この星に、宗教団体神の国に、千賀子に接近したんだった。
「神が共に」
神の国の祈り方で弔いの言葉を言ったあと、千賀子がタイムマシンに触れる。その姿が消えた。

オリヒトの意識は飛ぶ。
来海神社、薙刀を持ち、少女を助けに飛び込んできた女。
戦いの末、少女が放った転送光線で飛ばされる。
意図しない転送は、薙刀のブレードごとオリヒトを宇宙船にとばした。
宇宙船内で突き刺さる切先。
「…くそっ」
床に倒れ込み自分の血が流れ出すのを、見てるしかない。
「やれ、やれ」
声がした。
「本当に死にかけているな」
これは、神城千賀子の声?
「千賀子?」
「数年未来のお前から頼まれてな。助けに来た」
見たことのない女が立っている。
「誰だ?」

「名前を呼んだだろう。そうだよ。神城千賀子だ」
「その姿は…?」
「未来のヒルバーを名乗るやつから、タイムマシンを渡されてね。未来で少し身体を新しくしてきた」
千賀子が何か光を照射し、ボトルを肌に押し付ける。薬剤が注入されたらしく痛みが止まり、光の当たった部分が再生して出血が止まる。
「なんだ、この技術」
「地球24世紀の技術。渡されたタイムマシンでそこへいけって言われたからな。タイムマシンを手渡した後、お前は消えてしまったよ。以来会っていない」
「死んだということか?」
「おそらく」
オリヒトの意識体は思う。それを聞き、覆すべく戦ってきた。これは記憶なのだろうか、今起こっているのを見ているのかはわからない。
「どうやら、確定されたことのようだ。何度か、変えてみようと思ったんだが、時の流れは変わらなかった」
千賀子がここに来るまでに、オリヒトが消える未来を変えようとしたらしかった。
「オレのことはともかく、タイムマシンを渡せたことで、お前は成功したんだな」
「こういうのを魔法とか、奇跡として、売ってみたよ。余裕ができたらから、頼まれたことをやりにきた」
「オレが最優先だろう。そのタイムマシンを渡したのなら」
「いや、もともと、私が貸してやった機械だよ」
千賀子が笑う。
「1回だけ使えるタイムマシンを渡されて、あとは自分でなんとかしろと。なかなかめちゃくちゃだろ」
オリヒトの治療を終えた千賀子が宇宙船の操縦席で何やら操作する。
「まあ、ヒルバーのおかげさんなのかな? 拠点は作った。今からそこに向かう」
「相変わらずの才覚か」
「道具があれば、簡単なことだよ」

辺境の惑星。まだ宇宙開発がほとんど進んでいない、未開の惑星。
千賀子が拠点と呼んだ場所は、宮殿と工場を兼ねたような巨大な建物だった。明らかにこの時代にはそぐわない技術で、治療器具、移動デバイス、武器を作り、売っている。この星の大半は千賀子の起こした宗教団体に支配されており、大半の住民が仕事をもらって生活している。
この地に逃れ、オリヒトは時間跳躍で開発されるのはまだ先だが、以下の技術でなんとか生産はできる。というオーバーテクノロジーを取り入れて兵器生産を開始。ケルカリア社の製品として辺境連合に売り込む。
成功だった。
辺境連合が星を訪れ、交渉。技術試験艦隊の提督という立場で、地球に戻る。
「好きなように行けばいい。私はここにいる」
千賀子のそんな声を聞きつつ、オリヒトは地球へと戻っていく。
そうだった。
様々な方法であの星と関わってきた。地球人が生きていてもパーツになっても高く売れた。今も自分の最高傑作と思うのはナノドライブ4のカスタムモデル。タイムマシンで得た技術じゃない。自分の技術で作り上げた。
その保持者はオリヒトに牙を剥く存在となって、この辺境宇宙で一番のエースパイロットになっている。痕跡は残した。
いいんじゃないかな。
帝国技術院付属の学園から、辺境へ。そしてケルカリアを起業して、地球へ。出会ったときの千賀子や港町の観光を楽しんだ珠代の顔が浮かぶ。
そこから、なにも感じなくなった。

Chapter-10 ユキ・アーストによる物語〚放浪傭兵シックスと時間城の魔女〛第3章 決戦! 時間城

銀河の片隅。外れも外れの星。つい最近、銀河帝国の版図となったものの、開発されず、観光地ともならず、変わらない暮らしをしている雑然とした街。赤黒いネオンを移す雲から雨がパラパラと落ち続けている。
曇っているからわかりにくいけど、多分暮れ始めた空。
商店街のあらゆるところから、得体のしれない匂いがする。
怪しいの8割、美味しそうなの1割、あとは食べ物かどうか謎。
そんな屋台の連なる薄暗い通りを大きな剣を持ち、白いフードを被って歩いてる女の子が一人。
「こらあ、子どもがこんなところで何してる」
ガラッと引き戸が開いて、飲み屋の店主が顔を出した。髭面が睨む。

「あんた…」
振り返った女の子を見て髭面の店主が言葉を弱めた。
赤い目、黒い髪、手に持っているのは、赤黒い剣。
「傭兵シックス…」
「何か、用?」
「ここに何しに来た? 厄介事は他所でやってくれ」
「厄介事かどうかは、知らない。これから依頼を聞くから」
「そうかよ」
「なんで、知ってんの? シックスだって」
「この街は、傭兵や賞金稼ぎが集まる。魔女の眷属になりたがるやつと、魔女を狩りたいやつらのたまり場だ。話はいくらでも。だいたい、子どもが星断ちの剣持って歩いてる時点でわかるだろ」
「ふーん」
「噂通りすぎて、面白くないぜ」
「どんな?」
「デカい剣をもってちょこちょこ歩くちっちゃい子だってさ」
「一応150cmはあるから」
「知らねえよ」
「あんたは、眷属? 狩人?」
「どっちでもねえよ。オレは料理人だ」
「ふーん。ね。得意料理は何?」
「あ? オレの店の話か? 海うさぎをグリ豆味噌で煮た煮込みだが」
「あとで、食べによる」
「…へえ」
「あんた、子供を心配してた。そういうの好き」
「ありがとよ。2時までだ。過ぎたら明日だ」
「わかった」
軽く手をあげて、剣を抱えた女の子が路地の奥に歩いていく。
「あれがシックス…。この星がなくならないといいがな」

「お待たせ」
さっきの小さな街を見下ろす高台。周りには低木の荒野。
そこに規則正しく並ぶ電柱が文明のある場所を主張する。
街の明かりを見下ろしてるシックスに、風になびく長い髪を押さえながら、高台を登ってきた少女が声をかけた。
「おつかれ、アイ。あれ? ネッコは?」
「シックスによろしくって」
「なんだよ。久しぶりに会えると思ったのに」
「会う度にもふもふ動物みたいに撫で回してたら、今日はやめとこかなーって思うんじゃない?」
シックスの相棒、人工生命体のアイがケラケラ笑う。
「次会ったら、倍にしてやる。で、依頼内容は?」
「察しの通り、時間城の魔女狩り」
「報酬は?」
「時間城の機能停止で300。完全破壊で500。魔女退治1000。生死問わず」
「相変わらず、渋いな。未来人め」
「ハイスクールの時、助けてあげた件の続きだから、相殺だって」
「足元見やがって〜。何年前の話だよ」
「利子付いてるからねって」
「まったくも〜」
シックスのクライアント、ネッコことネーデリアは遙か未来からこの時代に来ている時間管理局のエージェントだ。シックスの前に現れたのは、彼女がまだハイスクールに通っていた頃。すでに機動兵器のパイロットだったシックスが、侵略してきた異星人によって時空の彼方に飛ばされた時、元の世界に呼び戻したのがネッコ。来たるべき正しい未来を守る。というのが彼女の使命らしい。そのためにシックスはいなくちゃいけない存在、と何度か言ってた。
その後に起こった地球とアーデアの惑星連邦樹立におけるゴタゴタが原因で故郷の星を離れたシックスに、ネッコは色々と仕事を依頼するようになった。大口のクライアント、太い客。言い方はいろいろ。
会った時から経過した時間を考えると、すでに100年を越えている。
長い付き合いだ。さも当然のように、出会った頃と外見が変わらない。
人のことは言えないが。
コールドスリープや延齢処置が発達して、この先200年でも生きていけるから、当分ネッコとの関係は続きそうだと、シックスは思っている。
「細かい作戦はネージュで話す」
アイの提案にシックスが頷く。
「おっけ」
シックスが向いた先には全長50mほどの白い宇宙船があった。クリスタ級三番艦クリスタ・ネージュ。三角形の船体はブレンデッドウイングボディになって左右両端にはウイングレットがついている。シックスがこの仕事を始めて10年ほどした時、里帰り記念としてプレゼントされた宇宙船だ。
地球とアーデアの惑星連邦『E-E』の主力産業である造船。そのデモンストレーターとして作られた船の一つで、今はシックスとアイの生活の場所。
二人がネージュに戻ると、程なく音もなく離陸して一気に上昇した。

ネッコの依頼は星の大きな島にある、時間城と呼ばれる場所の破壊。この場所は星間宗教団体『神の時』の本部施設となっている。しかし、その実タイムマシンを使って2〜300年後の技術を使った兵器等を販売して荒稼ぎしている時間管理局的には無法な団体だ。
この兵器が販売された先で、その大きな破壊力や特殊性によってジリジリとその後の歴史が変わっているらしい。基本的に他星の歴史はネッコ管轄ではないのだけど、地球にも影響が及ぶレベルに今後なってしまうためこのタイミングで止める。というのが依頼内容だ。
「なんで、もっと早くにやらないの? って聞いたんだけどね」
クリスタ船内の格納庫で機動兵器の準備をしつつ、アイが言う。
たどれば、これに関連する事件はシックスがネッコと知り合った、ハイスクール時代まで遡る。そもそも、ネッコが未来から派遣された理由がこのタイムマシン乱用による歴史撹乱事件だったはず。100年以上引っ張ってる。
「流れがあるの。だって」
「また、なんかひどい目に合いそうで、やだなあ」
シックスの心に不安がゆらゆらと湧き上がった。

ネージュの中央ハッチが開いて黒衣をまとった機動兵器が離脱する。エインセルと呼ばれるその機体は、100年ほど前にアーデアのノーゲンインダストリーで作られたカスタム機。完成後、地球防衛軍で運用されていた。
地球とアーデアの連邦樹立により、地球防衛軍が再編。退役となったこの機体をシックスが譲り受け、傭兵稼業の基盤としている。
「ダイブ…」
低衛星軌道からエインセルが頭から降下していく。
落ちていく先は、ただの荒野に見える。
落ちながらエインセルが斬艦刀を左腕に取り付けた鞘から引き抜く。
「視界に構造図を重ねるよ」
隣に座るアイの声。するとシックスの目に見下ろす荒野に重なって建物の構造図が示された。その中に狙うべきターゲットがマークされる。
「姿を見せろ!」
エインセルが降下しながら、なにもない空間めがけて斬艦刀を振り下ろす。手応え。何かがひしゃげる音がした。


空間にノイズが走って、巨大な構造物が姿を表す。エインセルは破壊した遮蔽装置から一旦離脱。体勢を取り直す。
「これが時間城」
「ほぼ要塞だけどね」
「よし。動力源を潰そ」
「中央塔の真下あたりが、予想地点」
シックスにアイが応え、2つ目のターゲットを明示。
エインセルが時間城の中央塔へ降下。周りから5機の機動兵器が現れた。
ヒューマノイドタイプ。フード付きマントのような服を纏っている。

「こんなにデカい組織なの? 神の時って」
時間城の大きさ、出てきた機動兵器、宗教団体の持ってる私兵にしては、戦力がありすぎる。
「荒稼ぎしてるからね」
アイが冷静に応えて、機動兵器をターゲッティング。
「人、乗ってる?」
「いるっぽい」
シックスはエインセルの高機動ユニットを全開にする。腰の大きなリボンのがはためく。2本めの刀を抜き、二刀流。
「踊ってやるよ」
螺旋を描いてエインセルが機動兵器の群れに突っ込んていく。

時間城、中央塔の屋根をぶち抜いて、神の時の機動兵器が墜落する。
その穴をつかって、ゆっくりとエインセルが塔の中に降りる。
「動力源は、この下で合ってる?」
「合ってる、ハズ」
「え、曖昧なの?」
「ここ、高エネルギー反応が多すぎる」
礼拝堂っぽい空間や、工場のような機会が並んでいる部屋。それらをぶち抜いて機動兵器が下層で横たわっている。首を切り落としたら、パイロットが脱出したので、停止した機体。その上にエインセルが立つ。
40mのエインセルでも見上げる程に高く、大きな場所。
「とりあえず、壊していくか」
シックスが刀を構え直したときだった。
「ずいぶんなこと、してくれたわね」
声がした。
ちょうど、エインセルの胸の高さあたり、半壊した部屋の端に一人の女性が立っている。銀髪。年齢はよくわからない。
「どこまでも、邪魔しに来るのね。六羽田の娘」
突然の言葉、それはシックスが捨てた名前。しかもファミリーネーム。
この銀河で知ってる人は少ない。口にする人はいない。そしてその言葉遣い、聞き覚えがある。
「まさか…」
黒衣の女性が右手を挙げる。ボワっと光を放つと、その横にアイが現れた。
シックスが横を向く。アイが座っていたシートには何もない。
「アイ!」
「何年ぶりかしら。この顔を見るのは」
アイを何らかの力で自分の腕の中に引き寄せ、黒衣の女性が微笑む。アイが抵抗するが、動きを封じられている。身動きが取れない。左手で肩を抱いているだけなのに。
「これがモバイルホロエミッターか。本当の人間みたいね」
黒衣の女性がアイの顔を撫でる。
「やめろ!」
「構わないだろ。私の娘なのだから、いや、その複製か」
「娘…って」
シックスの顔が驚きに歪む。
「…嫌だ」
アイが身をよじる。視線は微笑むその顔から外せない。
「お母様なの…?」
「その記憶は持っているのね。ホログラムのくせに」
「チカ・カミノ…」
チカ・カミノ。アイが人間だったときの実の母親。
そして、最後に見たのはシックスがハイスクール時代におきた事件の時。異次元の生き物を使って、世界をめちゃくちゃにしようとして、シックスとその友人たちに阻止され、逮捕となった。
直後に留置場から消えた。以来、行方不明。
そうなった経緯はわからないけど。
地球圏に影響を及ぼす、時間犯罪の大元。武器の違法な販売や、出家という名の拉致などで、数々の星系国家から討伐の対象とされつつも、存在し続ける巨大宗教団体『神の時』の指導者。人呼んで時間城の魔女。
名前は知られていない。ただ、預言者と名乗っている。
それがアイの母親。人間だったアイを殺した、母親。
身体を作り変えたのか姿が違う。しかし、声質は変わっていない。
「娘を返してもらうわよ。六羽田」
チカがアイの胸に自分の右手を突き立てた。手首がアイにめり込む。
「ああああっ」
ノイズがアイの全身に走って状態が不安定になる。
「壊さないで!」
「貴重なものだもの。そんなことしないわよ。ただ、使い方が間違ってるわ。あなた」
チカが手を引き抜く。再び、アイのホログラムが安定する。
「さ、チホ。あの破壊者を排除して」
「はい。お母様」
チホ、人間だったときの名前で呼ばれたアイがチカの横でキッとエインセル、その奥のシックスを睨みつける。憎しみのこもった目。あんな表情、見たことない。
「アイ…」
アイが右手を上げると、エインセルの足元にある機動兵器が再起動して身体を起こす。エインセルが咄嗟に距離を取る。アイの持つハッキング能力が発揮されてる。
「ここから、去れ、シックス!」
アイに操られた機動兵器がフルパワーでエインセルを中央塔から押し出す。壁を突き破り、時間城の外へ。
機動兵器がエインセルに抱きつき、動きを止める。
すると、破壊を免れた時間城正面の巨大な時計の針がぐるぐると回転しだした。そこから光がエインセルに伸びる。コクピットに警報音が鳴り響く。アイがいればいろんなナビゲーションを伝えてくれるが、今はエインセルのロボット兵器としてのAIが危険を知らせる。光の正体がわかった。
「これ、次元転移砲なの!?」
経験より、転移が早い。
「アンチフィールド展開!」
視界がぼやける。ズームした先に二人並んで立つ、チカとアイが見える。
「アイ!」
「消えろシックス」
衝撃。シックスは気を失った。

どこだろう? 目があかない。暗いまま。
コクピットじゃない。柔らかなベッド。そして、懐かしい匂い。
忘れない匂い。
「センセ、そばにいるの?」
シックスが地球を旅立つ前、育ててくれた人の匂いがする。
「いるよ」
「きいて、センセ。ひどい目に合ったの。アイが、魔女に奪われた。どうしたらいいかわからない。エインセルごと飛ばされたの、どこかに」
「大変だったのね。でも安心して。あなたは救急船ホーチュニア コダータの中にいるわ」
「救急船ホーチュニア!?」
シックスが飛び起きる。
ベッドの横に白髪の女性。赤いフレームのメガネ。
「あ、あなたは、あなたは…本当に、ほんとにセンセだ」
シックスは思わず女性に抱きつく。一気に涙が溢れ出てきた。
「せんせぇ…」
シックスがセンセと呼ぶトコ・クルミがしっかりと抱き返してシックスの頭を撫でる。
「100年近く経っても、泣き虫ね。本当におっきくならない子」
「…少しおとなになってます」
「ウソばっかり」
トコが笑う。シックスは身体を起こし、その顔を見る。

「何年ぶりかしらね? リ…シックス」
「センセ、老けちゃった。延齢やめたの?」
「そうね。もう十分生きたから。そろそろ普通にしてみようかなって」
「やだ。もっと生きて」
「無茶言わないの」
地球とアーデアが連邦を組んだ時、2つの民族のあまりの寿命の差が問題となった。400年近く生きるアーデア人に対してその1/4も生きられない地球人。物事の進みに歪みが生じる。そこでアーデアの先進技術は地球人の長寿命化を実現する。それが延齢処置だ。
地球防衛軍のアドバイザーからアーデアの全権大使になったテコ・ウストに近しい人達から処理が始まった。シックスやトコは最初に延齢処置を受けた。半ば実験的ではあったらしいけど。
処理は続けていかないと、加齢速度が通常に戻ってしまう。トコは延齢をやめ、自然に歳を取る人生を選んだ。近い将来、トコとの別れが来る。
「絶対、やだ」
「聞き分けて。シックス」
「やだ。わかりたくない」
シックスはトコの白衣に顔を埋める。
しばらく時間、動けなかった。
心を落ち着けて身体を起こし、シックスはトコに視線を向ける。
「センセ、どうしてここにいるの?」
「表彰式の帰りなんだよ」
「表彰式?」
「トコメディカの活動が銀河帝国運輸局から銀河航路の発展に著しい貢献したってことでさ」
発展したアーデアの医療をローカライズして地球にどんどん取り入れたトコの会社トコメディカ。アーデアと地球を行き来する中で、航路上での医療手段が乏しいことに着目。中古の高速船を手に入れて医療設備を整え、地球、アーデア間の航路で救急救命を始めた。反響がいいことから、対応宙域を増やし今に至る。その事業が表彰の対象になったみたい。
「で、シックスはなんで、この宙域に?」
「…飛ばされました。転移砲で」
「またなの? 学習しなさい」
「転移速度が早くて。アンチパラレル展開するのが精一杯で」
「アイがいないと、グダグダだな」
廊下から声がした。シックスが振り向くと、久しぶりの顔。
「アカリ!」
「シックス、気がついたって?」
もう一人。
「ミカも」
救急船事業で活躍中の医師二人が顔を出した。
「歩ける? ブリッジで作戦会議しよって。アキが呼んでる」
「みんな、揃ってるの?」
「表彰式だったからな」
アカリがシックスの手を取る。
「社長は休んでいただいても」
ミカがトコに声を掛ける。
「私も行くよ」
シャキッとトコが立ち上がる。
「おいで。シックス。アイを取り戻す算段をしよう」

救急船ホーチュニア・コダータはアーデアの軌道往還型高速戦艦を改良した宇宙船だ。通常3名で運用されている。さっきシックスに会いに来た医師のアカリ。船長はアキ、船内スタッフ兼看護師としてカコ。2号船のゲンノショーコに医師ミカと船長ココ、看護師ミヤノ。
だがこの日は表彰式のため、社長のトコを含め全員がホーチュニアにのって移動していた。みんなシックスとはハイスクールからの友達。そして地球防衛軍でも一緒に任務にあたってきた。全員延齢処置でシックスと同じく120年近く生きてる。見た目は20歳ぐらいのまま。
「転送クイーンだ」
「アキ、やめてよ」
「ごめんごめん。ひさしぶりね。シックス」
「何があったの?」
副長席からココが振り返る。
「ネッコから、依頼があってね」
「ネッコ、懐かしい名前を聞いたぞ」
シックスはこれまでのことをみんなに話す。

「転送砲に指定座標がないと縁に導かれるって本当なんだ」
6人の親友、そして家族同然のトコ。彼女たちの前にエインセルが出現したのは偶然だろうか?
「アイに残ってた意志かもしれないね」
救急船ホーチュニアは持ち前の高速をフルに活かして、時間城のある星、シナーリを目指している。アイならホーチュニアがどこを飛んでいるか、把握していたかもしれない。確かにそこめがけて飛ばした可能性はある。
「アイはデータだからさ、性格の部分を強引に上書きされたって考えていいと思うんだ。だから、書き直してやればいいんだよ」
アカリが提案する。
「どうやって書き換える?」
「相手は転送を使いこなしているから、アンチフィールドで覆いながら接近して」
ペチ。とアカリがミカの頬に触れる。
「直接さわる。魔女がやったのと同じ」
「シックス、プリンセスユニットはエインセルの中?」
「はい。センセ」
「本体はここにあるんだ。データを抽出して、ホロエミッターに移したデータをそっくり書き直せば、治るんじゃない?」
トコがシックスを見つめる。
アイはモバイルホロエミッターという、持ち歩ける実体ホログラム装置に人格データを移し、あたかも人間のように存在している。本体である生体コンピュータはエインセルに搭載され、これと絶えず同期している。
今はモバイルホロエミッターの人格が改変を受けた状態。本体は同期されないように自閉モードで外部との通信を遮断している。
「今、悪いアイといつものアイが存在してる状態なのね」
そういうミカ。アカリが続ける。
「とっておきのデータ移し替え器を造ってあげる。シックス」
「電脳医のアカリ様がキラキラしてきた」
ミヤノがあらーって顔になる。
「ありがとう。アカリ。ありがとう。みんな」
「スター・ブラスト・シックスがまあ、情けないことね」
トコが本当に面白そうに笑う。
「変わってなくて、安心したよ」
カコがシックスにお茶のカップを手渡す。
「ハイスクールの時とさ」
「100年前じゃん。そんなに成長してない?」
「また、飛ばされてるし」
「泣いてるし」
カコとミヤノが笑う。
「懐かしいな。学校で帰ってこいって祈った時のこと、覚えてるよ」
アカリがシックスの頭をポンポンする。
「このことって、あれの続きなんでしょ。100年引っ張るってネッコも相当ね」
ココがお茶を飲みながら言う。
「なんか、今が一番タイミングがいいって」
シックスが言うと
「成長を待ってたわけか。シックスの」
ミカが一人で納得する。
「そこまで成長してないとは、思ってなんだけどなあ
「二十歳で世界を変えたくせにね」
アキがお茶のカップをあげて見せた。

「ホーチュニア、主砲起動」
「時間城、転送砲に照準」
薄茶色の大地が見えるシナーリの衛星軌道に到達。アキとココが戦闘態勢をとる。
「久しぶりに使うなー。主砲。整備したかいがあった」
もともとはアーデアの宇宙戦艦。主要企業のノーゲンインダストリーとしのぎを削る、テイシ・リサーチが社運をかけて建造、傑作と言われたエルトリウム級。攻撃力も高い。4門の長射程陽電子砲が遥か遠くの時間城を捉える。遮蔽されていて視覚では捉えられないが、シックスの情報と歪んだ大きなエネルギーの流れで、位置は特定できる。
「一点集中で狙って。ココ。でないとバリアを破れないから」
「了解。進路固定して」
ぴたっとホーチュニアの動きが止まる。
「射撃開始!」
第一、第二砲塔が交互に真っ直ぐな白い光を放つ。
望遠モニター上、何もない空間に走った光。少しのノイズの後、時間城が姿を現す。さらに続くホーチュニアの砲撃がバリアを破り、時間城の大きな時計を貫いた。シックスに半分破壊されていた中央塔が完全に崩壊する。
「破壊確認」
時間城を巡るエネルギーの流れから、中央塔がほぼ機能を停止したことがわかる。
「ココ、ありがと!」
ホーチュニアの格納庫からエインセルが離脱する。
「アンチ転送フィールド、展開」
高機動リボンをはためかせ、時間城に向けて加速。
「みんなありがとう。時間城が崩壊した時、時空に穴が空くかもしれない。ホーチュニアは離脱して」
「最後までいるよ。行っといで」
エインセルのコクピット、モニターに微笑んだトコが映る。
「センセ…でも」
「気にしなくていい。好きに飛んで…私のかわいいリッカ」
シックスは息を呑む。眼の前にトコと見てきた風景がフラッシュバックする。その名。大事な人の中だけに残っている名前。
「…行ってきます」
シックスは眼の前に浮かんだ地球を離れるまでの記憶をもう一度ちゃんとしまって、さらに時間城へ降りていく。散発的に対空砲のようなビームが機体をかすめる。
「エインセル、ホーチュニアに戻って」
そうAIに告げた後、コクピットハッチを開き、星断ちの剣をもって、シックスはソラに飛び出した。
「起動!」
星断ちの剣を強く握ると、模様のような赤色の点がニョキッとのびて、力場を発生させる。シックスが剣の力で空を飛び、時間城の中央塔に戻ってきた。

「バスターブレード!」
星断ちの剣の先に20mを超えるエネルギーの切っ先が形成される。シックスはそれを横薙ぎで払う。ブレードのあたった時間城の構造物がバラバラと崩れる。
規格外の破壊力を持つ星断ちの剣。スター・ブラストの異名を持つツワモノが持っていた銀河流星剣を多角的に分析し、再構成した剣。現物は単分子で構成され絶対折れることはないという恐ろしい剣で、再現はできなかった。だが、銀河中の刀匠が苦心しただけあって、近しいものではあるが、使いこなせば要塞の一つや二つ、簡単に壊せる。もちろん、使う側の鍛錬がかなり重要だが。シックスは伸びた寿命をこの鍛錬に使ってきた。
シックスが兵力として一目置かれる理由は、この星断ちの剣を使いこなせること。ただ、やりすぎてしまうことが多々あり、いろんな『異名』の原因になってる。生身で相当な破壊力を持つシックスがエインセルに乗るのは、やり過ぎ防止策だったりする。
逃げていく信者っぽい人たちを気にしつつ、巨大な建物を壊していく。
すると、3mほどの身長で真っ黒なフードを被ったロボット兵器が10機、シックスに迫る。
「黒八尺? 懐かしすぎる」
周囲を回りながら、100年前からいる小型機動兵器がシックスを取り囲む。10機が連携しているというより、一人で10機を操っているような動き。となると…。
戦ってる空間の先、シックスを見下ろす半壊した塔の中にいる。
「神の時」信者の服を着た、アイ。

「そこまでだ。シックス!」
「来海流、飛龍の舞!」
星断ちの剣、上下の両側にエネルギーブレードを発生させたシックスが螺旋を描いて黒八尺の編隊に突っ込む。両刃の薙刀状になった剣を回転させたシックスの周辺で黒八尺がバラバラになる。墜落した機体から逃げ出すガタイのいい人。飲み屋街で聞いた、眷属になりたがる人、がこういうところに使われているらしい。
「消えろ! お母様のために」
シックスの技をアイは知ってる。飛龍の舞の弱点である直上と直下から黒八尺を突っ込ませてきた。
と、真下から上がってきた黒八尺が光に弾き飛ばされ爆発。
シックスは上から迫る機体をバスターブレードに切り替えて真っ二つに切り裂いた。光が来た先、ホーチュニアがゆっくり旋回している。
「ココ!」
『Geil! 私、すごい!』
「ありがと!」
手駒のなくなったアイに一気に迫る。
「おのれ!」
見たことない、アイの顔。きっと、シックスに対するチカ・カミノの憎しみを全部、アイに移した感じなんだろうと思う。
確かに、シックスはチカ・カミノがやろうとしたことを潰してきた。でもやらなければ、シックスはとっくに死んでいる。人としてのアイは殺されてしまった。
「憎みたいのはこっちだ」
シックスがアイの目前に迫る。アイが手に持ったライフルを乱射する。シックスはブレードで受けつつ、距離を詰める。歪むアイの顔。
「自分がされたことを思い出せ、アイ!」
「いつも、いつも、お前は!」
シックスは星断ちの剣本体でアイのライフルを叩き落とす。体制を崩した彼女を捕まえて抱き寄せる。アイの憎しみに燃える目。きっと忘れないだろうとシックスは思う。
「はなせ!」
「黙って!」
アイの唇を自分の唇で塞ぐ。アイの目が驚きの目を向ける。
アカリがシックスの奥歯に仕込んだワクチンがアイに流れ込む。
シックスを突き飛ばしてうずくまるアイの身体が電子ノイズに包まれた。
多分、効いてる。
「う、ううう」
ノイズが消えると、信者服からハイスクールの制服姿に変わった。ここ数十年、使ってない服。動きがピタリと止まる。バグった?
「アイ?」
ぴょん。と立ち上がってアイが今度は笑顔でシックスにキス。そして抱きついてきた。いつもの表情。シックスの頬が緩んでいく。緊張が、保てない。
「服装データがハイスクールの制服だよ。シックスの趣味?」
「いや、多分アカリ」
「助けてくれて、ありがとう。きてくれると思ってた」
「戻せてよかった」
100年以上一緒にいても、アイのこの笑顔を見えるとシックスの心の温度が上がる。
「ココ、聞こえる?」
アイがシックスを抱きしめたまま、視線をホーチュニアへ。
『あ、成功だ! アイ、無事なんだね』
ココの返事が聞こえる。
「ありがとう。みんな。ココ、送った座標に撃ち込んで!」
アイがホーチュニアに直接標的の情報を送る。この点は人造生命体ならではの技。
『データ確認した。二人は離れて』
「とんで。シックス」
シックスはアイを抱えて飛び上がり、城から離れる。と、ホーチュニアからビームが何条も撃ち込まれた。一瞬の静寂の後、城全体が炎を上げた。
「よし。破壊分の報酬は出る」
「アイ、大丈夫なの? その、お母さんとは…」
「久しぶりの、親子の対話、とかなかったよ。一方的に洗脳、というか憑依だよね。憑依人格はホロエミッターに残ってないよ」
「うん。で、チカ・カミノは今どこ?」
「自室にいるはず。護衛は多いよ」
「アンチフィールドでタイムトラベルできないから、閉じこもるしかない状態ね」
シックスとアイが燃える時間城の奥に進んでいく。

「シックス、オレとしょうぶし…」
いいかけた屈強な見た目の男が建物ごとバスターブレードに薙ぎ払われて飛んでいく。
「シックスー!…」
チカ・カミノがいる、預言者の部屋の前。最後の護衛を今、シックスがふっとばした。
「アイ、渡しとく」
シックスはアイに銃を手渡す。 
「ん、わかった」
アイが受け取って安全装置を解除する。ネッコから貸与された、時間管理局が使う執行銃。
「行こう」
シックスがドアを開く。引っかかって、落っこちた。
「ほんとに、よく壊す」
時間城最深部。ホーチュニアの艦砲射撃で破壊した動力源から隔離しているらしく、ここだけ、きちんと空調が効いて、とても静か。
宗教施設の一室というよりは、オフィスの雰囲気。モニターが並ぶデスクの奥、一段高いスペース、声がした方向に黒衣の人影。
「チカ・カミノ、観念しろ」
シックスが剣の切っ先を向ける。
「お前と直接対峙するのは、初めてか。六羽田の娘」
チカが立ち上がり、全身が見える位置に歩いてきた。
「大きくなったな」
「おかげさまで。と言っておけばいい?」
シックスは剣を構える。
「なぜ、世界を求め続けるんだ? そんなに支配したいのか?」
「そうだな。世界をこの手にが私の基本と思ってくれていいよ」
「それも、もう終わりにしてください。お母様」
アイが銃を構える。
チカが胸元から懐中時計のようなモノを取り出す。
「これがほしいのだろう?」
「もうその段階にはありません。時間を越えて存在するものを消す。という決定が出ています」
アイがしっかりとチカを見て言う。
「オリヒトにしたようにか?」
協力者で、仕事のパートナー、史実としては残っていないが、初めて地球人との共同事業を行った異星人。彼は100年ちょっと前、チカにあと1回使ったら壊れるタイムマシンを渡して消えた。時間管理局に注意しろと言い残して。
そのタイムマシンを使って未来へ飛び、新しいタイムマシンを手に入れ、未来の技術を使って奇跡を起こす『預言者』を名乗って、『神の時』を作った。
消える前のオリヒトに新しいタイムマシンを渡して、彼は彼で未来技術を導入した兵器工場を作り、時間城の工場でさっきまで製品が作られていた。
「…そうなります」
「オリヒトとは先日会ったばかりだが…」
ネッコに執行を受ける前のオリヒトがこの時代にも現れているらしい。
「オリヒトが地球に来なければ、お母様が神の国の幹部にならなければ、こんな歪んだ未来にならないでしょう。でも、私やシックスも存在しない。そうすると、地球とアーデアの惑星連邦も成立しない。そんな未来は選択できなくなっています。もう、変えられない」
ネッコたちの未来が科学万能の世界なのは、惑星連邦が発展して行った先の世界。対処を誤ると、時間管理局の存在すら危うい。
「今、このときなら、地球の未来を変えることなく、排除ができる。というのが時間管理局の考え」
シックスが星断ちの剣を構える。
「この星はどうなる? 時間城での雇用を失って、また最貧の星に落ちるが?」
「このカオスな発展こそが、ねじ曲がった未来です」
「本来とは違うから、仕方ない。で、貧困を生み出すのか? 冷酷で恐ろしいな。チホの出来損ないは」
「執行」
バシュ。アイがその言葉を合図にしたように引き金を引いた。薄い光がチカに届く。
「ぐっ」
チカが身を捩る。見た目、何の変化もない。
「私は出来損ないではありません。私はチホ・カミノ。あなたに殺された記憶を持った、あなたの娘です。娘ですから、私は、役割を果たさなければなりません」
「母の悪事の責任を取ってってことか?」
チカが笑う。
「あの時、チホが生き残ったら、いずれこんな日が気たように思うよ」
チカが手近なイスに座る。
「どのくらい、生きられる?」
「時間転移をしなければ、1ヶ月弱」
シックスが答える。
「拷問だな」
「アンチフィールドは止まっている。お好きに」
シックスはあくまで冷たく言い放つ。普通の女の子でいられなくなった原因がチカ。今の自分は生きるのを楽しんでいるけど、だからといって…。
「よく、わかったよ」
チカが懐中時計方のタイムマシンをタップする。姿が消えた。
「行かせてよかったの? シックス」
「消えるのは間違いないから」
「その間に、なにか仕掛けるかも」
「だったら、ネッコからなんか言ってくるよ」
シックスがまっすぐにアイを見る。
「大丈夫?」
「うん。もう、いつものアイだよ。チホじゃない」
「ちょっと、怖かった」
「怖い? らしくないね。シックス」
「因縁だもの」
「…そうだね」
二人は手をしっかり握るとふわりと飛んで、旋回待機しているホーチュニア・コダータに戻っていく。
ココによるダメ押しの砲撃が加わって、時間城は完全に崩れてなくなった。

「うわ、これ、うっま」
惑星シナーリの飲み屋街。突如として女性9人が押しかけて、女子会を始めた。最初は興味本位で店内に見に来る男がいたが、一人がシックスであるとわかって、寄り付かなくなった。で、店は貸切状態。
店主が言っていた海うさぎの味噌煮の旨さにみんな驚く。
シックスとアイ、ホーチュニアの面々が祝勝会と称して乾杯している。
そこにクライアントのネッコから超空間通信が入った。
『ありがとう。シックス。完遂を確認したよ。端末だして。報酬払う』
取り出したデバイスがぴろんと音を立てる。
「ちょっとまて、魔女退治分が入ってない」
『退治確認できてませんので』
「だって、それは、それはさー」
シックスがアイを見る。
「私は逃がしていいのって聞いたんだけどね」
『ほら』
ネッコは当たり前でしょって顔でシックスを見る。
「これじゃ、ネージュのワープ代もでない…」
「傭兵シックスって、金欠なの?」
アキがかわいそう目線で見てくる。
「けっこうそうなの。服とか、平気で20年超えしてたりするの。この子」
アイがため息。
「私のお古あげよっか」
背恰好が近いアカリが本心で言う。
「あ、ほしいかも」
シックスも本心で返事する。
「帰り、一緒に地球にきてよ」
アカリが何かの串焼きを頬張って言うが、
「地球か…」
シックスは思い悩む顔。
「まだ怖いの? もう80年近く経つのに」
ほんのり頬の赤いトコが訊く。
「エリアルシティなら、そんなでもないと思うけど」
「反連邦の人とは、やっぱり…会いたくなくて」
「ウチの港に降りたら?」
トコメディカの本社往還船係留港はトコの家がある日本の港町にある。
地球の玄関口で主要都市の富嶽市、通称エリアルシティからは離れていて、たしかに周囲に人は少ない。
「そうしなよ。シックス。最近地球に帰ってないでしょ」
カコが身を乗り出す。
「最近っていうか、帰るなら傭兵初めて2回目くらい」
シックスの答えにミヤノが返す。
「みんな、会いたがってる」
「そか、でも、いろいろ物価高いから、地球」
がっかりなシックスの言葉。
『あ、冗談だから。ちゃんと出すよ。魔女退治と、ボーナス』
ネッコの声がデバイスから聞こえた。
『ただし、お渡しは地球で。トコメディカ本社なら、そこでいいよ』
「わかった」
シックスは煮込みのお汁を飲みつつ、納得した。
「時間城、潰したんだって?」
飲み屋の店主が追加の串焼きをもってテーブルにやってきた。
「うん」
「客がいなくなるなあ。しけた星が超しけた星に逆戻りだ」
「時間城、なんであそこにあったと思う?」
店主が持ってきた串焼きを1本とって、シックスが聞く。
「アクセス良好だったんじゃないのか?」
「あの下、レアメタルの鉱脈だよ。ワープエンジンとか作るときに使うやつ。今まで独り占めしてたんだよ」
「本当かよ」
「上手にやれば、金持ちの星になるよ。上手にやればね」
「…荒れそうだな」
「そんな気はする」
「ま、客が来るのは間違いなさそうだ。感謝するぜ。シックス」
「美味しくなかったら、教えてない」
「…わかりやすいな」
店主が地元の酒を持ってきて、シックスのグラスに注ぐ。自分のコップにもなみなみ入れて、グッと掲げた。シックスがグラスを上げて返礼する。
「なんだよ。かっこいいじゃん」
「シックスを舐めるな」
酔っ払って巻きついてきたアカリに返事を返す。精一杯気取っていたが耐えきれず、吹き出してシックスは笑い出した。
「ほんと、可愛い子」
トコが嬉しそうに笑った。

チカ・カミノは地球にいた。
彼女が最初に幹部になった『神の国』という宗教団体の施設。
定例会合で多くの信者が集まっている。
物陰から見ると、親に連れられてきた子どもたちが施設の庭で遊んでいる。
6歳くらいの小さな女の子がお料理作りの真似事をしている。すぐわかる。六羽田の娘。
チカは護身用に持ち歩いている銃を取り出し、ゆっくりと近づく。
音のしないレイガン。手のひらに収まる。あとどのくらい生きられるか知らないが、六羽田の娘も道連れにできるだろう。
すると、10歳くらいの女の子がすっと間に入って、チカをみた。
「…」
自分の娘の顔は忘れない。
「なんですか?」
何かを察知したのか、小さなチホが鋭い目つきで見つめてくる。背中に六羽田の娘を隠し、チカから見えないようにしている。六羽田の娘は呑気にままごとだ。顔や年格好が違うから、目の前にいるのが100年以上未来から来た母親だとは気づいていない。この時代のチカ・カミノは今、施設の中で信者相手に講釈をたれてるはずだ。見上げる顔。チホが7年後に見せることになる、決定的な反抗。その姿と重なる。
「あんたは、本当に…」
「あの、なんですか?」
「なんでもない。海の見えるベンチはどっち?」
「あっちです」
「ありがとう」
小さなチホに軽く手を降って歩き出す。
チカはベンチに座ると眼下に広がる瀬戸内の海を見た。海からの風がチカの身体を通り抜けていく。分子間結合力をなくす時間管理局の武器。それが効いて物理的な意味で身体が潮風に溶けていく。チカは最期にここに来た理由を思い出した。
「ああ、そうだった。私は、この景色が好きだったんだな」
少しして小さなチホがベンチを見に来たが、そこには誰もいなかった。

第三章 おわり

Chapter-11  有栖川アイミ 17歳  来たるべき時

「だめです。テコさん。そこはモデリングされてません」
「嘘だね」
ナデシコに行くと、テコは辺境連合の捕虜の扱いを帝国軍と通信していた。
通信を終えるとアイミを呼び、脱がしにかかった。
「アイミの構成データには裸体はもちろん性器も、感度はともかく形状は全部データ化してる。だから実体化できるはずだ」
「へんたい」
六花の口から感想が漏れる。テコが真剣な目を向ける。
「六花、触り心地は?」
「絹のように滑らかで、指を押し返す弾力が」
「こら。へんたいども」
「やはりそうか。これが29世紀の技術ね」
テコが立ってアイミの髪を撫ぜる。
「死の概念がこれで変わる、かな」
「そこまででしょうか?」
「アーデア人と地球人の寿命の差は4倍以上。2つの星が力を合わせて何かをする時、ボクからすると、その時があまりに短い。この技術を使えば、そうした憂いはなくなる。いや、なくしたい」
「テコさん…」
「それはそうと」
テコが六花に向き直る。
「よく帰ってきた。六花。本当に嬉しいよ」
「心配かけました。ごめんなさい」
「ほんとにね」
眼の前でためらいもなくテコが六花にキスをする。当たり前感がすごくて、何かを言う気が起きない。
アイミにしてみれば、テコは圧倒的な存在。彼女がいなければ、ここにいない。とやかく言ってもな。と思ってしまう。六花も嬉しそうだし。
「アイミ、これからどうする?」
「これから?」
「その身体を手に入れて、どう生きてく?」
「あまり、考えてませんでした。日常が続くものと」
「また、六花のスマホに住む? それとも」
「それとも?」
「有栖川アイミとして、人として生きるか? 六花と一緒の高校二年生として」
全く予想外のことにアイミは驚いた。どれだけ調べても、もちろん前例はない。
「そんなこと、できるんですか?」
「ゆすらはかなり柔軟だからな。ボクが頼み込むよ」
テコが自信有りげに微笑む。六花も驚いた顔してる。
「また、学校に。六花の同級生として…」
「すごい。なんて素敵…」
六花が手を繋いできた。
「行こう、アイミ。一緒に、学校に。こんな夢が叶うなんて…」
「六花…」
いっしょの制服を着たい。アイミが本体の神城千保だった頃、神の国の会合で会った時に六花はそんなこと言ってたっけ。4歳差あって重ならないから実現できなかった。
「お願いします。テコさん」
「2学期から、行けるように交渉してみるよ。そのかわり…」
「なんです?」
「異世界で見てきたもののデータを全て渡して。あと…」
「ヌードモデルはしません」
「そこまで言ってない。でも…」
「わかってます。協力できることは協力します」
アイミは諦めた。でも自分でも、今ここに存在しているすべてが分かっていない。というのはあまりうれしいことではない。
「あと、夏休み中に二人に協力してほしいことがある。フウと千種にも話してほしい。ボク、学校を作るつもり」
「学校?」
「高校を卒業した宇宙開発を志す人材がかなりの数、帝国の大学に取られてしまう。それこそ、キリやハルみたいに。せめて地球防衛軍に関連する仕事だけでも地球で学んで防衛軍なり、各国の宇宙開発に携わってくれればって」
「それって大学ですか? テコさん、大学作るんですか?」
「調べたんだけど、スタートは専門学校になるかな。そこから規模を大きくしていきたい」
「山桜桃や西湖の宇宙課の受け皿になりますね」
「そのつもり。リンジーが主で動いてる。場所や講師は目処が立ってる。手伝ってほしいのは細かいディテールの部分かな」
「テコさん、私達の「このあと」まで考えてくれてるんですね。六花、なんか、嬉しくて震えてます」
六花が感動してる。アイミはふと思う。優秀な人材の囲い込みはどんな企業にだって、重要な話。
六花を渦の中心として、巻き込まれている女子高生たち。それぞれ優れた能力を持ち、宇宙へ大きなあこがれを抱いている。千種のようにナノドライブを持ったパイロットも生まれている。その子達をとどめておくため、学校があると強い。西湖女学院の榊与那や山桜桃学園の三橋明菜は3年生。今なら間に合う。もっと地球防衛軍を大きく、強い組織にするためのブレーンを集めたい。テコはそう考えているように、アイミは思った。

「テコさんの作る、宇宙系専門学校? 宇宙船操縦課有り? 私、絶対行くよ」
来海山村。夏休みのある日、山桜桃学園の航空宇宙部と西湖女学院の宇宙探索部の合同グランピング合宿。中身は六花主催のありがとう会。
来海神社近くに自治体が作ったキャンプとグランピングの施設。透子の父、宮司の大我が絡んでいることもあって、使わせてくれた。
夕食後、焚き火を囲んでのお茶会。アイミがテコの学校計画を話すと、三橋明菜が即返事を返した。
「そうですか、教育を押さえる気ですか」
榊与那が意味ありげに微笑む。
「与那先輩はどう思います?」
「星間企業経営の講座に行きたいかな。というか、私達のニーズに合わせて学部作ってる気がします」
「ターゲットは私達なので、そうなるかと」
「このあと、何をするのかしらね?」
「先輩、なにか知ってるんですか?」
「知らない。思うだけ。ゲドー社とは違う、静かでしたたかな侵略かなって」

さかき よな

「…そう、ですよね?」
見つめるアイミと目を合わせて、与那が小さく頷く。
「アーデアの植民地にしたいのか、主権ありで連邦にするのかわからないけど…」
与那が砂糖がたっぷりはいったコーヒーを一口。
「連邦なら協力する。植民地化なら抵抗する。アーデアは素晴らしそうだけど、私はあくまで地球人だから」
「イロイロしてもらってるけど、譲れないところはあるよな」
高坂芽里が与那に同意する。
「怒るかな? テコさん」
三橋明菜がなんとなく六花に向かって質問する。
追加分のコーヒーを淹れていた六花が車座に座るみんなを見渡す。
「理解してくれる。きっと。そのうえで、全力で潰しに来ると思う。ただ、植民地化はありえないと思う」
「どうして?」
六花の横でカップを並べていた御厨陽奈がその顔を覗き込んでる。
「テコさんは地球そのものが大好きだから、戦争になって星が痛むことは絶対避けると思う」
「去年の海、すごく嬉しそうだったもんね」
海を見ていた雨神幸花が振り返って言った。
「ユナイテッド フェデレーション オブ プラネット・アース&アーデア」
伴野シュルツ心音の声。
「どこ出身? って聞かれたら、そう答える日が来るのかな?」
自社製品のクッキーを配りつつ、倉橋玲が言う。
「ああ、プリンセストキコの星だね。って言われるよ。きっと」
と古藤風花。
「そう言えば、朱鷺子様とよくいっしょにいるの、ニュースになってる」
「この間の草原で見た戦い、その名の下で…的な呼びかけあったよ」
東浦佳子と吉良宮乃が納得する。
「皇女と王女の企み。映画化決定」
桜庭寧々が意味ありげに言う。
「そうなの?」
アイミが聞いてみる。
「どうかな。そんな気がしただけ」
寧々が時間管理局のエージェントということは、地球防衛軍メンバーしか知らない。寧々も防衛軍のスタッフで、六花を呼び戻したのは現在の防衛軍の技術による出来事となっている。
「そうなのね」
アイミはソラを振り仰ぐ。あの日、自分の元になっている人格が人として死んだ日。エリアルによって世界は変わった。六花の中に残した自分の輪郭を使って、新型エリアルのAIとして、また世界に関わって、たくさんの変革を経験してきた。また大きな変化が来ようとしている。
「アイミ、どうしたの?」
「六花と一緒にいると、世界は何度変わるんだろうって思ってね」
六花は少し考えるような顔をして、耳に顔を近づけてきた。
「アイミがいっしょなら、世界が変わっても、あんまり関係ないかな。異世界まで行ってきて、こんな感じだから」
「そっか」
アイミは両手を上げて後ろに立つ六花の両頬を手のひらで包む。
「死なない私が、いつまでもどこまでも、六花といっしょいるよ。世界がどんなふうになってもね」
「うん」
「素敵な予言ね」
寧々が言うと、洒落にならない。

「本日より、宇宙開発課2年として編入します。有栖川アイミです。ご存じの方もいらっしゃいますが、私は一度死に、AIを使って人格を復活させた人工生命体です。ゆえあって身体を得て、再び学ぶことを許されました。この瞬間を大切にしていきたいと思います。よろしくお願い申し上げます」
2学期初日。教室で紹介されたアイミはそう自己紹介する。
まだ神城千保だった頃、学校は指導者である母に取り入ろうとする信者の子にかこまれた日々だった。面白くもなんともない。成績はトップじゃないと示しがつかないとかで、プレッシャーだけ強い日々。
でも、今日からは違う。六花がそばにいて、親とか関係なくて、本当の学校生活が始まる感じ。しかも、行事の多い2学期から。楽しみしかない。
「有栖川さんって、本当に一度死んでるの?」
「じゃ、ほんとはいくつなの?」
学級委員の橋本有美や他の生徒からいろいろ聞かれる。
「考えたことなかったけど、本来なら二十歳越えてますね」
「じゃ、お姉さんだ」
数日しないうちに、あだ名というか呼称がお姉ちゃんになった。
「永遠の17歳なのにね」
六花が笑う。トコトコクリニックへの帰り道。3人で自転車。
「言葉にすると恥ずかしいからやめて」
「千保ちゃんと同じ制服で同じ家に帰るって、ほんと慣れない」
風花が困ったように微笑む。
「フウちゃんが同い年扱いってことのほうが不思議」
アイミは一応言い返して、笑った。

Epilogue  テコ・エアロスペース・ウーマンズ・カレッジ

旧軽井沢の町並みから少し離れた場所。六花とアイミが並木道を進んでいくと建設現場が見えた。建設機がどんと鎮座し、明らかに地球人でない人たちが働いている。

「ここだ」
六花は建設看板を見る。
[テコ・エアロスペース・ウーマンズ・カレッジ建設予定地]
「別荘地か。いいところに作るね。人気出そう」
アイミが並木道を見渡す。
「このご時世に女子大ってのが、テコさんらしい」
そう言って六花が工事現場をのぞく。
「性別比較されないし、集中できていいと思うんだけどな」
「世の中の流れと逆行だけどね」
「ふたりとも、いらっしゃい」
「リンジーさん」
建設機のなかからリンジー・クーが手を振りながら出てきた。
「順調ですよ。講師陣はバッチリ。学生寮代わりの空き別荘も押さえたし、PRもうまく行ってる。初年度から黒字で行ける」
「つ、つよき」
「そのぐらいの腹づもりいないと。テコ様の要望には答えられません」
リンジーの角が光った気がした。

「って、六花が話していたよ」
倉橋航空機の部品納品に付き合って、トコトコクリニックにやってきた玲を風花が出迎えた。六花と透子は防衛軍本部でアイミの本体、プリンセスユニットとモバイルホロエミッターの接続確認テストに行っている。
リビングのソファで風花が淹れた紅茶をふたりで飲む。
テーブルにはお土産の倉橋クッキー。定番のお茶会。
「テコさん、本気だな。風花はどうするの?」
「ちょっと悩んでる。透子さんに看護師資格取って、将来的にクリニックを手伝ってほしいって言われてて」
「ふーん、それも悪くない人生の道筋だ」
「最近はリンジーさんにアーデアの医師免許は日本ほど面倒くさくないから、アーデアでとって、クリニックを手伝ったら? ともいわれている」
「ますます、硬い人生だ」
「玲はどうするの? 卒業したら」
「SCEBAIとつながりがある工科大学受けるつもりだったけど、工学系の学部がテコ・カレッジに創設されるから、内容次第?」
「玲は地球にいるんだね」
「風花は留学かもか…。大丈夫だよ。私、待ってるから」
「…何を待つの?」
「帰って来るの」
「待ってどうするの?」
「え、結婚?」
「…おい」
「って考えだよ。私。いつまでも」
玲が上目遣いで微笑む。
「答えられないの、わかってるくせに」
「もちろん」
玲が自分で持ってきたクッキーをつまむ。
「風花がどこに行っても、私はここにいる。大学生かも、倉橋航空機副社長かも、カフェの店長かもしれない。どれになってても、私は地球にいる。で、風花が私のところに返ってくるのを待ってる。それでいい」
「玲…」
「実際、来たしね。こないだ」
「そう、だけど」
「だから、待ってる」
「玲、私…」
「ちゃんと六花が帰ってきたからね。だから遠慮なく普通の恋愛をさせてもらう」
付き合うことが決まったわけでもないのに、どうして玲の笑顔はこんなに自信アリな感じで、素敵なんだろう? 風花にはわからなかった。

テコはアーデアからの呼び出しで目を覚ました。火急の要件とある。
超空間通信をつなげると、母の一人、アーデア王国摂政のフーリコ・ウストにつながった。
「テコ」
「フーリコ…お母様、火急の要件とはなんです?」
「ルキメデ王が崩御されたわ」
「な、急ですね。予想ではもう少し…」
「国葬は2ヶ月後の冬のいりに合わせて行います。間に合う?」
「承知しました。間に合わせます」
えらいこっちゃ。地球からも葬列者を呼ばないと…。ああ、帝国中心部にいる草里公仁とハルとキリを呼び寄せれば十分ね。
「お母様の即位式は?」
「あなたの都合を考えて、同時に行います。私、優しいでしょ」
「…はい。とっても」
あ、なにか企んでる。
「さて、恩を売ったところで、一つ頼まれてほしい」
そらきた。
「何でしょう?」
「私が王になるうえで、変化がほしい。で、地球と同盟を結びたい。テコが考えてることの一部を前倒しするだけだ。できるでしょ」
「簡単に言いますけど…統一府のないこの星に…」
「今の地球防衛軍に政治的決裁権をある程度持たせれば成立する。頑張って。準備ができたら教えてね」
「フーリコ…」
「お母様ね。それと、閣下って呼んだらだめよ」
モニター越しのフーリコが小首をかしげる。可愛く見えるが300歳超えだ。
「もともと、そんな計画でしょ。戦艦100隻引き連れて制圧しようってわけじゃないんだから、よろしくね」
「わかりました。詳しくは即位式の際に」
テコは通信を切る。
「ユナイテッド フェデレーション オブ プラネット・アース&アーデア」
六花に聞いた、山桜桃の子が言っていたという、近未来の惑星連邦の名前を口に出してみる。テコに地球を侵略する気はないか、六花が冗談めかして聞いてきた時の会話で出てきた。
「長いな」
でも、他に言いようもないか。

Episode-7に続く。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?