_獄中哀歌_

加藤介春著『獄中哀歌』獄中哀歌(その九)鳴る鍵の束

ふと眼をさましぬ、夜のくらき監房に
すやすやと眠れる心の方へ
鳴りながら来る鍵の束。

監房の方へ夜警看守の
腰につけし鍵の束、
その鍵が歩くごとに磨れあうて鳴りながら。

ふと、ぬけがらのやうな身体(からだ)の
わが寝姿をのぞき見らるるけはひに
臥せる心がふるへ出す。

シーンと鳴る深き夜の静けさに
われはわが眠たげたる息の
次第に滅入るかすかな音を聞く。

ふと眼覚めたる心の上には
臥せるわが姿がうつりて
獣の横り居るやうに見ゆ。

夜警看守が監房の廻りをめぐれば
その眼ざめし心を追ひくる鍵の束。

青ざめしうすき蒲団の中に
ふるへる心をくるんと包みて
ぢつと臥す―監房の長きくらい夜。

底本:『獄中哀歌』南北社
大正三年三月二十三日発行
*旧字は新字に、「ゝ」などの踊り字と俗字は元の字に改めた。また、一部を代用字に改めた。

加藤介春(1885−1946)
早稲田大学英文科卒。在学中、三木露風らと早稲田詩社を結成。自由詩社創立にも参加し、口語自由詩運動の一翼を担う。
詩集に『獄中哀歌』(1914)、『梢を仰ぎて』(1915)、『眼と眼』(1926)。
九州日報編集長として、記者であった夢野久作を厳しく指導した。久作いわく「神経が千切れる程いじめ上げられた」。
詩集『眼と眼』では、萩原朔太郎が「異常な才能をもちながら、人気のこれに伴わない不運な詩人」という序を寄せた。

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