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アート・批評・理論の現在 ――『流れの中で』と『ポスト・アートセオリーズ』をよりよく理解するための30冊(1)

ともに現代アート論である『流れの中で』と『ポスト・アートセオリーズ』の刊行を記念し、それぞれの訳者・著者に、本書に関連する15冊、合計30冊を選んでコメントしていただきました。読書ガイドとしてはもちろん、書店店頭におけるフェアなど、ご自由にお使いください。→(2)

選者:河村彩(東京工業大学リベラルアーツ研究教育院助教)

1)グロイスの思想の土台

マルティン・ハイデッガー『芸術作品の根源』関口浩訳、平凡社、2008年

グロイスは矛盾をはらんだものとして芸術作品を捉えている。作品を生み出すのは芸術家だが、芸術家は作品に先立っては存在しえない。芸術作品は何の有用性も持たないがゆえにそれ自体価値を持つ。このような芸術作品の捉え方の土台となっているのは、単なる物とも道具とも異なった芸術作品のあり方を考察したハイデッガーの思想である。


ヴァルター・ベンヤミン『ベンヤミン・コレクション1 近代の意味』浅井健二郎編訳、筑摩書房、1995年

オリジナルの芸術作品は「いまここ」という一回性を帯びており、複製物はこの性質を決定的に欠いている——これは本書に収められた「複製技術時代の芸術作品」におけるよく知られた主張である。グロイスはこのベンヤミンの発想をアップデートし、近代の機械的複製と現代におけるデジタルによる複製の差異を考察し、後者が持つ新しい性質を指摘する。


クレメント・グリーンバーグ『グリーンバーグ批評選集』藤枝晃雄編訳、勁草書房、2005年

アヴァンギャルドとキッチュは一見対立するかのように見えるが、両者とも近代社会の産物である。アヴァンギャルドは社会から離脱するように見えて経済的基盤をエリート層に負っており、一方キッチュの中にはアヴァンギャルドの素材を転用する高度な手法に基づいたものもある。グロイスはグリーンバーグのアヴァンギャルドとキッチュの考察の複雑さを見抜き、現代美術と大衆との関係の分析に応用する。


ボリス・グロイス『全体芸術様式スターリン』亀山郁夫・古賀義顕訳、現代思潮社、2000年

ロシア・アヴァンギャルドはスターリン時代に社会主義リアリズムが公的な芸術様式とされたことによって終了した。グロイスはこの歴史的事実に反し、世界の創造者になることを目指したアヴァンギャルドの夢を最終的に実現したのは、独裁者スターリンだったといううがった見方を展開する。作品をコントロールする芸術家、展示のコンセプトのために作品を利用するキュレーターは独裁者にも通じることをグロイスは繰り返し指摘する。


2)古くて新しいアヴァンギャルド

多木浩二『未来派 百年後を羨望した芸術家たち』コトニ社、2021年

新聞に次々と宣言を発表した詩人マリネッティ。作品制作に劣らない芸術行為としてパフォーマンスを重視し、メディアを利用したという点で、イタリア未来派は「インターネット時代のアート」の先駆けでもある。本書は、機械を賛美し、絵画、彫刻、音楽、詩と多様なジャンルで展開された未来派を「進歩の哲学」として描き出す。


エリ・リシツキー他『革命の印刷術』河村彩編訳、水声社、2021年

近現代美術においてはくり返し芸術の死が宣言された。商品であるイーゼル絵画を放棄し、プロパガンダのためのグラフィックに転換せよという主張がなされた革命期のロシアは、絵画の死をある程度現実のものにした。構成主義やそれを理論的に支えた生産主義のグラフィック論を抄訳した本書は、革命期ロシアで生み出された複製技術時代の芸術論である。


イリヤ・カバコフ『イリヤ・カバコフ自伝』鴻英良訳、みすず書房、2007年

著者はソヴィエト時代には非公式芸術家として活動した。1980年代に大掛かりな「トータル・インスタレーション」を発表して世界を驚かせたが、これを命名したのはグロイスである。本書では不自由な社会主義体制のもとで独自の活動を行う芸術家たちの心情が詳細に描き出されている。グロイスが美術制度に対するオルタナティヴな視点を培った背景がうかがえる。


3)グロイスから考える現代美術と現代社会

クレア・ビショップ『ラディカル・ミュゼオロジー』村田大輔訳、月曜社、2020年

現代美術を専門とする美術館が世界中で増加している。それらの多くは美術館それ自体がアイコンとなるような個性的な建築であり、作品を所蔵せず、民営化という形でマーケットに接近している。ビショップは「コンテンポラリー」という概念そのものを哲学的に再考することで、来るべき展示と美術館のあり方を提示する。


アート&ソサイエティ研究センター SEA研究会編『ソーシャリー・エンゲイジド・アートの系譜・理論・実践 芸術の社会的転回をめぐって』フィルムアート社、2018年

社会問題に関与するSEA(ソーシャリー・エンゲイジド・アート)は、社会実践なのか、それとも芸術活動なのか?グロイスは美的形式の不十分さや、「芸術」のまま社会活動を実践する立場の曖昧さなど、SEAに向けられる批判を分析する。SEAの来歴や実践、理論や論争に関する複数の論考をおさめた本書は、SEAの社会的評価と美的評価を分断せずに捉える方法を模索する。


パブロ・エルゲラ『ソーシャリー・エンゲイジド・アート入門 アートと社会が深く関わるための10のポイント』アート&ソサイエティ研究センター SEA研究会訳、フィルムアート社、2015年

パフォーマンスアーティストであり芸術教育に携わる著者が、社会実践を望むアーティストに、様々な手法やアイディアを提供する目的で書かれた書籍。ソーシャリー・エンゲイジド・アートは参加者同士の交流を促し、地域を深く理解するのに役立つだけでなく、ときにはディスコミュニケーションや対立をも引き起こす。様々なタイプやケースを持ったソーシャリー・エンゲイジド・アートの複雑さを理解するのにも役立つ。


レフ・マノヴィッチ『インスタグラムと現代視覚文化論 レフ・マノヴィッチのカルチュラル・アナリティクスをめぐって』久保田晃弘・きりとりめでる訳・編、ピー・エヌ・エヌ出版、2018年

グロイスはSNS上には美術作品と区別のつかないような制作物が大量に投稿されていると指摘しているが、インスタグラムはまさに投稿者が美的感性を競う会う場として機能している。本書は世界中の都市から投稿されたインスタグラムの画像を定量的に分析しながら、モダニズムのデザインと共通性を持ちながらも特異な性質を備えたインスタグラムのメディア的特性を明らかにする。


池田剛介『失われたモノを求めて 不確かさの時代と芸術』夕書房、2019年

現代美術においては、映像やパフォーマンスが盛んに用いられ、展示後には撤去されるインスタレーションが制作されている。コンセプトや社会的背景といった外部の文脈なしに作品を鑑賞し評価することはもはや難い。著者はこのようなモノとしての作品が困難な状況において、物質的な作品やそれらを制作することの意義を問い直し、現実におけるモノの現れや、人間の生における「仕事」にまで考察を深める。


藤田直哉編・著『地域アート 美学 制度 日本』堀之内出版、2016年

日本ではここ数年のあいだ特定の地方を舞台とした芸術祭が盛んに開催されている。芸術祭の興隆はグローバルな潮流である一方、行政と深く結びついた「地域アート」には日本の芸術制度のローカルな特性が顕著に現れる。本書は「地域アート」を切り口に日本の現代美術の現状を問い直すのみならず、作家や評論家、研究者との対話を通してその問題と可能性をも探求する。


Claire Bishop, Installation Art (London: Tate Publishing, 2005).

大掛かりなインスタレーションは現代美術館やビエンナーレなどの芸術祭の目玉であり、とりわけ観客の眼を惹きつける。インスタレーションは、多数のオブジェが空間的に配置され、鑑賞者の感覚に訴えるという点では共通しているものの、実際のところその内容は極めて多様である。ビショップは、作品に組み入れられた鑑賞者の経験を重視し、精神分析、鑑賞者の主体の現象学的モデル、リビドー的退行と分裂、鑑賞者の政治的主体の4つの観点からインスタレーション作品の分析を試みる。


ヒト・シュタイエル『デユーティーフリー・アート 課されるものなき芸術 星を覆う内戦時代のアート』大森俊克訳、フィルムアート社、2021年

美術館や美術制度がその国の地理的境界と歴史を規定し、国民性を創出する役割を果たしてきたとすれば、デジタル・グローバリゼーションの時代には、新たな形の美術館や作品流通の制度は、時間と空間の再編成に影響するのではないか?国家という枠組みによって課される義務を逃れた新たな自律的芸術を、著者は「デューティー・フリー・アート」と呼ぶ。しかし巨大資本が流れ込み情報技術と結びつくアートは、紛争や軍事技術とも通底し、インターネットのダークな側面と切り離せないことに注意を向ける。

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河村彩(かわむら・あや)1979年、東京都生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(博士)。現在、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院助教。専攻は、ロシア・ソヴィエト文化、近現代美術、表象文化論。著書に、『ロトチェンコとソヴィエト文化の建設』(水声社、2014年)、『ロシア構成主義 生活と造形の組織学』(共和国、2019年)、『革命の印刷術 ロシア構成主義、生産主義のグラフィック論』(編訳、水声社、2021年)など。


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