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曲のエナジーになり”過ぎ”る。

カバー曲をやることにしまして。

キーを決めるために色んなキーで試してみたんですが、半音違うだけで私が見える世界が違ったりするんですよね。
で、「歌うときは自分がその曲になっちゃってる」ってのは昨年に気付いてたんだけど、
色んな世界が見えながらゴリゴリ歌った後にめっちゃふわふわする!
って思ってて。
目の前がゆらゆらするような、脳味噌揺れてる感覚、
私を全てが透過していくような。

ナンダコレ?と思ってたのですが、あくせすぴーぽーの一言でハッとしまして。
「スペースになり過ぎてるんじゃないw?」

あ。って思ったんですよ。

バシッとした何かが欲しいときはタロットやなんやらを使って情報を求めるのだけど、
「曲のエナジーになり”過ぎて”いる。」と。
んん?それってなんか弊害があるの?
「素晴らしいスキル。でも、曲のエナジーになり”過ぎ”ないで。あなた、

 ”生きること”をやめてしまうよ。」

…!!!
うん、なんか分かる。そうかー、そういうことかー。
歌は生き物だけど生物(せいぶつ)ではない。
それになり過ぎてしまうというのは、

意識体であるが、心臓の鼓動やタンパク質を必要としない状態になるということ

なんかそんな感じ。
確かに、生物(せいぶつ)としての”生きる”を忘れてしまいそうになっている状態が今までにも多々あった。
息するの忘れるんですよね。気付いたら呼吸してなくて「あ、今、息すんの忘れてたわ。」って自分で気付くの。
だから、そういう時は胸に手を当てて、ゆっくりと深い呼吸を繰り返して、息をすることを取り戻す。
意識的に”生きる”なんて人間の身体はしていないのはわかってるんだけど、まあそこは置いといて、のお話。

自分のボディ使って声使って歌ってるのに、そういう状態ってナニ?
って言われたらそれまでなんだけど、
とにかくとても理解したのです。

では、

この能力を私という存在がこの世界を愛でて”生きながら”、
最大限に発揮するには?


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