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書評ルポ『つながりの経済を創る』 「もう一つの世界」は確かにある

 2008年のリーマンショックを端緒に、スペインで勃発した大規模な社会運動「15M」。フィリピンやメキシコなどの貧困地域を取材してきたジャーナリスト工藤律子さんが「たまたま出会った」という、根本的な社会変革を志向する15M運動のその後を追ったドキュメントの第二弾。
 カネ中心の今の世の中とは違う、「もう一つの世界」があると感じさせてくれる。具体的な取り組みの紹介にあふれているので、予備知識がなくても面白く読める。また、社会変革を実践している人なら、多くのインスピレーションを得るだろう。
 アラブの春やオキュパイ・ウォールストリートと同時に発生したスペインの15M。当時は一連の「リーダーなき運動」として注目を集めたが、概して権力との交渉の落とし所を定められず、かといって権力を完全にひっくり返すこともできず、身動きが取れなくなったところを弾圧され、散り散りになるパターンだった。
 しかしスペインは、事情が違った。第一に左派政党PODEMOSの誕生がある。15M運動を背景に登場したPODEMOSは、14年の欧州議会選挙でいきなり5議席を獲得。続く15年の国政選挙では69議席を得て第三党の地位を獲得する。そしてスペイン各地で15Mに関わった市民たちが、各々の街で党を立ち上げる動きに派生していく。
 第二に、スペインでは15M以前から存在していた協同組合や社会的連帯経済の運動と混ざり合いながら、生活そのものを問い、変革を目指す実践へと発展した。15Mの参加者は問題意識を自分たちの日常へ持ち帰った。
 本書では、議会での闘いと生活の変革の両方の苦闘を、共感とリスペクトの眼差しで描き出す。
 私が本書で特に興味をひかれた「時間銀行」の取り組みを紹介したい。
 時間銀行とは、参加メンバー間でお互いの時間を貸し借りしあう取り組みだ。具体的には、会員が取引したいスキルを事前に登録し、自分のスキル(たとえばコンピュータの修理など)を使って1時間働けば、ほかの会員が提供するサービス(たとえばガーデニング)を1時間分買えるという、草の根の取引システムだ。2019年の段階で、スペインでは都市部を中心に280あまりの時間銀行が活動している。
 カネを時間という単位に置き換えているだけでなく、ポイントは①直接的に物と交換できないこと。カネは何とでも交換可能だが、時間は時間としか交換できない。②「誰かにとって直接的に有用な労働」のやり取りになること。全てが「誰かと一緒に」「誰かの必要を直接的に満たす」ための契機となっている。こうしたカネを介しない貸し借りは、自然と行われている。友達同士や家族・親戚間では、カネをできるだけ排除した形で貸し借りを清算しているはずだ(今度酒おごるからといった友人間の頼みごと、お世話になった人を家に招き食事をふるまうなど)。
 時間銀行とは、身近な人々の間にしか存在しなかった関係性を、システムとして抽出し、他人同士の間に導入することで、カネが介在しない関係性を拡大させる取り組みだといえる。本書ではさらに労働者協同組合の取り組みや、それらが連合した「社会的マーケット」にも触れている。参加者の需要を参加者どうしでカバーし、連帯経済をできる限り資本主義経済から切り離すことを目的とする社会的マーケットは、19年現在、マドリード州の例では食料品、情報通信技術、司法サービス、エネルギーなど21の経済領域をカバーしている。
 もし生活そのものがこの社会的連帯経済の中で成り立つとしたら? 小規模かつ民主的な経済が、お互いに連携・調整しながら進めば? スペインでの実践は私たちに教えてくれる。「もうひとつの世界」は確かにある。それは生きている。

(北摂ワーカーズ 鈴木耕生)

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