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ARIEL-E episode-0 そして世界は変わった。

この物語は笹本祐一先生著の名作SF「ARIEL」の原作最終盤からつながる世界を妄想したものです。きっかけは先ごろ発売されたプラモデル。これをオリジナルではなく新型エリアルとして作った際に、付随する物語も考えました。それがこれです。

CHAPTER-0 発足式前日

足音のリズムは人によって違う。
ここに来てからの1年で、聞き分けができるようになった気がする。
近づいてくる音。規則正しくもたまに床をする音が混ざる。
これはきっと来海透子先生。
ベッドの上で上体を起こし、昨日、激しく戦った頭痛の残滓がほぼなくなったのをゆっくり頭を左右に倒して確認。
六羽田六花はTシャツ短パンの部屋着のままベッドからワークチェアに移動する。
と、同時にココンっと軽いノックの後、ドアが開く。栗色のボブカットをフワッとさせて小柄な白衣がドア前に現れた。
透子さん、正解。勉強机に向かっていた六羽田六花は座面を回して透子を迎えた。

来海透子

六花がベッドで寝ていると思っていた透子は、一旦部屋の隅に送った目線を正面の彼女に合わせる。
チェアにちょこんと座る華奢な姿をみてホッとする。元気になってよかった。六花の苦しむ姿は正直痛々しくて見ていられない。こっちも辛い。
「せんせ」
「体調はどう?」
「今日はわりと平気」
「明日行けそうかな?」
「たぶん大丈夫」
「よかった。明日の式の話をしておくわ。明日は9時にここを出発して基地に向かいます。
式が終わったら午後、一緒に学校に行きます。入校手続きと見学ね」
六花が頷くのを見届け手に持っていたクリアホルダーを差し出す。
「今更だけど、学校関連の書類。一応、目を通しておいて」
「わかった。学校、一緒に行ってくれるのは嬉しい」
「素直でよろしい」
ホルダーを受け取り中身をパラパラ見ている六花を観察しつつ透子は言葉を続ける。
「じゃ、格納庫前に8時で。防衛軍の制服を着てきてね。高校のは持参。朝電話しよか?」
「大丈夫」
軽く手を振って微笑む透子の視線がドアに隠れ、パタンと閉じた。
同じ足音が遠ざかっていく。電話かメッセージで済むことなのに、透子が顔を見にきたことで自分の不調を思い出す。大事をとって今日は勉強を休んだけど、体調はそこそこ普通。
富士の樹海にある国立の巨大研究機関SCEBAI職員宿舎の一室。ベッドと小さな机、大きな窓のある部屋。主治医で身元引受人の透子からのオファーを受けて、六花はここで1年ほど治療と勉強、そしてとある訓練を受けてきた。明日ここを出て、新しい生活を始める。
大半の荷物はすでに新天地へ。今は大小2つの鞄、壁にかけてある2着の制服だけ。備え付けの白いカーテンが窓からの光を拡散するこの部屋から富士山は見えない。
午後3時過ぎ、六花はぼうっと窓を見上げる時間を再開した。

CHAPTER1 六羽田六花 13歳 ぽぽちゃんとロッタ

地球が銀河帝国に加わって約3年。
2度目の維新とか、文明開花第二弾とお祭り騒ぎは落ち着いて、世の中は積極的に宇宙へ出ていく人とこれまでの生活を守る人にくっきりと別れた。
異国の文化を感じるとか、不便を楽しむ今までの旅行とは違う。
翻訳機で言葉は通じるが「原始人、宇宙に行く」という途方もない旅。
「原始人だからこそ」という思いで貪欲に新しい知識を得るために多くの人が旅立ち、2年経過するころ、ポツポツと戻ってきて新事業を始める人が現れだす。
宇宙を受け入れた人はどんどん新しいことを始め、そうでない人には変わり映えのない日常という格差が生まれつつある。
とはいえ、海外旅行の移動にかかる時間は大幅に減り、ちょっとお金があれば月まで行けるツアーが日常に加わり、いつものように学校に行って勉強し、帰りに甘いもの食べて帰る日々もちゃんとある。
今はそんな時。
「隣で買ってる人が宇宙人かもしれないけどね」
出ていく人がいるように、入ってくる人もいる。知らない世界の扉が開いたことを六花は実感していた。3年前は死ぬと思っていたのに。

六羽田六花は「神の国サバイバー」ととある界隈で呼ばれている。
突然宇宙人が現れて、テレビで侵略宣言し怪獣が現れたりしたものの、3年前の降伏勧告受諾まで、各国政府は侵略企業に降伏勧告を無視し続けていた。あまりの戦力差にどうすることもできないから、各国は「なにもしない」を選んだわけだ。
ただ、圧倒的な差があっても行動を起こそうという集団はいた。ずっと燻り続けていた彼らの思いは、とある情報で一気に燃え上がる。
当時、SCEBAIのエリアルというロボットだけが唯一侵略者と戦っていた。戦えたというのが正しいらしい。
そのエリアルが水爆を敵艦内で起爆し撃退したというのだ。
「宇宙人の船でも中で核を使えば勝てる」
具体的な方法がわかると、侵略者への反抗計画が瞬く間に現実化していった。宇宙人が来た時から水面化で準備に近いことは行われていたと透子に聞いたことがある。きっかけを得て計画は速度を上げながら進行していく。
計画を進めたグループの名は「神の国」 それは世界的な宗教団体の名。
国は違えど同じ教えを学ぶ者が一つの目的に対して団結というと聞こえはいいが、侵略者を力で押し返したい人たちが、宗教という接着剤で、これ幸いと集まった組織だったと、これも透子から聞いた。
宗教団体「神の国」自体は侵略者来訪以前から存在し、日本を中心にアジアからヨーロッパにまで信者がいる大きな団体。教祖はすでに死亡しており、世界三大宗教をうまく取り込んだ経典をベースに幹部の合議制で運営がされていた。様々な手を使って各国の政治家とのパイプを構築し、カルトとして排除されるのを防いでいる。このパイプが生きて反抗計画には政治家、学者、兵器メーカーが参加しており、資金も潤沢にある反抗計画には当時最高の技術が注ぎ込まれた。
計画はこう。小型の宇宙船にエリアルが使ったのと同規模の水爆4発をくくりつけ、宇宙に飛ばす。弾道弾用の迎撃ミサイルをベースとする宇宙船の高い機動性を使って敵艦内に飛び込む。
もしくは救難信号を出しながら近づき、保護され艦内に入ったところで起爆する。
一応、平和と愛の宗教なの教義上、特攻はできない。立派な脱出システムを付ける予定だが、使ったところで爆圧から逃れられないのは明白だった。
まともに接近して機動力だけで敵艦に突入する成功率はかなり低い。でも文明レベルが高い宇宙人であれば、パイロットが子どもで「助けてほしい」と言えば保護するに違いない。保護されたのち隙をついて艦内深くに飛び混んで起爆すれば効果が高い。この計画は、持てる技術で侵略者にダメージを高い確率で与えられる方法だと賛同者は狂喜したらしい。とりまとめは神の国日本本部が行った。彼らには計画の一番難しい部分を実現できたからだ。それはパイロットの用意。
子どもを計画に差し出せば、教団内での地位が上がる。それだけで充分。
日本を中心に多くの子どもが差し出された。
六花の両親も同じだった。別れ際に彼らは言った。
神の子として地球を救ってほしい。私たちの誇り。
いつまでも愛している。
教団のためなら何でもする両親をただ見てるだけになったのは、いつだっただろう?
他の子のように一緒にテーマパークで遊んだり、湖畔でキャンプする一家団欒はもう諦めた。一人暮らしが早くできるように頑張るだけ。そんなさなかに六花は計画に参加させられた。六花は自分の立場をわきまえているつもりだったから、素直にそれに従い、この場所にやってきた。
瀬戸内海にある教団の島。海辺でのレジャーを兼ねた研修や会合が行われる施設で、何度か来たことがある。島丸々教団施設なので、邪魔は入らない。
島施設と呼ばれるここに20人ほどの子供が集められた。選考の末選ばれた子どもらしい。
年齢は12歳位から17歳くらい。男女比は半々。
そこにいたのは今までの会合で見知った顔だった。親から突き放された絶望、宇宙船に乗れる期待。それぞれ何かを思っているように見える。
でもどれも持たず13歳の六花はそこにいた。平気なつもりなのにずっと手が震えている。
「大丈夫よ。ロッタ」
そういって六花の手を握り自分の胸元にきゅっと抱きしめたのが
17歳の神城千保だった。

千保

千保とは親に連れて行かれた宗教団体の集まりの時、託児スペースであったのが最初。知り合ってもう6年になっていた。託児所で途方に暮れていた7歳の六花をこれでもかと抱っこしてあやしてくれたのが千保だった。六花にとっては、いい匂いがする綺麗で素敵なお姉ちゃん。やがて憧れの存在になり、今は心の支えになっている。とにかく、六花は千保が大好きだった。千保が六花をどう思っているかその時はよくわからなかったが、ことあるごとに千保も
「大好き」と言ってくれた。
それは紛れもない心の言葉だと知っている。

「ねえ、六羽田さん、ロッタちゃんって呼んでいい?」
六花のことはリッカと呼ぶ人がほとんどなのに、会合で会った時、手に託児所本棚にある絵本を持った千保がヘンテコなことを言い出した。
「ろった? ろくはた、だから?」
「そう。みんなは六花ちゃんってよぶでしょ。ロッタちゃんは私だけ」
千保はキラキラした笑顔で六花を見ている。持っている絵本のタイトルは「ロッタちゃんと自転車」そのせいなのかどうかわからないけど、千保が楽しそうなのはよくわかる。
「私と、ロッタちゃんだけの秘密の呼び名。かっこいいでしょ」
「うん。かっこいい。いいよ」
千保との秘密が持てるなら、全然悪くない。
彼女がちょっぴり頬を赤らめて話す声がとても気持ちいい。
「ロッタちゃんも、私のこと、秘密の呼び名で呼んでいいよ」
「秘密の呼び名?」
かみちゃん? しろさん? ちほりん? いろんな呼び方が浮かぶがピンとこないし、口に出すのが照れ臭い。思いつかないが…。
「ちーちゃん」
「ちーちゃん。ちーちゃんね。普通ね」
う。どうやら却下らしい。六花は考えた。ちがダメなら「ほ」でいくか。
「ほ、ぽ、ぽぽちゃん」
しりとりしてるみたい。と六花は自分にツッコミを入れたが、千保の反応は悪くなかった。
「ぽぽちゃん。他の人だとぶん殴ってるけど、ロッタに呼ばれると悪くないわね」
早くも「ちゃん」が消失した。ロッタとぽぽちゃんが、互いをかけがえのない存在だと認識した頃、宇宙人がやってきた。そして宇宙人への反抗計画のタマゴが生まれていた。
何度かの会合の後、二人は島で再会する。

六花はここで千保に会えるとは思っていなかった。千保の親はこの団体の主導的な幹部。自分のように親の出世欲から提供されることはないはず。
「違うの。幹部だからこそ。ただのプライド」
施設の広間、カーペットとソファ、テーブルセットが置いてある部屋。20人の子供がなんとなくグループを作って座っている中で、手頃なクッションの上に座って膝の上に六花を乗せた千保がそう呟く。間違いなく千保は六花よりこれからのことがわかってるようだった。
「ただ、私はやらなくちゃいけないことがあるから、来たの」
「やらなくちゃいけないこと?」
「一番大事なのはロッタを守ること。危ない目なんかに合わせない」
その声は、今まで聞いたことのない色を帯びている。
「きっと、もう少ししたら地球は宇宙人に降参する。それ以外に方法がないもの。その時が来たら、ここから出られる。それまでの間ここにいるしかないけど、とにかく私に任せておいて」
力強い言葉と裏腹に千保の笑顔はぎこちない。きっと自分の手の震えと同じ恐怖を感じている。それでも頑張ろうとしている千保に六花は今精一杯の気持ちを伝える。
「わかった。ぽぽちゃんと一緒だから、怖くないよ」
「ありがと。ロッタ」
「宇宙船に乗れるようにするって聞いたけど、本当かな?」
地球を救うってことはきっと宇宙人と宇宙船に乗って戦うのだろうなと六花は考えていた。
ロケットに乗せられるのだろうか?
「そうみたい。でも訓練をゆるーくやって。頑張っちゃダメよ」
「そんなことしたら、怒られない?」
「大丈夫よ。なんてったって私は上級顧問の娘だからね。誰にも文句を言わせない」
千保がぎゅっと六花を抱きしめてきた。千保の匂いに包まれる。
「大好きよ。ロッタ」
千保の目論見はそこまで外れてはいなかった。しかし、一つ誤算が生じる。
六花に機体操縦に対する高い適合性が発見されたのだ。

CHAPTER2-1 神城千保 17歳 母と

機体は完成していないし、宇宙で実験ができるわけではないので、訓練はシミュレーターで行われた。
既存の航空機操縦用のシミュレーターを改造したものが施設に2機搬入され、交代で訓練。
操縦桿を握るわけではない。専用のヘルメットをかぶって、行く先を念ずるとシミュレーターが反応した。脳波でコントロールするブレイン・マシン・インターフェイスBMIを導入して体の大きさ関係なく操縦できるようにしている。シミュレーターでやってる分には面白い。ロケットの打ち上げが繊細でちょっとしたことでうまくいかないのは知ってる。シミュレーターということもあるだろうけど、打ち上げから、侵略者の戦艦までいとも簡単に飛べてしまう。失敗しておしまい。というレベルじゃないかもしれない。
やってくれる。計画の技術レベルが想像を超えて高い。
六花は子どもたちの中でBMIシミュレーター機とのマッチングが良く、目的達成率が群を抜いて高い。大人たちも注目せざるをえない。
千保は焦った。

訓練を終えると、子どもたちは2人一部屋の宿舎に帰る。
ここに来た日、部屋割りは千保に委ねられた。六花は当然同室。
すーすーと寝息を立てて寝ている六花を見て、二人きりのうれしい時間なのに、焦りは底知れない不安に変わっていく。
千保はこれが死に至る道であることを知っている。
はっきりと両親に言われたのだ。この計画の目的を。
地球を守るため、悪辣な侵略者に自らの犠牲で一矢報いる。それが子どもであれば皆の賞賛が集まり、今のこう着状態が崩れる。たとえ侵略者を撃退できなくてもいい。
そう。風さえ吹けば。
ひと月ほど前、千保は母から連絡を受けた。
島施設を見下ろす本州側の山の上にある教団の日本本部。その奥にある上級幹部の母専用執務室に来いという。
突然父と共に自宅に帰らず、教団本部で暮らすと告げて半年。
千保は宇宙人への反抗計画を打ち明けられ、協力を求められた。
計画名「神の子ども」
教団有志の子どもをパイロットに訓練し爆弾を運ばせる。
これ以上に荒唐無稽で酷い話があるだろうか? 千保は母を軽蔑した。
「風さえ吹けばって、こんなことして、なんになるの!」
ここの大人はそこまで追い込まれていたのか。こんなことを考えつくまで。
ほとんどの人が変わらない日常を過ごしているのに、何がこの人たちを追いつめたのだろう? 
あり得ないものを見る千保に対して、母は微笑みを浮かべている。
信者から慕われる慈悲深い笑みとかいうやつだ。千保は大嫌いだった。
「どうしてって? 私たちは、侵略者に抵抗しなくてはいけないわ。地球人として毅然として。誇りを持って。それが神より与えられた試練への私たちのあり方よ。それをただ無視し続ける、今の状態こそ醜態なのよ。あなただってわかるはず。信仰を持たない汚い連中が動かす今を変えることが必要だって。賛同者は世界中にいるわ。素晴らしい考えが集まってカタチになろうとしてる。こちらには技術も資金も人もある。この計画で私たちが世界を主導して、侵略者と対等の立場で相対するの。今の国連じゃとても無理」
「対等の立場って、状況理解してるの? 向こうがその気になれば地球なんてまっさらにできるんでしょ」
「その気なら、もうしてるわよ。侵略者が地球の無視に付き合ってる理由ってなんだと思う? 戦争しないで地球を手に入れたいからよ。無条件降伏。とにかく無傷で降参させたい」
母の表情がキリキリと吊り上がっていく。
「この計画が成功すれば、私たちを侮れない存在と思うでしょう。交渉は少しでも有利な条件がいるわ。侵略者は子どもと知って撃墜するのかしらね。もうやめろって言ってくるかしらね」
また微笑みが戻る。
「それに交渉窓口は国連になるのかしら? でもこの計画で地球の交渉窓口は私たちになる。反抗というカタチで私たちは意思を示す。私たちを差し置いて侵略者と交渉はできないわ。だって、他と話したって、子どもたちの抵抗は無くならない。私たちを交渉窓口にすれば抵抗は止まる。宇宙人はどっちを選ぶかしらね」
「それって、ただ世界の代表になりたいだけじゃない。宇宙人使って、子どもの犠牲も使って、世界征服するつもりなの?」
「もとよりそれが私たちの使命。神のお考えを世界中に広め、一つの世界を構築する。宇宙人、何もしない地球人、両方浄化する。神の子どもたちの力を使って。
時は来たのよ。千保には集めた子どもたちを導いてほしい。あなたは慕われているからできるわよね」
「こんな馬鹿げたことにみんなを巻き込めっていうの? 私がみんなを死にに行かせるのと同じゃない! ふざけないで。絶対やらない」
「そう。でもあなたの好きな六羽田さんの娘も候補になったわよ。あなたが来ないなら彼女は、どうなるのかしらね?」
体験したことのないレベルの感情が体を駆け巡る。
一度強く握りしめた拳から力を抜く。
千保はゆっくりと言葉を吐き出した。
「わかりました」
その答えに母が満足そうな笑顔で答えた。

島施設は船でしか出入りができず、職員用の定期船は出るが、集められた子どもたちは、船着場に入れてもらえないらしい。
島から出られず、何人もの子が船着場から泣きながら千保に相談に来た。
「千保ちゃんに聞けって言われた。帰れないの?」
「もう少し、頑張って。もうちょっとで終わるって聞いてるから」
としか、千保は答えられない。ふざけやがって。私のせいみたいじゃんか。
しかし、大人たちは本気。島から出す気はないが、施設内での子供達への待遇は万全。「神の子ども」として徹底してケアされるのが一つ救いだ。でも、このまま計画が進めば誰かが犠牲になる。今、最も可能性が高いのが六花。
こんなことのためにロッタを奪われるとか、ありえない。
計画ごと潰してロッタを、子どもたちを守るんだ。
千保も努力をして成績を上げた。六花は多分まだ本領を発揮していない。だから今はまだ追いつける。
二人の成績が抜きん出たころ、あんなに外に出さないようにしていたのに、子どもの数が減り始めた。母に聞くと適正のない子を返していると言っていたが、部屋ごと2名が一度にいなくなる。他の子に聞いても、何も告げずにある朝、部屋にいない状態だという。
計画を潰すつもりだったのに、なにかする前に状況が変化していく。心地の悪いこの感覚を無力感っていうのかな? そんな時、悪いとは思いつつも、千保は六花に抱きついた。戸惑いつつも頭を撫でてくれる六花。所謂共依存って存在だとわかってる。私たちには他に誰もいないのだから。

CHAPTER2-2 神城千保 17歳 ナノドライブ

子どもの数が半分になったある日、4人の子が朝食に現れなかった。
「どうしたんだろう? 部屋には荷物や着替えもあるって」
今までの帰された子とは違う。六花が心配そうにつぶやく。今回は部屋割りに関係ない。同室の子に聞くと夕食後に彼らだけ呼び出されたという。
千保は、集められた子どもたちのまとめ役。立場を利用することにした。食事に来ない子がいれば、様子を知る必要がある。
この施設に子どもを集めることは、表向きには「教団経営の学校に転校」となっている。義務教育課程の子が多いので、そっちから調査が入らないようにするためだ。実際、訓練の合間には普通に授業が組まれている。
朝食後、教室に向かう六花を手を振って見送る。彼女は中学。千保は高校。カリキュラムが違うので六花と離れてしまう。何も起きないことを祈って、千保は食堂へ戻った。
そこにいたのは食事や居室の管理など、子どもの世話係をしている教団員のおじさん。今回の計画でこの施設に来て、初めて見る人。見た目40歳前後、日が浅いのか確か教団内での地位は下から数えた方が早いレベルだったはず。背が高く、姿勢がシャンとしているのに、表情が暗い。
これまでまともに話したことはなかったが、朝食に来ない子の分の食器を片付ける彼に、千保は正面から聞いた。階級のある教団だから、強く出れば教えてくれるかも。なめられないようにその目を睨みつける。内心の恐怖が出なければいいけど。
大人は怖い。
「この子、どこへ行ったか聞いてない? 部屋にもいなくて。母に報告しなくてはいけないの」
「病室にいる。医務室じゃなく病院の方」
彼は千保から目線を外し顔を伏せて答えた。意外なほど早い答に驚いている千保におじさんはつぶやく。
「私から聞いたことは千賀子様には言わないでください」
「もちろん。心配しないで」
千賀子は母の名。
大幹部の娘に聞かれれば答えないと。でもあとから「なぜしゃべった?」と責められても困る。母との仲がよろしくないのは教団員はだいたい知ってる。彼にしてみれば嫌な板挟みだ。
「あの子も反抗期なので」と母は笑っていたそうだが。

島施設の宿泊棟から病院棟に行くには、セキュリティカードで開けるドアがある。単純に棟を分けてるドアで、遠回りになるが、病院の玄関ならカードなしに入れる。カードは母から渡されているが、使うと確実に知られる。行動を知られるのは面白くないが、今は気にしてる場合じゃないか。
千保がカードをリーダーに通すと、軽い電子音がして金属のドアが横にスライドする。
病院棟は総会など規模の大きいイベント時に使用される他、一定以上のレベルにある教団員だけが使える、 要はVIP用の病院だ。それでもこの計画のために入院患者が別の病院に移されたと聞く。ここでも教団の計画への入れ込み度がわかる。今は子どもたちのケアのため、数名の医療スタッフがいる。
明るいけど、何もない廊下の先にドアが並んでいる。このエリアにいる人の数が少ないからか誰もいない。先に進むと一つだけスライド式のドアが開いてる部屋があるを見つけた。人の気配はある。
千保が部屋をのぞくと、カーテンで仕切られた区画が4つ。
「誰かいる?」
「千保か?」
一番奥の区画から声がする。快適な温度、清潔な匂い。波の音が聞こえるのは窓が開いているからか。仕切りのカーテンを少しずらすと、見知った顔がベッドに身体を起こして千保を見た。
名前は晴人。16歳、男の子では最年長。
後頭部に大きな絆創膏のようなパッチを貼っている。
「晴人、どうしたのそれ?」
晴人はじっと千保を見つめる
「あんたはまだやられてないのか?」
「やられるって」
「夕飯の後、オレたち4人集められて。宇宙酔いを起こさない薬を注入するからって、ケーキとか食べて待ってたら寝ちゃって、気づいたらここにいた。どうやら寝ている間に注射されたっぽい」
「なにそれ」
「そのままだよ。朝イチで訓練させられたんだけど、なんか色々見えるようになってて。成績が普通にやっても六花レベルまでいくんだ。」
「すごいじゃない、で、見えるって?」
「訓練機に乗ると目のでみる範囲以外の何かも見えてる気がする。下とか後ろとか。あと、これは訓練関係ないけど、やられたやつと話ができる」
晴人が淡々と自分の状況を伝えてくる。彼も親に反抗して家庭を壊すことなく、なるべく早く独り立ちをと考えるタイプの同じ神の国二世。耐えるのに慣れた真の強い子。
「話できる? それって」
さっき彼が千保を見つめていたシーンを思い出す。
「オレとキリだと、相手に頭の中で話をすると伝わる」
「小霧と?」
晴人が向いの区画を見つめる。
と、人の動く音がしてカーテンが開き、晴人と同い年の女の子がでてきた。名前は小霧。
小霧が晴人の話を肯定するため、千保を見て頷く。
「テレパシーってこと? 他の子も使えるの?」
「起きているやつだけだ。脳みそのコントロールができないと混乱する。和馬たち小さい子たちは聞こえすぎて、見えすぎてどうしょうもならなくなったから、薬で寝てる。看護師さんに寝せてもらった」
反応のないほか二つの区画に小学生二人が寝てるみたい。
感覚を強化する手術。何かを入れたって言ってたな。どんな技術を使うと注射一本で人の感覚を鋭くできるのだろう? 覚醒剤の類かと思ったけど、テレパシーの説明ができない。
「テレパシーが使えるってことは、大人には言ってない」
晴人がいう。
「あんたがなるべく『できない』ことにしろって言ったからな」
「そうね。ありがとう」
「その割に六花と成績あげて、なにしてんだ?」
「ろっ 六花の才能、みたい」
「ふーん、何にしてもこれ、疲れるんだ。ちょうどいいから、アタマ痛いって戻ってきた」
「そう。ありがとう。また来る」
「千保も気をつけてね」
小霧が小さく手を振る。病室をでて、千保は早足になっていた。
これだけのことしておいて、口止めはしていない。島の中に閉じ込められた状態で隠すこともないってことか。現状、何かされた子たちの容態は悪くない。でも、危険なところまで進んでしまったかも知れない。
「今の会話聞かれたかな」
テレパシーはきっと武器になる。隠しておきたい。
ここに集められた子どもたちはみんな、千保や六花と同じく親に対して批判的な目を持っている。会合でそんな子たちだけ集まって話していたいわば仲間が選抜されてる。この計画に際して、日頃折り合いの悪い子どもを差し出して自分の順位があがるなら、一挙両得とでも親たちは考えたのだろうか?
計画に従順に従うつもりのない子どもたちを、ここの大人そして計画を遂行する権力を持った大人がどうするか。頭に何かを仕込む連中のこと、先が怖い。これ以上何もしてほしくない。
不安になると六花と一緒にいたくなる。そろそろ1時限目が終わって部屋に戻る時間のはず。メッセージを送ったが既読にならない。気になって千保が六花との部屋に向かおうとした時、スマホが鳴った。
「千保、知らせておきたいことがあるの」
母からだった。島は本部から見える。のぞかれている気がしてならない。

「なに?」
「いよいよ、宇宙船の初号機が完成したの。明日にはそこに届くわ」
「完成? いつの間に、どこで作って…」
「協力企業の工場でしっかり作ってもらったわ。どこの国でも作れない、最新技術の塊。そこでエンジンの燃焼実験をして、調整したらいよいよ実戦。本当は10機一度に飛ばしたかったんだけど、先に降伏しちゃたら意味ないから、この1機で計画を実行する」
「エンジンの燃焼実験? ここでそんなことできるの?」
「準備は1年前に済ませてあるわ。あななたちは最後のピース。これで揃った。六羽田さんの娘にもナノドライブを投与したから、私たち本当に勝てるかも知れないわね」
母の声は弾んでいる。ちょっと待って、ナノドライブってなに? さっきの晴人と小霧の姿がフラッシュバックする。
「ナノドライブ? 六花になにをしたの?」
既読にならないメッセージの表示。やられた。
何があっても守るって約束したのに。
「他の子に投与して大丈夫だと確認したわ。あなたも見たでしょ。心配しなくていいわ」
やっぱり動きを把握されていたか。
「これであの子は空間把握能力、反応速度どれを取っても、軍のベテランパイロットを大きく凌ぐ能力を持つ。もともと才能がある子なのでしょう? 無駄にはできないわ。あの子は今、人類最高のパイロット。もうあなたが頑張っても無理よ。初号機のパイロットは六羽田さんの娘で行くわ。喜んで。あなたの役目ももう終わるわね」
千保は晴人たちがいた病室に駆けもどった。

病室に六花の姿はない。
10分しないうちに千保が駆け込んできて、晴人がベッドから起き上がる。
「どうした千保?」
「六花、見てない?」
カーテンが開いて小霧も出てくる。
「千保が行ってから誰も来てないけど、いないの?」
彼らと同じことをしているのなら、まだ処置中だろうか?
「晴人、それってどこでうけたの?」
千保は自分の後頭部を指差しながら訊く
「下の診察室だったぞ。六花連れて行かれたのか?」
「まだ、わかんない。行ってみる」
千保が再び駆ける。階段を下って3つ診察室が並ぶ病院ロビーに。ここにも誰もいない。どこにいるかはわからないが、全部開ければいいこと。診察室1 のスライドドアを開く。
「六花!」
白衣を着た男2名の間に処置用の椅子に座った六花。背もたれにお腹をつける逆向き座りの状態でぐったりしている。
駆け寄って六花を抱き抱えようとした千保を制するように
「おや、千保様」
丸い白髪頭が現れた。
「佳代子先生…」
是間佳代子女医。千保が小さい頃からお世話になっている馴染みのお医者さん。いつもは教団本部近くのでかい病院にいたはずだ。
「もう終わりますからね。あと消毒してパッチを貼れば」
「なにしたの?」
「千賀子様からお聞きでしょう」
白髪の女医は普段の診察時と変わらない笑顔。麻酔が効いているのか六花は目を閉じて、ただ眠っているよう。顔色は悪くない。佳代子女医に貼られた大きな絆創膏が冗談に見える。
「ロッタ…」
こういうことから、守りたかったのに。そのために来たのに。
千保はどこまでも黒い穴に落ちていくような感覚に意識が朦朧としていくの感じた。だめだ。ここで止まるな。六花はここにいるんだから。あと、私にできることは…。

千保は視線を佳代子女医に向ける
「それ、私にもやって」
「なにをおっしゃいます? 千保様にはいりませんよ」
あからさまに狼狽する。こんな姿は見たことがない。
「私とその子のコントロール技術は同じくらいよ。その子に何かあったらどうする? 代わりになる子はいないわ。同じレベルで操縦できるのは私だけよ」
「でも千賀子様が…」
「母の計画を確実にするためよ。あの人は止めないわ」
「そうもうされましても」
渋っている女医を制するように
「いいではありませんか。ご本人が希望なのですから」
診察室の奥、診察機材が多々おいてある部屋から長身の男が現れた。頭にターバンのような布を巻き、アイボリーの無地で複雑に布が重なった民族衣装のような服を着ている。
一目で日本人じゃないってわかる顔だ。かなり彫りが深い。どこの国の人か千保は思いつかなかった。でも、似た雰囲気を見た気もする。
「千賀子様のお嬢様ですね。初めまして。本計画で技術面の顧問を仰せつかっております、ケルカリア社のオリヒト・ヒルバーと申します。オリヒトとお呼びください」
澱みない日本語。和かな笑顔で千保に近づく。
「おっとその前に、みなさんそのお嬢さんはもう大丈夫ですよ。寝かせてあげてください」
オリヒトの登場で固まっていた白衣たちが六花をストレッチャーに乗せる。六花の処置をしていた頭を乗せる台のついた椅子が空く。
千保にはそれが禍々しく見えて仕方ない。
「当社のナノドライブにご興味を持っていただき、恐縮です。これは最新のナノテクノロジーを用いて、人の感覚領域を広げる画期的なシステムです」
笑顔のオリヒトを見ていると背筋がすっと冷えるのをかんじる。この人なんか怖い。
「ここでは本計画でお披露目となりましたが、我が社では数万の治験を繰り返して安全を確認しております。ご安心ください」
オリヒトに促されて千保は処置用の椅子に座る。六花と同じになるんだ。この思いを支えにしないと心が折れそう。
「あ、頭をクッションにつけてくださいまし」
オリヒトが下がり、佳代子女医が前に出たようだ。後ろの様子は見えないが、千保は言われた通りドーナツ型のクッションに頭をつける。佳代子女医がオドオドしながら千保の後頭部の髪の毛をかき分ける。ヒヤッとしたのはアルコール消毒か。ゴムっぽい感触が後頭部に押しつけられる感覚がすると、何かが入ってきた。それは一瞬の感覚の後、消えた。
「終わりました。千保様」
でっかい絆創膏をはる。佳代子女医の手元を見ると筒状の小さなカプセルが握られている。あれがナノドライブの注入機。大きさからすると注入量はほんのわずかだと思う。
「2時間くらい貼ったままにしておいてください」
そう告げると、丸い白髪の女医はそそくさと診察室から出ていく。
「いかがです? 痛みも違和感ないでしょう」
頭を起こした千保の視界にオリヒトが入る。相変わらず愛想のいい笑顔でこっちを見てる。確かに違和感はない。今のところ、変化もない。これからどうなるんだろう? 
「このあとは?」
「ナノドライブが定着してシステムを構築するまで少し時間をいただきます。他の方は寝ている間に注入しましたが、千保様は起きてますので、軽く眩暈が出るかもしれません。こちらのお嬢さんとお部屋に帰って、本日はゆっくりお休みください。あす、シミュレーターで効果測定いたしましょう」
オリヒトが千保の手を恭しくとって立たせる。ストレッチャーがもう一つ運ばれてきた。
「いらない。歩ける」
六花のストレッチャーを押す白衣の男に視線を送って促し、千保は診察室の出口へ歩みを進める。
「なにかありましたら、お呼びください」
オリヒトの声は明るいが、怖い。早くここから部屋に戻りたい。

ストレッチャーに寄り添いながら、病院を歩く。六花はいつもと同じ寝顔でおかしな様子はない。
廊下を進むと晴人たちの病室からシーツの束を洗濯カーゴに入れた看護師が出てきて、千保を見かけてペコっと会釈する。
「晴人たちは?」
千保の問いに
「お部屋に戻りましたよ。経過問題ありませんので」
看護師は千保の絆創膏に気付いた。ふっと表情が変わったが、すぐ笑顔を取り戻す。
「千保様は大丈夫ですか?」
「ええ。あのケルカリア社のオリヒトって、どこの人? なにか知ってる?」
「今回の計画でとても重要な技術を用意した企業の方って聞いてますよ。 どこの国の方かは知らないんですけど、けっこうイケメンですよねえ」
「そう?そうね。そういえば侵略してきたあの宇宙人艦長に雰囲気似てる気しない?」
「ああ、そうか、ハウザー艦長でしたっけ。それでどっかで見た感じしたんだ〜」
それじゃどうもとまた会釈して看護師は洗濯カーゴと一緒に廊下の奥へ消えた。自分で言って思い出した。テレビに映っていた侵略者の宇宙人に近さを感じる。顔の作りというわけではないが、雰囲気?
島に来て明らかに日本人でない大人を見たのはオリヒトが初めて。世界規模の企みの割に教団関係しかいない。
それを統括してるのが母というのもなんか怖い。

ストレッチャーから部屋のベッドに六花を移すのは白衣の男の手を借りておく。落とすといけないから。
「ありがとう。あとはやっておきます。そう、昼食は部屋に運んでください。彼女寝てるし、食べるかどうかわからないから、軽めで」
「わかりました」
白衣が退室する。
六花が寝てるベッドに腰掛けてその髪を触る
「ねえロッタ、これからどうなるのかな」
母は宇宙船の実機が間も無く届くと言った。
オリヒトの存在から考えると、きっと宇宙船も半端なものではないんだろう。母に勝てると言わせるほどの。
とにかくそれに六花を乗せないこと。これが最低限の目標。
「私が乗って壊しちゃったら、計画は止まるかな」
六花の横にそっと身体をすべり込ませて、添い寝する。
「よく寝てるなあ」
頭の絆創膏がなければ、いつもの六花の寝顔。寝たら絆創膏が消える気がして千保は目を閉じた。

(ぽぽちゃん、ぽぽちゃん起きてる?)
六花の夢を見てる。二人だけで教団施設から抜け出し、逃避行
誰の邪魔も入らない。二人だけの世界で暮らすの。
すると空を覆う巨大なUFOが現れ、眩い閃光を放つ。
地球が壊れていく。六花がくずれていく。いやだ。せっかく逃げたのに。
(ぽぽちゃん、ぽぽちゃん)
頭の中に六花の声が響く。六花だったものを手ですくうと指の間からポロポロとこぼれて消える。ごめんロッタ。結局助けられなかった。
(ぽぽちゃん、聞こえてる? 大丈夫?)
「ごめん!ロッタ!」
千保は跳ね起きた。視界が像を結ぶ。
ベッド、運ばれてきていた昼食のワゴン、そして驚愕している六花。
「ロッタ」
(だ、大丈夫? ぽぽちゃん。すごくうなされてたけど)
「大丈夫。大丈夫よ」
軽く頭を振って、悪夢を振り払う。まだ、頭の中で声が響く気がする。
(怖い夢見た?)
「そうね。世界がUFOにって…」
六花の声が頭の中で聞こえる。彼女は口を動かしていない。驚いた千保を見ていたずらっぽく笑っている。そうかこれが晴人たちが言ってた話せるってやつ。テレパシーってこんな感じなんだ。
「テレパシー、もうできるのね。どうやるの?」
「頭に言葉を思って、届け〜って投げる感じ?」
六花のこの手の機械に対する適合性の高さはとんでもない。私も負けてはいられない。千保は六花を見つめ言葉を飛ばすイメージを浮かべる。こんなふうで良いのかな?
「聞こえた?」
「まだ」
もう一度言葉を浮かべて今度は目を閉じて、そばに立つ六花のイメージに差し出す。頭の中で言葉が線になって六花に届くイメージが見えた。
(…大好き)
(!…私もだよぽぽちゃん)
目を開けるとてれてれの六花。言葉として出すのには照れくさくても、思ったことが伝わると、制限がない。
「こういう感じか」
スマホの機能が頭の中でできてしまう感覚。今の技術ならできないことはなさそうだけど、オリヒトのケルカリアという会社はこの技術をどう開発したんだろう。こんな簡単に人を超能力者にするとか、本当なら有名になっていそうなのに。
(ロッタ、寝てたのに、いつの間に? どこに行ってたの?)
(起きたら、ぽぽちゃんよく寝てて、ちょうど晴くんやキリちゃんが呼んでたから、起こさずにいってきました。見て)
六花がくるっと回ると後頭部に青いリボン。
「疲れてきたから普通に話すね。このナノドライブっていうの? 晴くんの話だと、この位置に宇宙船と通信するケーブルがつくんだって。そうなるとここだけ地肌が見えてカッコ悪いみたい。」
「そうなんだ」
よく気がつくな~。あいつ。小霧ばっかり見てるからかな。あ、逆かも。
「でキリちゃんのアイデアでリボンつくてみました! くっつけるだけ」
六花が後頭部のリボンを外して、またつける。頭なのにばちと音かしてリボンが止まった。
「どういう仕掛けなの?」
「よくわからないんだけど、お部屋で晴くんが頭に下敷きがくっついたの見て、キリちゃんが思いついたの。でね、さっきまで二人でつくってたんだ。それで」
六花が白いリボンを差し出す。そういえば六花は左手を身体の後ろにして、見えないようにしてた。リボンは上質の布を使ってあり、窓からの光に艷やかに光る。
「ぽぽちゃん用のも作りました〜。六花が作ったんだよ」
大きめで2ほんの「たれ」が長い。結び目に手作り感あるけど、綺麗なリボン。基部にプラスチックっぽい板が付いている。
「ここでクリスマス会やったときの残りリボンなんだけど、綺麗だったから。ぽぽちゃん髪が長いから、似合うように長くしたよ。制服のリボンとお揃いの白だから学校行く時も使える」
千保の通う、教団運営大学附属高校の制服は黒いセーラー服に白いリボンを結ぶ。六花と会うとき着ていたこと何度かあったな。この先、袖を通すことがあるんだろうか。六花がここをでた後のことを考えてるのがなんだか嬉しい。六花が一歩近づく。
「つけたげる」
「そう?」
ベッドに座ったまま体を捩って、後頭部を六花に向ける。
カチっと固いものが触れる音がしてリボンが千保の頭にくっついた。痛みとか、痒みはない。接触感のみ。
千保は六花に笑顔を返してベッドから立ち上がり、部屋の入り口にある姿見に自分を映す。その場にいなかったのに、千保の頭の大きさや髪のボリュームにちゃんと合ってる。かわいい。六花の手作りなのがたまらない。
後ろから鏡を覗き込む六花が映る。千保はふいむいて六花の両頬を両手でふわっと包み込む。
「ぽぽちゃ…」
千保が六花の目を見ると意識が彼女の中に滑り込んでいく感覚がする。その先にほわっとした輪郭の六花が見えた。両手を伸ばして幻のような六花を抱きしめる。自分の輪郭も曖昧で溶け合うように重なる。
「ひぐ」
六花の変な声で元に戻る。千保は両手で持っている六花の頬が真っ赤になっているのに気づいた。
「ごめん、気持ち悪かった?」
「そうじゃないの。なんだか身体の奥の方をさわさわされた感じで、くすぐったかった」
「そう、びっくりさせてごめん」
心を触ったと言えるのかな。すこしえっちなことをしてしまった気がして、自分の頬が赤くなるのを感じる。六花が力を抜いて千保にもたれかかってきた。後頭部のリボンが見える。
「不思議な感じ。こうしてるより、ぽぽちゃんが近かった」
「私たち、なんだか変な生き物になっちゃったね」
「ぽぽちゃんと同じだからいいよ」

「さっきハルくんたちが帰ったら、部屋からタモツくんとアゲハちゃん、いなくなってたって。荷物ごと。アゲハちゃんはキリちゃんに置き手紙書いてあって、急に家に帰ることになったって」
「そう」
タモツとアゲハはそれぞれ晴人と小霧の同室だった子だ。二人とも中学生。母はとりあえず1機飛ばすと言っていた。だから操縦成績の悪い子たちを置いておく必要がなくなったという判断だろうか。それともナノドライブの数の問題か。帰るところがあるなら無事帰っていて欲しい。願うしかできない。
六花と昼食をとり、あんまり暇なので自習をしたり、読書をしたりして午後を過ごす。本を読んでて六花が寝落ちすると、毛布をかけてあげつつ、千保は自分の机に向かった。目の前にスマホを置く。
昼以降、六花の見てない隙に何度か試して、ナノドライブでネットアクセスができることがわかった。しかも大半のキーワードでブロックされるページやその先のパソコンに保存している情報にアクセスできる。サイトマップから欲しい情報のあるページにロック画面を迂回して直接アクセスできるイメージ。ハッキングってこういう感じなのかな?
(ロック解除)
スリープが解かれ、ロック画面から待機画面に切り替わる。
(神の子ども調査)
スマホをデバイスとして、千保の意識がデータの海に飛ぶ。まるでARのように情報の塊が視界に現れる。ほとんどは同じ名前だが、この計画とは関係ない情報。
「神の子どもは一般的すぎるか」
検索語句に母の名 神城千賀子を加えたとき、一つのフォルダが浮かび上がった。場所は教団日本本部のある場所。間違いない。
「場所を覚えておかなくちゃ」
千保はファイルを漁る。ゲートのロックを解除すると、その後はとくにプロテクトはかかっていない。
「侵略者宇宙艦攻撃スケジュール。これだ」
一般的な文書ファイル。日本語と英語のバージョン。あまりに普通で千保は拍子抜けする。秘匿された世界的なプロジェクトでこのレベルなんだ。まあ、やりやすくていいけど。
データを神戸にある自宅の自分用PCにコピーしてオリジナルを改変する。

エンジン起動燃焼試験・担当パイロット:六羽田六花
六花の名前を自分に書き換える
担当パイロット:神城千保
変更事由:ナノドライブ投与後のパイロットレベルに変化。

データの切り替わりを明日の午後にして千保はアクセスを解いた。
「ふー」
使いやすすぎる。インターフェイスがわかりやすい。おそらくナノドライブにはこうした機能が元から備わっていたはず。ケルカリア社はこれを脳波コントロールを強化するデバイスとして教団に提供している。わざわざ多機能高性能なものを用意した理由はなんだろう? 子どもとはいえ、使いこなせば色々なことができる。この計画に反抗することだって…。
どれだけケルカリア社を調べても、ランディングページのみのWEBサイトに辿り着くのみ。ドバイに本社がある総合商社としか記載はない。日本での法人登録はなく、他国どころか本社所在地のドバイにも情報はない。
会社の住所となっているところはビルが立っているが、中にオフィスがあるかまではわからなかった。
千保は窓を開けた。夕焼け。海が茜色に染まる。
「ぽぽちゃん…」
「起きた?ロッタ、寒くない?」
ベッドから立ち上がった六花が千保の横に立って体を寄せてくる。今日の六花は甘えん坊モードだな。自分からナノドライブを受けて立った千保とは違い、眠らされて打たれた六花。明るくしてるけど不安なはず。
膝の上に彼女を座らせ手をつなぐ。寝起きの六花は暖かい。
愛おしい。そう思ったのはいつからだったろう? 
六花の親はガチガチの信者同士で結婚し、子連れ信者だけが参加できるサークルに出たくて六花を産んだと母から聞かされた。ああいう子をケアするのはあなたの役目ね。母は会合の託児所で立ちすくむ六花を見せて千保にそういった。小学生になに期待してやがると思ったが、六花は出会ったその日から千保に全力で好きをぶつけてきた。親の立場があって千保の周りにいる人からは打算の香りがするのに、六花にそれはない。
「千保ちゃん、大好き!」
会うたびに透き通るような笑顔で抱きついてくる六花。その瞬間が嬉しくてたまらない自分に気付いて、この気持ちを素直に六花に返すことにしてきた。親に使われるだけの宗教二世という同じ境遇はこの気持ちを加速させたかもしれない。
「そっか、会ってすぐだった」
「どうしたの?」
「なんでもない。そろそろご飯の時間ね、行こっか」

千保は六花と一緒にまず晴人と小霧を呼び出して先に食堂に行くよう伝えた。
「話したいことあるから、ゆっくり食べてて」
次に向かったのは晴人たちと一緒にナノドライブを受けて混乱していたという二人。六花と同じくらいの年齢だが、まだ小学生。
「ロッタ、二人の前でテレパシーは使わないで。これが影響してまた混乱すると良くないから」
「わかったよぽぽちゃん」
男の子、和馬と女の子、沙羅
二人は宿泊棟で一番大きな部屋に医療用ベッドを運び込み、ケアされている。ノックしてドアを開けるとベッドで二人とも食事をしていた。まず、食べれていることにホッとする。
「カズくん、サラちゃん、からだはどう?」
「お腹は空いて食べれるけど、まだ頭が痛い時が多いんだ」
和馬の声に元気はない。
「わかった。直してもらえるよう私からも言っておくわ」
沙羅の声はとにかく寂しそう。
「千保ちゃん、いつ帰れるの?」
「もう少しだと思うよ。もうちょっと頑張って」
この子たちには帰れる場所があるのだろうか? 考えるのはやめておこう。
六花が手を振って二人の部屋を出る。
現在、島にいるのはこの6人だけ。

4人で揃っての食事の後、お茶の時間。
「小霧、リボンよく思いついたね」
「下敷きで晴人の頭叩いたらくっついて。それも結構強く。それで思いついた。似合ってるよ千保。六花頑張ってた」
小霧は心の底から楽しそうに話す。小霧のリボンはワインレッドで、ヒラヒラしたギャザーがついているかわいい全開仕様。しかも似合っている。
「晴人もリボンなの?」
「ハルははちまき風」
小霧が晴人の頭をグリっとねじり後頭部を千保に見せる。長いタレが4つあるハチマキの結び目のような飾りがついている。
「いてえ」
「晴人のは当然キリちゃん製よね」
「そうだけど、なんだよ」
「なんでもないよ」
千保は笑った後、
(作戦会議する。みんなスマホとか窓とか見て、私から目を逸せて。バレないように。いい?)
皆がすっと視線を外す。若干わざとらしい。

晴人と小霧

(明日、宇宙船が届く。その後、エンジンの試験をするみたい)
(じゃあ、すぐに誰かが打ち上げられるってことか?)
返事をした晴人は机の上に置いたスマホを見つめたまま。
(その前に私が宇宙船をぶっ壊すわ)
ギョッとして全員が一瞬千保を見て、またそっぽを向く。
(面白いね。あなたたち)
(ぽ…どういうことなの? 千保ちゃん)
テレパシーでも言いかけちゃうんだ。六花かわいいなあ。
(明日のテストパイロットは私がやる。エンジンを暴走させて、中の施設にダメージを与えた後、宇宙船は海におとす)
(…できるの? そんなこと)
小霧は晴人に寄り添って机の上のスマホを見たまま。
(イメージ送るね。見えるかな)
千保は計画書へのアクセスで見た、島の見取り図を頭の引き出しから引っ張り出す。
(見えた。島の図だな)
(みえます)
(千保ちゃんOK)
島はこの宿泊棟、研修棟、病院棟と講堂、港と倉庫のエリアにわかれる。
(講堂が宇宙船用の施設に改造されてて、港から講堂に運ばれて、中で宙ぶらりん状態になる。そこでエンジンテスト。この時にエンジンや方向転換用のノズルを吹かして、中を飛び回る。そのまま180度回ると海だから回転して海へ。私は脱出ポッドで逃げる)
(計画っていうのか、それ)
(計画よ。あなたたちは混乱してる間に港にある船を奪って逃げて。職員用が置いてあるのはこの位置)
(船のキーがなくても、ナノドライブでなんとかするってことか)
必然的に、脱出組のリーダーは晴人になる。自分がやるべきことがわかってる。
(ていうかさ、船奪うんなら、このあと集まってやればいいんじゃないのか?)
(それがさ、こっちの図を見て)
千保は島の警備図を引っ張り出した。
(赤い点、これ、全部警備員なんだよね。計画に協力してる国の軍隊も入ってる。基本は外から計画を潰しにくる勢力に対応する用なんだけど、逃げる私たちに銃を向けない保証はない。誰かを人質にするかもしれない)
(そんなヤバいやつら見たことないぞ)
(私たちの行動できる範囲からは見えない位置で警備してる。あとで散歩してみよ。多分見えるよ)
(ナノドラ使いこなしてんな、千保)
(ナノドラて)
小霧が晴人に突っ込むのを見て、千保は笑う。
今の千保の頭の中には数年かけて母や他の大人たちが考えた計画が全部入っている。子どもを、私たちを思い通りに動かせると考えたことが、誤りだって教えてあげる。私たちはあなたたちの信じる神の子じゃないってこと。

「ちょっと海辺を散歩してきます」
「冷えますから、お早めにお帰りください」
あの時食器を片付けていた教団員のおじさんにドアを開けてもらって、千保は3人を連れ立って、建物の外に出た。
長い1日がようやく終わる。朝とは違う。今生きてる人たちとは多分違う種類の人間になってしまった。
潮の匂いがする風、波の音。六花のつないだ手。
同じように手を繋いで歩く晴人と小霧。
でも、それでもいいかもしれない。なんとか、なりそうな気がする。

島施設の講堂はさまざまな機械が追加され、元のカタチを残していない。建物の壁は海まで延長され、中でロケットエンジンを使っても大丈夫なよう改造されてる。
(建物の影をみて)
千保は3人に視線位置を示す。
(いるな。銃持ってる)
晴人が講堂だった建物から千保に視線を移す。
(あれを避けて逃げればいいんだな)
(そう。カズくんやサラちゃんがいるから、簡単じゃないかもしれないけど、うまくやって)
(千保ちゃん、誰か来るよ)
六花の警戒した声に見ると、講堂が漏れる光の中を長身の男が歩いてくる。
(オリヒト・ヒルバー。ナノドライブ作った会社の男)
3人に伝えると千保は自分からオリヒトに近づく。
六花は千保の後ろに隠れ、小霧は晴人の後ろに隠れる。
「千保様、いい夜ですね。お散歩ですか?」
「こんばんは。オリヒトさん。ええそう。あなたは?」
「宇宙機用の燃料の搬入が始まっておりまして。立ち会っておりました」
「ロケット燃料って猛毒じゃないのか? そんなかっこで大丈夫なのかよ」
晴人がしっかとオリヒトを見る。オリヒトは笑顔を崩さない。
「よくご存じですね。万が一のことでみなさん貴重なパイロットを危険に晒すわけにはいきません。当社で開発した新しい燃料を使います。これならそうですね、暖房で使う灯油くらいの扱いで十分安全です」
「それはすごいですね」
千保はオリヒトに負けない笑顔を返す。
「とはいえ、これ以上施設に近づくと危険がないわけではありません」
オリヒトが千保からずらした視線の先には警備している兵隊がいる。
「浜辺でどうぞ」
花火セットとチャッカマン。
「これも、あなたの会社の?」
「いえ、講堂改築の時に見つけたものです。お渡ししようと思っていまして」
「ありがとう、一つお願いがあるのだけど、いいかしら」
千保は高い位置にある目を見つめる。
「まだ、ナノドライブに慣れない子がいるの。機能を抑えてあげられないかしら?」
「可能です。ですが良いのですか? パイロット候補が減ってしまいます」
「宇宙船は一つしかないのでしょう。であればもう必要ないわ」
「千保様がおっしゃるなら。今晩中に機能レベルを落としておきます」
「取り除くことはできないの?」
「大きな手術が必要になります。お勧め致しません」
「そう」
そんなヤバいもの仕込みやがって。

4人、黒い海に向かって横に並んで、花火をする。
誰もテレパシーもない。波の音と手持ち花火の燃える音。
「少し寒くなってきたね」
六花の言葉で部屋に戻ることにした。残った花火は持って帰る。
次のために。

六花にお風呂を薦め、千保は再度、計画書のサーバーを見る。更新されていたファイルは入港情報。貨物船が2隻接岸する予定になっている。時間の早い方に宇宙船が乗っているだろう。午後の入港だから、早くてもテストは夕方以降になるはず。
「ぽぽちゃん、どうぞ」
パジャマを着た六花が部屋備え付けのバスルームから出てくる。
「頭のアレはなんともなかった?
「うん。しみないし髪も洗えた」

湯船に浸かりながら、誰にも話していないエンジン燃焼実験時の自分の行動を考える。熱い排気を講堂内の施設に当てて、壊せるところは壊す。配置図を思い浮かべてコースをイメージトレーニングする。機体を海に落とす場所、脱出して合流する場所。本州までは数キロ。洋上を少し飛んで機体を捨てれば、脱出ポッドは本州側に届くはず。そうなれば逃げるのは簡単だ。
これで行こう。
お風呂を出ると六花は千保のベッドに座っていた。
いつもとは違う。とりあえず千保は声をかけた。
「寝よっか」
「ぽぽちゃんのベッドで一緒に寝ていい?」
千保はその表情から六花の状態を推測する。
「ちょっと、怖い?」
六花が頷く。
「いいよ。一緒に寝よ」
ぱあっと笑顔になった立花が横になるとベッドの奥に移動して千保の場所を開ける。その場所に横になり試しに
(消灯)
と念じてみると。明かりが消えた。
(便利ね)
(ほんとに使いこなしてるね。ぽぽちゃん)
(あれが今朝だったって、信じられない)
(そうだね…。ねえぽぽちゃん、さっき言ってたロケット壊すっていうの、ぽぽちゃんがやらないとダメなの?)
六花の声は心配の色に染まっている。
(それで、ぽぽちゃんに何かあったら、そっちの方が怖い)
(ロケットが飛ばないようにしないと、計画が続いてしまう。私たちが逃げても、誰かが飛ばされると思う。それが今は黙っている宇宙人を怒らせたら…。ロケットのテストはいいタイミング。大丈夫よ。ここまでしっかり考えてるんだから)
千保は自分で言って、説得力をあまり感じていない。
(危ないこと、しないでね。危ないけど)
(ロケットが着いてから、どうするかは考える。今ここにないもので悩んでも仕方ないよロッタ。ロッタはここから出た後のことを考えといて)
(出たあと?)
(出た後はわたしたちの力だけで暮らすことになる。親には頼れないから。ロッタにもいろいろ、頑張ってもらわなくちゃ)
(そんなの大丈夫。六花、ほとんどの家事は一人でやれるから)
託児のない会合時、子どもは家で留守番。この時に生活力を身につける。
(ぽぽちゃんとずっと一緒にいられるなんて。楽しみ)
六花が手を繋いできた。千保はその手を軽く握り返す。
暗闇の向こうで六花が微笑む。
(ロッタ…)
千保は昼間のように六花の意識に入っていく。見えているのは白く明るい空間とぼんやりとした輪郭の六花。
手を伸ばし抱きしめる。ふわっとした感触。
戸惑っていた六花の輪郭が自分からおずおずと腕を伸ばしてきた。
曖昧な輪郭の二人が重なって一つになる。
溶け合っても確かに、そこに六花の存在を感じている。もっと一つになりたい。千保が強く存在としての六花を抱き寄せると、ベッドの上で繋いでいる六花の手がキュッとなったり、力が抜けたりする。
(大好き。ロッタ)
六花から返事はないが、さっきより強く千保の手を握ってきた。

CHAPTER2-3 神城千保 17歳 最強のパイロット

晴人の「見える」という意味がよくわかった。
シミュレーターに座った千保は目で見えている範囲以外の情報を
視覚として知覚していた。訓練は敵と想定されるものからよけて、侵略者の宇宙船内の構造物を避けて飛び、4つの爆弾を配置して脱出するという機動を行う。
見えるし、相手が自分に向かって動こうとしている方向が見える。映像が鮮明なより現実感のあるものに変わっている。敵は宇宙人の乗り物という怪獣の姿で現れ、殺意のある攻撃をしてきた。が、見えているならどうと言うことはない。
「お見事です。千保様」
1回目でこれまで六花が記録した最短記録を超えた。
シミュレーターを担当しているいつもの係員とは違う声がインカムに届く。
「オリヒト、さん?」
シミュレーターから出ると、いつもの笑顔のオリヒトとSF映画に出てきそうなパイロットスーツを着た六花。
「お二人はすごいです。これまでのナノドライブ使用者でこの短期間でここまで使いこなせた人種はいません」
いたく感動したように言う。
「最終的な実戦を想定したシミュレーションを行いましょう。千保様もパイロットスーツを着用してください。戻られたら、訓練を再開いたします」

六花

別室に用意されたパイロットスーツを着る。つなぎのようなスーツは着てから手首のスイッチを押すと体にフィットする仕掛けだった。細かなところも未来的なのが気になる。体の各所に血流をコントロールするためのエアポンプの管がついていて、状況に応じて締め上げてくるらしい。千保は自分の姿を鏡で見る。手の込んだコスプレ以外に見えない。
「…ばっかみたい」
女子高生だよな。私。教団の学校だけど、それなりに友達はいて楽しかったり、親の地位があるから、チヤホヤしてくる連中もいてうざかったり、夜に六花とメッセージやりとりして…。
なにが風さえ吹けばだ。もう吹いてる。私の日常は吹き飛ばされた。

戻ると六花がシミュレーターから出てきた。成績はさっきの千保より悪い。「こちらのお嬢さんにも現実的な映像でのシミュレーションを受けていただきました。恐怖が成績を下げてしまったようですね」
当たり前。母の言う人類最高のパイロットは最強ではない。六花は普通より怖がりの女の子だ。怪獣が襲いかかってくれば怯む。
「そこで、このヘルメットを使ってください。みなさんの知るVRゴーグルと同じものです。映像も現実感を抑えたものに変わります。年齢の行かない方が宇宙を直視すると精神の均衡を崩してしまうことがありますので」
オリヒトがゴツいヘルメットを差し出す。
「このシミュレーションでは2機のコンビネーションでの飛行を行います」
「コンビネーション? 1機しか機体がないのに?」
「お喜びください2号機が間に合いました。2機届きます。弊社の燃料での試験は組み立て工場では行っておりませんので、エンジンの燃焼試験は予定通り行います。打ち上げは2機になる予定です」
千保は頭に鈍痛を感じていた。1機を海に落としても誰かが飛ぶことになる。千保の計画が実行できても、千保が排除され、パイロットが六花になるだけ。みんなを連れて逃げたとしても、機体があれば他の誰かが飛ばされる。ナノドライブがあればそれができてしまう。核を使った攻撃による侵略者の方針転換。千保がみたあの夢のように世界がなくなる。
全部をなんとかして壊すしかない。
「千保様、用意はよろしいですか」
オリヒトの問いかけに反応しない千保に、六花が不安そうな目を向ける。
(大丈夫。とりあえず、これを終わらせましょ)
(わかった)
「いいわ。始めましょう」

シミュレーターに座り、ヘルメットをつける。これ自体にモニターはついていない。ナノドライブを使って目の前に擬似的な画を表示するタイプ。
自分の手やコクピットの様子は肉眼と変わらない。
「六花と通信はできるの?」
「もちろんです。ナノドライブを使って機体に指示を」
(繋げ)
千保の指示で視界の端にヘルメットを被った六花が映る。
「六花、聞こえる?」
「聞こえるよ」
「準備できた。シミュレーションを始めて」
千保が外のオリヒトに伝えるとシュンと空気の音がしてシミュレーターが動く。機体が上を向き、背中に体重がかかる。
「打ち上げから参ります。攻撃計画を通しで行います」
視界に背景が追加された。外は海。空に向かって伸びるレール。
「打ち上げ台は1つだけなので、1機づつ発進です。千保様から参ります。打ち上げはこちらでコントロールします。大気圏外に出たところで、コントロールをお渡しします」
カウントダウンの数字が現れ、0になるとレールを走って空を登る。青い空が黒くなる。すると背景が青黒いソラっぽいCGに変わり、移動していることがわかる格子状の線が描かれた。レトロ感のある3Dゲーム的な視界。振り返ると六花が乗っている宇宙船が現れ、ご丁寧に打ち上げブースターを切り離す映像が再現されているのが見えた。
「中心の赤い点が敵艦の位置になります。ここからはシミュレーション通りで結構です。ただ、敵の機動兵器の性能レベルは想定される中で最高に設定いたしました。侵略者の状況を考えると、ここまで動かないとは思いますが、これをクリアできれば計画成功は間違いありません」
地上で最強の破壊兵器を4つも積んでいるのに、自分を守ることはできない。このシミュレーションには投降はない。不確定なため、訓練する意味がないから。
「行こ、六花」
「はい」
加速の仕方、進む方向は機体がある程度考えてくれる。問題は阻止のために飛んでくる怪獣をどう避けるか。大きく避ければ敵艦に届く前に燃料切れ。小さく避けたら捕まる可能性が高い。想定の最高レベルとオリヒトは話したが、確かに凄まじい機動で襲いかかってきた。シミュレーションとわかっていても、怖い。なんとか見えているから避けながら飛べるが。
「これが本当なら、簡単に死ぬな」
2匹の怪獣をかわした千保は敵艦へ向かい直す。六花の機体もついてきてる。しかし追ってくる怪獣の口から光が放たれた。
「あっ」
反射的に避けても光線は機体をかすった。急に機動力が落ちる。警報がいっぱい鳴る。怪獣が一気に間を詰めてきて、千保の機体をつかんだ。現実じゃない、現実じゃない! 脳がそう判断しない。私のなのに。
凄まじい恐怖で千保は声が出ない。
「うあああああああああーっ」
自分の声と違う。
「六花!」
抽象化された宇宙を六花の操縦する宇宙船がローリングしながら突っ込んでくる。千保の機体を掴む怪獣の口の前、飛び抜けざまに爆弾を叩き込む。怪獣の体内深くに入ったところで起爆。怪獣は真っ二つに弾ける。掴んでいた手が力を失い千保の機体は自由を取り戻す。
「六花!」
機体の姿勢を直して六花を見る。六花の機体は千保を追っていたもう一機の光線をかわしながら接近。スピードを落とさないまま、光線を打ち終わった瞬間に口に爆弾を突っ込む。2機目を撃墜。
千保の機体を放置して、もう2匹の怪獣が六花の宇宙船に殺到した。
「うらあああっ」
映像の六花が叫び、一匹目の怪獣の顔をかすめるように跳び爆弾を体内へ。消し飛ぶ怪獣を背景に衝撃波に乗った六花の宇宙船が最後の怪獣の口に飛び込むと、怪獣もろとも六花の機体が爆散した。
「六花! とめて! すぐ止めて!」
六花ががっくりと力なく項垂れるのが見えた。シミュレーターが止まり、視界から宇宙が消える。ヘルメットを脱ぎ捨て千保は六花のいるシミュレーターに走った。ドアを開けるとぐったりしている六花。千保はシートベルトを外し体を機械から引っ張り出す。ヘルメットをとると鼻から血が垂れる。
「六花! 六花!」
(ぽぽちゃん…)
生きてる。意識もある。
(ぽぽちゃんが死にそうになって、どうにかしようとしたら、急に全部スローモーションみたいに)
「六花、もういい六花!」
オリヒトと白衣が二人ストレッチャーを押して走ってくる。
六花をストレッチャーに乗せる。オリヒトが白衣に指示を出す。
「ナノドライブモニターをつけて安静に」
「なんなのこれは! 六花は大丈夫なの!?」
千保はオリヒトに向き直る。オリヒトの表情は今まで見たことないもの。感心してる? ストレッチャーが医務室に向かう。
「あのお嬢さんは稀に見る適応性を持っています。そこで、ナノドライブの最新バージョンを使ったのです。極限の状態になるとリミッターが解除されて短時間ですが恐怖が抑制されより反応速度が上がります。オーバードライブをこの短時間で使えるなんて。なんという。そしてあの機動、原始の機体で機動兵器を4機…。なんと素晴らしい」
惚けたようなオリヒトをみて、千保の感情が弾けた。平手で頬を引っ叩く。
「六花は、大丈夫なのかって聞いてるのよ!」
「…大丈夫です。頭痛など副作用はあると思いますが」
「後で聞かせてもらうわ」
千保はストレッチャーを追った。

昼前に六花の意識は正常に戻った。が、堪え難い頭痛がするらしく、時折うめく。その度に千保の心は抉られる。
背中をさすってあげても、激しく寝返りを打つので、続けようがない。
「大丈夫。ぽぽちゃん、お昼食べてきて…」
喉を通ると思ってるの? しかしここにいても何もしてあげられない。

CHAPTER2-4 神城千保 17歳 ファーストコンタクト

波打ち際。砂浜に降りるコンクリートの階段に腰を下ろして千保はひたすらハッキングを繰り返していた。自宅PCのSSDに教団の内部情報をダウンロードし続ける。容量が足らないから、この施設にあるPCのメモリも使う。あとで回収しよう。
上層部が行なっている政治家への献金、企業との橋渡し、一般信者からの献金、他国では教団経営工場での労働環境など、公開すれば解散は免れないだろう情報を保存する。まだ公開はしない。これは切り札の一つ。
さらには教団名簿も保存した。脱出後に売ったら、生活資金になるかも。
「悪に手染めてんな。私」
名簿からの流れで、今回の神の子ども計画の協力者名簿ももう一度精査する。この中で、おなしな人が二人。オリヒトは予想通りだが、食堂のおじさんが引っかかった。教団と関わる経歴がほとんどない。子ども募集の話が教団に出る頃に入信し、保父の経験を買われてお世話係となっている。そして個人の情報があまりに少ない。その外見で調べると、意外な写真が引っかかった。どこかの基地。行進中の若い自衛官の列にそれっぽい顔。15年以上前だけど、本人合致率は80%以上。
「あの人、そう言うことか」

スマホが鳴った。番号は島施設の代表番号。わざわざ誰が。
「はい?」
「千保様、オリヒトです」
「どこでこの番号を?」
「千賀子様にお聞きしました」
「そう。で、なにか?」
「講堂、いえ、実験場に来ませんか? 機体をお見せします」
「着いたの?」
「ええ。あのお嬢さんが体調不良ですから、試験は千保様がパイロットと考えております。よろしかったでしょうか?」
「最初からそのつもり。どこで合流すればいい?」
「講堂入り口にお願いします」
千保は砂浜から歩き出した。

講堂入り口には流石に警備の兵隊が立っていた。デカデカと立ち入り禁止の看板もある。その奥からオリヒトが現れる。
「お待ちしておりました。こちらへ」
入り口から下駄箱エリアは荷物置き場になっていた。オリヒトは奥へ進むと思いきや、港へつながるドアを開けた。
昨日の散歩では見えなかった講堂の奥にある港。ここにクレーンを積んだ船が接岸していた。いや、クレーンじゃない。シミュレーターで見たあのレールがついている。この船から打ち上げるのか。でも少し低いような。
「この船は宇宙船を最終組立して、レールに乗せるまで行います。外洋に打ち上げレールを積んだ大型船が待機中です。ドッキングして打ち上げです」
「手の込んだことね」
「それでも皆さんと我が社の技術で打ち上げ台は従来より大幅に簡素化しました。船で移動できるくらいです。この船を使って最終的な爆装を日本の領海外行います。海上で爆装したのち、ブースターを取り付けて打ち上げです。あとはシミュレーター通りの流れですね」
授業で非核三原則は習った。これだけのことしてるのに、そこは守るんだ。
「この計画で世界の代表として侵略者と対峙することになりますから、そんなアウトローなことはできません」
打ち上げレールの一部とはいえ、近づくとその様相はかなりの物。大きな発射レールの下に大型コンテナトレーラーが1台。
「間に合った2機目の宇宙機はあのコンテナの中です。工場からトラックに乗せてそのままここまで運んできました。初号機は所定位置に係留中です。行きましょう」
港からまた元講堂の実験施設へ。内部は燃料タンクと思われる大きな円筒物と太いホース、講堂内に無理やりねじ込まれた追加の鉄骨、中心にライフル弾のようなシルエットの宇宙船が吊り下げられている。見たものを画像検索した結果は銃弾ばかりで似ている宇宙船はもちろん、実験や計画でもこの形の宇宙船は作られていない。参考になったものがないのかも。
一人乗り。千保が座るであろうコクピットはハッチが開かれ、作業員が何かしらの調整を行っている。
全長は15mほどだろうか。横部分には姿勢制御に使うノズルと爆弾を接続する安定板。シミュレーターや座学の時間で教えられた通りのカタチ。実際見ると大きく感じる。この計画は発案から数年経っているとはいえ、この完成度で作れるものなの? なんだか、どこかおかしい気がする。
「計画当初は既存のミサイルに操縦席をつけただけの本当に、粗末な物だったのですが、弊社の提案と技術、参加した国家や企業の皆さんが優秀でして、ここまでの機体を完成することができました。本当に皆さん飲み込みが早い」
「自慢話?」
「いえ、感心しているのです。私はさまざまな場所で仕事をして参りましたが、ご提供した技術を取り込み自らのものとされる能力は本当に高い。他では技術の取り合いになって内紛が起こったり、使い方を誤って大事故になったり、いろいろありましたから」
楽しそうに話すオリヒト。千保はさっきの情報収集から何から含めて考え、行き着いた疑問をぶつける。
「オリヒトさん、あなた、本当にどこの人? もしかして、宇宙人?」
オリヒトが心の底から嬉しそうに笑う。
「千保様は本当に賢いお方です。私がどこから来たかはご想像にお任せいたしますが、お教えいたします」
宇宙船に感じていたおかしな感じは「整いすぎている」ことかもと千保は思った。こいつの顔も然り。それが身近にあるものとずれを起こしている。
「地球がそうであるように、何も知らない方々が突然、星丸ごと侵略される。戸惑うことが多いでしょう。星を代表する政府がないから、誰が交渉していいやらわからない。そもそも信じない。星によって色々です。私たちはそうした状況にある方にアドバイスを差し上げるコンサルタントです」
オリヒトが機体の後ろ側に千保を誘導する。見上げると3つのノズルが三角に並んでいる。ロケットとして間違いのない釣鐘型のノズル。いかにも宇宙用なそれから、千保はオリヒトに向き直る。
「なんのために? 会社としてこれに関わっているのなら、これで得られる利益って、なに? あの侵略者を追い払えたとして、今度はあなたたちが地球を奪うの?」
ああ、私なに言ってるんだろう。オリヒトを宇宙人として話をしてる。
「私たちは侵略は行いません。その後の管理ができるほど大きな会社ではありませんから。侵略者を撃退するか、降伏するにしてもより良い条件を引き出せるよう、力を見せるか。選択はお客様にお任せしています。私はそれに必要な技術や能力をご用意します。そうですねメリットとしては、まずは現地の珍しい通貨がいただけます」
オリヒトは笑いながらノズルの向く方に向かって歩く。
その先はなだらかなスロープになっていて、海につながっている。今は上2/3までシャッターが降りていて、外は見られないが、スロープに波が打ち寄せている。
「銀河はこの星と同じように一つの勢力が支配しているわけではありません。今この星に来ている侵略者と敵対する勢力もあります。そこからすればある意味、勢力を広めたことになりますので、利益は得られます。この星は抵抗しているという情報はそれなりに価値がありますから」
「それって、宇宙人同士の抗争の場になるってこと?」
「選択次第ですね。今いる侵略者は銀河帝国から仕事を請け負った企業。降伏勧告を受けると、帝国の版図となって他勢力からは守られます。まあ、ここは辺境、いわば田舎なので、ちゃんと防衛されるかというと、ちょっと疑問です」
「銀河帝国、侵略者、企業?」
「銀河帝国で侵略は請け負う企業の仕事です。この星にはゲドー社という会社が来ています。最近持ち直したようですが、厳しい経営状態の会社でしたね。でも、幸運だったかもしれません。侵略者が彼だったのは」
「彼? あの艦長さんのこと?」
「ええ。ハウザー艦長はいい家柄の出なので、紳士的ですね。やることが。だからこそ、この計画が効力を発揮するのですが」
「家柄とか、あるの?」
「社会構造の基本は変わりませんよ。ここと」
オリヒトは靴の先で打ち上げてきた波をつつく。
「海は久しぶりに見ます」
「オリヒトさん、あなたはただ手を貸すだけって言ってるけど、この計画、本当に効果があると思ってやってる?」
普段、どこでどう暮らしているんだろう? オリヒトの仕草を見ながら、千保は続ける。これって、ファーストコンタクトになるのかな? 宇宙人本人が濁している場合はダメか。
「侵略企業ですから、基本は利益追求の原理で動いています。あまりに効率が悪いとなれば、撤退するかもしれませんし、原住民である皆さんに手をかけるかもしれません。侵略では帝国から報奨金が出ますので、その額が大きい、メリットの大きい方を選択するでしょう。ただ、子どもを使った攻撃に、ハウザー艦長がどう反応するのか、予測できないところはあります。子どもが乗ってる宇宙船を撃墜するか? これはしないでしょう。艦内収容後に爆破されたら、ゲドー社は撤退するかもしれません。が、帝国の艦隊に包囲されるかもしれません。子どもを戦争に駆り出す蛮族を粛清するなんて理由で」
「蛮族って、あなたも同罪でしょ」
「ええ。私達はもとより帝国側の企業ではないので、どう思われようと関係はありません。ただみなさんと関わって、この星が全部焼かれるべき場所だとは、到底思えません」
オリヒトは千保を見る。
「ナノドライブに対する適応力の高さ随一です。これまでのデータからすると、投与から使えるようになるまでが非常に早い。地球人はすごいとしか言えません。あのお嬢さんの超高速操縦能力、千保様のハッキング能力も、この短時間でできることとは思っていませんでした」
「ハッキングなんかしてないよ私」
とぼけろ、私。
「私は、ナノドライブの定着度を図るためにモニター装置を持っています。ここ数時間のデータトラフィックも検知できるんです。装置は私の管理物。教団の人間には扱えませんが、お気をつけください」
「止めないの? 母との契約があるのでしょう」
オリヒトが邪魔してきたら、面倒だな。
「状況証拠だけですから。千保様じゃないかもしれませんし。それに、教団のデータを守る契約は結んでおりません」
「ナノドライブが操縦能力を上げるだけじゃないって、言わない理由は何?」
「ナノドライブは、辺境宇宙の過酷な状況、また、人手不足の状態でも誰かが、一定のレベル以上の操船ができるよう、開発された装置です。すでに様々な人たちが使っています。操縦補助装置として完成された技術なんですが、狙った能力とは別に発露する力は、実は人それぞれ。どんなことができるようになるかわからないんです。ただのマンマシンインターフェイスとしてしか機能しない場合もあります。お二人が特別なんですよ。研究させていただきたいくらいです」
「あなたは使っていないの?」
「私のは機能停止しています。開発中の次の商品と干渉する可能性がありまして」
「次の商品?」
「転送装置といいまして、一度人間を電子レベルまでバラバラにして空間を通信と同じ要領で飛ばし、目的地でまた再構成するものです」
「いや、むりでしょ」
「私も最初はそう思いました。でも道筋は見えてきた気がします。想像できるものは作れると言いますからね」
「それ、あなたの星の言葉?」
「そうですが、その表情だと、こちらでも言うんですね」
笑いながらオリヒトは千保を出口に誘導する。
「ここにいる人たちは、あなたが何者か知っているの?」
「おそらくは知らないと思いますが、技術面で関わる方は厳選させていただきました。お金だけで人材提供を断った組織もあります。ちょっと絞りすぎって千賀子様には言われましたけど。ここにいる人たちは、わかったとしても、言いふらすようなことはしないでしょう」
どこからその自信が来るのだろう? その人たちも何かヤバいもの仕込まれてる気がする。
千保は出入り口の手前でオリヒトに向き直る。
「私がこの計画を止めたいって言ったら、あなたはどうする?」
千保はオリヒトを正面から見る。
視線を受け止め、微笑みながらそれを外す。
「私は提供するだけの立場です。千賀子様が契約者でその意向に答えます。千保様がそれに代わったとなれば、私はその契約に従います」
「契約ね。流石に下剋上をする気はないかな」
「そうでしょうか? これは私の印象ですが、千保様は人々を束ねる力を持っています。あなたが思うより良い世界に賛同する人は多いと思いますよ」
「買い被りすぎ」
オリヒトが出入り口まできて、止まる。
「私は最終チェックを行った後、教団本部に戻ります」
「テスト、立ち会わないの? あなたが作ったものなのに」
「教団本部にこの計画、宇宙機の飛行管制をするオペレーションルームを作りました。そちらの試験も兼ねておりますので」
オリヒトが軽く会釈して踵を返し、講堂へと戻っていく。
「千保様、私たちの技術であなたの大切な人と何よりご自身をお守りください。応援こそすれども、邪魔はいたしません。平手打ちで目が覚めました」
「…なんか、ごめん」
「いえいえ、では末長くお幸せに」

CHAPTER2-5 神城千保 17歳 コードネーム:プリンセス

正式に夜8時からエンジンの燃焼試験を行うと母から通知があった。
その時、千保は自分の部屋で、病院から戻ってきた六花と一緒。
六花の頭痛は治まり、顔色は随分良くなっている。
千保はうつ伏せに寝かせた六花の背中と腰をさすっていた。痛みに耐えたせいか、コチコチに固まっている。
「あなたで大丈夫なの?」
母の第一声はこれだった。
「成績は私の方が上ですから」
千保はそう言って電話を切った。
あと3時間後に始まる。

「飲み物、持ってくるね」
「ふん」
半分眠りに落ちている六花の返事を聞きつつ、千保は部屋を出た。ちゃんと鍵はかけておく。
食堂横に持ち出し自由の大型冷蔵庫がある。向かっていると和馬たちの世話を担当している看護師とすれ違う。
「千保様、いよいよ計画実行されるんですね。頑張ってください」
「あ、ありがとう」
「千保様が侵略者の宇宙船を壊せば、地球皆殺しは無くなるんですよね。ああ本当、千保様は救世主です!」
教団の人たちが献身的に子ども達をケアした理由。
彼らは計画が成功しないと侵略者に皆殺しにされると思っている。
子どもは地球の破滅を救う救世主。千保たちのように、逆に成功することで皆殺しの可能性が高まるとは考えていない。
この考えの差を千保はどうすることもできなかった。神の国が宗教団体ってことを思い知る。短時間では教えられた教義は揺るがない。人を束ねる力、賛同者は多い。オリヒトにああ言われたが、千保に実感はない。モヤモヤする思いを振り払い、食堂へ。そこではあの時のおじさん教団員がテーブルを拭いていた。
「ごくろうさまです。飲み物をもらっていきます」
「あ、千保様」
おじさんが近寄ると食堂入り口を背にして千保の前に立つ。
「千保様、ここから出たくはありませんか?」
「なに?」
おじさんが紙を一枚差し出す。口に手を当て声を出さないようにのゼスチャ。目つきが違う。なにを考えてるかわからない日常とはまるで違う。
千保が紙に目を落とす。
 本日・実験に合わせて島施設制圧作戦実行。
 施設及びスタッフの確保・一般教団員の保護
 略取児童の解放・保護を目的とする。
 20:30に回収艇が接岸。第二制圧部隊と入れ替わりで島施設より離脱
とあった。
「私は自衛隊の異星人事案対応班です。地球外宇宙戦艦に対する攻撃計画有りとのことで調査をしています。本日20:00、計画阻止のため制圧作戦が開始されます。皆さんの保護も目的の一つです。時間と集合場所はそちらにある通りです」
こっちから仕掛けようかと持っていたら、向こうから動いてきた。
燃焼実験はいろいろなチャンスだったってことか。
「宇宙船はどうするの?」
「接収します」
おじさんの立ち位置が監視カメラを意識してると千保は気づいた。
「破壊して。あの宇宙船は私達しか操縦できない。存在する限り、私たちは開放されない。あなたの組織の誰かが飛ばそうと考えたら? 私たちを捕まえて、ここと同じことするの?」
「…死傷者を出さないようにするため、施設の破壊は行わないのが立案時点での方針です」
「じゃ、取引しない? 港の宇宙船と発射台を壊して。そうしたら神の国とこの計画、全部の情報をあげる」
「情報、ですか?」
「私、天才JKハッカーなので。ちょうどいいわ。スマホ持ってる? 触れさせてもらえる?」
ハッカー。やってることはそのままだ。そんな名乗りをあげるなんて。
おじさんが差し出したスマホに触れる。
「これはプライベート? お仕事?」
「仕事用です。何をするつもりですか」
「みられて困る履歴はある? 仕事用なら平気?」
自称JKハッカーに明らかに戸惑っているおじさんのスマホ、ロックを解くと中の情報が視界に現れた。 普通のスパイか二重スパイか判断できるかな? 通信先を検索すると名前は一般企業だったり、個人携帯だが、辿っていくと全て自衛隊やSCABAI関連の機関。神の子ども計画に名前が上がってる組織や企業と連絡を取った形跡はない。これまでの情報と合わせると信じられそうだ。2つファイルをおじさんのスマホにダウンロード。
「ダウンロードフォルダに今日の燃焼実験時の警備体制見取り図を入れておいた。この情報持ってる?」
「いえ…」
おじさんはスマホに齧り付く。目が輝く。
「それともう一つ、私もこの計画を壊したいと思ってた。だから、私がやることも書いてある。その時間がほしい。私はあなたを信じたから情報を渡した。あなたも私を信じて。実機が破壊されてもその気になれば作れる情報を提供する。作らないことをお願いするけど」
おじさんは頷く。千保は続けた。
「この計画にどの国が、どの企業が加わっているか、誰が中心になってるか全部わかる。それで満足して。実機はあきらめて。あの子達がこの先、安心して暮らすために」
「上申します」
「私が燃焼実験へ行く7時40分までに答えを。了解ならこれと同じお茶を」
緑のパッケージのお茶のペットボトルを差し出す。
「ダメならコーヒーで」
「了解いたしました」
「ところでさ、なんで私たちが計画に対して反抗的だってわかったの?」
「見ていればわかります。教団員の視点だとわからないかもしれませんが。私元保父なので」
おじさんはテーブル拭きに戻る。

ペットボトルを持って帰ると、六花の寝息が迎えた。
自分だけが怖い時は発動せず、私の危機でリミッターを解除した小さなパイロット。あの時、六花は人類最強になっていたかも知れない。
「ここを出たら、正義の味方でもやろうか」
六花の操縦能力。私のハッキング能力。組み合わせれば、なんかできそう。
「自衛隊、敵か味方か」
答えは案外早くやってきた。お茶を持って。

「千保様。お茶をお持ちしました」
ドアノックと一緒におじさんの声がした。お茶か。
千保がドアを開ける。
「ありがとう。思ったより早かった」
おじさんがペットボトルと紙を渡してきた。
 ロケットエンジン点火を合図に港の台船の破壊。
 同時に上陸。プリンセスの活動時間の確保
 子供達の回収は宿泊棟屋上に変更。
その文字とQRコード、そして数字が印刷されていた。コードの下には記録サーバとだけ書いてある。
「プリンセスって?」
おじさんがじっと千保を見る。
「わかった」
「数字は緊急連絡先です」
「OK」
「では、のちほど」
「お茶って、本部にも届くの?」
「はい。もちろんです」
おじさんが去ってゆく。
ここと本部同時か。母やオリヒトはどうなるのかな。
(ぽぽちゃん、だれ?)
(食堂のおじさん。さ、ロッタが起きたなら、作戦会議するよ)

晴人の部屋に4人集まる。ここが食堂に近く、食事が持ってきやすいという理由。実験前ということで千保が軽いゼリー食にすると、みんなそれに合わせた。
「食べればいいのに。特に晴人、お腹空くんじゃない?」
「それどころじゃないから、集まったんだろ」
「まあね」
千保はテレパシーを使って自衛隊の絡む脱出方法を提示した。
(屋上か。チビたち連れて行きやすくていいな)
(チビってカズくんとサラちゃん?)
(六花もだよ)
六花は聞いて憤慨する。その頭を撫でながら千保が続ける。
(多分ヘリね。港はロケット破壊の余波で火災になるから。屋上で制圧する自衛隊と入れ替わる感じじゃないかな。あの人たちが降りて、みんなが乗る。で、脱出)
(ぽ、千保ちゃんはどうするの?)
いつもの調子戻ったみたいね六花。
(本州側の海辺のどこかにいるから、拾ってもらう)
(そこ、アバウトなの?)
小霧が半分呆れたようにいう。でも声色に心配はそれほど混ざってない。
千保ならなんとかなると思ってる。
(教団本部にも制圧部隊が入るそう。どうするかな、あの人たち)
(他の国の軍隊がいるんだろ。銃撃戦になるんじゃ)
(そうなると、ちょーっと後味悪いかな)
穏便で何も壊さない予定の制圧に破壊を加えたのは千保の提案。
こういう状況に追い込んだ大人のせい。と考えることもできる。
長く引きずりそうだな。この出来事による呪縛。

CHAPTER2-5 神城千保 17歳 燃焼実験

「行ってくる。ロッタ」
パイロットスーツを着た千保は部屋に残る六花を見た。
ボロボロと涙をこぼして抱きついてくる。しっかり受け止める。
「予定通り屋上へ行くのよ。あとで会いましょ」
六花が震えているのがわかる。逆の立場だったら、きっと全力で止めたはず。何かあったら、本当のひとりぼっちになる。
だから私は帰ってこなくちゃいけない。
もう一度六花をギュッと抱きしめると、ひざまづく。腕を伸ばして少し距離を取る。泣き顔を見上げる。笑え。私。千保は笑顔を作る。
「行ってくるね。小さいカバンに大事なもの入れたら、小霧の部屋に行ってね」
頷くことしかできない六花を置いて、千保は歩き出した。
「ぽぽちゃん、ぽぽちゃん…」
六花に背を向けると堰を切ったように涙が溢れる。置いていく辛さ、その原因を作った宇宙人、そして現実を受け入れない神の国。悲しくない。壮絶な怒りが渦を巻く。
「終わりの始まりだ。見てろよ」

元講堂の実験場内に最低限のスタッフしかいないことに、千保は少しほっとした。わらわらと見学者がいたら、みんな爆発に巻き込まれる。
高いタラップを登って、初めて実機のコクピットに座る。よくできてる。シミュレーターと何も変わったところがない。
「聞こえますか? 千保様」
オリヒトの声がインカムから聞こえた。
「リボン、お似合いですね」
「いいでしょ。六花の手作りなの。でも、なんでくっつくの?」
「高いGがかかっても物理的接続が外れないようにする機能の一つです。こんなふうにそれを利用するのは、千保様たちが初めてです」
千保はリボンを外し、パイロットスーツのポケットにしまう。
ヘルメットを被りストラップを止める。
(モニター接続)
一旦暗くなった視界がコクピットと周囲360度をみている感覚に切り替わる。その視界の端っこにオリヒトの顔が現れる。
「オペレーションセンターも順調です」
言っている彼の後ろに母が立っているのが見える。特に何かを言うわけでもなく、うろうろしている。
「始めましょう。燃料注入、点火は千保様がコントロールしてください。何かあればこちらでモニタリングしておりますので」
「了解」
夜8時。ちょうど時間が来た。
(燃料注入)
酸化剤と燃料が機体の二つのタンクを満たしていく。小さな機体だが満タンまではそれなりに時間がかかった。
(タービン起動。点火シークエンス開始)
シミュレーターでやった通り。問題なく進む。周りのスタッフが待避室に走るのが見えた。そう。安全なところにいてね。
「点火」
機体がうなりを上げると、背中を押されるような力。
(映像だして)
千保の視界内に講堂の各所に付けられたモニターカメラの映像が入る。
綺麗な光が夜の海に向かって伸びている。
「点火確認」
さあ、いつくる?
「ゆっくりと出力をあげてみてください」
オリヒトの声に千保は頭の中に描いたスロットルを開いていく。
機体が振動し、光が強くなった。
「順調です。機体の加熱も問題ありません。成功ですね」
きた。そんなオリヒトの声を聴きながら、千保は外映像に小さなドローンをとらえていた。10機ほどのドローンはロケットの排気を出すために開かれた海に面した壁から侵入して、発射台と2号機がある船に集まっていく。次の瞬間小さな爆発がいくつか起きる。
その直後、爆発目掛けて閃光のようなものが走り、発射台と2号機を載せた台船が大爆発した。講堂の港側の壁が揺らぎ、窓ガラスが吹き飛ぶ。千保の機体も揺れた。
派手すぎ! トラックの荷台はひしゃげて、中の2号機が見えた。炎と煙が覆い隠していく。爆発は船に穴を開けたようでゆっくり傾き始めた。燃えたままトラックが海に滑り落ちる。完璧だ。あとは私がこれを壊せばいい。
「炎が見えるわ。千保」
「爆発が起きました。原因不明です」
母が通信モニターに現れた。背後でオリヒトがタブレットを使って何か調べている。
「宇宙船に被害はありません。一旦エンジンを止めて、周囲をかくに」
千保は通信が途切れたっぽく途中で回線を切る。宇宙船を固定しているアームのコントロールを乗っ取って、解放。
機体下面のバーニアを吹かして一旦、講堂の床に着地させた。燃料パイプの接続を排除。独立稼働状態でゆっくり海に向かって後進。爆発から距離を取った。周囲の監視カメラにアクセスする。待避室はもぬけの殻。宿泊棟屋上には立花や晴人の姿が見えた。
(そっちは順調?)
(大丈夫だ。食堂のおっさん、スパイだったんだな。もう直ぐヘリがくるって)
(教団の大人は?)
(この周りにはいない。みんな職員用の船着場に走って行った)
(了解)
助けに来る大人がいなかったのか。それとも何かあったら船着場に集合って言われていたのかな。
(千保はどうするんだ?)
(仕事を一つ終わらせてから合流する)
千保はまず、何度かアクセスしていた神の子ども計画の内容を全ておじさん指定のサーバに転送を始めた。次に教団のメインサーバにアクセスする。教団員名簿はもちろん、協力者、資金の流れ、面裏含む経済活動、目についた情報をおじさんサーバに移す。
(周波数指定。通信)
「S1受信。プリンセスか」
「データ転送した。確認して」
「了解、M1、プレゼントの確認を。J1からJ4はプリンセスの護衛に回れ」
千保が見ている映像に海から上がってきた黒づくめの人影が見えた。宇宙船を背にして付近の物陰に隠れる。どうやら守られているっぽい。
(さて、オリヒトさんには悪いけど)
千保は計画で、攻撃管制をする本部のコントロールルーム、ここのコンピュータのクラッキングを開始する。
コントロールルームにも全体を移すカメラが備えてあり、中の様子が見えた。母とオリヒト、数人の教団員が動いている。
そろそろ本部にも自衛隊が入っているはず。
「すべてのドアをロックしました。これで足止めできます」
「警備隊が反撃体制を整えました」
「島から連絡がありません」
本当に不意打ちだったらしく、混乱している。かすかに銃撃音がする。
本部の監視カメラを見ると、頑丈なドアに阻まれて自衛隊は中に入れないようだった。
「千保とはつながらないの?」
「先ほど通信がとだえて、おや?」
オリヒトが管制用のPCが次々にダウンしていることに気づいたっぽい。
千賀子にそれが伝わり、自分の周りのPCを触る。もう遅い。そこには何もない。千保はその狼狽を笑った。
情報は全部うつした。ロケットの管制に使うPCは機能しない。
そして自衛隊による制圧。計画はこれでおしまい。
「あとは機体を壊して六花と合流するだけ」
島施設の宿泊棟上空にヘリが現れた。ブルー2色の大きなヘリコプター。
もうすぐ脱出できる。
モニターの中でオリヒトが母に耳打ちして、何かを手渡す。
「では、私はこれで。ここはもう、おちます。千賀子様もお早く逃げた方が良いですよ」
と言い残しカメラの視界から消えた。
「使えない、コンサルね。あいつが言うように、他の技術者や他の国の軍隊も数を絞ったら、まともに反撃できないじゃない。まったく」
母が吐き捨てると、監視カメラを見上げた。
「千保、あなただったのね。本物の悪魔は」

CHAPTER2-5 神城千保 17歳 悪魔

千保は小さい頃から悪魔がどれだけ悪いものか、教えられてきた。
怖くて仕方なかったけど、誰に対して悪いのか、それを考えた時にその呪縛は解けた。つもりでいた。
なのに母の言葉が胸に刺さる。監視カメラの母がスマホ手に取る。
パイロットスーツのポケットで着信音。千保はスマホを取り出しナノドライブを使わずに電話に出た。
「何をしているの、千保」
「子どもをロケットに乗せて殺さない未来を作っています」
あのドアを開放できれば終わる。千保は教団本部のセキュリティを砕きにかかった。流石に厳重なロックがかかっている。でも、手間がかかるだけで、難しくはない。
「千保の作った未来とかで、誰が幸せになると言うの?」
「きっと、あなた以外はみんな」
「宇宙人に侵略されて、皆殺されるか、奴隷になる未来で誰が幸せになると思うの?」
「そんなこと起きるって、本当に思ってるの? その考えてのせいで、たくさんの教団の人が状況を見誤っているのに」
千保は吐き捨てる。モニターの向こうの母は千保がそこにいるかのように監視カメラを睨みつけている。後ろから教団員が入ってきた。
「千賀子様、島と連絡が取れました。発射台と2号機が破壊されました。1号機が敵に制圧されたと。職員は全員投降。子どもたちはヘリに乗せられたそうです」
「1号機を奪還するよう、島の兵隊に伝えて。多少の被弾は仕方ないわ。奪い返すのよ」
教団員にそう告げると、監視カメラに向き直る。
「1号機ごと奪い返してやるわ。千保。そのまま打ち上げてどこかの街に落ちるようしてあげる。侵略者が人間爆弾を使ったって言えば、誰も疑わないわ。その時は娘をさらわれて、爆弾にされた母を完璧に演じてあげるわ」
「正気なの?」
セキュリティの解除まであと10%くらい。
「!あっ」突然、機体の右側の壁が吹き飛ぶ。

自衛隊の無線が一気に騒がしくなった
「船着場方向からRPG! プリンセスの馬車を狙っています」
「破壊する気か?」
千保は通信に割り込む。
「これ、頑丈だからたぶんあれくらいで壊れない。護衛してくれてる人を排除する目的だと思う」
「島は船着場の以外制圧した。各員は馬車を守りつつ船着場を包囲」
早くしなくちゃ。壁がなくなったせいで、監視カメラを使わなくても宿泊棟が見えるようになった。屋上には青いヘリがいる。
(みんな無事?)
(ぽぽちゃんこそ、大丈夫なの?)
言い換えもせず、六花の声。
(私は平気。もう直ぐ終わるからね)

「これ、攻性防壁っていうそうよ」
モニターの母がUSBメモリっぽいものをカメラに見せる。
「どうしても、現状を止めたかったら使ってくださいって、ヒルバーが置いていったわ。ただ、千保が死ぬかもしれないですって。だから判断はお任せしますと言ってたわ」
セキュリティドア開放まであとちょっと。
「躊躇わないわ。千保は悪魔だもの。あなたのせいで起きた銃撃戦でもう何人も死んでいるもの」
あと1%で解ける。モニターの母が手近なPCにメモリを差し込むのが見えた
「さようなら。私の娘の姿をした悪魔」
あのPCは死んでるはず。何の変化もない。セキュリティは解けた。これで全部おわ…
「ああっ!」
千保の体を衝撃が走り抜ける。意識が消えかける。身体中が痛い。
「くそっ」
咄嗟にデータ通信を待避室のPC経由に切り替える。バシッと音がして部屋の奥に火が見える。痛いが体は動く。込み上げてきたものを吐き出すとパイロットスーツが赤黒くなった。私、血を吐いてる。ドアは数センチ開いて止まったまま。
まだ、脳は動く。母の言う攻性防壁を反転させ壁を壊すプログラムをナノドライブに作らせる。最初の接触で過大な電気系暴走を機器に与えて破壊する作りだとわかった。それ以外は難しくない。でも、自分の身体がどこまで壊れたかは、わからない。
「まだ、大丈夫…」
教団本部に母との電話が切れたスマホを使ってアクセス。防壁破りを叩きつける。もう防壁の攻撃は届かない。壁を壊し、ドア開放の命令を下す。
「ドアが開きました!」
自衛隊だろうか、教団の警備兵だろうか。叫び声がする。
「千保おおお」
母の聞いたことのない声色。
「…あなたの言う神さまに助けてもらったら? まだいればだけど」
教団本部を映すモニターから聞こえた銃声と怒号が静かになっていく。
銃撃戦が終わったんじゃない。私の意識のせいか。朦朧としてきてるみたい。体に力が入らなくなった。六花に会いたい。
(ロッタ…)

CHAPTER3 六羽田六花 13歳 スノーホワイト

「痛っ」
千保との繋がりが切れる。いや、切られた感じ。
六花はヘリコプターの座席から外を見る。元講堂の部屋から火が出ている。
千保との繋がりが復活した。
(ロッタ…)
その声に六花の背筋に悪寒が走る。千保に良くないことが起きてる。
(ぽぽちゃん! どうしたの? ぽぽちゃん!)
返事はない。六花はベルトを外して屋上に待機中のヘリコプターから飛び降りた。屋上を駆ける。
和馬と沙羅のお世話をしていた小霧が気づく。
「六花!」
「千保ちゃんが、返事しない!」
その声にヘリの貨物ドア前に立っていた兵隊さんが六花を見る。
「きみ!、ちょっと、どこにいくの! CP、こちらM1 。スノーホワイトがヘリを降りた。プリンセスのもとに向かう模様。カバー入ります。プリンセスにトラブルの可能性」
女の人の声が聞こえたが、六花は構わず宿泊棟にはいり、階段を駆け降りる。あの痛さは千保とのリンクを辿ってやってきた。千保が六花を守って接続を切ったと理解できた。
猛烈な不安に潰されそうになるが、六花はひたすら走った。宿泊棟をでて、講堂へ。散歩で歩いた道。
六花は破壊された講堂の壁に辿り着き、瓦礫を乗り越える。その先に細く尖った形の宇宙船を見つけた。
「ぽぽちゃん!」
六花はシミュレーターでの勉強を思い出し、機体にあるタラップ用レバーを引く。出てきた足場をつかって機体をよじ登る。
「あなた、伏せて!」
「!?」
とっさに体を小さくすると、近くで銃弾が跳ねた。
六花は追ってきたらしい兵隊さんが銃を撃つのを見た。少し離れたところで何かが落ちたようなドスンという音がする。銃撃は止んだ。怖くない。六花は機体を上って緊急レバーを引く。ハッチが開いてコクピットの千保が見えた。血まみれの。
「ぽぽちゃ! 千保!」
六花はハッチ横のレバーを引く。シートがハッチ上端位置まで上がってくる。六花は千保からヘルメットをとった。口の周りが血で真っ赤。泣いちゃダメだ。助けないと。六花は歯を食いしばって自分の袖で千保の口を拭う。
「千保、返事して千保」
「ロッタ…会いたかった」
死んでない。六花は千保に抱きついた。ベトっとした感触がして、血の匂いに包まれる。どうしよう、このままじゃ千保が死んじゃう。
さっきの兵隊さんが上がってきた。
「これは、いったい」
兵隊さんが千保をみて呟く。治してと六花が言おうとした時、
ゴキンと大きな音がした。外からだ。
「H6どうした!」
「ローター止めてるのに、機体が浮き上がる!」
兵隊さんのヘルメットから無線らしい声が聞こえた。さっきまで屋上いたヘリコプターを見ると、ゆっくりと上昇している。ローターと呼ばれた羽の部分は回っていない。
「何が起きているの?」
「こちらH6、何かに引っ張られている。現在対地高度は130フィート!」

(ハルくん、キリちゃん!)
(六花! ヘリが何かに吸い寄せられてる!)
六花の頬に何か触れた。千保の指。
(ぽぽちゃん!)
(ロッタ、自衛隊の人にヘリの10m上を撃つように言って)
声を出す力はないが、思いを伝えられる。六花は千保の願いを即実行する。
「あ、ああの」
「どうしたの?」
ヘルメットが振り返る。若い女の人だ。六花は千保に言われたことを伝える。
「ヘリの上、10mのところを撃ってください」
「ヘリの上? どういうこと?」
「それは…」
六花は苦しそうな千保をみる。その仕草で兵隊さんはわかったようだった。
「プリンセスから提案あり。M1 発砲します」
兵隊さんがいうと、バラララっと閃光がヘリの上に伸びた。
するとノイズのようなものが走り、空が消えた。代わりに現れたのは四角い物体。飛んでいる。ローターもジェットも付いていない。
「光学迷彩! 各員、エイリアンアラート!」
兵隊さんが叫ぶ。周りの兵隊さんも慌て出すのが見えた。
エイリアン? あれも宇宙人の乗り物。ハルくんたちを捕まえようとしている。何とかしないと。本物のUFOを見ている六花の目に飛行コースが見えた。狙う場所はUFO真下の中心。ナノドライブを使った千保からの攻撃指示だ。
(ここを壊して。ロッタならできる。この機体をぶつけるの)
(…わかった)
(ここを出たら、正義の味方をロッタとしようと思ってた…。初仕事ね)

「兵隊さん」
「なに?」
持ち上げられるヘリを見ていた女性の兵隊さんが六花を見る。
「ぽ、千保をお願いします。下ろしてください」
(ロッタ…お願いね)
(大丈夫。ぽぽちゃん)
「わかった。M1より要救護者1名。プリンセスが重症」
千保のシートベルトを外し体を抱き起こす。
その身体を兵隊さんが抱えた。
「あなたはどうするの?」
「これを使ってヘリコプターを助けます」
「どうやって」
「大丈夫…六花に任せて」
兵隊さんの肩に載せられた千保がつぶやく。
「…わかった。もう喋らないで。私、来海透子。あなたは六花ちゃんね」
「と、透子さん千保を」
「任せて。助ける」
透子が千保の体を抱えてタラップを降りていく。六花はさっきまで千保が座っていたシートに座りベルトを閉める。シートが下がってコクピットに収まった。機体チェックOK。エンジンOK。六花は自分が取った千保のヘルメットをかぶる。血の匂いが濃くなった。視界を接続する。千保を抱きかかえた透子が離れるのを見た。あそこまで離れれば大丈夫なはず。
六花はヘリとUFOを見る。さっきから距離が離れてる。他の兵隊さんたちは手出しができず困惑した様子。
(点火)
メインエンジンが再び光を伸ばす。
一瞬の勝負。六花は姿勢制御バーニアをパルス噴射して機体を講堂の外に出す。そのまま軽く垂直上昇するとUFOに機種を向ける。コースOK。
(全開!)
弾けるようにロケットが加速してUFOの底めがけて飛ぶ。あっという間に距離がつまる。でもこの間のようにスローに見える。だから焦らない。
(脱出)
オーバードライブ状態の六花が脱出を指示すると、宇宙船からコクピットブロックが離脱。後ろに離れる。機体コントロールはまだできる。六花は四角いUFOの底面中心に推力全開の宇宙船を叩きつけた。機首がUFOにめり込む。衝撃で宇宙船のエンジンが爆発を起こした。真っ白い光が広がり、次に粒状になって雪のようにあたりに降り注ぐ。
「やった!?」
ヘリがぐらっと動くと降下し始める。千保の声が届く。
(ロッタ…ありがとう)
(やれやれ、こんな返品を喰らったのは初めてですよ)
(オリヒト…さん?)
千保との会話に割り込んできたのは、あのナノドライブを作ったとかいう人。
(うちの光学迷彩が脆弱だってよく気づきましたね千保様。あなたは本当にすごい。新型燃料分の追加料金の代わりにヘリごといただきたかったのですが、致し方ありません。また、おうかがいいたします。あ、ちなみに先にいただいた10名の方は取って食べたりはしていません。元気に宇宙で暮らしていますので、ご心配なく。それでは)
(それって)
ナノドライブ投与前にいなくなった10人の子供たちのことだろう。宇宙で暮らすって、誘拐ってこと?
(…それが母と…契約だったの?)
千保の言葉には怒りが込められている。
(そうです。地球人の子ども10名は提供技術と引き換えにいただきました。この銀河、人より高いものはないですから)
UFOが突き刺さったロケット振り払うと、急上昇して見えなくなった。
激しい水音を立てて、宇宙船の一号機が海に落ちた。

六花は脱出ポッドのパラシュートを開き減速バーニアも使って、島の広場に軟着陸させる。
「ヘリが降りてくるぞ」
だれか、兵隊さんが叫んでいる。ハッチを開いて出ると、晴人や小霧を乗せたヘリコプターがゆっくり降りてくる。六花はそれに構わず脱出ポッドを降りて千保と透子の元へ走った。宿泊棟の玄関にいることは、着陸操作中に見た。オーバードライブが解けてふらつくけど、走る。何とかたどり着くと、千保はAEDと点滴を繋がれて応急処置を受けていた。
「千保!」
(ロッタ…私、誰も救えてない…あの10人は拐われちゃってた)
(千保のせいじゃない。ぽぽちゃんは悪くないよ)
駆け寄って手を繋ぐ。
(ロッタ、私、多分、もうだめだと思う。…お願いがあるの)
(なに?)
(私、ロッタと離れるの、嫌だ。だから、ロッタと一つにならせて)
(…いいよ。ぽぽちゃんとなら。どうすればいいの?)
(何もしなくていい。ありがとうロッタ。大好き)
六花は千保に思いがけない強さで頭を引っ張られる。額が合わさる。
六花の視界は千保でいっぱいだ。閉じていた瞼が薄ら開き、瞳が見えた。笑っている。でも、この笑顔、見たことない。
と、六花の頭の中に千保が入ってきた。これまでの記憶、会話何から、何まで。千保とあたたかさと匂いまで、頭の中で感じられる。
「あ、あ、ああ」
ペタリ。六花がその場に力無く座り込む。
千保の体がその横で力を失い、六花の頭に添えられた手がばたっと落ちた。微笑んだまま。

CHAPTER4 来海透子 25歳 異星人事案ファイル

宗教組織 神の国主導で計画され、実行の一歩前まで行った「神の子ども」計画。その終焉は一人の女の子によってもたらされた。
彼女の名は神城千保。17歳。教団の実質的な指導者の母から、パイロットとして選抜された子ども達の指導を任された彼女は、その子どもたちと協力して、計画の実行を阻止した。
その際、教団と協力した政府機関、企業などの情報が全て漏洩され、教団は解散となり、政権が交代した国もあった。小さな事件ではなかった。しかし、今後の地球と銀河帝国とのより良い関係のため、事件は秘匿されることになる。来海透子がまとめたいくつかのレポートは、書くだけ無駄になるかもしれない。しかし、纏めずにはいられない。あの日のことを。

防衛大の医学科を経て、大学病院にいた来海透子は防衛省内に急遽設置された対異星人事案対応課に志願した。そこには同期で「防衛大の三羽烏」と呼ばれた草里公仁と由良由美香もいた。
3人とも、日本、ひいては地球が宇宙人に降伏して宇宙開拓時代が来る。という未来を前提としてそのための情報収集に明け暮れていた。
そんな時に舞い込んできたのが、神の国による反抗計画。すぐに潜入捜査の対象となった。公仁は協力企業の一員として。もう一人の隊員が元保父の経験を買われて子どもたちが集められた施設に侵入する。
内偵が進められ、作られる宇宙船にどうやら地球に存在するどの技術よりも優れたものが使われていることが、公仁によって報告される。
報告を受けて異星人対応課では通称ACT(エイリアン捕まえ隊)という計画阻止と技術の接収を目的としたチームが組まれる。
透子はこれに医療班、子どもたちの保護要員として加わった。
あの日、神城千保からの提案が潜入隊員からもたらされる。宇宙船の破壊してくれたらこの件に関する全情報を提供するという。
「壊した方が早いし楽だよねえ」
「事件解決には、当事者である子ども達の協力が欠かせない。それを得るには要望を受け入れるべき」
「それっぽく破壊しておいて、後から残骸を詳しく調べればよいかと」
三羽烏それぞれの意見が通って神城千保の条件を受け入れた、制圧救出作戦第2案が実行される。

真っ暗な海。輸送艦おおすみの甲板。アイドリングしている洋上迷彩のUH60の中で透子は装備の点検をしていた。
「ひさしぶりでしょ。銃持つの」
由良由美香は先進兵器研究をやってる部署からACTに参加している。彼女も子どもたちの保護班として動く。
「私のサイトつけといたから大丈夫。当たる」
「子どものそばで使いたくないけどね」
由美香ちゃんの特製ドットサイトは一部隊員の中で人気アイテムらしい。
と、その時、暗い海の向こうに一つ真っ白な光が見えた。
「ロケットだ!」
「状況開始」
UH60が離艦する。程なくして由美香がドローンのコントローラーを持った。
「誘導用ドローン発射」
増槽を吊り下げているウイングに取り付けた箱から10機のドローンが闇に放たれる。大体のあたりはGPSでつけているが、由美香がゴーグルをつけて精密な位置にドローンを導く。
「台船を確認。発射台とトレーラーを視認。ドローン着弾します」
「CPよりD1、矢を放て」
この作戦を仕切る陸自レンジャー出身1尉の指示で、おおすみ艦上のMLRSからミサイルが放たれる。本来長射程用だが、爆発範囲を抑えた短射程弾を使う。炎が追い越したと思ったら、派手な爆発が見えた。
「うわー、周りの住民になんて言おう」
「そんなもん、公仁がなんとかするでしょ」
由美香が平然と答える。

島施設が見えた。
「目標視認。これより着点します」
ヘリのパイロットの声に透子はヘリから下を見た。発煙筒らしき光で着陸点が示されている。
「了解、M1、プレゼントの確認を。J1からJ4はプリンセスの護衛に回れ」
M1は透子のコールサインだ。通信は通称潜入保父のS1から。
透子は座席横のノートPCを開く。専用の受信データサーバに膨大な情報が入っているを確認した。
「M1より各員。プリンセスのプレゼントが届いた。すごい量」
「王女様の約束は守られた。あとは救うのみ」
由美香がニヤッと笑う。
宿泊棟屋上にヘリが降りる。抵抗はない。透子がビルに移ると潜入保父に連れられて、5人の子供が駆けてきた。高校生が二人、中学生一人、小学生二人。こんな子達を宇宙で戦わせようとしていたのか。この教団。
高校生の二人の後頭部にリボンが付いている。
「ね、君たち、それは?」
「あいつらさ、感覚領域を高めるとかいう薬を打ってきたんだ。ナノドライブって言ってた。そしたら、ここにものがくっつくんだよ」
ぱち。男子高校生、割り当てられたコードネームはピーカンボーイ。が一旦取ってまたつけた。
これが異星技術らしいやつか。透子の好奇心が疼く。
「また、後でゆっくり聞かせてね」
「やっぱり、取り調べとか、あるの?」
女子高校生。コードネームミスティ。調査中に噂になるほど綺麗な女の子。なるほどね。なんていうか、可憐ね。
「健康診断って言った方がいいかな。その、ナノドライブの影響がどれほどなのかってことね」
ミスティが何か訊きたそうだったけど、黙る。ピーカンと目配せ。
あれ、この子達、まさかね。でも、あるか。
とりあえず、今はいい。透子は簡易座席の端で涙を流し続けている女の子を見た。
コードネーム、スノーホワイト。潜入保父の話だと凄まじい能力を持ったパイロットだという。中学生とは思えない華奢で小さなこの子が。透子は目が離せなかった。

「千保ちゃんが、返事しない!」
叫んでスノーホワイトが走り出した。作戦完了までもう少しの時。
透子は咄嗟に後を追う。
「きみ!、ちょっと、どこにいくの! CP、こちらM1 。スノーホワイトがヘリを降りた。プリンセスのもとに向かう模様。カバー入ります。プリンセスにトラブルの可能性」
「M2、あと、よろしく!」
「きをつけろー」
由美香の気の抜けた返事が緊張をほぐす。
走る小さな姿。機械が燃える匂い。時折銃声。
そして破壊された壁の奥にある、白い機体が見えた。スノーホワイトは迷いなく走り、外部スイッチを押して機体を登っていく。
透子の視界に行動の脇から出てくる人影が見えた。装備が違う。ここの警備兵。構えた銃は女の子に向いている。
「あなた、伏せて!」
発砲音と跳弾の音。透子は由美香ダットサイトに映るターゲットに躊躇いなく引き金を引く。目標沈黙。子どもに銃を向ける兵を許す道理は透子にはない。六花が撃たれても全く怯まず、ハッチを開けている。さっきまで泣き虫さんだったのに。

「これは、いったい」
透子が追いついて機体を登り、コクピットを見る。外部から攻撃があったわけじゃないのに、プリンセスは自分の吐いた血で真っ赤だった。その時、ゴキンと大きな音がした。
「H6どうした!」
「ローター止めてるのに、機体が浮き上がるんだ!」
無線から叫びが聞こえる。実際にローターを止めたUH60が上昇している。説明のつかない現象が起きている。
「何が起きているの?」
「こちらH6、何かに引っ張られている。現在対地高度は130フィート!」

プリンセスに抱きついていたスノーホワイトが血をつけた顔で透子に声をかけてきた。
「あ、ああの」
「どうしたの?」
透子が顔を寄せる。
「ヘリの上、10mのところを撃ってください」
一瞬、よくわからなかった。
「ヘリの上? どういうこと?」
「それは…」
スノーホワイトがプリンセスを振り返る。おそらく、彼女からの指示だろう。間違いない。この子達は声を使わずに会話している。
透子は無線を開いた
「プリンセスから提案あり。M1 発砲します」
ゆっくり上昇してるヘリの10mほど上にフルオートで斉射する。曳光弾が弾き飛ばされるのを見た。何かいる。ノイズのような映像障害が空に出て、
四角い物体が現れた。
「光学迷彩! 各員、エイリアンアラート!」
透子は叫んでいた。初めて間近で異星の物体を見た。
なんの動力らしいものなく、四角いものが浮いている。

「兵隊さん」
スノーホワイトの声がした。私のことか。
「なに?」
彼女の目に強い意志が宿っているのを見た。
「ぽ、千保をお願いします。下ろしてください」
そうだ。救護しないと。
「わかった。M1より要救護者1名。プリンセスが重症」
スノーホワイトがプリンセスを抱き起こし、透子はその身体を受け取り、肩に乗せた。軽い。
「あなたはどうするの?」
「これを使ってヘリコプターを助けます」
あの意思の光はこのことか。透子はスノーホワイトを見つめる。
「どうやって」
「大丈夫…六花に任せて」
抱えたプリンセスの口から、微かだが強い言葉が聞こえた。
開いた口から、つーっと血が滴る。まずい。
そして、この子達にはやれることがある。私たちにはない。
「…わかった。もう喋らないで。私、来海透子。あなたは六花ちゃんね」
「と、透子さん千保を」
「任せて。助ける」
透子は千保を抱えて機体を降りる。
「M1からM2、プリンセスを確保。応急処置の準備して。スノーホワイトは馬車でエイリアンを止めるつもりだ」
「どうやって?」
「プリンセスのお墨付きだ。任せる。私たちには何もできないから…」

透子が宿泊棟まで戻り、準備されていた応急処置キットで千保の身体をチェックする。外傷はない。吐血で内臓にダメージがあるのはわかる。心音は微弱。強心剤を投与しても心音は弱いままだ。これでどうして意識が保てる? 
「これも、ナノドライブっていうシステムの…」
その時、背後で閃光が走り、凄まじい衝突音と爆発音。
透子が振り返ると白い光が雪のように落ちてくる。四角いUFOの仮面中央に六花が乗っていた宇宙船が突き刺さっている。六花は? 視界を巡らすと上空に脱出ポッドと思しき機体がパラシュートを開いていた。
「すごい。あの子」
UH60が呪縛を解かれ、ローテーションで降下を始める。
四角いエイリアン船は、突き刺さった馬車本体を振り落とすと、UFOらしい加速で空に消えた。

そして、六花が駆け寄り、プリンセス、神城千保に抱きつく。
おそらく、なんらかの会話をしたのち
千保が六花の頭を引き寄せるのを見た。どこにそんな力が?
数秒後、へたり込む六花。微笑んだまま、心停止する千保。
それと同時に島に静寂が訪れた。教団本部の制圧も完了した。
何も起きなかった。これからも何も起きない。目的は達せられた。
本当に? 
透子は千保の遺体の血をぬぐい、死体運搬用の袋に収めていく。パイロットスーツのポケットに何かある。それは白いリボンだった。
その場に座ったまま、透子のしていることを呆然と見ている六花に渡す。
「持っててあげて」
返事はない。手のひらの中、それを彼女はただ見つめている。
泣いてはいない。多分泣けないんだ。透子はそう思うことにした。

UH60が島を飛び立つ。一旦おおすみに戻り、透子たちはSCEBAIで子どもたちのアフターケアをすることになっている。異星人との非公式コンタクトのみならず、異星技術を身体に取り込んだ最初の人類。調べたいことは山ほどある。ただ、協力してくれるかどうかは別問題だ。
「難しいな」
「へえ、透子にしては…。まあ、弱気にもなるか」
由美香が唇を噛む。UH60は子どもたちの泣き声で満ちている。ピーカンボーイ、晴人、ミスティ小霧、小学生の二人も。千保の死を間近で見た六花だけはただ下を向いている。千保の遺体の入った袋に手を置いたまま。
「透子、見て」
由美香がノートPCを開いて見せてきた。
「エリアル?」
SCEBAIのロボット、エリアルが侵略者の戦艦から放送をしていた。ロボット自ら喋ってる。内容は圧倒的な侵略者の力を見せた降伏勧告と、それによって宇宙を身近なものとする未来が来ること。透子たちが近いうちに来ると思っていた未来の話だ。侵略が始まったあの時と同じ、全世界で流れている映像らしい。侵略を受け入れて、新しい宇宙時代に行こうと訴えかけた。
多分これで世界が動くだろう。最後には放送に関わったエリアルのパイロットたちが写った。千保と変わらない年齢。透子は六花が顔を上げて映像を見ているのに気づいた
「…ねえ、千保ちゃん。あの子たち、あんなにキラキラして、世界に変わってって言ってる。なのに、なんで六花たちは、こんなことになってるの? 千保ちゃん死んじゃって、帰るところもなくて。なんで? 地球を守ったんだよね。千保ちゃんそう言ってた。どうして千保ちゃんが死なないといけないの? 六花これからどうすればいいの?」
六花の呟きに返す言葉が思いつかない。でもじっとしていちゃだめた。
透子は六花のそばに行くと、小さな頭を抱きしめた。
「大丈夫。みんな六花ちゃんのこと知ってる。あなたたちが頑張ってくれたから、さっきの子達もあの放送ができた」
この2つの出来事に直接的な関わりはない。わかってる。でも、計画が実行されていたら、あの放送はできなかっただろう。あと少し放送が早ければ、あと少し燃焼実験が遅ければ。神城千保は死ななくて済んだのに。
悔しいな。なんか。六花が透子を見上げる。
「でも…」
「千保さんを助けられなかったのは、本当にごめんなさい。私の力が足りなかった」
任せてって言ったのに、何もできなかった。知らないことが多すぎる。
「うっ…」
声を押し殺して六花が泣き出した。この子達が安心して暮らせる環境を整えなくちゃ。私たちしか知らなくても、この未来はこの子達が作ったんだ。
「頭痛いよ…ぽぽちゃん」
透子はおおすみに着艦して、頭痛にうわ言をもらす六花が気を失うように寝てしまうまで彼女を抱いていた。

地球は正式に降伏勧告を受け入れ、銀河帝国の版図となった。
その日、解散した神の国の信者が集まり、集団自決を行う。主導したのは千保の父。そこに晴人、小霧、六花の両親も含まれていた。
彼らは計画の失敗による地球皆殺しが始まる前に自ら神の国に旅立つという教義に従ったとされる。しかし、教団のWEBサイトには神城千保によるビデオメッセージが残されており、これを見て拡散した信者は集団自決に参加しなかったという。彼らの中で千保は紛れも無い聖女だった。

神の国による異星人艦攻撃未遂事件。通称神の子ども事件
監禁された児童20名中、死者1名 行方不明者10名
首謀者の一人である神城千賀子は現在逃亡中。
教団による集団自決385名死亡 重症27名

逃亡中の自称異星人オリヒト・ヒルバーと神城千保の最後の会話はログが残されており、行方不明者10名が異星人による誘拐であることが断定された。
銀河帝国の警察組織に広域捜査を依頼。

CHAPTER-0-2  発足式 当日

六花が格納庫前に立っていると、透子の声がした。
「早いね。六花」
「せんせ。おはようございます」
「いよいよ、始まるね。新しい仕事が」
「もう始まっちゃてますけどね。バトル」
一昨日の頭痛は意図せず始まった戦闘でオーバードライブを使ったせい。
この頭痛はなかなか克服できない。
「まあ、向こうは私たちに合わせてくれないからね」
透子は六花の手をとって引っ張る。
「さて、初日から遅刻は嫌だからいこっか」
「はい」
同じ制服をきた六花と透子が格納庫を見上げるとドアが開き、中に朝日が差し込む。身長40mの巨体がキラキラと光を反射する。
銀河帝国登録防衛会社「地球防衛軍」所属迎撃用機動兵器エリアルE。オリジナルとは違うE型と呼ばれる新造機。特徴は横に伸びた俗にいうエルフ耳。ここには頭部ユニットに入りきらなかったセンサー類がわんさか入っているという。開発当初から異星技術を取り込み、今のところ、地球最強のロボット。今日から正式に地球絶対防衛線の要として運用される。
パイロットはナノドライブ・バージョン4によって強化された唯一の人類 六羽田六花。任務のない時は基地近くの高校に通うことになっている。
JK兼地球最強機の多分人類最強のパイロット。その手は小さく、暖かい。
透子は六花の手をにぎにぎしつつ、彼女を保護してからの3年間を思い返した。泣けるわ。
「せんせ、感無量?」
「そんなとこね」
格納庫横のエレベーターで胸元の球体コクピットまで上がる。
同じヒューマノイド型機動兵器を運用する星系から防衛軍発足のプレゼントとして贈られた、物理的攻撃を通さない謎の布状装甲素材のリボンをくぐって、六花がパイロット席、透子はオブザーバーシートに座る。
「武装はします?」
「手ぶらでいいって」
「了解。発進準備」
六花がゴーグルを装着するとナノドライブが機体に接続され、周囲に広い視界が広がる。そしてパイロット席の左横にあるナビゲーターシートにもう一人の映像が現れて座った。
「おはよう六花。いい天気ね」
「式典、寝そう」
「私が起こしてあげる。くすぐるのと、プリンセスのキスとどっちがいい?」
「んー両方」
3年前の神城千保と同じ外見。同じ声。六花をロッタと呼ばないこと、そしてつけられた名前が違う。エリアルE搭載の新世代戦術戦闘AIの擬人化プログラム。名前は有栖川アイミ。ちゃんと防衛軍の制服を着ている。3D映像なので着替えは簡単。
テストの際に「一人乗り寂しい」という六花の声に応える形でAIが自ら作り出した。日々人格形成を続け、性格が表れてきた気がする。このAIの成り立ちを考えれば、なって当然とも言えるのだが。
「では、一路東京へ。場所はわかってる?」
「はーい。わかってまーす」
六花が返事を返して笑う。
「そんな言い方、誰に教わったの?」
アイミも笑う。ゴーグルをつけていない透子には、アイミの声は聞こえても、コクピットには楽しそうな六花以外、姿は見えない。コクピットの中でしか、六花のあの笑顔はない。
歩いて格納庫から出る。整備員が見送る。今日は富士山が綺麗に見える。
地球防衛軍の発足に伴い、エリアルEは東京湾の基地に移動する。
SCEBAIとは次の定期メンテナンスまでお別れだ。
エリアルEの腰にある高機動スカートが淡い燐光を放つ。慣性制御がはたらいて、足が地面を離れる。腰のウイングユニットが左右に展開する。
「AE04 ARIEL-E this is SCEBAI control. clear for takeoff.」
「10.4. ARIEL-E engage」
六花が返事を返すと、小鳥のような身軽さで身長40mのロボットが舞い上がり、東京に向けて一気に加速した。




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