加藤介春未刊詩稿『夕焼』「悪魔創世」(四)悪魔に見える

人間の顔が悪魔に見える事について
しづかに考へよ、
林の中の高い木が悪魔に見えることについて
林に入りてその木を抱け、
太陽が悪魔に見えることについて
はるかなる空をあふぎ見よ。

我々の為めにうつくしい世界はどこへ行った
 か、
我々の為めに幸福な世界はどこへ行つたか、
太陽はくらくさびしくなり、
木はくらくつめたくなり
あらゆるものが悪魔に見える。

さまざまの悪と不幸が来て、
うれひとかなしみが来て、
おそろしい悪魔の意思が
おそろしい世界の始めから世界の終りまで
無限に流れて来て、
あらゆるものが悪魔に見える―
かなしめる人間があをさめた木の如く見える時
うなだれた草の葉の如く見える時
その顔は悪魔の顔の如くうすぐらくなり、
盛んなる力を出して
かがやける太陽の如く見える時
その顔は悪魔の顔の如くつめたく、
あらゆる顔が悪魔に見える―

人間の顔が皆悪魔に見える
人間の世界が悪魔に見える

底本:「福岡大学研究所報 第23号」福岡大学研究所 「加藤介春未刊詩稿「夕焼」」境忠一校訂
昭和五十年五月三十一日発行
*旧字は新字に、「ゝ」などの踊り字は元の字に改めた。

加藤介春(1885−1946)
早稲田大学英文科卒。在学中、三木露風らと早稲田詩社を結成。自由詩社創立にも参加し、口語自由詩運動の一翼を担う。
詩集に『獄中哀歌』(1914)、『梢を仰ぎて』(1915)、『眼と眼』(1926)。
九州日報編集長として、記者であった夢野久作を厳しく指導した。久作いわく「神経が千切れる程いじめ上げられた」。
詩集『眼と眼』では、萩原朔太郎が「異常な才能をもちながら、人気のこれに伴わない不運な詩人」という序を寄せた。

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