忘れられる恐怖。信仰。写真。
忘れられてしまうのが怖い。忘却とは死である。
今回はそう言うお話です。
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人間の本質は記憶であり、そこから追い出されるのは辛い。
楽しかった友人との生活も、なんとかなく楽しいというふんわりした記憶しか残っていない。顔も頑張らないと思い出せない。
その口調も、仕草も、口癖も、忘れてしまうのかもしれない。
忘れてしまう恐怖を忘れられない愚者は私である。新生活が悪いわけではない。ただ私がノスタルジアに潰されそうなだけだ。人間はその意味で言えば、根本が宗教的な生き物である。これは私の神学になるのだが、神とは集団において一定の不可知存在が共有されている時に発生するものであり、誰からも存在が認知されていなければそれは死である。何人も防ぐことの出来ない普遍の真理である。
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写真は時間を永遠に保存してくれるので良い。思い返し放題である。実体、データとして存在してくれる限り、私の意識の中に存在し続ける。それに、写真は私の意思を介在しない世界を映し出してくれる。陰鬱した世界も、嫌な人も、汚い空気も、一要素として切り取ってしまう。そう言うところが好きだ。
それにしても本当に風景写真が多い。
人の写真が欲しいね。
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認知症を発症する前には死にたい。忘れることは、殺人と一緒だ。この世には大量殺人犯しかいない。人生100年と言われているが、健康的で文明的な生活が担保された上での生活でないのは明らかだ(その頃にはこんなめんどくさいことを考えていないだろうと言うのは御法度)。寿命を減らすために煙草を吸い始めるのを検討するくらいには寿命を減らしたい。
でも勘違いしないで!!自殺願望はないです。今人生の核を作っている自覚があるくらいには楽しいからね。読みたい本も、聴きたい音楽も、話したい人も、行きたいところも、たくさんある。全部終わったらその時はその時考えよう。
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