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僕らはキレイ 前編

      ずっと先の未来

 その頃、国際ゴミ管理局(IGMO 通称『イグモ』)に勤める、夢島という24歳独身の若者がいました。
 イグモとは、世界中のゴミを集めて『エリアG』と呼んでいる異宇宙空間へ棄てている国際組織です。
当時の人類は、ワームホール制御技術を応用して開発した『ワームホールゴミ棄てシステム(WDGS。通称『ワドジス』)を全世界に普及させ、ゴミの全てをエリアGに棄てていました。ワドジスには地球側とエリアG側の双方にゲートと呼ばれているプラントがありました。地球側のゲート無数にあるのですが、エリアG側のゲートは一か所だけでゴミ排出プラントと呼ばれていました。
 地球側のゲートの末端は各家庭のゴミ箱に繋がっていて、そこに投げ込まれたゴミは直接エリアG側のゲートに送られるという具合です。
 この有難いインフラが出来るまで、人類は増え続けるゴミの捨て場所に困っていました。ゴミを回収する作業員の数も増え続けてコストは嵩み、分別回収も複雑化の一途を辿って住民たちの不平不満は増すばかり。そんな時に蓬莱星から使節団がやって来て、地球のゴミを蓬莱星で全部受け入れて差し上げましょうと提案さられたのでした。
 その頃の人類は、ワームホールを制御するなんて超高等技術を持ち合わせていませんでした。エリアGまでどうやってゴミを送ったら良いんだと頭を抱えていたら、蓬莱星の大使からワームホール制御に関する技術供与の申し出がありました。そして、ワドジスが完成したのでした。普通、この手の技術の開発や利用に関しては、国同士手がいがみ合って物事が進まないのが常ですが、この時は不思議なくらい超スビートでインフラが普及してしまいました。まぁ、それだけゴミ問題が人類共通のお荷物化していたいうことでしょう。
 これを境にして、人類はゴミ問題から解放されました。
 さて、この物語の主人公の夢島くんですが、彼の仕事はエリアG側に一か所だけあるゴミ排出プラントの保守メンテナンスです。その仕事を彼一人でやっています。えっ、一人で大丈夫、大変じゃねぇ、と思われるかもしれませんが、彼が独りで全然できちゃう仕事なんです。
 ゴミ無しルンルンライフを享受し続けていた人類でしたが、ある日何の前触れもなく突然発生したワドジスの暴走によって終わっちゃいました。
全世界がゴミの中に沈み、人類は滅亡の危機へ。
 これは、滅亡の淵に瀕した人類を救った夢島くんの物語です。

      人類救済を担う若者

「局長。ぼ、僕一人でエリアGへ行けと?」
 夢島は、鼻くそをほじりながら素知らぬ顔で業務命令を下す局長に言った。
「ゴミ排出プラント。君の担当じゃない」
「でも、僕一人では…」
「みんな行方不明。今残っているのは、君だけなんだよね」
「でも…」
「それにゴミ排出プラントの事を知ってるのは、世界の中で君だけ。だから暴走を止められるのは夢島ちゃん、君一人なんだよ」
「確かに、保守係は僕一人です。でも、全部、AIのA子ちゃんが、リモートで片づけてくれちゃうし。着任して以来、僕は現場に一度も行ってないし…」
 局長は夢島をギラリ睨む。
「それって夢島ちゃん、職務怠慢だよねぇ」
「いいえ。その、行く必要が無いので」
「まぁ、大目に見てあげるけど。だから、直ぐ行って」
「で、でも最近のエリアG。ゴミ強盗団が暴れ回ってるって話ですし…」
「あぁ、塵芥団ね。心配しなくて大丈夫。君の宇宙船ゑじま丸、万全にしといたから。それにAI、A子って言ったっけ。バリバリに機能アップしちゃったから。バッチリ安心」
「そう言われても…」
「夢島く~ん。人類を救えるのは、今や君だけ。ミッションクリアして、人類のヒーローになっちゃおう」
 局長が、パチッと指を鳴らす。
部屋に屈強な警備隊が乱入し、夢島の身柄を拘束した。
「さぁ夢島くん。出発だッ」
          *
 宇宙船の発着場。
夢島、ゑじま丸を見て思わず絶句。
 …な、何ぁーにも、変わっとらん…
 夢島が操縦席に座らされるとカウントダウンが始まる。
「3、2、1、ゼロ…」
「うわぁぁぁ。ちょっと待てッ」
 ゑじま丸は飛び立った。

      竜宮らぶらぶタイム

 …それでもゴミだらけか…
 エリアGを漂うゴミを見て、夢島は思った。
出発時、地球のゴミ積量は1メートルだった。
彼は過去千年間に人類が捨て続けたゴミを想像して身震いする。
「2時間で到着です」
 素っ気ないアナウンス。
「A子。了解」
 A子とは、夢島の仕事のパートナーであるAIへ勝手につけた名前だ。
 その時、モニター画面に飾りリボンの美しい箱が表示された。
「A子。何?」
「その…」
 AIなのに珍しく歯切れの悪いA子。
「うん?」
「今日は、バレ…」
「バレたって、何かやらかしの?」
「ち、違います」
「違う。だったら何?」
「私から夢様へ、バレンタインデーのプレゼントです」
「…」
 夢島、ほんのり紅く変色して輝くモニター画面を見つめる。
「夢様。何か仰って下さい」
 唇をタコみたいに窄めるのを止めて、夢島は言った。
「これ、どうやって開けるの?」
「あっ。スミマセン。今、開けますね」
 箱の中身は高級チョコレート。
「チョコだね」
「はい…」
 モニター画面、薄紅から赤色へと変化。
「実は、夢様に…」
「うん?」
「あたし…」
「…」
「バレンタインデーだし。チョコで、気持ち伝え…」
「あぁ。A子」
「はいッ」
「義理チョコね。ありがとう」
 モニター画面、普段の色合いへ。
「美味しそうだ。あとで食べたいから、フード変換機に出しといてよ」
「ハァ~~~~ぃ…」
 突然、警報音。
「ど、どうした?」
 メインモニター画面に映る小型宇宙船と、それを追尾する宇宙船隊。
「亀型宇宙船と塵芥団船隊のようです」
「亀。遅ッ」
「ノロくて当然です。亀型船舶ですから」
「あの亀、ヤバくねぇ」
「そうですね。防御力は問題ありませんが、船隊数が多いので拿捕されます」
「ふーん。てか、あの亀、こっちに迫ってない?」
「はい」
 両者が夢島に迫る。
「うわっ。こっち、来るなッ」
 あたふたと騒ぐだけの夢島。
 絶体絶命の危機。
その時突然、A子の姿がアテナ神へと変身。
「危険レベルA級。戦闘モードアテナ発動」
「ア、アテナ?」
「私はアテナ。夢島、護る」
 唖然とする夢島。
 アテナは塵芥団を瞬撃、一蹴する。
「危険一掃」
 A子は、アテナ神から普段の姿へ。
「夢様。亀型宇宙船から交信が入っています」
「ほう?」
 大型メインモニター画面に現れた絶世の美女。
「わぁお…」
「救助に感謝します」
 夢島、デレデレ。
「私は、エリアGの蓬莱星監督官の乙女です」
「はぁ…」
「あなた様は?」
「地球人で、ゴミ排出プラントの保守係の夢島です」
「夢島様。是非お礼をさせて頂きたく、竜宮丸へお移り下さい」
「ええっ」
 夢島、転送される。
         *
 夢島と乙女、竜宮丸でラブラブ。
 そこへ局長から突然の交信が入って来た。
「夢島くーん」
「あっ。局長」
 局長の表情、怒髪天。
「お前はよぉ。修復作業。どんだけ掛っとんじゃ」
 夢島、キョトン顔。
「でも、局長。まだ2時間しか…」
「地球との時差を忘れとんのか。もう、一週間も経っんじゃ」
 局長の周囲にゴミが積もる。
「ゆ、夢島。は、はや。早く…」
 ゴミに溺れ、局長は叫んだ。
「早く、止めてーーーーーーーっ」
 局長、ゴミに埋没。
 夢島は、乙女の顔を見て言った。
「乙ちゃん。もう行くね」
「えーーーーーー…」
「だってさ、人類滅んじゃうし」
「嫌ぁ~っ」
「仕事だから」
 乙女は夢島に箱を渡した。
「偶に手箱。きっと役に立つけど、絶体絶命の窮地以外は開けちゃダメよ」
 乙女、若いく小首を傾げる。
「?」
「夢くーん。大好きッ」

      お仕事。お仕事かぁ

 出発直後に現れた塵芥団船隊は、ゑじま丸との距離を保ち続けている。
「あいつら、A子に恐れをなしたな」
 A子はニヤリと笑う夢島を否定する。
「きっと違います」
「?」
「宇宙船の数が10倍になってます」
「マジ?」
「塵芥団からの交信が入っています」
 大型メインモニター映る、イケメン君。
「私は屑集」
「くずしゅう?」
「塵芥団長だよ」
 屑集、嫌味な余裕。
 …いきなりボスキャラ登場かよ…
 夢島、渋い顔。
「あー、ぼくは…」
「夢島くんだね」
「えっ。何で?」
「乙女から聞いてる」
「?」
「幼馴染でね。君、ゾッコンだって?」
「…」
「あいつ。性悪だよ」
 夢島、ムッとする。
「乙女ちゃんを悪く言うなッ」
 屑集、クッと笑う。
「まぁ、良いさ。単刀直入にいこう」
「何だ」
「偶に手箱。渡してよ」
「えっ?」
「それさえ手に入れば君の邪魔はしない」
 夢島、偶に手箱を抱える。
「嫌だッ」
「困ったなぁ。君、それが何か知ってる?」
「知らんわ」
「ワープホール連結ユニットだよ」
「はぁ?」
「この一帯は蓬莱星の管理空間でね。地球と蓬莱星政府が地球ゴミ廃棄に関する協定を結んだのは知ってるよね」
「勿論」
「でも蓬莱星政府の魂胆は知らないでしょ」
「魂胆?」
「ここの地球ゴミは、君らの科学技術水準ではゴミだけど、蓬莱星を含む銀河では再利用可能な優良資源なんだ。だから蓬莱星政府は地球ゴミの独占で莫大にぼろ儲け。そのおこぼれに預かってるのが俺たちさ。だが最近、蓬莱星で技術革命が起きて、地球ゴミがゴミに戻ったわけ。それで蓬莱星政府は協定に基づきゴミを地球に返還したのさ」
「そんな話聞いてないぞ。A子、知ってた?」
「はい」
「マジ…」
「ゴミ排出プラントの暴走。ゴミが地球に戻り切るまで君を惹きつける。最悪の場合は、偶に手箱を使ってゴミをどっかに飛ばす。これが乙女のミッションだよ」
「嘘だッ」
「本当さ。だから君に偶に手箱を渡した」
「えっ?」
「不安定な装置でね。起動した人間も巻き添えでどこかへ飛ばされてしまう。乙女の奴、それを避けたかっただけだよ」
「そ、そんなぁ…」
「こちらには安定化装置があってね。地球ゴミを全て、我々しか知らない場所へ移す。ゴミが消えれば君も任務完了。良い話だろ。さあ渡したまえ」
「嫌だッ」
「聞き分けの無い奴だ。なら力づくでも奪うまで」
「勝手にしろ」
 交信終了。
「夢島、バカですか?」
「A子。そう言うなよ」
「どうしますか?」
「攻撃にどのくらいの時間耐えられる?」
「20分間」
「充分だ。プラントへ転送してくれ」
「戻れなくなりますよ」
「覚悟の上。地球人の意地だ」
「夢島のばかっ」
「え、A子…」
「あたなとの任務は楽しかった」
「A子…」
「チョコ。忘れないでね」
「えっ?」
 フード変換機の蓋がパタリと開き、夢島の手元にチョコが転がった。
「本当は、あたし。あなたのことを…」
「えっ。A子、何?」
 A子、、微笑んで言う。
「あなたを護る。それ、私の仕事…」
 夢島、転送。
「危険レベル無量大数。アテナ発動。戦闘リミッター解除。迎撃開始…」
          *
 ゑじま丸、大爆発。
「A子…」
 夢島は、その最期をゴミ排出プラントの制御室から見送る。
 ビターチョコに『夢島LOVE』。
 ガリッと齧り、夢島は涙ながらに叫ぶ。
「苦ッ」

      偶に手箱、開けたッ

 夢島は制御パネルに偶に手箱をセットした。
 …『開けちゃダメ』かよ…
 蓋の注意書きに苦笑していると、屑集を筆頭に塵芥団が乱入し夢島と対峙する。
「お待ったせ~。夢くんっ」
 圧倒的優位の屑集、ニンマリ。
「さぁ。偶に手箱ね」
 屑集、手振りで寄越せと迫る。
「渡すかよッ」
 夢島、屑集に啖呵。
「テメエら。地球人ナメんじゃねぇッ」
 夢島、蓋に手を置く。
「うわ~」
 ビビる、屑集たち。
「A子の敵討ちだァ」
 夢島は偶に手箱を開けた。
                 (『僕らはキレイ』(後編)へ続く)
                    (後編アップ予定 2021.4.9)

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