加藤介春著『獄中哀歌』「赤き日」鳴かぬ小鳥

わたしの帰りがおそい故か、
それともわたしの留守に鳴きあいたのか、
もう鳴かぬ籠の小鳥。

うすぐらい籠のなかに、
こころ細げにとまつた小鳥。

部屋(へや)に入つてともし火をつくれば
おどろかされてわたしの方へ見向いた小鳥。

ぢつとわたしを見つめてゐたが
またもすぐ眠らうとうつらうつら、
もう鳴かぬ籠の小鳥。

小鳥はねむたさにうつらうつら、
その鳴かぬ鳥の心を訪(たづ)ねんと
籠のなかをのぞく。

心細げにとまり木の上に
ぢつと眠つた籠の小鳥、
もう鳴かぬ沈黙の時がきたれり。

可愛いその眼をとづる時がきたれり、
夜の沈黙と死とがきたれり、
そしてもう鳴かぬ小鳥。

籠の小鳥とわたしと――
うすぐらいともし火のかげに
もうふかき夜が来れり。

底本:『獄中哀歌』南北社
大正三年三月二十三日発行
*旧字は新字に、「ゝ」などの踊り字と俗字は元の字に改めた。また、一部を代用字に改めた。

加藤介春(1885−1946)
早稲田大学英文科卒。在学中、三木露風らと早稲田詩社を結成。自由詩社創立にも参加し、口語自由詩運動の一翼を担う。
詩集に『獄中哀歌』(1914)、『梢を仰ぎて』(1915)、『眼と眼』(1926)。
九州日報編集長として、記者であった夢野久作を厳しく指導した。久作いわく「神経が千切れる程いじめ上げられた」。
詩集『眼と眼』では、萩原朔太郎が「異常な才能をもちながら、人気のこれに伴わない不運な詩人」という序を寄せた。

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