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それはまるでカヌレのような

前の恋人に「菓子で喩えるならカヌレ」と言われたことがあって、私自身はカヌレがけっこう好きな方で、かといって色々なところのものを取り寄せて食べてみる……といった情熱はなく、ふらりと立ち寄った洋菓子店で、あのころっ・むちっとしたやつを見ると、頭の中で一瞬「ものすごカロリー高いんだったなこれ」、と思いながら、いくつください、と言う、そのくらいのものである。

会社なんかで焼き菓子が配られることがあると、「なみさんはプレーンなやつだったね」と総務の女の子がシンプルなやつをまず確保しておいてくれる。ハワイ土産のパイナップル型のクッキーも、ヨックモックのシガールも、バターの香りがじゅうぶんに楽しめる、白いやつが良い。けちけち食べる。

カヌレ。汚く歯形が残ったのを見ては、「いまいち洗練されていない」「単調な味だ」「野蛮」とか、「これって生焼けとは違うん」とか内心で思いながら、後半は飲み下すようにする。そんな口ぶりでそこに愛はあるのか、と問われれば、まあそこそこに愛はあるのです。マドレーヌやフィナンシェよりは入手しにくく、じっとり陰湿な様態をしており、口に含めば濃厚芳醇のくせに、そのよろこびは一瞬で色あせてしまう。なんだかとてつもなく色っぽくないか。そんなもんだから前の恋人が私をカヌレと形容した時には、「なにそれ、褒めてない」と応じつつ、実はにやけてしまったのだった。


これを表に出してしまったら彼は憤慨するかもしれない。今の恋人はだいたいいつも生活に疲弊していて、ここで疲弊というとネガティブなイメージを手繰り寄せてしまうかもしれないけれど、彼にはいつだって「今日以上」を求める亡霊のようなところがあって、そのために自罰的な疲弊を醸している。ことがある。私はそれが結構好きなのである。理想をこねくり回して勝手に疲れきってしまった男が、あまつさえ恋愛にまで手を出そうとしているのが、ばかだな、かわいいなあ、と思ってしまう。

……という話を前の恋人にしたところ、「母性本能だ」と目を丸くしていたので、ダサいレッテル貼りはやめてよ、と反論する。

「おれだったらお前のような女は……老後の手なぐさみにしておくけど」

と続けるので、あれ、あなたってまだ50代に片足突っこんだところだけど、それを老後なんていうわけ、と聞く。新しい男はまだ30代だろう、それに比べたら、おれなんて老後よ、と言う。さんじゅうだい……。そう、今の恋人は(これまでの私からしたら)とびきり若いのだった。手なぐさみ、の真意とは「全部を真に受けたら痛い目にあう」ということらしく、あとからあとから終わった恋にケチをつけるのを止めなさい。


恋人が私に、手づくりのジャムを持たせたことがある。坂道を転がり落ちるような恋愛関係の、底なしの相互承認を煮詰めた状態を「ジャム」と彼が形容したのがはじまりだった。「最近は福神漬けを作ってみたいと思うよ」と彼が言い、できたらまたきみにも、と付け足す。1月に彼と旅をしたとき、土器展の帰りに通りがかって覗きこんだパティスリーを思い出し、あそこの定番商品はいかにも日持ちがしそうだったけれど、とインターネットを泳ぐ。




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