見出し画像

3・11から10年 復興・帰還政策=「放射線安全神話」に終止符を 「子ども脱被ばく裁判」福島地裁 不当判決 内部被ばくを覆い隠す原子力ムラ

子ども脱被ばく裁判弁護団長 井戸 謙一弁護士に聞く

 日本で初めて稼働中の「志賀原発運転差し止め」判決を06年に下した、元金沢地裁裁判長の井戸謙一弁護士に、「脱被ばく」の闘いについてお話を伺った。
 同氏は、内部被ばくの危険性を真正面から問うて注目された「子ども脱被ばく裁判」の弁護団長だが、3月1日、訴えが全面的に退けられた。判決について同氏は、「原発安全神話が崩壊寸前になった分、原子力ムラが『放射線安全神話』を強めようとする表れだ。諦めず長い闘いで押し返そう」と訴えた。(編集部・園)

井戸…10年経っても福島原発からは放射能が出続けており、今も数万人が避難生活しています。「避難者はいない、事故は終わった」と見せかけたい政府は、避難者の住宅支援を打ち切り、原発周辺地域まで避難指示を解除して住民を帰還させようとしています。「除染なしの解除」まで打ち出しました。しかし高線量の中で大部分の人々は帰っていませんし、帰れません。
 史上最悪の事故は、市民の原発への不信を強めました。稼働原発は、事故前の54機から現在は5機だけです。関電の巨額の原発裏金問題は、電力会社が公益企業のような顔をしながら市民の電気代で私腹を肥やすという、原発の闇の世界を明らかにしました。市民の怒りは強まり、原子力ムラの目論見は大きく崩れています。
 焦る関西電力は、3月7日に高浜原発3号機の再稼動を強行し、最も危険な40年越えの高浜1・2号機と美浜3号機の再稼動も目論んでいます。老朽原発再稼動を止めれば、原発政策はいよいよ破綻します。頑張り時です。
 世論の変化や運動の頑張りは、司法にも影響しています。昨年12月に大飯3・4号機の設置許可取消を判示したのは、大阪地裁行政部で、エリート裁判官のポストです。従来の地方や定年間近の裁判官ではなく、若いエリート裁判官にとっても原発差し止めのハードルが下がってきたのです。全国で30を超える運転差し止め裁判が闘われており、同判決は追い風になります。

編…そうした中で、「子ども脱被ばく裁判」の不当判決と背景をどう見ますか?
井戸…裁判は2014年8月29日、福島県内の公立小中学校等に通う子どもたちが、地元自治体に対して、安全な地域で教育を受ける権利の確認などを求めて、福島地裁に提訴した行政訴訟です。また事故当時福島県内に住んでいた親子が、国と福島県に対し、行政の無為無策によって無用な被ばくを強いられたことの責任と慰謝料の支払いを求める「親子裁判(国賠訴訟)」も同時に起こしています。
 日本の行政は、低線量被ばくや土壌汚染、内部被ばくによる健康被害のリスクを徹底的に軽視し、子どもたちに被ばくを強いています。そして、チェルノブイリ原発事故時よりも露骨に住民を避難させようとしません。この現状を打開するためです。
 判決は、多大な苦痛を強いられてきた原告の親子たちを再び痛めつけました。遠藤東路裁判長が早口で判決主文だけを述べ、数分で去った姿に、原告や支援者から深い怒りや悲しみが出ました。
 判決は、ICRP(国際放射線防護委員会)やIAEA(国際原子力機関)の被ばく防護基準に従っていれば問題ないという考え方に貫かれています。これらの機関は原子力推進の立場ですが、それは全く考慮されていません。ICRPは、緊急時被ばくの参考レベルについて年20㍉Sv~100㍉Sv、通常時の参考レベルを年1㍉Sv~20㍉Svと定めています。これは、どのレベルで国や行政が住民を守るかという基準であり、安全基準ではありません。このICRP2007年勧告は、日本の法律には取り入れられていないのに、法律のように扱われています。
 各論に入ると、まず私たちは、放射性物質について「学校環境衛生基準」の対象として基準を設けるべきだと言ってきました。子どもたちが安全な学校生活を送るために、維持されることが望ましい基準ですが、放射性物質についてはこの基準が作られていないからです。
 判決は、基準がない状況では「具体的な措置は教育委員会の合理的な裁量に委ねられている」と述べ、福島県教育委員会が20ミリSvで学校を再開したことを不合理とはいえないとしました。環境法や学校環境衛生基準では、放射性物質のような閾値のない毒物の環境基準は、生涯その毒物に晒された場合における健康被害が10万人に1人以下となるよう定められています。
 しかし、原子力法制下の被ばく限度=「年1ミリSv」は、生涯(70年間)さらされると、ICRPの計算でさえ10万人中350人がガンで死亡します。年20ミリSvだと7000人です。原子力法制の価値判断と、日本国憲法下の環境法制の価値判断が真っ向から対立する重要論点です。
 しかし判決は、原子力法制の価値判断を優先させました。理由も全く示されていません。それでも放射性物質について、「学校の保健安全の観点からすれば、必要な考慮をすべきことは明らか」と判示させたことは、成果だと思います。放射性物質の基準を定めて子どもを守るのは国の義務です。
 判決はさらに、福島県県民健康調査について、現時点で252人も出ている小児甲状腺がんの被ばく影響について、「現時点で具体的な影響の証拠はない」と退けました。小児甲状腺がんは100万人に1~2人しか出ないもので、被ばくの影響がないなどありえません。
 元長崎大の山下俊一氏が、福島で放射能安全講演を繰り返したことについても、「県が訂正した」「分かりやすく説明するための例え」「住民の避難を回避させる意図はなかった」などと述べて、全て免罪しました。住民の被ばく被害を拡大させた象徴である山下氏を証人尋問できたのは画期的でしたが、判決は彼の法廷での苦しい言い訳を丸呑みしました。

編…脱被ばくの声が圧殺される理由とは?
井戸…事故によって従来の「原発安全神話」が崩壊寸前になったので、原子力ムラが、「放射線安全神話」を強力に推し進めようとしているからだと思います。一部の例外を除いて学者やメディアをてなづけることに成功したので、住民の間にも浸透してしまいました。
 原子力ムラにとっても背水の陣ですから、彼らは断固として被ばく被害を認めません。漫画『美味しんぼ』事件(福島に行った人が鼻血を出した描写が猛批判され、回収に追い込まれた)で明らかになりました。これが判決結果に表れています。
 こうして今、「患者が多いのは過剰検査だから」という暴論で、小児甲状腺がん調査が縮小されようとしています。縮小されてしまえば、統計上のデータが集まらず、被ばく由来であることの証明ができなくなります。他のがんや心臓疾患などあらゆる病気も増えていますが、被ばくではなく避難生活のストレスのせいだとされています。
 福島県は応急仮設住宅を明け渡さない避難者らを裁判にかけたり、県職員が避難者の親族を訪問し圧力をかけたりしています。家賃を2倍請求された避難者もいます。そして汚染水の海洋放出と、除染土を全国の農地や公共事業に再利用することが狙われています。
 彼らがこれほど事故の「終息」と「放射能安全神話」に固執するのは、事故の責任逃れと、核兵器の保持能力が目的だと思います。核兵器使用が国際的に許されるには、「核は生物兵器や化学兵器のような、使用禁止された非人道的兵器とは違う」という建前が必要です。そのために、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・チェルノブイリ・フクシマの全てで、低線量被ばくや内部被ばくの健康被害は無視や軽視をされてきました。

編…現状を打開するには?
井戸…まず、土壌汚染の計測の必要性と微粒子による内部被ばくの危険性を広く訴えることです。
 今回の裁判の大きな意義は、セシウムを含む不溶性放射性微粒子の大量放出と危険性を提起できたことです。ICRPは「セシウムは水に溶けやすいから体内に入っても大きな影響はない」として、内部被ばくの危険性を認めていません。福島事故でも国は空間線量の低減ばかり強調し、内部被ばくに重要な土壌汚染は測定もしません。
 判決は、「微粒子の危険性が科学的に解明されていない」と言い、「今後もその健康影響のリスクを十分に解明する必要がある」ことは認めました。微粒子は土壌に沈着するため、土壌の計測が必須です。科学的にはっきりするまで対策を採らないことを是認する判決の考え方は、子どもたちを実験台にするもので、許されません。
 時代はジグザグに動きます。昨年7月、広島原爆で「黒い雨」を浴びて内部被ばくした住民に、被爆者健康手帳の交付を認める判決が全員に出されました。75年経っても、80代になっても住民が闘った結果、内部被ばく被害が認められました。子ども脱被ばく裁判も仙台高裁に控訴しました。
 原子力ムラは強大です。短期間で解決する問題ではありません。ヒロシマ・ナガサキの闘いが2世代、3世代に渡って続けられているように、私たちは人生をかけて、次の世代にも引き継ぎながら、少しずつ押し戻していくしかありません。そのために、ある者は街頭に出て、ある者は法廷に出て、ある者は金を出して、ある者は署名を集め、ある者は研究を続け、自分のできることを積み上げていくのです。長い目で自分たちの人生を俯瞰しながら、焦らず、くさらず、行動していきましょう。

【お願い】人民新聞は広告に頼らず新聞を運営しています。ですから、みなさまからのサポートが欠かせません。よりよい紙面づくりのために、100円からご協力お願いします。