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感想は勢いで

田所敦嗣さんの『スローシャッター』を読み終えた。余韻が心地よい。誠実な仕事とそこに生まれるエピソード。自身の中で忘れていた思い出さえ呼び起こされるようだ。

そして本書に加えて、出版社の通販特典として配布された小冊子のエッセイ(田中社長)がすごく良い。『スローシャッター』を読みながらぼんやり感じていたことが、全て書いてある。そんな風に思えてしまう。しかも自分よりよほど素晴らしい言葉で。


だけど、自分が感じた思いはやはりどこかで吐き出したい。それは他者が読んだら冗長でしかないのだけれど、それでも言いたい衝動がある。

そこは勢いだ。誰かのためではない、自分のための備忘録として書き殴っておけば良い。私以外私じゃないの。


なんか言いたくなったので、いきます。

その1;田所さんの視線が好きだ。しかし田所さんが好きなのは、たぶん肉だ。

心にしみるエピソードの数々は本書を実際に手に取っていただくとして、とにかく田所さんの視線に誠実さと優しさを感じる。そんな田所さんの具体的な感情はほとんど詳しく語られないが、ひとつ気になっていることがある。

食べた瞬間の描写が、肉しかない。

魚を口にするシーンはない。もしや、魚よりも肉の方が。

いや、違う違うそうじゃそうじゃない。釣りだってするのだ。魚を食べないはずがない。なにより、仕事で携わっている食材について安易に語れるはずがない。中途半端に自社商品を説明することはできないだろうし、そういう部分にイヤラシさを感じる読者がいるに違いない。著者自身がそれを避けたいのだろうと、そういう美意識とかケジメのようなものを感じた。

ただ、無類の肉好きというイメージは消えない。寡黙に、しかし豪快に、大きなかたまり肉を頬ばる姿を勝手に妄想している。海賊船に乗って。


その2;世界に広がる「おまえ何屋やねん」の輪

言葉以外でわかりあう姿に美しさを感じる。そこに人間関係の本質があるとすら思える。

言葉以外でわかりあうには、少年マンガだと殴り合いのケンカが定番であるが、仕事の現場ではたたき上げた技術そのものを見せ合うことが手っ取り早いだろう。「コイツわかっているな」と互いに感じることだ。それは業務マニュアルには書かれていない。役割を超えたところにしか現れない心意気だ。

そんな人を称賛する言葉のひとつは、「おまえ何屋やねん」であろう。ニールズしかり、たたき上げの職人達に共通する理解がそこにあるはずだ。

勢いで述べてみたけど、うん、ちょっと違うかもしれない。


その3;経済の恩恵とそこから離れた繋がり

国外に出ると、経済力による格差の存在があからさまに理解できる。国際関係のなかでは、その格差を利用して経済活動を行うのが当たり前の仕組みとなっている。

本書では、意図に反して奢らされるシーンが印象的である。そんな時も田所さんの筆致には余裕が感じられる。出張で行っているから、ということもあるが、その本質は経済格差に基づくものと言えるかもしれない。しかし、おそらく本人もそれを認めて理解した上で、フラットな友情を築いていることに尊敬の念を覚える。自然にフラットなところから関係をスタートできるというのは、それほど簡単なことではないはずだ。


その4;田所さんはきっと雪が好き

出張先に本を携えていく描写が印象的だ。三省堂書店札幌店で展開している選書も、田所さんが出張先で読んでいたものがあるのではと感慨深く拝見した。

著書の出版と同時に選書が紹介されるのはとても嬉しい。感銘を受けた著書をきっかけに、自分だけでは辿れなかった世界に出会えるものだ。

ただ、選書コーナーを眺めていてふと気がついた。寒いところが多いな。

本書に記載のアラスカ出張は夏だった。そもそも漁の関係で冬に訪れることはほとんどないのかもしれない。チリでも雪の描写はないし、ましてベトナムやタイには雪がふらない。

選書の舞台をみると、富山(『高熱隧道』)、秋田(『邂逅の森』)、北海道(『考える脚』著者萩田氏が在住、『熱源』)、樺太・ロシア・ポーランド(『熱源』)、カナダ・グリーンランド・北極(『考える脚』)そして南極(『世界最悪の旅』、『考える脚』、『熱源』)である。もちろん雪の描写はどれも厳しい。冬の厳しさを経験している者にとって、そのツラさはリアルに感じられる。


もしや、シベリアのご経験があるのか。


あれ? こんなことを言いたかったんだっけ。

本書の良さをほとんど述べられていない気がするが、とにかく良い本である。

とにかく良い本である。

とにかく良い本である。


札幌で刊行記念イベントが開催される(2023年1月15日、三省堂書店札幌店)。すごく嬉しいし、待ち遠しい。

それもこれも、工藤さんのおかげ。あと、工藤さんの上司と同僚の皆さんのおかげ。