自己 6/25

 自己肯定感が低いと感じる。私は私を否定することに慣れすぎた。思ったことを書いて自己受容の助けにする。文章にして視覚から刺激を受けた方が私にとっては深く理解できる。

 私は良く、自分をダメな存在だ、と自ら宣言することが多い。冗談っぽく言う。相手に自分が本気にしていると思われたくないからだ。大抵は笑って流してくれる。これが私の相手に求めている反応。しかし稀に、「なぜ自分を卑下するのか」「それを言う必要はない」と諭してくれる人がいる。しかし、これが私にとっては一番辛い。そんな反応は求めていない。その場をやり過ごせればそれでいい。だからこういう指摘を受けると私はどこへ逃げればいいか迷ってしまう。

 その迷う刹那の数秒、私は丸裸にされた気分になる。それは恥ずかしいという感情だ。その恥ずかしいという気持ちを感じる時、私は自分が無能な愚か者というように感じる。私にとって恥ずかしいという感情が一番怖い。それも恥ずかしいを隠すためにわざとやっていたことが相手に見透かされたときにどうしようもない気持ちになる。

 これを受け入れることも自己受容なのだろうか。そんなことができるのだろうか。自分が恥ずかしいという気持ちを受け入れることができる人がいるのか。そう言っている人は私と同じように道化を演じているだけではないのか。

 自分の思いを認識するだけでも大きな一歩と思うことにする。最近、自分の思いを言葉や文章にするようにしているけれど自分への理解が深まる、もしくは目をそらしているものが何かわかってきたような気がする。今日はもう眠い。また後日。

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