_獄中哀歌_

加藤介春著『獄中哀歌』獄中哀歌(その十二)たたずめる花

監房をとりまく煉瓦壁の片すみに
名もしらぬ草が仄かな花をつけたり。

おづおづとあらはれし青き芽が
次第にふとりて小さき花を一つ。

看守等の眼にも触れず赤き花を
こつそり一つ、獄のなかの
心が向ふにうつりしやうにつけたり。

やうやく咲きしほのかな赤き花、
紅皿のなかより抜けいでしやうな花。

その花とわが心とが
何かしらず問答す、互におなじ事を
おもへるやうにぢつと向きあひて。

また、ぢつとその花をみつめて
まぎれざる長き日を暮す
泣きたくなりしわが縛られし心―

くるはんとする心のすぐ前に
赤き花が一つほのかにたたずむ。

底本:『獄中哀歌』南北社
大正三年三月二十三日発行
*旧字は新字に、「ゝ」などの踊り字と俗字は元の字に改めた。また、一部を代用字に改めた。

加藤介春(1885−1946)
早稲田大学英文科卒。在学中、三木露風らと早稲田詩社を結成。自由詩社創立にも参加し、口語自由詩運動の一翼を担う。
詩集に『獄中哀歌』(1914)、『梢を仰ぎて』(1915)、『眼と眼』(1926)。
九州日報編集長として、記者であった夢野久作を厳しく指導した。久作いわく「神経が千切れる程いじめ上げられた」。
詩集『眼と眼』では、萩原朔太郎が「異常な才能をもちながら、人気のこれに伴わない不運な詩人」という序を寄せた。

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