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強制送還推進入管法改定  国連からの是正勧告も無視 劣悪施設へ長期収容する改定

仮放免者の会 永井伸和

 日本の入管施設で被収容者に対する暴行、虐待、不当な収容が多発している。政府は、国連からの是正勧告を無視し続けているばかりか、強制送還を推進するための入管法(出入国管理及び難民認定法)改定も進めようとしている。改定論議の背景、入管の暴力性、根本的な問題は何かを、大阪で活動する「仮放免者の会」の永井伸和さんに寄稿してもらった。             (編集部)

 政府が目指す改定内容を検討していく前に、まずはどういう背景で改定論議が出てきたのかをおさえておきたい。退去強制令書(退令)発付処分を受け送還の対象になったものの、これを拒否する外国人(入管は「送還忌避者」と呼ぶ)の増加が顕著になったのは10年前、2010年頃だ。
 その要因は、一つにはいわゆる「ニューカマー」と呼ばれる外国人の日本社会への定着性が高まっていたことにある。日本社会が80年代後半のバブル期以降に呼び込んできた外国人労働者の日本在留期間は、すでに長い人で20年に及ぶようになっていた。そのなかには超過滞在(オーバーステイ)などのため入管の送還対象になる人もいるが、日本社会との結びつきが強くなっているために送還に応じられないというケースが増えてきたのだ。
 さらに、周知のように日本は諸外国と比べて難民認定率が極端に低い。このことも「送還忌避者」増加の大きな要因になっている。すでに日本にしか生活基盤がなかったり、国籍国で迫害の危険があったりといった人に退去令が濫発されていることが、送還を拒否せざるをえない人の増加をまねいたのだ。
 こうして09年には1300人ほどだった退令仮放免者(退令発付処分を受けたものの国外退去にいたらず、一時的に収容を解く「仮放免」の状態にある人)は、15年には3600人を超えるにいたった。
 15年9月、法務省入管局長は「退去強制令書により収容する者の仮放免措置に係る運用と動静監視について(通達)」によって、各地方入管局長らに仮放免審査の厳格化と退令仮放免者の動静監視強化を指示した。以後、各地方入管局では仮放免者が再収容されるケースが激増し、各収容施設では収容の長期化が顕著になりだした。
 再収容増加と収容長期化は、この入管局長通達を契機に生じていることからも明らかなとおり、入管にとって期せずして生じてしまった想定外の結果ではない。入管は、劣悪な施設に長期間収容することを「自主的な」出国をうながす手段として戦略的にもちいているのであって、収容長期化は入管が意図的に作り出した事態なのである。 
 この長期収容を出国強要の手段とする送還強硬方針は、被収容者に対するあまたの人権侵害事件を引き起こした。近年、入管施設での処遇の劣悪さ、職員による虐待・暴行事件、被収容者による抗議のハンストや相次ぐ自殺未遂などが報じられ、入管収容の問題として広く社会的な関心を集めるようになったが、これは15年通達後の送還強硬方針がもたらした帰結だ。
 2019年6月には、長崎県にある大村入国管理センターに収容されていた40歳代のナイジェリア人男性が、長期収容への抗議のハンストのすえ餓死するという事件があった。事件後、10月に入管庁は収容長期化問題への対策を講じるとの名目で「収容・送還に関する専門部会」を設置。専門部会が翌20年6月にまとめた「提言」をもとに、現在、政府は来年の通常国会にむけて法案の作成作業を進めているとみられる。
 「提言」の内容やその後の報道などによると、政府が目指す改定のポイントは以下の通りだ。①難民申請中の送還を禁じる規定に例外を設けること。②送還を拒否する行為に刑罰を科すこと。③仮放免中の逃亡に刑罰を科すこと。④入管の認める支援団体や弁護士による監督を条件に収容を解く「監理措置」の創設。⑤難民認定には至らないものの母国が紛争中で帰国できない人などに在留資格を認める「補完的保護対象者」の新設。
 ④⑤については後述する。①②③は、その実効性はともかくとして送還のより強力な推進をねらいとしていることは明らかだろう。特に、①はきわめて問題が大きい。これは複数回の難民申請をしている人を送還できるようにしようとするものであるが、たとえば2019年の難民認定数は、1万人余りの申請数に対しわずか44人、これに難民認定されなかったものの在留特別許可で庇護された人数をあわせても、81人にすぎない。
 庇護されるべき理由がありながらその対象からもれている人は少なくないと考えられるのであって、こうした人たちは難民申請を却下されても、2度3度とくり返し申請せざるをえないのだ。
 さて、重要なのは、法改定によって新たに生じる問題だけではない。送還の強力な推進をねらいとする法改定が成立すれば、入管は当面その新たな方法を試行することになるだろう。つまり、現行の送還強硬方針が当分のあいだ今後も維持されるということになりかねない。
 入管庁は19年12月末日時点で、退令仮放免者が2217人、収容中で送還を忌避する人が649人いるとしている。そのなかには、退令発付からすでに10年以上経過し、その間、収容と仮放免とをそれぞれ複数回くり返している人も少なくない。2度3度の長期収容を経験すれば、みな心身ともボロボロになっている。また、退令仮放免者のうち300人は未成年者であり、そのほとんどはほぼ日本での生活経験しかない。
 およそ3000人ほどの「送還忌避者」をあくまでも送還するということに今後も入管が固執するかぎり、そのおもな手段は再収容と長期収容ということにならざるをえない。長期収容に絶望しての自殺者、病死者、拘禁反応や持病の悪化に苦しむ被収容者たち。2015年以降の地獄のような状況が今後も継続することになる。この問題においては、「現状維持」自体が許容しえない深刻な事態を招いていくのだ。
 政府がいまくわだてている入管法改定の大義名分は、収容長期化問題への対策である。政府あるいは入管当局がこれに本気で取り組もうとするならば、その有効な方法が何かは、実ははっきりしている。応急措置としては、収容が長期になった被収容者を仮放免許可によって出所させていくことだ。
 さらにより根本的な解決のためには、退令発付を受けて送還対象になっているけれども帰国できない深刻な事情のある人たちの在留を広範に認めていくことも、検討されるべきだ。すなわち、現在きわめて厳しく運用されている在留特別許可の基準緩和、そして難民認定の審査のあり方の正常化である。これらはいずれも現行法のもとでも可能である。
 ところが、政府は現行の仮放免制度を活用するかわりに、④の「監理措置」を新たにもうけることを企んでいる。また、難民やこれに準ずる人の庇護に活用しうる難民認定と在留特別許可の運用見直しを検討するかわりに、⑤の「補完的保護対象者」の新設も法案に盛りこもうとしている。
 これらは、新奇にみえる制度改変案を粉飾的に打ち出すことで、現行法の枠組みのなかでも可能な方策の検討を回避しようとするものにすぎない。
 しかし、こうして問題解決が先送りされる間にも、被収容者たちは日々命をけずられ、仮放免者たちも、コロナ禍のなかこの1日を生きのびられるかどうかという困難をしいられている。私たち市民としては、その現状をよく知る必要がある。 現在、各地の支援団体が、仮放免者の話を聞く会などを精力的にもよおしている。
 コロナ禍のなか、オンラインでのイベントも多い。読者のみなさんには、これらのイベントを通して、ぜひ当事者たちの話に耳をかたむけてほしい。そのうえで、送還一本やりとも言うべき現行政府方針の是非を判断する材料としていただきたい。詳しくは「仮放免者+聞く会」などで検索を。

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