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【短編小説】マリアンヌの心霊写真

 三十年くらい前。まだデジタル写真がそんなに普及していなかった頃の話だ。

「ああ、よかった。見つかって」
 そう言うとマリアンヌはコーヒーカップを口元まで両手で持ち上げて、一口だけ飲んだ。
「そうですか。そんな不思議なことがあるんですね」
 僕はマリアンヌの話を信じていたわけではないが、その行為には感謝した。
「信じていらっしゃらないでしょ。でもいいの。ひとりでも助かればそれで」
「これです」
 そう言うと僕は、マリアンヌと二人だけで映った写真のネガフィルムを渡した。
 それはスイスへ旅行に行ったときに、ツアーの自由行動で、僕ら夫婦とマリアンヌ夫妻がたまたまレマン湖で出会ったときに撮った写真のネガだ。
 マリアンヌのご主人がトイレに行っているときに、僕の妻が撮っていたレマン湖の写真に僕とマリアンヌが写り込んだのだ。
 妻はその写真をマリアンヌの住所に送った。
「主人を疑う人もいるんです」
 マリアンヌが言うには、マリアンヌと二人だけで写真を撮った男性はほとんどの人が亡くなるというのだ。
 それもマリアンヌの夫がその写真を見た数ヶ月後には亡くなっているらしい。
「確かに主人は私のことを愛しています。それに…」
「それに」
「嫉妬深いかもしれない」
 僕らがスイスで出会ったマリアンヌのご主人は画商だと言っていた。フランスで生まれて日本で育ったマリアンヌと違って、日本で生まれ、日本で育った男性だった。
 マリアンヌはそう言うとなにげなく窓の外を見た。
「あっ、あれ、雲が青空を閉じ込めているみたい」
 僕はマリアンヌの見ているほうの空を見た。
 青空の一角に雲が広がっていて、雲は速い動きをしていた。台風が近づいているせいだろう。
 雲がだんだん青空を隠していっている。マリアンヌにはそれが雲に閉じ込められている青空のように見えるのかもしれない。
「でも、そんなことをする人じゃありません」
「そんなことって?」
「ある人は誰かに殺されています」
「殺された?」
「西新宿で起きた夜の通り魔殺人です」
「どうしてそれが写真と関係あるってわかるんですか?」
「主人が教えてくれたんです。あの事件を新聞で見て、これって君といっしょに写真に写っていた人なんじゃないか?って」
 僕はあの事件の報道をテレビで見たが、そんなことは想像もしなかった。
「もうお一人は添乗員の沢木さん」
「ああ、あの元気な方」
「ひき逃げ事件でなくなりました」
「そうですか。お気の毒に」
「それも主人が教えてくれました。君と写っていた人じゃないのかって。千葉県の地方紙の記事ですが」
「沢木さんならご主人も覚えいらっしゃるでしょうね」
「犯人は見つかっていません」
「えっ」
 窓の外を見ると、青空はさっきより閉じ込められているように見えた。
 雲の動きは思ったより速い。
「でも、ご病気でお亡くなりになった方も何人かいらっしゃいます」
「病気で?」
「お一人でスイスに旅行されていたお医者様。たしか熊本からの参加とか」
「ああ、あの人」
「肝臓ガンでお亡くなりになりました」
「へえ」
「主人がアルバムでその写真を見た一月後です」
「まあ、そんなこともありますよね」
「もうお一人がご家族で参加されていた西田様」
「ご主人が脳溢血でお亡くなりになりました」
「そうですか。お気の毒です」
「それも同じ時。主人がその写真を見て一月後。西田様はハーフの私が外国人みたいだって、出発前に空港で撮られたんです。私、皆さんの近況をお聞きしたんです」
 僕は何か不穏なものを感じた。
 四人の死亡。それは偶然なのか、何か意味があるのか。
「主人は心霊写真かなにかなんじゃないかって言うんです」
「心霊写真?」
「私に霊が付いていて、それが二人だけで写真を撮ると、霊まで乗り移ってしまうんじゃないかと」
「だから、奥様からこの写真をいただいたときに主人にも見せずに、供養しなきゃいけないと思ったんです」
「供養?」
「私、霊媒師に見てもらったんです。主人には黙って。だって、霊じゃなかったら主人のせいかもしれないでしょ」
「ええ、まあ、そうかもしれませんね」
 マリアンヌの考え方はとても理屈に合っていると僕は思った。霊のことは別として。
「そうしたら、霊媒師は私に霊が付いている、でも私の霊が乗り移ったのではない。私の霊が強すぎて、分身として写真の男性にも二重に移るんだと」
「霊が強すぎる?」
「私に男性を惹きつける力があって、私のことを見て性的なことを思った人にはそうなると」
「性的?」
「ええ、触れたいとか、寝てみたいとか」
 僕はそういうことをさらっと言うマリアンヌにちょっと驚いた。
 でもマリアンヌの目は真剣だった。
 そう言われると、美人のハーフの女性とそういうことになったら、と考えたことはなくもない。マリアンヌに見つめられながら、僕は妄想を恥じた。
「だからどちらも霊の供養をしないといけないんです」

 マリアンヌと別れて、家に帰ると妻がいた。
「今日、スイスで一緒だった夫婦のマリアンヌって奥さんに会ったんだ。写真のことで」
「えっ」
「君が写真を送ったって言っていただろう」
「ええ。でもあの後、ご主人から連絡があって、奥様は亡くなったって、聞いたわよ」
「ええっ」
「自殺みたいね」
 僕は呆然とした。
 では、さっきのあれは誰なのか?
 窓の外の青空は全くなくなって、黒い雲に覆われていた。
 台風が近い。

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