見出し画像

アート・批評・理論の現在 ――『流れの中で』と『ポスト・アートセオリーズ』をよりよく理解するための30冊(2)

ともに現代アート論である『流れの中で』と『ポスト・アートセオリーズ』の刊行を記念し、それぞれの訳者・著者に、本書に関連する15冊、合計30冊を選んでコメントしていただきました。読書ガイドとしてはもちろん、書店店頭におけるフェアなど、ご自由にお使いください。→(1)

選者:北野圭介(立命館大学映像学部教授)

1 )ポスト・アートセオリーズ

拙著『ポスト・アートセオリーズ』を書くにあたって養分となった現代芸術論。現代美術論をリストアップしています。

クレア・ビショップ『人口地獄 現代アートと観光の政治学』大森俊克訳、フィルムアート社、2016年

いま現在、もっとも先鋭的な美術批評家であり、研究者であり、キューレーターでもあるクレア・ビショップによる大著。「関係性の美学」に対抗する仕方で練り上げられた、さしあたり「参加の美学」と呼んでいい彼女の考え方をしっかりと了解するためには必読。グロイスへの接近も目が離せない。


Nicolas Bourriaud, Esthetique relationalle (Les Presses du réel, 1998)

数十年にわたって世界各地で注目集める気鋭のキューレーター、ニコラ・ブリオーが自らの美学を論じた、マニフェスト的な仕事のひとつ。原書は1995年に刊行されているが、いまなお、美術批評においても作品実践においてもアートシーンの動向の観測には不可欠な書物だろう。


ハンス・ベルティング『イメージ人類学』平凡社、2014年

ドイツはカールスルーエにあるZKM(アート・アンド・メディア・テクノロジー・センター)は、21世紀、最新の芸術理論が次々と誕生するコラボレーションの拠点である。そのイデオローグのひとりでもある美術研究の泰斗ハンス・ベルティングによる傑作。時間をかけ読むべきだろう。美術界のグローバルなマーケット主義やその反動としてのネオナショナリズムに対抗するビジョンを示してくれるかもしれない。


W・J・T・Mitchell, What Do Pictures Want? (The University of Chicago Press, 2004)

ポストモダン哲学以降の現代思想や人文学を、北米を中心にワールドワイドに牽引するCritical Inquiryの主幹編集者W・J・T・ミッチェルが近年力を注ぐ、ラディカルな射程をもつ美術研究プロジェクトの中心の仕事。いちはやくベルティングらZKMが反応し独語訳が刊行され「イメージ学」のエンジンのひとつとなっている。


ボリス・グロイス『アート・パワー』石田圭子・齋木克裕・三本松倫代・角尾宣信訳、現代企画室、2017年

いまをときめく批評家ボリス・グロイスの代表作。日本において、グロイスの仕事は、初期の『全体芸術様式 スターリン』の枠組みで長らくその理解が終始してきたが、ZKMを経路にし新たなフェーズに入っているだろう。そうした新たな思想が読み取れる格好の書物である。


ジャック・ランシエール『感性的なもののパルタージュ 美学と政治』梶田裕訳、法政大学出版局、2009年

深い哲学的思索を展開しつつも、同時代芸術にもまなざしをとめずビショップをはじめ批評や作品実践にも影響を与えつづけている、ポスト現代思想の先駆けといえるかもしれないランシエールの「パルタージュ」論が論じられている。


H. Belting and others edited, The Global Contemporary and the Rise of New Art World (The MIT Press, 2013)

ZKMで開催された、さまざまな方向でポレミカルな問題提起となった、ベルティングやヴァイブルらが実現した展覧会の図録。アメリカ合衆国を席巻するわかりやすいポストコロニアルなまなざしを越えた、グローバリズム批判のポテンシャルも含め、分厚いこの図録にはこんにちを生きる多くのヒントが散りばめられている。


ノエル・キャロル『批評について 芸術批評の哲学』森功次訳、勁草書房、2017年

日本ではもっぱら分析哲学のフィールドで語られるノエル・キャロルではあるが、じつは、そのキャリアのはじめ、ジャーナル「オクトーバー」の創刊編集者アネット・マイケルソンの指導のもと、映画研究で博士学位を取得している。そののち、分析哲学のトレーニングを受けた研究者なのだ。がゆえか、アーサー・ダントー「芸術の終焉」論を深く咀嚼しつつ、そこに「批評」のきちんとした理解の欠落を見出しうる慧眼を備えることができたのではないか。

2)ポストモダニズム期の芸術論とその顛末

1)にみた21世紀、芸術理論の的確な把握のためには、先行する20世紀の主たる仕事の理解が不可欠であり、そのためのベンチマークとなる仕事を選んでいます。

アーサー・ダントー『アートとは何か』佐藤一進訳、人文書院、2018年

いわずとしれた「芸術の終焉」論の嚆矢である論文「アートの終わり」も併録されている。芸術の「対象性」のゆらぎはじめについてクリアーな見立てを示しつつも、少なからずうねりながら練り上げられた文章ではある。結果、多くの解釈を誘いこんだがダントー自身がこんにちにいたるまで注釈を積み重ねている。その現段階でのひとつの纏めが、この邦訳書の本体部分である。


リチャード・ウォルハイム『芸術とその対象』松尾大訳、慶應義塾大学出版会、2020年

ダントーの論文「アートの終わり」の前の段階で、芸術作品の「対象性」について分析哲学の道具立てを駆動させ概念化しようとした、往時の分析美学の代表選手による好著。であるので、ダントーの論文の主張の輪郭をしっかりと把握しておくためには格好の参照点となるだろう。


マイケル・フリード『没入と演劇性 ディドロの時代の絵画と観者』伊藤亜紗訳、水声社、2020年

1976年に創刊されたジャーナル『オクトーバー』の前段階、1960年代、時代を牽引したジャーナル『Art Forum』で健筆をふるったマイケル・フリードの主著。フリードの師であるスタンリー・キャベルに胚胎していたハイデッガーの思想が垣間見える。近年、思弁的実在論の論者グレアム・ハーマンなどが再び注目している点でもくみ尽くせない魅力をもつ。


ハル・フォスター『アート建築複合体』瀧本雅志訳、鹿島出版会、2014年

構造主義やポスト構造主義といったを美術批評に取り込んだ回路として解されるジャーナル『オクトーバー』は、周囲の言説においてはそうした位置づけがあながち間違いではなかったのだとすれば、その経緯の見直しと顛末の測定は21世紀においてきわめて重要な意味をもつ。オクトーバー派第二世代と自称してはばからないハル・フォスターによる本書は、内部からのその作業の成果である。

3)さらなる考察のために

『ポスト・アートセオリーズ』の刊行のあと、21世紀の日本の文化実践を改めて見直そうとしたときに、きわめて刺激となっている書物を三点挙げておくこととします。

桑野隆『生きることとしてのダイアローグ』桑野隆訳、岩波書店、2021年

「対話」理論に照準を合わせ、デジタル技術が席巻するこんにちの世界にアップデートされたバフチン論。人間の存在の仕方、意識(無意識)や真理さらには理解にいたる考え方を次々と刷新しながら、現代社会のさまざま局面への問題提起となっている。なかでも、「美的な出来事」、すなわち芸術作品に関わっても、二人の対話があってはじめて実現するというテーゼは、安易な相対主義的なダイバーシティ論を穿ちさえする。


北山修『コブのない駱駝』岩波書店、2016年

いわずと知れたフォーククルセダーズのメンバーでもあり精神分析学の第一級の研究者そして臨床家による回顧録である。理論と実践が絡み合いながら語られる、1960年代以降の日本を主体として駆け抜けてきた稀有な人物の思考の軌跡は、この国における社会状況、創造実践、政治意識の濃密な絡み合いの変遷を濃密に伝える。村井邦彦が「日本のアンディ・ウォーホール」と呼んだといわれるミュージシャン加藤和彦との交流の足跡は、戦後日本の創造文化を再考させるに足る深みをもつ。


松井茂『虚像培養芸術論 アートとテレビジョンの想像力』フィルムアート社、2021年

『ポスト・アートセオリーズ』が刊行されたほぼ同時期に刊行された、瞠目すべき仕事。1960年代以降の日本のアートシーンの系譜を、東野芳明の批評論、磯崎新の建築論、今野勉のテレビ論に照準を合わせ浮き彫りにする。北米型のグローバル理論を無批判に作動させることもなく、日本文化の独自性にも依拠することもない、深い思考が堪能できる。選者は、拙著が展開した欧米の動向の理解との並行性をおこがましくも感じ取った。

- - - - -

北野圭介(きたの・けいすけ)1963年生。ニューヨーク大学大学院映画研究科博士課程中途退学。ニューヨーク大学教員、新潟大学人文学部助教授を経て、現在、立命館大学映像学部教授。映画・映像理論、メディア論。2012年9月から2013年3月まで、ロンドン大学ゴールドスミスカレッジ客員研究員。著書に『ハリウッド100年史講義 夢の工場から夢の王国へ』(平凡社新書、2001年/新版2017年)、『日本映画はアメリカでどう観られてきたか』(平凡社新書、 2005年)、『大人のための「ローマの休日」講義 オードリーはなぜベスパに乗るのか』(平凡社新書、2007年)、『映像論序説 〈デジタル/アナログ〉を越えて』(人文書院、2009年)、『制御と社会 欲望と権力のテクノロジー』(人文書院、2014年)。編著に『映像と批評ecce[エチェ]』1~3号(2009年~2012年、森話社)、訳書にD・ボードウェル、K・トンプソン『フィルムアート 映画芸術入門』(共訳、名古屋大学出版会、2007年)、アレクサンダー・R・ギャロウェイ『プロトコル』(人文書院、2017年)など。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?