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加藤介春『獄中哀歌』

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2019年1月の記事一覧

加藤介春著『獄中哀歌』「蜘蛛」(二)

    二

 監房の第一夜は明けた。Mは起床時刻の三十分位前から眼を覚して、好く眠つたとは言へ尚どこか身体に眠り足らぬ所のあるやうな懶(ものう)い感じの中に浸りながら起床時刻の来るを待つた。牢獄の朝の薄暗さがまだ房の隅々に溜つてゐた。
 起床は五時で、それから約三十分もすると朝の飯になる。赤い獄衣を着けた既決囚の炊夫が一定の型に入れて盛つた荒いボロボロの麦の引割飯を担荷の様な物に載せて来て、五器

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加藤介春著『獄中哀歌』「蜘蛛」(一)

    一

 南の国のその監獄は、ずつと昔から残つてゐる極く旧式な古い建物で、外囲(そとがこひ)の高い壁も昔風の瓦と漆喰とで築きあげたのが、所々漆喰の剥げ落ちて臓腑のやうに中身(なかみ)の赤い土をはみ出したり、瓦に青い黴が生へてヌルヌル辷りさうな所があつたりして、門も城下の町邸などに好く見受ける高い大きな真黒い物だつた。獄舎は一寸した雨や風にも腐朽し破損して、その都度古い襤褸(ぼろ)を継ぎはぎす

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