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「妄想警察P」第四話

第四話:脳内のディレイトされた記憶のデータを(復元)取り戻せ

誰にも知られていない離児島の森を抜けると、重厚な19世紀に建てられたであろう、建物が姿を現す。住友管財が長年に渡って、管理していたかどうかは定かではないが、そこには、リストアップした妄想法に抵触した者達から奪い取った、大量の記憶のデーターが保管されている。別名、記憶の妄想銀行と呼ばれている・・・

私がここの管理人のヨーゼフです。アルプスの少女ハイジに出てくるヨーゼフとは、当然ですが、血の繋がりもなければ、名付け親が犬好きでふざけてつけた名前だとも聞いていません。とにかく長年、この銀行で人の記憶の番人をして、暮らしています。ここにある記憶が、元あった人間の所へ帰ってしまわないように、毎朝毎晩、山のように積まれた、人の記憶が収納された引出しが地平線まで果てしなく続いていく広大な金庫を管理しているのです。

人間が気まぐれなように、人の記憶もまた気まぐれです。注意してみておかないと、どこかへ消えていってしまう。何故かって?元あった場所へ気まぐれな人間が引き寄せてしまうからです。人は無意識に記憶の中をグルグルと旅をしています。
私共、妄想銀行は、不都合な現実を知る人間から記憶をお預かりする、バンパイア政府にとって、とても重要な銀行なのだということをよーく覚えておいて下さい。

渋沢はひと月振りに自身のブログを更新した。タイトルは『途切れた記憶』記憶の中を彷徨いながら、あの日のことを取り戻そうとしていた。あの日の朝、玄関のベルが鳴った。それから・・・渋沢は夢を見た。何処かの森を抜けて行くと古い建物があって、その建物のドアを開けると・・真っ白い光が差してきた。廊下を歩く誰かの足音がこちらに近づいてくる。たくさんの鍵を持った守衛が頑丈な鋼鉄のドアの鍵を開ける。しーんと静まり返ったコンクリートの塊で出来た部屋には、壁一面に貸金庫にあるような引出しが並んでいる。そのうちの一つの引き出しを誰かが開けた・・


「少しお疲れになっているだけですよ」
看護師の真希が優しく渋沢に声を掛けた。

「あの日の朝のことがどうしても思い出せないんです」

「とにかく今日はゆっくりとお休みになってください。お薬は1週間分お出ししておきますので、また来週お越しになって下さい」

渋沢の担当医の清水が診察室を出た後、真希は、渋沢のカルテを探し出し、素早くコピーした後、ポケットに入れた。

極秘の印が押されたカルテには、拘束期間中の記憶、ディレイト済。メモリー保管場所:MBANK/No.24246681と書かれてあった。


早川は、ネットで見つけたグルメ情報の口コミを注意深く読み込んでいた。ふと、マウスから手を離して、渋沢の最近アップされた『途切れた記憶』のことが頭によぎった。以前、人づてに聞いた、記憶を消された者達が収容されている秘密の施設の話を思い出していたからだ。早川は、思い切って渋沢のオフィシャルサイトのコメント欄に、その施設のことを書いて、送信ボタンをクリックした。

「あなたは記憶を何者かによって消されたのではないですか?」

渋沢は早川から届いたコメントを読んでいた。まさか・・・
渋沢は早川に返信した。
「その場所の事について、話を聞かせて下さい。私の途切れた記憶がそこにあるかも知れない・・・」


いつものように抹茶のラテを注文して、先週からこの店でバイトしてる万里子に渋沢は声を掛けた。
「ねぇ、こんな話聞いたことある?」

「何ですか?」

「人の記憶を盗み取って、その記憶のメモリースティックを金庫に保管している秘密の銀行の話」

「聞いたことないけど、それがどうかしたんですか?」

「一週間前の記憶がどうしても思い出せなくてね」

「少し飲みすぎたんじゃないんですか?」

「あっいや、その日は飲んでなかった、朝だったし・・・それに、最近キャバにも行ってない。お目当ての娘が辞めちゃったんで・・・まぁそれはいいとして・・・」

「へぇ~じゃぁその銀行に忍び込んで、記憶を取り返すしかないですね」

「銀行強盗ってこと?」

「えぇ」

「そんなこと出来るかな?」

「出来ますよ。その気になれば」

「その気になればって・・もし捕まったらどうすんの?」

「大丈夫ですよ。レ・ミゼラブルのジャン・バルジャンだって、一斤のパンを盗んで逃げきれたじゃないですか」

「ジャン・バルジャンって・・まぁ確かに」

「それに三億円事件の犯人だって、どう見てもビートたけしに、似てるとは思えないし、とにかく、やってみるしかないんじゃないですか」

「しかし、どうやってその銀行に忍び込めば良いのかな?」

「それは・・きっともうすぐ協力者が現れるはずですよ。そんな気がします・・」

万里子は笑顔で渋沢を見ていたが、目の奥は笑っていなかった。



100ドル札のシャワーを体いっぱいに浴びた後、カロリーハーフの才能ドリンクを2本飲んで、バンパイア税務署長のハナー・レスキー署長は、一人部屋の中で俳優がドラマの台詞を覚えるときのように、身振り手振りで壁に向かって何やらシャドーイングを繰り返していた。


「宇宙の果ての刑務所へ行ったことがあるか?」


税金徴収の追い込みをかけ過ぎて、今やこの国の富裕層は隈なくドバイへと旅立って行った。ドバイからのユーチューブのライブ配信で「ドバイ最高!」と一定の収入を確保した連中(ユーチューバー及びネットビジネス師)が年々増加していた。残った国民の大半は生活保護世帯でベーシックインカム制度の導入で月額の七万円からのベースアップを要求して、ガンジーのそっくりさんが音頭をとる格好で、ハンガーストライキを強行していた。


ハナー・レスキー税務署長は部屋の中をウロウロと歩き回りながら、明日の税制調査会に間に合うように考えをまとめていた。

「妄想税とは、あなたが余計な妄想をする度に税率は引き上げられ、一度引き上げられた税率は、あなたがこの世を去るまで、引き下げられることはありません。但し、あなたが過去にとても嫌な経験をした時の事をフラッシュバックしたときだけに限り、50%の妄想税は免除されます。我々は嫌な思いをして、苦しんでいる人間を増加させることを目指しているのです。というか、我々の政策が順調に推移していると言ったほうが良いのかもしれない。そういう意味で言えば、我々の敵はリバタリアン人ではなく、目に見えない敵と言えるかもしれません。我々バンパイア王国が、監理すべきは、そういった人間の育成なのです」


「今日は抹茶のアイス・ラテにしようかな、生クリームたっぷりの。早川さんは何になさいます?」

「じゃぁ、私もおなじものを。生クリームは、やる気満々でいっぱいの」

「今日は時間を作って頂いて、有難うございました」

「あっ、いえ。それより、記憶の方はまだ戻らないのですか?」

「あっ、はい・・」

「そうですか・・やはり盗まれたと?」

「おそらく・・ルパ〜ン三世か何かに盗まれたのかな?と・・」

「私に良い考えがあるのですが、少し危険が伴うかも知れません」

「捕まるかもしれないと?」

「私の計画通りやれば、上手くいくと思いますが、覚悟はしておいてください」

「しかし、場所は特定できているのですか?」

「おそらく・・離小島の森を抜けて行くと、19世紀に建てられたと思われる重厚な建物が見えてくるはずです。住友管財が長年に渡って、管理していたかどうかは定かではありませんが・・」

「なるほど、で、その離小島っていうのはどこにあるのですか?」

「はなれこじま・・そこにヒントが・・」

「それで?」

「小島よしおですよ」

「小島よしおって、お笑い芸人の?」

「小島の出生地は?」

「あっ、いえ知りません」

「ググってみて?」

「沖縄県久米島町・・」

「そこです。あなたの盗まれた記憶が眠っているのは」

「久米島・・」

「銀行強盗って面白そうですね?私もなにかお手伝いしますよ」
抹茶のアイスラテを2つ持って万里子が、会話に入ってきた。

「じゃぁ、ルパ〜ン三世の峰不二子ちゃんをやってくれる?早川さんが次元で、ただ問題は五右衛門役がいないというのもどうかと・・」

「それなら私の友人で呉服屋の息子の坂井っていうのがいるんで、次の機会に連れてきますよ」

「OK、じゃぁ決行は来週の金曜日で」

3人は右手をテーブルの上で重ね合わせて、昨日食べた、にんにくラーメンの匂いがプンプンする位置まで顔を近づけて、成功を誓い合った。


その時、マイケル刑事は隣の席で会話の一部始終を聞いていた。最近ネットで買ったジャンク品のSONYのマイクロカセットレコーダーに会話を録音しながら。カメラ目線でつぶやいた。
「やはり奴らは・・思ったとおりだ」

つづく















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