旧CIS ;キルギス (3of 8)

●キルギスで最も有名な日本人として演歌歌手の三田りょう
彼がキルギスを訪れることになったきっかけは、彼の後援者の方がキルギスへの農業支援の計画を進めていた縁で、現地のキルギス人とふれあう機縁であったという。
彼は、豊かな自然に感銘を受けためキルギス友好イメージソング「風の旅人」という歌を作る。
2013年(平成25年)8月に『キルギス共和国22周年独立記念コンサート』で観客約5万人を前に新曲『風の旅人』を発表、大歓声を浴びた。
後にこのコンサートの動画がYouTubeで再生100万回を超え、演歌・歌謡曲のジャンルでは異例の事と話題になる。
さらに現地の情報文化大臣からコンサート出演の感謝状が贈られる。
滞在中にはメディアに多数出演し、「日本のゴールデンボイス・三田りょう」と紹介され新聞は一面を飾った。
2014年7月にテレビ東京系列のバラエティ番組『ありえへん∞世界』で、キルギスでの演歌ブーム火付け役として紹介される。
2015年1月にTBS系列「世界進出バラエティ!メイドインジャパン 日本に誇りもてるSP!」で、ブルガリアでも『風の旅人』が大流行していると紹介される。
同年4月にTBS系列「世界の日本人妻は見た! 」でキルギスが特集され、現地で大人気の演歌歌手として紹介された。
同年8月に『キルギス共和国24周年独立記念コンサート』にゲスト出演し、キルギス過去最大級の規模であるコンサート会場に集まった7万人に『風の旅人 キルギス語ver.』を披露する。
滞在期間中には昨年と同様で多数のメディア出演に加え「三田りょうと行くキルギスツアー」や「三田りょう主催コンサート」を行う 。
三田りょうはキルギスでのコンサートはノーギャラであった。
 
同年9月にアメリカロサンゼルスで行われた『ジャパンフィルムフェスティバルロサンゼルス2015』に2014年から制作していた『風の旅人アニメ』を出品したところ『審査員特別賞』を受賞した。
2016年8月、『キルギス共和国25周年独立記念コンサート』にゲスト出演。今回の滞在中に世界最大の遊牧民のオリンピックである『World Nomad games』に、日本代表としてゲスト出演を果たした。この催し世界中のテレビ局で放送された。
 
三田りょうのオフィシャルサイトのプロフィールページには日本とキルギスの友好の証として日本語とキルギス語の2つの言語で自己紹介されている。
趣味は、マラソン、山登り、ジム通いなどで体を動かすことを好んでいる。
マラソンは、1992年と1996年にアメリカのボストンマラソンに出場して完走したほか、青梅マラソン札幌マラソンなど数多くの大会でも完走している。
また、1991年(平成3年)には青梅マラソンのイメージソング「春呼ぶ祭典」を唄っている。
出身大学は城西大学経済学部で、在学時は応援部に所属し、電車の中で歌うという訓練をするなどして歌うことに自信を持ち、歌手を目指したそうだ。
 
なお、2008年9月に悪性リンパ腫を発症。闘病の後、2010年4月に「心のみちづれ」で復帰。復帰後は悪性リンパ腫の啓蒙の「ライムグリーン・リボン」支援活動を続ける。さらに自らの闘病を機に病院コンサートを取り組み始める。
 
 
●   キルギスの柔道連盟総監督に、スーパースターの内柴正人が就任
2018年にキルギスの柔道連盟総監督に、あの内柴正人が就任して日本中を驚かせた。
2004年のアテネ、2008年の北京と2大会連続で柔道男子66キロ級金メダルを獲得した柔道界のスーパースターである。
現役引退後の2011年、当時指導していた大学の女子部員に乱暴したとして準強姦罪に問われ、2013年に一審、二審とも懲役5年の判決を下された。
全日本柔道連盟(全柔連)は、2013年に永久追放に相当する会員登録の永久停止処分を科した。この一件で、紫綬褒章や熊本県民栄誉賞特別賞など、これまで受けてきた数々の栄典は剥奪された。
 
全日本柔道連盟は、内柴正人氏(40)が指導するキルギス柔道連盟に対し、東京で開催される2019年夏の世界選手権などで日本に選手を派遣する際に練習場所の紹介などで協力しない方針を決めた。
全柔連関係者は「国際柔道連盟(IJF)のルールで決められたことは拒否しないが、全柔連が独立して行う特別な便宜は図らない」と述べた。
 
日本柔道界を永久追放され、現在はキルギス柔道代表の監督をしていた内柴正人が、2019年5月に自身のインスタグラムとツイッターにて、キルギス代表監督を解任になった事を明かした。
現役を引退した2010年からは地元・熊本にある九州看護福祉大の女子柔道部のコーチ(のちに客員教授)に就任していた
2018年8月27日、内柴正人が刑期を終えて再婚していた! お相手はまさかの“元教え子”!と週刊女性に載る。
 内柴正人とキルギスとの機縁は、道場に通う練習生の知人にキルギスの元柔道家がいたという縁で、監督のオファーがきたのだという。
キルギスの柔道連盟は、すべてを分かった上で内柴正人に監督をお願いしていたはずであるが、キルギス柔道連盟は日本で柔道をやる以上は日本柔道連盟と溝ができることを危惧したのであろうと読めよう。
 
キルギスの風習;“アラ・カチュー”(誘拐結婚)
 ところで、驚く勿れ、キルギスには“アラ・カチュー”(誘拐結婚)と呼ばれる結婚の風習があるので説明しよう。
それは、男性が街で見かけた見ず知らずの女性を仲間と共謀して誘拐し、男性の自宅に監禁して、男性の一族総出で説得し、親戚が女性に結婚するよう迫り、そのまま結婚させられるというものである。
キルギス語でアラ・カチューと呼ばれる「誘拐結婚」は、キルギス語の字義通りに訳せば、
「掴んで逃げる(grab and run)」と言う意味である。
元々は、古代の穏やかな結婚の形を差す言葉だったというのだ。
 
以前からの知り合いの男に誘拐されることもあるが、2、3回会った程度の顔見知りや一度も見たことのない男から、突然誘拐されるケースもある。
キルギスの人口の75%を占めるクルグズ(キリグス)人である。
その女性の約3割が誘拐により結婚していると、地元の人権団体は推定している。
 
狭義には、若い男性が友人たちと共に女性を説得し、あるいは力づくで誘拐し、親族の待つ家まで連れていくことを示す。
求婚された女性は結婚を承諾するまで、男性の親族である女性たちに部屋に閉じ込められ、説得され続ける。
その過程で女性が一晩監禁されたり性的暴行を受けることもある。
女性は白いスカーフを頭に被せられるか、誘拐されてから一夜立つと(一夜立つと女性の純潔は失われたと見なされる)結婚に同意したことになる。
 
それは、女性はいったん男性の家に入ると、純潔が失われたとみなされ、そこから出るのは恥とされる。逃げたくても逃げられないのが現実だ。ある調査によると、キルギスでは誘拐された女性の8割が最終的に結婚を受け入れるという。
 
国民の75%がイスラム教徒であるキルギスでは、処女性は婚姻の際に重視される。
そのため、断れば女性はその後結婚できなくなることが多い。
1994年に法律で禁止されたが、しかし警察も裁判官も黙認している。
そのため依然としてアラ・カチューは続けられ、国際的にも大きな人権問題として取り上げられている。
 
その実態を取材すべく、フォトジャーナリスト林典子は、2012年7月からキルギスへ。
5カ月間の滞在中、実際に誘拐現場に数回遭遇。誘拐で結婚した約25組の夫婦や女性たち、いったんは結婚を受け入れたものの数日後に逃げ出した女性や、離婚の準備を進めている女性たちを取材した。
さらに2014年1月から1カ月余りの追加取材を行い、彼女たちのその後の暮らしぶりを撮影した「キルギスの誘拐結婚」で、昨年は、フランス報道写真祭「ビザ・プール・リマージュ」で金賞を、今年は、全米報道写真協会フォトジャーナリズム大賞/現代社会問題組写真
部門1位を受賞し、その作品と存在は、世界的に広く注目されている。
彼女は、1983年、神奈川県生まれ。米国の大学で国際政治、紛争学を学んだ知的美女である。
 
百年近く前からある風習だが、政府は1994年に法律で誘拐婚を禁止したが、現在でも地方を中心に根強く残っている。 
恋愛結婚が主流になった今でも一定数存在しているのが実情のようだ。
15年以上前からキルギスの誘拐婚を研究する米国フィラデルフィア大学のラッセル・クラインバック名誉教授らは2005年の論文で、クルグズ人の既婚女性の35%から45%が合意なく誘拐されて結婚していると推定している。
違法な誘拐婚がなくならない背景には、国民の多くがこの慣習を古くからの伝統と信じている現実がある。
しかし、クラインバック名誉教授は「誘拐婚はキルギスの伝統ではない」と言う。
キルギスがソビエト連邦の共和国になる以前は、両親が決めた相手との見合い結婚が主流だった。誘拐婚はあるにはあったが、そのほとんどは、親の言いなりになるのが嫌で合意のうえで恋人を連れ去る「駆け落ち」であった。
現在の暴力的な誘拐婚が増えたのは、ソ連時代に入ってからだと、教授は話す。
それまでの遊牧生活から定住生活が主流になり、社会システムが急変したことで、男女平等の意識が国民の間に芽生え、自分の意思で結婚相手を選びたいと考える人が増えた。
「昔の駆け落ちの誘拐婚がこの半世紀の間にねじ曲がって伝えられ、現在の違法な誘拐婚を伝統と思い込む人が増えたのではないか」と教授は言う。
 
日本の女性は旅行中にコトバの代わりに往々にして意味深なスマイル多用しがちだ、ここキルギスでは誘拐婚の観点からも控えた方がいいだろう。
日本人とキルギス人は一目では見分けがつかないからだ。
なお、万が一誘拐されてしまった場合は、警察、大使館に連絡の上、外国人であるため伝統には従えないことを分かって貰うためのコトバの準備も必要だ。
 
キルギスの地方・農村部では、男性中心社会の中、誘拐婚が数多く発生しており、事件が起こるたびに度々と問題視される。しかしながら、誘拐婚に直面したことのある多くの女性は断ると地域社会の目が厳しく生きていくことが難しいなどの理由から、受け入れざるを得なかったり、または警察等に通報しても十分な対応をしてもらえないなどのケースが多いのだ。
勿論、女性の合意のない誘拐婚は違法だが、警察や裁判官は単なる家族間の問題とし、犯罪として扱うことはほとんどない。
 
こうした誘拐婚が地方などで根強い一つの理由は、キルギスでの結婚は公的な役所での手続きを経ずしても、イスラム教の慣行として、地元の宗教指導者による結婚が認定されてしまうことにある。
この慣行により、誘拐婚や未成年者の結婚が多くあり、これらの行為は女性の権利への侵害や女性への暴力的な行動にも繋がるもので何らかの社会的な対応が必要とされているのだ。
 
キルギス人男性と結婚を視野に入れてお付き合いする場合、注意しておきたいのがお相手の兄弟構成。キルギスでは長男ではなく、一番年下の息子が後継ぎになる。
末っ子男性と結婚した場合、両親と同居は絶対条件。田舎の村では親族数世帯が同居している場合も多く、その場合は新入りの嫁が全ての家事を担当する。
キルギス人でも末っ子男子との結婚は躊躇してしまうことが多いが、「この人のためなら尽くせる!」という強い愛情があれば、男女の役割がはっきりしているキルギスでは家事や育児の分担で揉めることもないのでむしろ楽かもしれない。
もし、子供が女の子だけだったらどうかと尋ねたら、姉妹の順番は関係なく、その家に適している娘が婿をとるのだそうです。
 
 
ともかくも、草食系の日本男子のストーカー行為と比較考察すべき日本的な課題が残る。
キルギスの様に一族総出で応援してくれるなら、ニートの類いは生れないだろう。
 
以上
4 of 8 に続く、


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