_獄中哀歌_

加藤介春著『獄中哀歌』獄中哀歌(その五)眠くなき夜

青ざめし蒲団を二つに折り
その中にそつと入りて臥す。

なにものかに追はれて
にげ場をうしなひし心の
うごけずなりしやうに臥す―

ぢつと臥す、その床下より
蟋蟀(こほろぎ)の啼く声きこゆ、
囚人のくらい心を
たづねてくる悲しき声―

その声をいつまでも聞き居れば
蒲団の上に臥せる心が
くらき層を下へ下へ。

ふと目をあけて見たくなりし
われ(前二字傍点)と言ふものもわからず。

つかれて居れど眠くなければ
夜(よる)に飽きたる身体(からだ)のやり場なさ、
ただぢつと蟋蟀の声を聞き
寝返りなどして長き夜を明す。

底本:『獄中哀歌』南北社
大正三年三月二十三日発行
*旧字は新字に、「ゝ」などの踊り字と俗字は元の字に改めた。また、一部を代用字に改めた。

加藤介春(1885−1946)
早稲田大学英文科卒。在学中、三木露風らと早稲田詩社を結成。自由詩社創立にも参加し、口語自由詩運動の一翼を担う。
詩集に『獄中哀歌』(1914)、『梢を仰ぎて』(1915)、『眼と眼』(1926)。
九州日報編集長として、記者であった夢野久作を厳しく指導した。久作いわく「神経が千切れる程いじめ上げられた」。
詩集『眼と眼』では、萩原朔太郎が「異常な才能をもちながら、人気のこれに伴わない不運な詩人」という序を寄せた。

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