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【大阪北東部・JR島本駅前開発問題】調査もせず壊される歴史遺産・豊かな自然。高層マンション建設がもたらす危機

世名 恵(歴史・景観・環境しまもと)

 大阪府三島郡島本町は、京都、大阪の府境に位置し、両都市へ電車で20〜30分程度、北摂連山と淀川に挟まれた風光明媚な人口3万2千人の小さな町である。ある住宅販売会社の調査では、2021年の「住み続けたい街 自治体ランキング」全国1位になったらしい。
 京都と太宰府をつなぐ西国街道(旧山陽道)、淀川の三川合流地(桂川・宇治川・木津川)など、古来陸運・水運の要衝であり、天王山の戦いの地でもあった。
 中世には「承久の乱」を起こした後鳥羽上皇の離宮、水無瀬殿(水無瀬離宮)があった。水無瀬はその名の通り、良質の地下水に恵まれた場所で、後鳥羽上皇は水にこだわりこの地を選んだと言われている。今でも島本町の水道水は90%が地下水であり、サントリーウィスキー山崎蒸留所は島本町にある。
 藤原定家の『明月記』によると、後鳥羽上皇は頻繁にこの地を訪れていたらしい。天王山が屏風の役目を果たし、京の都からは隠れて見えないこの場所は、都の貴族・皇族たちの目を気にすることなく遊興を楽しみ、密かに政策を練るのに適した場所だったのだろう。
 今年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」でも後半に後鳥羽上皇が登場する。1221年、鎌倉幕府に対して起こした「承久の乱」。日本史において、天皇を中心とする京の貴族たちの政治の時代から、武士が実権を握り、政治の中心が関東の舞台に移る重要なターニングポイントがこの乱であったことは、よく知られている。
 近年の工事や開発で行われた発掘により、町の広い範囲に水無瀬殿関連施設があったことが判明し、同時に住宅開発によって、人知れず遺跡が消滅する可能性にも直面している。
 歴史遺産の全体像を解明するために埋蔵文化財の調査を本格的に行えば、保存の必要性が生まれ、開発事業を進められなくなる。そのため、調査されないまま歴史遺産が破壊される例が、全国各地で繰り返されている。
 JR島本駅西側の桜井地区は、2008年の駅開業を契機に、駅前の田畑約10㌶を埋め立てる土地区画整理事業が計画され、2020年に阪急阪神不動産の15階建て高層マンションを軸とする2000人超の大型都市開発が始まった。駅西側の里山風景は、京都・大阪間に残る、ホームから見渡せる唯一の田畑だった。


 住民から愛され親しまれた場所の高層マンション計画発表や、他にも近年大型マンションが次々と建ち始め、住み心地の良かった環境が失われていくことに危機感を持った住民は、2019年9月、町全域にわたり「新規建築物の高さを20m以下に制限する条例制定を求める直接請求署名活動」を起こした。
 必要な数をはるかに超える署名(有権者の1割の2598名)を集めたことで注目を浴び、テレビ各局の取材や新聞社の取材が殺到した。しかし、住民の努力も空しく、条例案に現町長は反対意見書を付け、住民6名が意見陳述で条例制定の重要性を述べたものの、議会で否決されてしまった。
 工事が着工されてからは、桜井地域から貴重な文化財の発掘がなされている。2020年、田んぼであった尾山遺跡から、巨大な青い石を敷き詰めた中世の池泉跡が発掘された。青い石の泉の横には欅の木が植わっており、四季折々に変化する木の葉の色が泉に映ったであろう。泉の美しさ、他に類を見ない珍しさに研究者が注目した。
 現地説明会には多くの人々が訪れ話題をよんだが、どういった目的で造られ使用されていたのかも謎のまま、島本町の判断ですぐに池泉跡を壊してしまった。
 また、同じく工事区域の越谷遺跡でみつかった道昭(玄奘三蔵の弟子で行基の師匠)が関係するとみられる瓦窯跡は、公式発表も説明会もされないままに、工事遂行が優先され、すぐに破壊されてしまった。

--自分の町の歴史遺産や住環境を守るために

 そんな桜井地区に、新たな遺跡があるとみられている。近年研究者によって、離宮関連施設が広範囲にあり、島本町の山々から淀川対岸の男山までの景観を利用した、平泉に匹敵する庭園都市であった可能性が指摘されている。
 山裾に扇状に広がった地形の桜井地区は、淀川対岸にある石清水八幡宮を有する男山が見渡せ、眺望が素晴らしい。「御所」に関連する地名も多く残り、現存「御所池」と工事現場(元・田畑)に存在する州浜の地形は、鎌倉幕府第3代将軍・源実朝が造った鎌倉の伝大慈寺の池と相似形であると指摘されている。鎌倉幕府と上皇の密接な関係を示す重要な歴史遺産として調査が必要と、日本庭園学会会長が来町、2021年9月「水無瀬離宮を活用した地域づくりへの緊急提言」が提出された。
 緊急要望された埋蔵文化財調査は、組合と開発事業代行者の㈱フジタが「調査費用がなくなったのでできない」と答え、島本町も「お金がないのでできない」と、両者の協議が難航している。第一義的には、組合とフジタが「埋蔵文化財調査」の費用を捻出する開発責任があるが、島本町は、大阪府や国の協力も取り付け学術的調査を行う姿勢を示すべきである。
 また、阪急阪神不動産の高層マンションが建ってしまえば、御所池から男山を見渡す歴史景観が破壊されてしまう。阪急阪神不動産と私たちは話し合いを持ち、5階以下の低層住宅にすることを求めて協議を重ねたが、「町行政が高層マンションの建設は問題ないと答えている」との理由で、高さの変更は拒否されている。さらに同事業者は、本来行わなければならない高層マンション予定地の埋蔵文化財調査を行うことにも難色を示している。貴重な歴史遺産が、全容を解明されないまま、利益優先の開発事業によって破壊されてしまう瀬戸際にある。
 私たちは、この場所を防災面・歴史的価値の面から「歴史防災公園にして歴史遺産としても価値を生み出し、町の誇りとしても生かせないか?」と町や開発業者に訴えたが、お金がないのでできない、としか言わない。文化財保護法上、開発事業者に指導権限のある大阪府の文化財保護課などに何度か足を運び現状を訴えたが、大阪府として島本町の責任であると答えている。
 さらなる歴史遺産の保護を訴えるために、市民団体である「文化財保存全国協議会」、専門家の「日本庭園学会」や研究者の皆さんに相談しながら、この3月に埋蔵文化財調査を求める「要望書」を文化庁・大阪府・島本町・事業者・組合に送付した。文化庁がこの場所の歴史遺産の重要性に理解を示し、調査と保存に乗り出してくれることを祈るばかりだ。
 小さい町で町の税金を投入して駅前の一等地に歴史公園を造るのが難しいのは、理解できる。また、歴史の重要性に関心を持たない首長や議員がいてもおかしくはない。
 しかし、重要な文化財が町にあった場合、専門家からの意見があったとしても地権者の合意も必要になるであろうし、開発事業からいったい誰が守るのか?
 自分の住んでいる地域の後世に残すべき重要な歴史遺産、好ましい住環境を、いったいどうやったら守れるのだろうか? 地方自治、自主自立、住みよい環境の最適解を求め、考えさせられる毎日だ。

写真:工事現場に存在する州浜の地形

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