_獄中哀歌_

加藤介春著『獄中哀歌』獄中哀歌(その四)赤き夕の悲哀

監獄の赤き夕日、
だんだらの
赤き光が喘ぐ。

監房のくらき窓をてらす
ゆふ雲のおりて来る心の上(うへ)。

誰れも居らぬ広い庭の
白き砂の上に
おちたる入日の影を敷く。

山櫨のあをき繁りのなかには
やがて眼の見えずなる雀が
あまりに赤きゆふ日の方を向いて。

幾棟もつづきし監房の
どこからともなく深き底より
狂へる囚人の、ふと、笑ふこゑ―

長き間、獄の中にあれば
いつも夕のかなしくなりて
泣かんとしては覚えず笑ふ。

その笑ふ声を聞く、
ひとごとならぬあやしき悲しさが
身(しん)内(ない)を脈うちめぐる。

くらい心が震へ出す―
そしてわが遠き行く手が
赤き夕日の中に入りて消ゆ。

底本:『獄中哀歌』南北社
大正三年三月二十三日発行
*旧字は新字に、「ゝ」などの踊り字と俗字は元の字に改めた。また、一部を代用字に改めた。

加藤介春(1885−1946)
早稲田大学英文科卒。在学中、三木露風らと早稲田詩社を結成。自由詩社創立にも参加し、口語自由詩運動の一翼を担う。
詩集に『獄中哀歌』(1914)、『梢を仰ぎて』(1915)、『眼と眼』(1926)。
九州日報編集長として、記者であった夢野久作を厳しく指導した。久作いわく「神経が千切れる程いじめ上げられた」。
詩集『眼と眼』では、萩原朔太郎が「異常な才能をもちながら、人気のこれに伴わない不運な詩人」という序を寄せた。

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