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【レビュー】Jean Paul GAULTIER FASHION FREAK SHOW

こんにちは、自己満です。
先日、東京・大阪で開催された「Jean Paul GAULTIER FASHION FREAK SHOW」大阪公演の方に行ってまいりました。
ジャンポールゴルチエの半生を描く舞台。そこには想像以上の感動とクオリティーがありましたので、レビューという形で皆様に共有させていただければと思います。

前半

手術シーンから始まるドキドキの開幕。幼少期のゴルチエが製作により興味を持つきっかけとなった様子のオマージュです。

「コーンブラ」誕生秘話

ゴルチエの革新的な歩みの始まりは6歳頃。テディベアにコーンブラを取り付けたことから始まります。実際のテディベアは今も大切に保管されているそうで、今回の公演中に写真を拝見することができました。

踊るテディベアたち 出典:conpetti

「初めてコーンブラをつけたのはマドンナじゃない!私よ!」と主張するシーンも印象的で、会場もドカン。笑
そこから「テディベアになんてことをするの!」という母の声を機にたくさんのテディベアたちが登場し大盛り上がり!実はこのベアたちは後ろ姿で、前を向くとヌード状態の人間でした。初っ端からサプライズで、個人的に面白かった仕掛けです。

パートナーの存在「フランシス」

ゴルチエを語る上でかかせないのがパートナーの存在。その名は「フランシス・メヌージュ」
個人的にもビジネスでもパートナーだった二人。

ボーダーシャツを身につけるゴルチエとフランシス 1
ボーダーシャツを身につけるゴルチエとフランシス 2

上の写真で身につけているボーダーのシャツは、2人が1人の人間であるかのように首元と胴体が一体となっており、パートナーとの関係をもとに作られたものです。
彼らがどのようなつながりだったのか、デザインで伝えるなんて粋ですね。
パフォーマーのお二人が、このシャツを身につけてルンルンで飛び回る様子が、彼らの楽しい日常をよく表していました。

初のファッションショー

パートナーフランシスの提案により、ファッションショーを開催。
ゴミ袋を使って衣装を作ったことで有名ですよね。

ここで実際のクチュールたちがぞくぞくと登場。いやあ、ショー形式で見れるのはなかなかない経験なので幸せすぎました。
ゴルチエが一つ一つ確認しながらステージに送り出す姿から、モデルたちの楽しそうなウォーキングとポージングまで楽しませてくれました。

70年代あたりのディスコ音楽ともよくあっていましたが、一度曲が止まった後の"One way or another"のカバーが個人的に一番テンションが上がりましたね。

Fashion Policeの登場

ショーが終わってすぐ、サイレンの音が会場に鳴り響き、アナウィンター登場。
酷いショーだったとカールラガーフェルドに電話をかけます。
観客に対しても「みんな、あれに拍手しているの?」「酷い服装で見ていられない」なんて煽り散らかします。笑

ここで自己満大号泣。

Fashion Police達の出番が終わり、パンクなルックのモデルたちによるパフォーマンスがスタート。定番のマリンボーダーに合わせてレザーやチェックスカートなどを用いたルックで眼福。生で見れて幸せすぎると噛み締めていたところ予期せぬハプニングが、、、、、

"Time Warp"に合わせて楽しそうに踊る彼らを見て急に涙が止まらなくなってしまったのです。
目一杯その時を楽しむフリーな姿を目の当たりにした時、今まで抱いていた心の奥の複雑な感情が涙として引き出され自然とこぼれ落ちていました。

私は今まで好奇心に忠実に行動し、多くの挑戦や挫折を繰り返して生きてきました。ただその夢や挑戦も、今まで生きてきた環境や過ごし方によって無自覚のうちに制限されていたのかもしれない。常識だとか普通だとか、抽象的で定義のないものに縛られて生きてきた可能性を自認した瞬間でした。

本当の意味での自由って何なのだろう。
なんかこういうことって、ふとした時に深く考えこんじゃいますよね。

ここで前半は終了。かなりワクワクルンルンの内容だったため、皆が余韻に浸ったり、同伴しているかたと楽しそうに笑顔で話したりしているなか号泣しているのは私だけで、一緒にいた友人に若干申し訳ないことをしてしまいました。笑

気を取り直して後半に臨む!!!!!

後半

幕からはみ出て見えるキラキラしているやつはなんだろう?と、友人と推測して休憩時間を過ごしたのち後半スタート。

ちなみにキラキラの正体は、画像左にあるマネキンさんでした。

まさかのアレ配布???

エイズによりパートナーをうしなったゴルチエ。
そんな彼の心情を音楽とダンスで表現され、前半とはうってかわって、かなりふわっとしているのに重たい時間が流れていました。
特に、先に披露されたボーダーシャツをゴルチエ一人で身につける様子が前半のシーンと対比され、かなり心に来ました。エイズに限らず、大切な人を失う。そんな出来事もいつ誰に起こりうるかわからないですよね。

そして暗いシーンから一転、「他人事じゃない」と大きくテロップが出され、観客席に照明どーん!!!!
と同時に、出演者たちが客席に降りてきてコンドームを配布し始めました。笑
今回は全ての演出には触れていませんが、観客と舞台が一体となれる演出が複数あり、ミュージカルとしてもかなり楽しめました。

こんな偉人でもモチベーションに差はある。幼い頃に抱いていた想像とは全く違った世界です。

本人登場でまたもや大号泣。

後半の終盤、ゴルチエ本人がビデオレターで登場。
そこで語られる言葉一つ一つが自然で、尊くて、かなり貴重な時間でした。

「身体も衣服」

最後の演出にもつながってくるこの言葉。
身体自体が衣服という考えが付属するとさらに今までのルックへの深みが出てきます。

普段から、露出のある服装をすることが多い私は、性的な目で見られる機会や人からパーソナリティを勘違いをされることが多かったため、生きづらい思いを感じてきました。それでも、自分のやりたいスタイルに背いたり、人目を気にして万人受けするようにと考えるのが嫌という気持ちが上回り、やりたいことを貫いてきたのですが、日本特有の不自由さを感じることも私の日常にはつきものでした。
そんな私を「身体も衣服」というキーワードが、そして今回のショーが、肯定してくれたようで、思わずここでも涙を流してしまいました。笑

服に対する私の考え方に関しては、後々別のブログでお話しさせてください。

そして上でお話した最後の演出というのが、上の写真のように階段に並んだモデルたちが一斉に服を脱ぎ始めたのです。
演出としてインパクトがあるのはもちろん、ゴルチエが続けて行ってきた、「感情を服作りで表す」を完璧に体現していました。

「美の基準は一つではなく、あらゆるところに存在する。」

ゴルチエの言葉であり、彼が今まで表現し続けていたもの。
様々な人種や、体型のモデルを起用する行動の中には美の基準は一つではないからという思いが込められていたのです。

今回のショーを見て感じたのは、
自分の思いを作品に表現できる人は言語化も得意な人が多いなと。
これまでは、アーティストには言語化できない気持ちを作品に表す人が多いのだと考えていましたが、知れば知るほどそういうわけではないと感じます。
特に海外では企画段階で「言語化できること」を求められることが多いそう。
言葉で伝えられないと、作品でも伝えられない。
この価値観には、日本であまり出会うことがなかったので、海外のデザイナーの方とお話した際に感じたギャップの一つでした。

少し話がそれましたが、ショーだけでも十分なのにかなり盛りだくさんな内容で、こんなにも堪能させてくれるのか、、、と感動。

文章では語りきれない想いをたくさん受け取れた貴重で、幸せな体験でした。
再公演があれば何度でも見に行きたい。

以上、自己満でした。


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