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『革命前夜』の音と風景

旧東ドイツを舞台にした須賀しのぶ『革命前夜』。聴いたことのある音楽や見たことのある風景が出てきて、いろんなところをくすぐられた。

本の感想のようなものはこちらに書いた。


ここでは『革命前夜』の世界をよりリアルに感じるため、関係する音源や私が訪れた際のライプツィヒの写真、さらに関連おすすめ本を紹介しよう。

必要ないですか?

いや、私が記録しておきたいので、そうする。


とにかく音楽にあふれているこの小説。読み始め早々の18ページにバッハの平均律クラヴィーアが登場する。

音楽でも私生活でも壁にぶつかり、いっそ音楽をやめようかと思っていた時に、たまたま家でかかっていたリヒテルの演奏に立ちすくんだ。

リヒテル『平均律』全集は(ツマが大事に)所有している。すぐさま、これを聴きながら読み進めることにした。

主人公が最も気に入って演奏しているのは4番。

沁みるわ。

いつもなら、どんなに心が荒れていようと、バッハに触れれば心は鎮まる。

私も何かに集中したいときには何でも良いからバッハを聴く。リヒテルの演奏は奇をてらわず実直で厳かだ。すばらしい。


主人公の留学先であるドレスデン、物語の大半はここで繰り広げられる。そして、ここには世界的に有名な交響楽団がある。

「シュターツカペレはここで演奏するんですね」

ドレスデン国立歌劇場管弦楽団=シュターツカペレ・ドレスデンである。


僕が愛してやまない楽団である。

と主人公も言っているが、私も負けないぞ。棚にないかと探してみたら、あった。ブロムシュテッド指揮のシュトラウス。録音はもちろんルカ教会。

しかも録音がちょうど1989年2~5月の録音! 特に「メタモルフォーゼン」と「死と変容」が美しく、市民運動が高まる騒乱の中、この音が奏でられていたのかと感慨深く思う。残念ながらYoutubeにはない。


シュターツカペレ・ドレスデンといえば、70年代のケンペ指揮R.シュトラウス、サバリッシュ指揮シューマンが古くからのクラシックファンには有名だ。私ももちろん好きだ。

演奏の特徴としても派手さがなく実直で「いぶし銀」と呼ばれることが多いようだが、音色といいアンサンブルといいなんとも美しい。個人的には、長らくホルンの主席を務めたペーター・ダムの音色が好きで、この頃のシュターツカペレ・サウンドのとても大きな部分を占めているのではないかと思っている。


さて、第二章で主人公はライプツィヒに向かう。

朝ドレスデンを出るころは灰色の雲に覆われていた空は、列車がライプツィヒ中央駅に着くのを待って、冷たい雨を落としはじめた。

ここから私が撮った写真になる。

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機上から撮ったライプツィヒ。中央左側に巨大なターミナル駅があり、ここから各地に線路が延びている。四角いコの字型の建物が目立つ。

駅の外観はこんな感じ。

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そして、

バッハを愛するものにとっては聖地ともいえる、トーマス教会だ。

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トーマス教会。主人公は駅からトラム(路面電車)で向かったようだが、実は歩いて20分もあれば着く。


南側の小広場にまわると、丸めた楽譜を手にしたバッハ像が迎えてくれる。

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主人公が訪れたときは教会にもバッハ像にも行列ができていたそうだが、礼拝中は像の周りに人がいなかった。あたりまえか。

ライプツィヒでは、トーマス教会ではパイプオルガンと少年合唱団の歌声を聴いた。すばらしかった。

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牧師のいる祭壇の近くには、畏れおおくて近寄らなかった。

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祭壇の対面側にパイプオルガンと演奏席がある。教会に響く音はよく響き心に染み渡った。そして、私はそこで信者でもないのに大粒の涙を流していた。

向かいのミュージアムショップですぐにCDを買ったことは言うまでもない。すばらしいマーケティングだ。


バッハを再評価・普及したメンデルスゾーンの銅像もトーマス教会のそばに立てられている。また、市内には滝廉太郎のレリーフもある。つたない写真でよければ下のエントリをどうぞ。


余談だが、ライプツィヒ空港は、空港施設と一部の滑走路が高速道路を挟んで分割されているので、タイミングが合えばこんな写真が撮れる。

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なんとも不思議で面白かった。


さて、この小説のテーマをもっと掘り下げてみたい方に、私の多くはない読書経験からいくつか紹介してみたい。有名どころばかりなので、少々はずかちいが。


音楽家をモチーフに、芸術とは信念とは天才とは何かということを追求した物語にロマン・ローラン『ジャン・クリストフ』がある。ノーベル文学賞作品である。

主人公のジャン・クリストフは、『革命前夜』のヴェンツェルなんかかわいらしく思えるほど、激烈に性格が悪い。それでも、闘い、苦悩し、自己の信念・信仰を確立し、一個の確たる芸術家として生きる姿は感動的である。対戦以前のドイツとフランスの風景や風俗が描かれており、日本人の知らないクラシック音楽が生まれた土壌が垣間見えてくる。天才の生涯をたどる長編大河ドラマ。


言葉での音楽表現とミステリーの融合という意味では、中山七里『さよならドビュッシー』も秀逸である。「このミステリーがすごい」大賞にも選ばれている。途中までミステリーだとは思わせずに話が展開するのも、『革命前夜』と似ているかも。


音楽家の成長物語として珠玉のドラマだと思うのは『のだめカンタービレ』。主人公の留学先はフランスだが、課題のバッハにかなり苦労していたのが『革命前夜』と重複していて興味深い。



最後に、『革命前夜』で思わず吹いてしまったところ。

想いは叶わなくてもいい、せめてそばにいたい。女々しい思いが、どうしてもわいてしまうのだ。

「つらいよ~」って金爆か。

狙ってやっているのだろうか。