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【じんたろホカホカ壁新聞】大津中2いじめ事件は何を教えてくれるのか?

あの事件から9年。
事件は何を教えてくれているのか。

2011年に大津市でいじめを受けた市立中学2年の男子生徒=当時(13)=が自殺してから今年の10月11日で9年経った。父親(55)が新聞の取材で、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う学校の臨時休校や夏休みの短縮といった生活の変化で「子どもたちのストレスが高まっている。はけ口として弱い子どもがいじめを受ける恐れがある」と懸念している。

この事件は、自殺を家庭環境にあるようにマスコミに行政が流した事や、調査結果を隠すように見えた教育行政に怒りを感じた両親が刑事告訴し、加害者は立件され、児童相談所送致されるとか悲惨な展開になった。大津家裁は加害者3人の内、2人を保護観察処分、1人を不処分とした。
父親はいじめた元同級生らに民事でも損害賠償を求め、一、二審とも裁判所は自殺との因果関係を認めた。
しかし、父親は元同級生らから謝罪はないといい「状況は何も変わっていない。息子に報告できないままの9年だった」と嘆く。男子生徒の自殺を契機に制定されたいじめ防止対策推進法についても「コロナ禍もあり、実効性を高める改正に向けた立法府の動きが進まない」と焦りを口にする。
二審判決では過失相殺で賠償額が減額されており、父親は6月、最高裁に上告した。「家庭環境に問題があったという理由で学校が責任を逃れることが無いようにしたい。まっとうな判決が出ることで教育現場に警鐘を鳴らすことができる」と期待を寄せる。

大阪高裁で何が問われたのか?

今年2月にあった大阪高裁の判決では、いじめと自殺の因果関係を認める一方で「両親にも生徒を精神的に支えられなかった過失があった」と判断。約3,750万円の支払いを命じた一審判決を変更し、賠償額を約400万円に減額した。
判決によると、生徒は2011年10月に自宅マンションから飛び降りて死亡し、遺族は2012年に元同級生側と市に約7,700万円の賠償を求めて提訴した。19年2月の一審・大津地裁判決は「いじめが自殺の原因になった」と認定。自殺も予見できたとし、元同級生3人のうち2人に請求のほぼ全額の賠償を命じていた。
高裁の判決理由で裁判長は、一審同様にいじめ行為の存在を認め「首を絞めたり顔面を殴打したりするなど、いたずらの域を逸脱する陰湿で悪質なものだった」と指摘し「因果関係がある」と述べた。
その上で、裁判長は生徒の自殺に関し、遺族側に落ち度がなかったかどうかも検討。生徒が自ら自殺を選択していることなどから「両親側も家庭環境を適切に整え、精神的に支えられなかった」などとして過失を相殺し、約400万円の賠償額が妥当とした。

いずれにせよ、この事件がいじめ対策が強化されるきっかけとなったのは事実だろう。

政府は2013年、いじめ防止対策推進法を制定した。しかし、その後、いじめの認知件数は増加傾向にある。文部科学省の調査によると、全国の小中高校などで2018年度に認知されたいじめは54万3933件で過去最多。重大事態も最多の602件だった。
いじめによって無力感や閉塞感を抱いた被害いじめを理由に命を絶つ子供は後を絶たない。文科省によると、全国の国公私立の小中高校在学中に自殺した児童・生徒は11~18年度に計62人に上った。年度別では11年度の中学生4人に対し、18年度は中高生9人で歯止めが掛かっているとは言えない。

文部科学省の調査によると、全国の国公私立の小中高校と特別支援学校が2019年度に認知したいじめは61万件を超え、過去最多を更新した。前年度から約7万件も増えた。
しかし、地域格差もある。
千人当たりの認知件数を都道府県で比較すると、全国最多の宮崎の122.4件に対し、全国最少の佐賀は13.8人で、9倍もの開きがある。どんな行為をいじめと認知するか。その尺度が、地域によって異なっていると考えざるを得ない。

いじめは増えているのか、いじめに敏感になっただけなのか?

また、いじめの認知件数の増加は、いじめが深刻化しているというよりも、学校現場がいじめに対して敏感になってきた表れだという指摘もある。
認知件数の急激な増加も、この通知が影響を与えていると考えられる。

「今回の調査結果からもいえるのは、世の中で着実にいじめに対する意識が高まっているということです。人権意識が高まり、教育行政関係者が『ある程度報告しなければまずい』と考えれば認知件数は増えますが、逆にそれらの意識が低ければ認知件数は当然少なくなります。ただ、いじめというのは数量的な研究が非常に難しい分野です。今回の調査ではいじめ発見のきっかけとして『アンケート調査など学校の取組により発見』が54.2%と最も多かったですが、児童生徒が教室内でアンケートに記入しているのであれば、周囲を気にして、本当に思っていることを書けない可能性も考えられます。全国一律かつ学校での実施にこだわらない調査も視野に入れるべきでしょう」
(いじめ問題の研究で知られる明治大学文学部准教授の内藤朝雄氏)

その一方で、教員にはエールを送りつつ、改革の必要性を指摘する。

「教員1人ができることには限界があります。教員の能力にかかわらず、いじめがひどくならない学校のしくみづくりが重要です。子どもたちを閉鎖空間にとじこめて、極端なまでに集団化するという教育制度を見なおす以外に、有効な改善策はありません。世の中がいじめに対する意識を高めることで、『学校の全体主義』が改善する可能性もあります」

学校では教師集団も例外ではない

大人の社会でもいじめがなくならない。
教育現場でも、同僚への人権侵害が平気で行われたりしている。その自覚もない場合もある。
神戸市東須磨小の教員間のいじめ・暴行事件があった。
あれは、なぜ起きたのか。
諸富祥彦教授(明治大学)はこう言っている。

私は、多くの学校、とりわけ小中学校の職員室には、「同調圧力」という魔物が住んでいるのではないかと考えています。
とりわけ、20代から30代という比較的若い世代の教師の間で、強い同調圧力が働くことがしばしばあります。同じ学校の「ほかの教師集団から仲間外しにあった」「仲間に入れてもらえない」と訴え、相談してくる先生方は少なくありません。その多くは「同僚の同世代の教師から、仲間外しにあっている」という相談です。
同じ世代の誰かを排除することで、集団としての凝集性を高めているのです。
仲間同士で完結した一体感のある世界をつくり上げています。
若い先生方は、同世代の教師集団から外されないように必死です。そうしないと自分の居場所を確保できなくなるため、必死なのです。
以前から日本では「村八分」と言われるように、同調圧力の高い社会でした。しかし、若い世代はさらに強固に「同調圧力」に支配されて逃れられない人が多くなっています。
おそらく、東須磨小の職員室でも「力があるとみなされる」加害教員4人グループが、ほかの教員たちに「自分たちに従わないと、この学校では孤立する」という同調圧力をかけ、特定の教員を攻撃する空気ができあがっていったのでしょう。

さらに諸富教授はこう呼びかけている。

先生方には子どもに対しても「空気を読みすぎない行動のモデル」を示してほしい。先生には子ども集団に対してではなく、教師集団の中でもぜひ「空気を読みすぎない行動」をしてほしいのです。

学校の教師集団はフラットな関係を好む。
主任手当反対闘争なんてあった。
上下関係で組織を運営するのが苦手な集団なのだ。
学校の教職員会議、大学の教授会などもマネジメントするパワーとスキルを失えば、同調圧力集団になる。大人社会も例外ではない。

AIがいじめを解決する?

いじめを防ぐための対応策の一つとして滋賀県大津市と日立システムズが開発した「いじめ予測分析システム」がある。
AIが過去データを分析し、いじめが深刻化するリスクを瞬時に判断する仕組みで、人手不足が続く教育現場への導入を呼び掛けているらしい。

しかし、
・システム内のいじめのサンプルデータ数はそろっているのか?
・システム内のデータは正確なのか?
・AIで判定するようなものか
という問題を指摘する人もいる。

「予測ができても結局は現場の教員や人が動かなければ、意味がありません。いじめは放置するとエスカレートすることが多く、教員が知っていながら放置したり、学校がいじめを見て見ぬ振りをしたりすると、いじめはひどくなります。わかっていて隠蔽するケースがほとんどじゃないか!と思っている人もいることでしょう。
AIで高リスクと判断された場合、どういう対策を学校が行うのか、方針などをしっかりと策定して実施しなければ意味はないのです。私達が怒っているのは、学校でいじめが起こっているということよりも、いじめを放置したり隠蔽したりする学校の体質ではないでしょうか。いじめが予測できるとか、発見が早くなるというまえに、仕組みを変える必要があるように思います。」

最高裁では何が問われるのか?

大阪高裁で自殺を止められなかった家庭にも過失があったと賠償額を減額された両親。
裁判所の判断は正しいのか?
家庭に自殺を止められたのか?

今年2月27日の高裁判決は一審大津地裁判決と同じく、いじめと自殺の間に因果関係があると認定。一方で「両親は家庭環境を整えることができず、生徒を精神的に支えられなかった」などとして、賠償額を一審判決の計約3750万円から約10分の1に減らした。
元同級生2人に計約400万円の支払いを命じた大阪高裁判決を両親が不服として最高裁に上告した。

両親の弁護をしている事務所はこう述べている。

この判断は、酷いいじめに遭った被害者が、自殺を選択せざるを得ない状況に追い込まれてしまうこと、自身の生死について判断能力を奪われてしまうことを無視したものです。また、現代は様々な「家族の形」があり、裁判所が考えるような「整った家庭」に当てはまらない家族もたくさんありますし、「親だからこそいじめに遭っていることを打ち明けたくない」と思う子供達が多く、必ずしも親がいじめ被害に遭う子供を支えられる状況にあるとは限りません。
それにも関わらず、これらの事情を被害者側の「過失」と考えられてしまうことには大きな問題があります。当所では、このことを最高裁判所に問うていきたいと思います。
(吉原稔法律事務所HPより)

いじめを無くすために、あなたはいったい何ができるのか?

『大津市中2いじめ事件』(PHP新書)という共同通信社大阪社会部が出版した本がある。

「自殺の練習をさせられていた」という生徒たちの埋もれかけていた証言から事件は発覚した。いじめと自殺の因果関係を認めず、調査を打ち切った市教委の対応は、社会問題となった。
事務作業や保護者対応に忙殺される教師たち。連携さえとれない現状で、はたして子どもの異変を察知することはできるのか。子ども1人に孤独を背負わせる世の中であっていいのか。私たちはいま、彼らのために何ができるのか。

この本では両親が別居していた複雑な家族関係も細かく取材している。

たしかに家族関係にも問題があったと思う。普通の家庭ではなかった。しかし、自殺の練習などまでさせられて、追い込まれていた子どもをこの家庭が自殺から救えたのか?

そこは裁判所の判断に疑問も残る。そういうことも考えさせてくれるよい本だ。

大津中2いじめ事件で、自殺に至る前にいじめを担任の先生に告げたのはひとつの女子中学生のグループだった。
ほとんどの生徒は見て見ぬふりをした。
子供たちは自分がいじめの対象になるのを恐れた。
担任の教師はその女子中学生グループは少数派だと思っていた。だから重視しなかった。その教師も怠惰な教師だったわけではない。今から思えば少し感覚が鈍かったくらいだろう。でもいじめを止めるパワーをもっている最も身近な大人であったのも事実だ。

いじめを無くそうと声を上げるのには勇気がいる。
それに加えて止めるパワーとスキルも要る。
みんなができることではない。
でも、パワーとスキルがなくても、誰かを動かす事はできる。
そのためには正常な感覚を失わない事だ。

『大津市中2いじめ事件』の巻末に生徒たちがアンケートに書いた言葉が掲載されている。

「いじめの事を知っていたのに先生に言う事ができなかった。申し訳ない気持ち」
「ケンカなどを見たときに止める勇気があったらよかった」
「すごく悲しい。夜も眠れないときがあります。健二君がいじられる・いじめられるのを止めたら良かったと後悔しています」
「友達を一人失ったことがこれほど悲しい事だと改めて思った。いじめを止められなく、見て見ぬふりをしたことに後悔している」

子供たちの悲しみ、いくつもの後悔が載っている。

子供たちに正常な感覚が失われているわけではなかった。

ただ動けなかっただけ。

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