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アジア諸国との交流の歴史を読み解く 『香港とは何か』野嶋剛 ちくま新書2020・8・10発行

 評者 大阪語復興委員会 門田 晶

香港とは何か

 香港情勢は急を告げている。関連書籍も入門書から専門書まで、立て続けに最近数冊出版された。この本の著者、野嶋剛は元朝日新聞の記者で、これまでに台湾関係の本を数冊出している。もともと香港とも関係しており、香港と台湾―「港台」関係にも詳しい。
 香港デモといえば、日本では周庭=アグネス・チョウが有名である。彼女は日本語が堪能で、まんがやJ-POP好きで、日本での人気のゆえんだ。最近はYouTubeでもファンを集めている。この本にも周庭と親しく話したインタビューが収録されている。 
 とはいえ、実際に香港人に聞くと、周庭は香港ではそんなに影響力がないという。そう、香港デモの一大特徴は目立った指導者がいないことである。市民同士が自主的に動き始め、それがスマホによる相互交流でつながっている。「自立した個人の連帯」―これは、世界政治の新しい段階への一歩ではないであろうか。150年前のパリコミューンも、指導者不在の運動であったことは想起されてよい。
 この本は、香港デモを政治的に限定せず、地域との交流の歴史から読み解こうとしている。半分以上のページ数を費やし、「日本人と香港」「台湾人と香港」「中国人と香港」「香港人と香港」などの記述に充てている。これに「韓国人」「シンガポール人」が加わってもいいかもしれない。
 香港は、いま社会的に自立しようとしている。その「自立」は経済的にも、政治的にも、文化的にも、求められる。「地域の交流」といっても、各地域が自立して初めて成り立つものである。日本は戦後長くアジアの孤児であった。外国といえばアメリカしか見えておらず、アジアを無視していた。
 いま日本社会はアジアの友人なくして成り立たない。これは日本人自身の目が開いてきたこともあるが、背景にはアジア各地域の自立があった。まず88年ソウルオリンピックのころから、日本人は韓国を認識しはじめ、いまの韓流ブームに至る。次には台湾認識があったといえる。
 どこの国も経済発展とともに、政治の民主化があった。いま香港がそれに続いてきているのではなだろうか(日本では他にもアイヌ民族や琉球の認識があろう。シンガポールはまだまだ可視化されてはいないようである)。もちろん、ブルース・リーやジャッキー・チェンなどのスターはいたが、日本人は彼らを「香港人」として認識していただろうか?「見れども見えず」状態ではなかったか。
 いま香港人が「見えて」きたのは、東アジア社会の成熟であるが、これは「香港アイデンティティー」の成立と軌を一にしている。「台湾アイデンティティー」に続くもので、これには台湾人の助けも大きい。
 アイデンティティー=自己認識は、一人では成し得ず、他人との交流の中で自己を発見していくものだ。旅行・ビジネス・留学などによる市民同士の交流を土台に、より一層の東アジア社会の成熟が待たれる。それにはもちろん、香港を弾圧する中国政府から自由市民として自立した「中国人」の参加が不可欠だろう。

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