加藤介春未刊詩稿『夕焼』「悪魔創世」(一)『悪魔創世』の始めに

神さま
空のまんなかにさんらんとしてかがやく神さま
私が今高く高くさしあげようとする
まつくろい人間の手に
そのしづかなる動かざる変らざる
空のまんなかの光りを握らせて被下いませ
私は世界の未来を考へます
おそろしい人間の過去に仍つて
おそろしい未来のそのまた未来の
空々たる人間の世界を考へます
そうして神さま
そのおそろしさに堪へられずなりますと
私はまつくろいけだもののような手を
しづかなる空のまんなかの光へさしあげます
そのまつくろいけがれたる手は
盛んなる人間の意思であり
盛んなる人間の力であり
そうして人間のたましひのたよりゆくべき
美と愛と幸福の路をさがしてゐます
神さま
空のまんなかにさんらんとしてかがやく神さま
私は私のおそろしい生き物であることを
汚れたる生き物であることを
あなたに告げて祈ります
それは人間の祈りです
真の人間の祈りです
それ故に若しその祈りが
おそろしい人間の祈りであるならば
私をくらい谷底へつきおとして被下いませ
この大いなる世界がくづれてしまふまで
私がふたたびうまれて来ぬように
この大いなる世界が消えうせてしまふまで
私の子孫もうまれて来ぬように
私をくらい穴倉に投げ込んで被下いませ
それはおそろしいお裁断(さばき)です
それはおそろしいお刑罰(しおき)です
けれども又あはれなる不幸なる醜悪なる
人間のうくべきたつた一つの御恵みです
神さま
空のまんなかにさんらんとしてかがやく神さま
そのさんらんたる光を与へるか
永遠のくらい死を与へるか
私はそのどちらでも好いのです

底本:「福岡大学研究所報 第23号」福岡大学研究所 「加藤介春未刊詩稿「夕焼」」境忠一校訂
昭和五十年五月三十一日発行
*旧字は新字に、「ゝ」などの踊り字は元の字に改めた。

加藤介春(1885−1946)
早稲田大学英文科卒。在学中、三木露風らと早稲田詩社を結成。自由詩社創立にも参加し、口語自由詩運動の一翼を担う。
詩集に『獄中哀歌』(1914)、『梢を仰ぎて』(1915)、『眼と眼』(1926)。
九州日報編集長として、記者であった夢野久作を厳しく指導した。久作いわく「神経が千切れる程いじめ上げられた」。
詩集『眼と眼』では、萩原朔太郎が「異常な才能をもちながら、人気のこれに伴わない不運な詩人」という序を寄せた。

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