_獄中哀歌_

加藤介春著『獄中哀歌』獄中哀歌(その十一)降り来る煤

器械場の細長き煙突が
さしあげし腕のやうに立ちて
光らぬ煙をむくむくと噴(ふ)き出(いだ)す。

煙は空に幕の如とくたなびきて
うかべる黒き煤が下へ、下へ、監房へ。

監房のすぐまへに山櫨の繁りあれども
その青き葉かげは心に届かず、
心の覆ひとならず。

裸体(はだか)にされしやうな心へ、
ふわりふわりと浮びて
あそびながらふりくる黒き煤。

その黒き煤の沁み入るをみつめながら、
掃はんともせずなるが儘になす
ややすてばちの獄に飽きし心。

とてものがれぬ身なれば
なるが儘になりゆくわが心を
ぢつと見てゐたきおもひもするなり。

底本:『獄中哀歌』南北社
大正三年三月二十三日発行
*旧字は新字に、「ゝ」などの踊り字と俗字は元の字に改めた。また、一部を代用字に改めた。

加藤介春(1885−1946)
早稲田大学英文科卒。在学中、三木露風らと早稲田詩社を結成。自由詩社創立にも参加し、口語自由詩運動の一翼を担う。
詩集に『獄中哀歌』(1914)、『梢を仰ぎて』(1915)、『眼と眼』(1926)。
九州日報編集長として、記者であった夢野久作を厳しく指導した。久作いわく「神経が千切れる程いじめ上げられた」。
詩集『眼と眼』では、萩原朔太郎が「異常な才能をもちながら、人気のこれに伴わない不運な詩人」という序を寄せた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?