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神保町をぽくぽく歩く2

 三省堂書店本店へ向かって歩く。古書街に鎮座する本屋さんのビル。憧れる。
 最近の本なんてネットで買えるのに、という意見は片耳に引っかけたのち、その辺に転がしておく。Amazon、そりゃもちろん、私もお世話になってますけど。ネットで取り寄せと本屋で買うのは、まったく用途が違うんだよ、用途が。
 誰しもがそうだと思うのだけど、本買うときに、これ! って決まっているときは、ネットは便利だ。自分の欲しい本が、必ずしも本屋に置いているとは限らないから。それに、ネットでデータごと買ってしまえば、置く場所にも困らない。
 それでも、私は本屋さんに行く。読みたい本がないと、本屋に行く。自分の知らない本に出会うために行く。買う気がなくても行く。
 店員さんが何をおすすめしているのか。POPをつけて平積みしている本は、ごまんとひしめく新作本の中から、精査されて攻めの一手を投じている本。店員の手腕だ。
 最近は地方でも、セレクトショップめいた、とんがった本屋さんが増えつつあるけど、そういうものでなくても、お店の特色はにじみでる。小さな書店でも、支店の多い書店でも、売る側の計略にひっかかるのは楽しい。
 いわんや、神田神保町にくろぐろと聳え立つビルを構える本屋だ。きっと、なにかと独自のものがあるはず。とても興味深い。楽しみ。わくわく。

 歩く、歩く。古書店のつらなりを歩く。気になる店が二店舗ほどあった。ガラス越しに見える店内には、年代物の和綴の本が見える。入ってみたいが、足を踏み入れる勇気がない。とりあえずは、三省堂書店本店だ。
 と、思っていたのに、古書店の前で、足がつい止まる。
 本を守るためのビニールのカーテンは、雨の水分をまとい、こじんまりとした店のまわりを、やわらかく包んでいた。ガラス戸はなく、入口に本が積み重なっていて、先客の五十代くらいの男性が、本を眺めている。
 この古書店は、なんだか肌に馴染みそう。
 よし、入ってみよう。
 私は意気揚々と、入口に足を踏み入れた。
 そうしたら、段差をなくすためにつけている金属の板に、思いっきり足をすべらせた。
 これは店が悪いのでなく、私の靴が悪いのだ。その日足をすべらせたのは、二回目だった。私が悪いんだけど、よりによって、こんなところですべらなくても!
 へんな声が出て、先客の男性がたいそうびっくりしていた。転けなくてよかった。よかったけど、見知らぬ男性に、大丈夫ですか、と心配されて、恥ずかしくてつらい。
 しまいには、店員さんまで奥から出てきた。先客の男性と同じく、大丈夫ですか、と聞かれる。アルファポリスさんで開催しているキャラ文芸に出てきそうな、如何にも古書店で働いてそうな雰囲気の青年だ。こんな古書街で働いていると、小説のキャラクターみたいな人間になれるのか。まじか。この青年と、私がキャラ文芸というお題で書いた主人公の男性、照らし合わせてみると、やっぱり私の書いた話は、趣旨とズレてるのかもしれない。
 一瞬で色々駆け巡り、ぼうぜんとしていると、店の人が無表情でもう一度、大丈夫ですか、と聞いてきた。私の脳内の残念さでいうと、たぶん大丈夫ではないのだが、そういうことを聞いているのではないのはわかる。
 すみません、滑っちゃいまして……。と、へらへら笑って誤魔化す。店員の青年は、無言で静かに奥へ戻った。こういうときは、そっとしておいてくれる方が助かるので、その対応はありがたい。

 とりあえず、この店で一冊くらいは、本を買って帰ろう。このままなにも買わずに帰ったら、店の入口で滑った、挙動不審極まる何も買わなかった人だ。せめて、入口で滑った挙動不審極まるお客様に、私はなりたい。

 

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